40 / 60
二章 西の国
12話 『ダボの情報処理戦争』
しおりを挟む
【シザ国東部市内】
四人がシザに渡ってから暫く歩いていると、時間は進んで空は夕に染まっていた。
シザ国では、シザ圏西部の方面から見えた衝撃波と火柱に人々は恐れ唖然としている。
そんな状況下、当事者の四人はその現場からシザ国東部市内を歩いていた。
「うぅ、ごめんなさぃ」
ミルは西部を驚き見る人々にあちこち見回しながら心の中で謝っていた。
無論国の人々は何故そんな事が起きたのかは知らないし、ミルが起こしたとも知らない。
ましてやミルがドラゴンという事を知るはずもない。
「バルカス、すまない。何とかならないか」
ビンセントは人々の様子を見て困り、前を歩くバルカスに問うてみると、
「問題ない。何とかする、ダボがな」
自分ではなくダボが何とかすると即答した。
「そうか、そういえばダボはどうしてるんだ? 昨日の夜別れたっきりだが」
「ダボは今情報処理をしているよ。私達が実際行動して結果を出し、後はダボの役目さ」
バルカスが言うには、ビンセント達三人と出会った時の夜にダボは報告書のベース作成をしていたらしい。
「今頃両手に王印と法印でも持って乱舞してるだろう」
自国の裏世界であるパッシィオーネを滅ぼすという、急であり得ない行動を開始した今日の朝、
ダボは四人がパッシィオーネを言葉通り潰してくると信じ、作成した書類に法印と王印を朝早くから押していた。
証拠が揃わなければこの書類は全て虚偽の物とされるが、証拠は今バルカス等四人が持ち、ダボの元へ運んでいる。
「なるほどな、殲滅戦に続き情報戦か」
「出来る限り早い方がいいからな。少しフライング気味にやってもらっている」
「国王っていうのも大変ねー」
「まぁ、一応国を背負ってるからな。私やあんなんでも」
「戦ってたバルカスかっこよかったよ! 」
「ははっありがとうミル」
バルカスに付いて歩いていると、大きな通りに出る。
「ここだ」
四人の目の前には水堀に囲まれた、割れた白石積みの大きな建物がある。
「ボロボロだな、城か? 」
「そう。――あれは元ケル国の城、ラス城だ。ボロボロなのは、戦争の跡を残そうとダボがあえて直さなかったからだ」
ラス城を囲む水堀には一本の橋が架けてあり、橋の前には槍を持った二人の見張りが立っている。
バルカスが顔を見せると、少し顔を青くしながら敬礼をした。
「バ、バルカス様! ご機嫌麗しく存じ上げます」
「まぁ、多少はな。後ろの三人は私の客だ、少し邪魔するぞ」
「ハッ! 」
見張りを抜けて橋を渡って城の門前に行くと、更に二人の門番が立っていた。
「バルカス様、ご機嫌麗しく存じ上げます」
「まぁ少しはな。邪魔するぞ」
「ハッ! 」
【シザ国東部市内 ラス城】
門番が城門を開いて四人を通すと、ビンセントは城内と思えないような情景を見る。
中にいる者は書類を持ちながら慌ただしく走っており、報告の声があちらこちらから聞こえてくる。
「バルカス……これは」
「あぁ、城はただの遺物だし、私も城を城としては使ってないよ。ラス城は今一つの商業組織の建物に過ぎない。主にシザ国の商業全般の情報整理と貿易、後はダボの国務だな」
バルカスが三人にシザの城の事を説明している間にも、場内で働く人々は走り回っている。
「あ、バ、バルカス様!? ご機嫌麗しゅう!! ッおいピスト、ココのリスト番号違うぞ! 修正急げ! 」
「はい! ――っえ!? バルカス様! ご機嫌麗しゅう存じます! 」
「――パッシィオーネの入れ替わり用書類完了しました! 」
「よし! ノクはそのままロッチ様に報告してくれ! 」
「分かりました! 」
職員は走り回る中、バルカスが目に入れば驚きながらも挨拶をしてお辞儀をすると、そのまま走り抜けて仕事を続ける。
