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返事

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「閣下、お願いがございます」

 公爵家の執務室に行くといつものように机に向かっている閣下が目に入った。私が来たことを気にも止めず仕事を続ける。そう、いつもそのような人だった。夫人やリリアが来ればその顔を緩め、仕事なんてそっちのけになるのだろうなと思いながら。

「タルト子爵家に滞在させてください」
「なぜだ」
「私がここにいればあなたたち家族の邪魔になると考えたからです。学園に入学する際にはこちらに帰ってきます。それまで病気の療養と称してタルト子爵家に滞在させていただきたいと思っております」

 無意識のうちに握りしめた拳に力が籠る。閣下が怖い、それは私が無自覚のうちに備えていた感情。仲睦まじい家族を演じていた社交界でも一度も私に笑みを見せなかったから、その何も期待していない、何もこもっていない目で見られると体が怯んでしまう。

「準備は自分でしろ」
「はい、承知いたしました。では、失礼致します」

 私は、黙って部屋を出た。

「リュシエンヌ様」
「ルリ、早速手紙を書きましょうか」

 心配そうな表情で見つめてきたルリは、私の一言を聞いて顔を緩めた。閣下の対応は想定内としか言いようがない。私がどんなことをしようと、何も関心がない。きっとリリアが生まれたから余計。その方が動きやすいからありがたいんだけれど。

 そうと決まれば早速、タルト家に手紙を出した。私が住んでいる王都から離れているため、手紙もだいぶ時間がかかって返ってきた。アルがちょうど公爵邸にやってきている日だった。

「リュシエンヌ様、お手紙が届きました」
「ありがとうルリ。差出人だけ確認させてもらってもいいかな」

 アルに許可を求めると、快く頷いてくれた。何個かめくった先に、タルト子爵家の文字があり、思わず声が漏れ出てしまった。

「どうかした?」
「私が待っていた人から手紙が返ってきたの」
「なら、開けてしまってもいいよ。僕の前で読みたくないものであれば僕はすぐに帰るよ」

 アルにすごく気を使わせてしまっている。アルに隠す必要のないことだからその言葉に甘えてしまおう。
 
「なら、すぐに読むね」

 私は自分の机からペーパーナイフを取り出し、手紙を開封した。とても綺麗な字だな、開いた瞬間そう感じた。いや、そうじゃなくてアルを待たせてしまっているのだから、早く読まないと。えっと、「わたくしどもの家でよろしければ謹んでお受けします」だって。ということは、よかった。引き受けてもらえた。正直、子爵家が公爵家の頼みを断れないっていうことを盾に使ってしまったけれど。あちらに着いたら、真っ先に謝罪しなければいけないな。

「嬉しそうだね」

 アルが手紙を胸に抱えホッとした表情をしている私を見てそういった。そうだ、王都を離れることになるのだから、アルにもきちんと事情を伝えなければ。王都から離れるってことは、アルにもしばらく会えなくなるのだなと思いながら口を開いた。

「私、しばらくアルに会えなくなる」
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