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0章 ナチュラルワールドオンライン

平和な日常と非日常

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 俺は植物に憧れている。

 植物は力強くたくましい存在だ。

 時には切り花にされても根を出すことがあったり。

 時には鉢を破壊してしまうほど力強く根を張る事もある。

 そんな植物に少しでも関わりたくて、俺は園芸店の店長になった。



 ある日、店内の歪んだ棚を直していた時のこと。


「店長は、いつもなんか作業してますよね。休憩とかしなくて本当に大丈夫なんですか?」


 そう聞いてきたのは、アルバイトの山下君。

 俺の園芸店で働いて一年以上のベテランだ。


「俺にとっては、植物の手入れや物作りは休憩みたいなものだからね」

「マジですか……」


 驚愕の表情を浮かべる山下君。そんなに驚く事かな?


「山下君にも、夢中になるほど好きなことができたら分かると思うよ」

「うーん……自分、結構植物も物作りも好きだと思うんですけど……休憩はじっくりしたいな、って思っちゃいます」

「じゃあ、休憩時間になにをしてる?」

「あ、スマホのゲームですね。なんか、やらないと落ち着かないと言うか……」

「ははっ、多分山下君のゲームは俺にとっての作業みたいなものなんだよ」

「ああ、なんか納得です。つまり店長は、作業してないと落ち着かないってことですね!?」

「そんなようなものさ。まあ、帰ったら俺もゲームをやるだろうけど」

「あ! あれですね!? ナチュラルワールドオンラインN W O!!」

「当たり! あれも、一日一回はやらないと落ち着かないんだよなぁ」

「店長……もしかして、ゲーム内でもひたすら栽培とか物作りしてたりしません?」


 なぜかジト目で見てくる山下君だが……なぜ分かったんだ?


「よく分かったな」

「……店長、マジで倒れないでくださいよ? 向こうの棚は自分がやっときますから」


 そう言って山下君は別の棚を修理し始めた。

 俺、なんか変なこと言ったかな……?



 一日の仕事が終わり自宅に帰った俺は、コップ一杯の水を飲んで一息ついた。

 
「ふう、今日も忙しかったな……」


 園芸店で店長として働いているので、やることが毎日山積みだ。

 そんな俺の一番の楽しみは、園芸の他にゲーム──主にRPGをプレイする事だった。



 風呂と晩飯を手早く済ませると、VRコネクトをセットしてベッドに横になる。

 時計を見ると、今の時間は午後七時三十分……向こうなら午後三時くらいか。


「さて、少し遅くなったけどログインするかな!」


 気合いを入れるように声を出すと、俺はVRコネクトの電源を入れて目を瞑った。

 機械の音声が起動コマンドを発声するように伝えてきた直後に、俺は一言呟いた。


「ログイン 」


 若干の目眩のような感覚が訪れるが、気にせず待つ。

 機械の作動音がしなくなってから目を開くと、辺り一面に自然が広がっている場所に立っていた。

 耳をすませば小川のせせらぎや小鳥のさえずりなども聞こえてくる。

 毎日こつこつと作り上げたVRコネクトの待機空間(ホーム)だ。

 少し離れた所にはテーブルと椅子が設置してあるが、今はそちらに用はない。


「メニューを表示」


 一言呟くと様々なメニューが正面に現れたが、迷うことなく

N W Oナチュラルワールドオンライン

 をタップして目を瞑る。

 先程まで聞こえていた様々な音が一切聞こえなくなり、僅かに機械の作動音が聞こえてきたがまたすぐに音が聞こえなくなる──



 僅かに風を感じて、目を開けようとすると──


((お帰りなさい! ご主人!! ))


 頭に直接響くような声がしたかと思ったら何かが足に飛び付いてきた。


「うわっ!?」


 ちょっと驚きながら目を開けると、俺の両足それぞれにアヒルと狐顔の犬が乗っかっていた……


「ガウ、大地、ただいま。いきなり飛び付くのはやめてくれって言わなかったっけ? ……危うく後ろに倒れるところだったぞ?」


 少し困った顔をしながら二人を見る。


((ごめんなさい……))


 アヒルのガウはグワグワ言いながら頭をうなだれて、犬の大地はキューン……と声を出しつつ耳をぺたっと倒しながら謝ってきた。

 でも二人とも尻尾(尾羽)をぶんぶん振っているから、きっとまたやるな。


「結構びっくりしたんだぞ? ……せめて次はそうっとにしてくれよ?」

((はーい!))


 うーん……とってもいい返事だな。

 これはあまり反省してなさそうだ──などと考えていると、二人とは別の声が聞こえてきた。

 同時に、肩に何かが乗った感触。


《リョウさんお帰りなさい! あと、ごめんなさい……お二方には何度も注意したんですが、止められませんでした……》

「やあブレン、ただいま。 気にしなくていいよ? 俺が言っても止められないと思うからさ」


 横を向くと、そこには俺の肩に止まっている小鳥がいた。

 その小鳥──ブレンに二匹の尻尾を指差して言うと、ブレンは諦めたようなため息をついた。


《はぁ……そうみたいですね》




「さて、俺はまず相談所に行くつもりだけど二人はどうする?」

((一緒に行く!!))

