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第二章 激情の通り雨

拭う汗

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話したいのは、こんな報告めいたものじゃない。
このまま──今井くんとの関係を続けていいのか、解らなくて。

もしあの時、大空の家に行っていなければ……
偶然、樹さんに会わなければ……
……樹さんとお別れしなくて、済んだのかな………

「……」

送信ボタンをタップすれば、プライベート空間に新しいメッセージが刻まれる。


………あのね、樹さん。
今日、今井くんのアパートに……行ったんだよ───





ジー、ジー、ジー

四方八方から聞こえてくる、蝉の鳴き声。
何処までも深くて広い、爽やかな蒼空。もくもくと、夏を象徴する大きな入道雲。
直線的で強い陽射し。

数メートル先に、突如現れた逃げ水。
暑さのせいか、その向こうに映る視界が全て、蜃気楼のようにゆらゆらと歪んで見えた。

最寄り駅で落ち合い、それから閑散とした駅前通りを歩く。
赤いタンクトップに迷彩柄のハーフパンツ。剥き出しの肌は、日焼けサロンにでも通っているかのように浅黒い。
ポケットに両手を突っ込み、先陣切って僕の前を歩く今井は、此方を一度も見ようとしなかった。話し掛けてくる事も、歩幅を気にする様子もなく。

住宅街にひっそりと佇む、古びた小さなアパート。
外壁の一部が剥がれ、アスファルトの割れ目から雑草が伸びている。年季の入った集合ポスト。乗り捨てられ放置されたような、錆だらけの自転車。外階段の隅には虫の死骸や砂埃が溜まり、手摺りは所々塗装が剥がれ落ち、赤錆が酷く目立つ。


「喉、渇いただろ」
「………うん」
「そこ、適当に座って待ってな」

玄関を上がって直ぐのキッチン。
腰より少し高い背丈の冷蔵庫前にしゃがみ、今井が麦茶の入ったピッチャーを取り出す。

それまで何処か険しい表情と雰囲気を纏っていた今井が、穏やかな顔付きに変わっている事に気付いた。

「……うん」

キッチンの奥にある、フローリング。
言われた通り、部屋の真ん中に置かれた硝子のローテーブル前に腰を下ろす。
壁側にあるローボード。小型テレビの近くには、小さな窓。
縦長の部屋の奥にある、不可解なパーティション。狭いながら部屋を増やしたかったのか。それとも、単なる目隠しか。


「これ」
「……」
「お前にと思って、買っておいたんだ」

カツンッ
硝子と硝子のぶつかる音。
驚いて見れば、テーブルに直接置かれたのは、麦茶入りのコップだった。硝子の表面には、クレヨンで落書きしたようなデザインの、青と水色の雫模様が散りばめられている。

「………え」
「これから頻繁に、使うと思ってな」

雫模様の上をゆっくりと伝う、水滴。


ジー、ジー、ジー、

開け放したベランダの硝子戸。忙しなく首を振る小型の扇風機。
壊れて使えないのか、止まったままのエアコン。
陽はだいぶ傾いているというのに。僅かに吹き込む風は、まだ暑くて。

ショートパンツから剥き出された下肢。正座を崩し、片手で喉元の汗を拭う。

「………実雨」

僕の斜向かいに座っていた今井が、真剣な顔付きに変わる。

「………」

声も出ずにいれば……僕から視線を逸らしガシガシと後頭部を掻いた後、床に手をつき、今井が腰を上げた。



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