「私達がここにいては迷惑みたいだな、早くダボに会って証拠をくれてやろう」
バルカスに続いて正面の広い階段に向かって歩いていると、一際慌ただしい大男が一人、二階の廊下から走り出てきた。
「やっばい! ケニー! ケニー・ロッチいるか!? 」
大男は国王の一人、ダボ・ラスだった。
「ここですよダボ! なんですか? 」
書類の山に埋もれるケニーは法印をポコポコ押しながら答えていた。
「やばい法印失くした! 貸してくれ! 」
「またですかダボ!? アナタ今日一日で何個失くすんですか?! 私も十個目までは数えてましたよ! 」
ケニーは叫びながら走って階段へと向かう。
「悪い、だが西部の謎の火柱のベース書類は作ったぞ! 」
ダボはそう言いながら階段を駆け下りていると、階段の真ん中あたりで躓いた。
「ぅわっ! っがぁぁぁああっ――!! 」
見事に一階まで滑り落ち、散らばる書類の中、バルカスの目の前で止まる。
「ようダボ。やってくれてるようだな」
痛みに涙浮かべて頭を押さえるダボだが、その声を聞いて涙も引っ込む。
「おぉ! バルカス、ビンセントにカミラちゃん、ミルちゃん! 」
「こっちは全部完了だ」
ビンセントは細長く境界を開くと、パッシィオーネのボス、ドン・コルスト・ボルリオーネと幹部十人の首を覗かせた。
「凄いな……。という事は、後は俺達の仕事だな」
「そういう事だ。私も出来る事があればやるがな」
「いや、皆は休んでてくれ」
ダボがそう言って返すと、ケニーが息を切らせて走ってきた。
「皆様?! という事はパッシィオーネは……、流石です」
ケニーが四人を見て察すると、ダボに法印を渡した。
「ケニーは俺達に付いて、書類への念写を頼む。これでパッシィオーネは片付くな」
ダボはケニーに命令すると、ケニーは命令を受けて部下を呼ぶ。
「メイスン! 僕はダボ達と仕事をするから、提出書類はダボの部屋の扉横に置いといてくれ」
「ハッ! 承知致しましたロッチ様! 」
「様はやめろ、行け! 」
「承知致しましたロッチ様! 」
部下に事を伝え、ケニーは四人に付いて行った。
長い階段を上って右側の通路を歩いていくと、ダボが一つの扉を開けて五人を招き入れた。
ダボの部屋は書類に散らばっていたが、窓とは違う開口で外が眺められるのである。
「ダボ、相変わらずだなお前の仕事部屋は」
「何事も新しい事が全てでもないぞ。遺す物は遺す物だ」
夕日が照り、風が吹く場所を見れば、大きく崩れ空いた破壊跡が壁に在った。
外部からの魔法攻撃跡だろうか、城の石壁は焦げ砕けていた。
シザという大きな国の一国王でありながら、こんな状態の部屋で仕事をするとは、クロイス国王を見てきたビンセントからすれば、ダボ・ラスという男に改めて驚かされるのだった。
「早速だが、コルスト・ボルリオーネと幹部十人の首をこの机の上に出してくれないか。あ、汚れとかは別に気にしないからね」
ダボに言われた通りにビンセントは、大きな机の上に首を十一個置いた。
「よくやったな本当に。俺の最初の願い、バルカスのイラツキの根源を本当に消してくるとは、信じていたが、実際達成されたのだから驚いたぞ」
「私はそんなにイラついてはいない。私のイラツキの原因はこいつだ、この下衆野郎」
バルカスは幹部、ムッソ・リノーラの首を叩いた。
「こいつのせいなんだよ」
「そうだったな、本当に良かった」
ダボは一息つくと、ビンセント達を見て何故か数秒の間眼を瞑った。
その後は何事も無く眼を開け、書類の山を手に取る。
「おいケニー、急いでんだろ? 早いとこ念写しろよ」
「やりますから、ダボを除く皆さんはどうぞ席に座って待っててください。――召喚魔法『椅子』」