《リョウさんは毎日村の中で済んでしまう依頼ばかり受けていますが、たまには村の外での冒険とか行きたくならないんですか?》

「あはは。なにをするにしても、最初に相談所の依頼をこなさないとなんとなく落ち着かなくてね」

《ふふっ。相変わらず変わった人ですね》

((ご主人、早く行こ!!))



 ガウ達に急かされながら部屋を出て階段を降りると、見えてきた受け付けには宿屋の女将さんと娘さんが休憩をしていた。


「おはようございます」

「ワンッ!」「グワッ!」


 俺が女将さん達に挨拶をすると、大地とガウも挨拶をしていた。ブレンだけは、声を出せないから会釈だけだったけど。


「ああ、おはようさん。あんた達は寝起きから賑やかだねぇ」

「皆様、おはようございます!」


 女将さんは相変わらずさっぱりした話し方で、実家の母親みたいだ。娘さんは、いつも元気だな。


「今日は晩御飯どうするんだい? 要るなら作っておくよ!」

「是非お願いします」


「あいよ! ところで、今日はあんた時間あるかい? また柔らかいパンやジャムを作ってもらいたいんだがねぇ……」

「あはは……相談所の依頼次第ですかね……」


 苦笑しながら返事をする。確か先日も結構作っておいたはずだけど……


「あんたの作る物は人気が凄くてねぇ……数が少ないからと、値段を上げてもすぐ無くなっちまうのさ」


 俺が考えていたことに表情で気付いたのか、そう補足してくれた。

 人気あるってのは嬉しい限りだけど、素材が足りないから集めないとな……


「作る素材があまり無いんで、前回と同じ量は──」


 ドサッという音を立てて、女将さんが大きな袋を受け付けに乗せた。


「そう言うだろうと思ってね、材料はアタシが買っておいたよ! ちゃんと手間賃は払うから、時間が空いたら頼んだよ!」


 おおう……読まれてたか。

 流石に用意してもらったら作らないわけにはいかないかな。


「分かりました。では、相談所の依頼があらかた終わり次第帰ってきて作りますね」


 そう言うと、女将さんはにかっと笑い、娘さんは少し申し訳なさそうな顔をしていた。


「いつもありがとねぇ! 気を付けて行ってくるんだよ!」

「母が無理を言ってすみません……お時間が厳しかったら、無理に作らなくても大丈夫ですからね? では、行ってらっしゃいませ!」



 二人に見送られて宿の外に出ると、森の中にいるかのような濃い樹木の香りが漂ってきた。


 この村は五十年以上も前に深い森の中を切り開いて作ったらしいが、今でも村は木々に覆われている。

 木を粉砕して作ったと思われるウッドチップが敷き詰められた道を相談所に向かって歩いていると、何人かの村人から挨拶された。

 挨拶を返すと、相談所に依頼を出しているからよろしく! と口々に言われる。

 今この村で活動してる冒険者は数える程だし、俺は村に在住してるようなものだから、みんな気軽に声をかけてくれる。


 俺もかなり村に馴染んだなぁ……などと考えていたら──


「あっ、リョウさん達見っけ! こんにちは!」


 冒険者の女の子から声をかけられた。

 とある縁で武器の強化の依頼を受けたことがあり、その後も何度か武器を修理したり強化したりしている、顔馴染みのライムさんだ。


「やあ、こんにちは。剣の調子はどうだい?」

「グワッ!」「ワフッ!」

「前回の強化で、すごく使いやすくなりました! 馴染みすぎて、たまに持ってるのを忘れちゃうくらいです!! 二人もこんにちは!」


 そう言いながら大地とガウを撫でているが、持ってることを忘れちゃダメだろ……


「そ、それは良かった」

「また色々素材見付けたら持ってくるので、この子に合いそうだったら是非強化してください!」


 相変わらず、武器に対する愛着が凄いな……『この子』だもんな。


「うん、承るよ。でも素材集めに夢中になりすぎて、また仲間の二人に怒られないようにね?」

「はーい!」


 ううむ……なんか、尻尾をぶんぶん振っている幻覚が見えるような……

 これはあれか、大地達と同じタイプなんだろうな。

 ……仲間の二人には、今度サービス価格で修理を受けてあげようかな。

 きっと、装備がぼろぼろになってくるだろうから。


「じゃあ、俺達は相談所の依頼を見に行くから、またね」

「はーい! リョウさんまたね! 大地とガウもまた撫でさせてね!」


 ライムと別れて、再び相談所に向かう。今日はどんな依頼があるかな。



 NWOを始めて二ヶ月、色々あったけど──毎日がすごく楽しく充実している。

 初日には、こんな風になるなんて全く思わなかったな──


 そんなことを考えながら、俺はNWOを始めた日を思い出していた。
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