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5.からあげのお母さん

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「もっと右がいいワン。もう少し強くしてワン」
ミサの四畳半の和室。座布団の上でからあげが一直線に横になっている。

茶色でもふもふの毛をミサはマッサージしている。
「クーン気持ちいいワン~。ミサ、上達してるワンね」

「フリスビーに付き合ってくれてるお礼だよ」

藤岡先生にフリスビーの選手に選んでもらってから、毎日公園で練習していた。
もう1週間になる。

ペットフェスティバルはあと1週間後!
一層気合を入れて練習していた。

でも、なかなか上手くいかない・・・

「からあげー!いくよー!」
公園の原っぱでミサはからあげに大声を出していた。

「ワン!」

からあげが取りやすい場所にフリスビーを投げる。
入道雲がモクモクしている夏の青空。
青空を切るようにフリスビーが飛んでいく。

フリスビーをくわえようとジャーンプ!
しかし、高さが足りずにからあげのおでこに当たって落ちてしまった。

「大丈夫!?もう少し低く投げるね」

落ちたフリスビーをからあげはくわえて持ってきた。

「ごめんワン。ジャンプが足りなかったワン・・・」

悲しそうに言うからあげ。
ミサのために本気で練習しているからこそ悲しそうだった。

子犬用のフリスビーで、軽くて小さいけどからあげはまだ慣れなくてなかなかキャッチできない。

「大丈夫だよ!楽しんで練習しよう!」

そうからあげに言っているが、焦りが出てきた。

大会で上位になったら、きっと就職に有利になる。

ドッグトレーナーになる!という小さい頃からの夢にためだ。





「ミサ、お母さんに隠し事してない?」

フリスビーの練習から帰ってきて夕飯を食べているとき、お母さんに言われた。
ミサはドキッと鼓動が速くなる。

ペット禁止のアパートで子犬を拾ってきたこと、まだ言えてないからだ。
からあげはお家にいるときはずっとミサの部屋にいるからバレてないはずだけど・・・

「え?うん、まあ・・・」

歯切れの悪い返事をしたが、大好きなお母さんに隠し事はしたくない。

黙ってしまって、窓を閉めているのにセミたちの絶叫が台所に響く。
よし、からあげのこと、言ってみよう。

「実は・・・子犬を拾って部屋で飼っているんだ。
黙っててごめん。アパートはペット禁止だから里親を探すよ」

里親を探す、そう思って飼い始めたけど、いざ声に出して言うと寂しさがあった。
からあげとずっと一緒にいたい。

「気付いてたわよ。ミサは隠し事が下手だからね」

「気付いてたの?」

「なんだか、ミサ最近生き生きして楽しそうだから。
それに、子犬ちゃん、夜中に台所で魚肉ソーセージ食べてたわよ」

からあげが夜中につまみ食いしてたなんて!
言ってくれたらおやつあげたのに。

そう思っていると、
「里親は探さなくて大丈夫。大家さんと相談して、飼っていいってことになったから」

「え!!!本当?からあげと一緒にいられる!」

「子犬ちゃん、からあげっていうのね。かわいい。大事にするのよ」

「待って、今からあげ連れてくるね。
からあげー!一緒に住んでいいって!もう隠れなくていいよ」

そう言うと、ミサの部屋からからあげがそーっと顔を出した。

「あら、かわいい。からあげみたいな色なのね」

お母さんが優しく言うと、安心したのか尻尾を振って出てきた。

「ミサのお母さん、初めまして、からあげだワン」

お母さんは目を丸くして驚いている。
無理もない。犬が喋るのだから。

「礼儀正しいワンちゃんなのね」
そう言ってにっこりするお母さん。

「ミサさんを大事にしますワン!」

からあげの真剣な顔に、ミサとお母さんは顔を見合わせて笑ってしまった。





次の日は土曜でペット専門学校は休みだった。
朝から、からあげと公園に行ってフリスビーの練習をする。

午前9時でまだ日はそれほど昇っていないというのに、とにかく暑い。
セミが大合唱している。

からあげの取りやすい場所めがけて低めに投げる!
青空を切って飛ぶフリスビーはミサの狙った場所に一直線。

「ワン!」
からあげが口を開けてジャンプすると・・・取れた!

「からあげ、すごい!初めて取れたね!」

「やったワン!」
からあげがフリスビーを口でくわえて持ってくる。

抱っこして茶色いもふもふの毛を撫でる。
「ミサ、撫ですぎだワン」
と言いつつもとても嬉しそう。

「初めて取れたし、ちょっと休憩にしようか」

ミサとからあげは、木陰のベンチに並んで座った。
木陰だけど湿度が高いせいか、蒸し暑い。

でも、フリスビーの大会で良い結果が出せそうな予感がして
ミサは蒸し暑いのがむしろ心地いいと感じるくらいだった。

と、からあげが遠くを見つめながら話し始めた。

「昨日、ミサのお母さん、優しかったワンね。
ボクにもお母さんがいたワン」

ミサが気になっていたけど、あえて聞かなかったこと。
からあげのお母さんや前の飼い主のことだ。

黙ってからあげの言葉に耳を傾けるミサ。

からあげは5匹兄弟で、大好きなお母さんとお父さんと暮らしていた。
飼い主は若い女性、アミという人らしい。

遊んでくれたし、散歩もしてくれた。
でも、ある日お父さんが違う人に引き取られていってしまった。

お母さんは白い毛のとてもかわいい犬だった。
ある日聞いてしまった。
「茶色の犬は映えないから、白い子だけにする」と話すアミさんを・・・

「悲しかったワン。
それで、ボクの兄弟の5匹のうち3匹が捨てられちゃったワン」

悲しい表情で言うからあげ。

ミサは思わず抱きしめていた。
「つらい思いをしたんだね。もう大丈夫。私がずっと一緒だからね」

「ありがとうワン!ミサはボクの神だワン、ずっと守るワン」

そうだ!1週間後のフリスビー大会があるペットフェスティバルには、保護犬の譲渡会がある。
譲渡会とは、新しい里親を探す会だ。

運が良ければ、からあげの茶色の毛の兄弟は良い人に拾ってもらって譲渡会に来るかも!!

「からあげ!ペットフェスティバルには保護犬の里親を探す会があるんだ。
そこに兄弟が来るかもしれない!」

「そうだワン!きっとミサみたいな神に拾ってもらってるワン。
ペットフェスティバル楽しみだワン」

キラキラした潤んだ瞳で言うからあげ。
あと1週間後!兄弟に会えますように!
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