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第一章 梅雨の幻影

好きだよ

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教室から飛び出す。
人気の無い、仄暗い廊下。

痺れる、指先──
きょろきょろと辺りを見回すけれど、既に大空の姿は、見開いた二つの瞳に映らなくて。

急いで階段へと向かう。


「……大空……」

心細くなって呼んでみる。
けど、僕の声だけが反響して聞こえるだけで……返事はない。

足が縺れそうになりながら階段を駆け下り、玄関へと走る。
さっきまでいたんだから……まだ学校にいるはず。走ればきっと追い付く……
……そう、思っていたのに……

大空の下駄箱には、綺麗に踵を揃えた上靴があった。


「………」


なんで……
……なんで………なんで……


血の気が、一気に引く。

──僕はまだ、大空に……伝えてない……
僕の、本当の気持ちを……ちゃんと──

上靴のまま雨で濡れた叩きに降り、ガラス戸を開けて外に飛び出す。


サァァ……
細雨に濡れ、髪も肌も濡れ、しっとりと重くなったシャツが、気持ち悪い程に肌に纏わり付く。

「……大空」

玄関横の駐輪場。
自転車の列と列の間を走りながら探すけれど……大空の姿はない。

いつもの場所にある筈の、大空のバイクも……



サァァァ──ッ



「……大空ぁ」


降りしきる雨の中。
僕は、想いの丈を吐き出す。


「僕も……僕も大空が、好き……」


だけど──届かない。
静かだと思っていた雨の音が、やけにうるさくて。
……僕の声を、簡単に掻き消してしまう。


「好きだよ……大空ぁ……」


行き場のない、台詞。
……どうして素直に、伝えられなかったんだろう……

想いがすれ違ってしまったんだと思ったら、胸が張り裂けそうに痛い。
今伝えなきゃ、きっと後悔する。だけど、その手段がなくて。

閉じた瞳の縁から涙が溢れ──雨と混じって頬を伝い、流れ落ちていった。





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