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第三章 虚ろいの秋雨

心の支え

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「………そんなに、気に病むな」

俯いてじっと動かない僕に、ぶっきらぼうながら優しい声を掛けてくれる。

「せめてもの、罪滅ぼし……なんだとよ」
「……」
「大空がバイクで事故った日──別れ話を切り出されて受け入れられなかった佐藤あいつは、大空を見送りながら腹ん中で、『事故ればいい』って思ったらしい。
勿論。そんなの本心じゃねぇし、魔術師でもねぇんだから、佐藤のせいじゃねぇのによ」
「……」

……それで……責任を感じて……
でも、それなら僕だって……大空に心無い事を……
ずぶ濡れの大空が教室に入って来た時の光景が思い出され、胸がギュッと苦しくなる。

「お前だってそうだ。
俺に圧されて付き合っちまっただけで、何も悪くねぇ。
……悪ぃのは、俺だ」

テーブルの端に置かれた、二つのお冷や。そのひとつに手を伸ばした今井が、一気に半分程飲み干す。


「夏休みに入って、佐藤からこの指輪を託された時──凄ぇ、腹が立った」
「……」
「折角お前を手に入れたのに……これをみすみす渡しちまったら、実雨が俺の手中からすり抜けて、大空の元へ行っちまうような気がしてよ。
……ずっと、渡せなかった」

──それで。
夏休みに入ってからずっと、あんなに苛々していて、僕に……

「……」

俯いたまま、左の首筋にそっと触れる。
今はもう、跡形もなく消えたマーキング。
床に落ちて割れた雫模様のコップが思い出され、胸の奥が重苦しくなる。

「別れた後も、だ。
この形見のせいで、一生、永遠に、お前が大空に囚われちまう気がしてよ。
余計に渡しちゃなんねぇんじゃねぇか、って……」

「………それなら、どうして……」

思うより先に、言葉が零れる。
指輪から視線を上げれば、言葉を詰まらせた様子の今井が目を逸らし、後頭部をガシガシしながら口を開く。

「………兄貴から、聞いた。お前、危ない目に遭ったんだってな。
その話を聞いた時──カッと頭に血が上ってよ。ソイツを探し出してぶちのめしてやろうと、外に飛び出したんだ。
……でもな、そん時思い出したんだよ。
大空が佐藤とヤる話を聞いたお前が、週明け、首筋にキスマーク付けて登校して来たろ。
会ったばっかの、素性もわかんねぇ野郎に身体を許しちまう程……お前が危なっかしい奴だって事を、な」
「……」

「確か、ミキって言ったな」
「……」
「部屋でお前の携帯を拾った時、ソイツとのやりとりを見ちまった。
……お前にキスマーク付けたの、ソイツだよな」

真剣な目に圧され、小さくこくんと頷く。
それを見届けた今井が、苛立ちを逃すように深い溜め息をつく。

「実雨の事だ。……上手い事言い包められて、気付かねぇ内に、許しちまったんだろ」

違うよ。
僕が、無理にお願いしたの。
……樹さんは、悪くない。
俯いたまま首を横に振り、膝の上に置いた手をきゅっと握る。

「……だから、だよ。
これがあれば、心の支えになんだろ」


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