ケニーは上等な椅子を四脚召喚すると、四人はそれぞれ礼を言って座った。
ダボが作成したギルドへの報告書十一枚を机にのせると、それぞれ報告書一枚とパッシィオーネの首に手を当てて魔力を込めた。
魔力を込められた報告書には文章と、首の顔がデスマスクのように浮かび上がった。
「……ああいう感じにやってたのね、証明って」
「色々書類に浮かび上がってるな、あれも魔法なのか? 」
「鑑定スキルを兼ねた魔法だ。ああやって情報体を紙に写し込んでるんだ。鑑定屋や、ギルドとか役所の情報屋はあれを総じて念写って呼んでるらしい」
役所と鑑定屋と言われて、ビンセントとカミラはクロイス国サラスト区役所のカンノーリを頭に浮かべた。
「あぁ、そういえば、カンノーリさんが念写って言ってたわね」
「そうだっけ? 」
「カンノーリ? 鑑定家のか? あいつとも知り合いなのか」
「一応知り合いだな。ステータスの事で世話になったよ」
バルカスはカンノーリという人物を深く知る訳ではないが、カンノーリがその道のプロが認める程のプロという事は聞いていたし、受けている闇深いような仕事もこなすことは聞きかじった程度では知っていた。
「なるほどな、ステータスの編集か。ビンセント達の事だ、仕方ない事があったんだろう」
「まぁね」
バルカス達が話している間に終わったのか、ケニーは書類を整えてダボに提出していた。
「おぉケニー助かるぞ。後は印を押して終わりだな」
ダボはケニーから受け取った法印と、机の引き出しからもう一つ、金色の四角い印を出して魔力を込めた。
「ダボ、王印は失くさないでくださいね? 」
「……心配するなケニー、コレは失くさない。机に入れてあるからな」
書類に大きな印を二つずつ押していく。
「法印もちゃんと箱と机に入れて保管してください……」
ケニーに突っ込まれながら、パッシィオーネの件の最重要書類が出来上がっていく。
ダボが印を押す中、バルカスは座ってそれを見ているが、ふとビンセント達三人の視線に気が付いて振り向く。
「……私は失くした事ないぞ、法印も王印もな。今私の屋敷の中に置いてある」
「……意外だ」
「意外とはなんだビンセント」
「いや、しっかりしてるなぁ、と思って」
「バルカスしっかり者! 」
「……ごめんねバルカス、私達はこういう感じなの」
「いや、いいよカミラ。今日一日でだいぶ分かった」
ダボが王印を箱にしまって机に入れると、貸してもらった法印をケニーに返して席を立った。
「よし、完了だ」
ダボがそういう中、ケニーは部屋の扉を開けて床に置かれた山のような書類を確認する。
「そう、ですね……あ、ここ違う。修正っと、……はい十一名分在り。リストも完了の様です」
鑑定スキルをフル活用して、山のような書類に目を通していく。
「組織の所有する不動産を含む財産の没収と、国への権利還元報告書類。今回の事で起きる損益、……やっぱり底が下がりますね、仕方ないですが……」
部下達が提出した報告書と作成された権利書やギルドへの要請書に目を通し、誤った箇所はその場で訂正した。
「以上ですダボ。パッシィオーネの件は全て完了です」
それを聞いたダボの安堵する顔と言ったらない。
「次は西部で起きた謎の衝撃波と火柱の件です」
それを聞いたダボの絶望する顔と言ったらない。
「……いいさ、ベース書類は作ったんだ。後は真相を確認して書けば完了だ、ははは、はぁ」
「あぁ、その事だが……」
ダボが独り言のように呟くと、バルカスが苦笑しながら口を開く。
「あれやったの私等で、パッシィオーネの工場を湖に変えた」
ダボはバルカスが言った事を理解できずに口を開け、間抜け面でバルカスを見ていた。
「ん? もう一度言うぞ? パッシィオーネの工場の場所が湖になった」
「ちょっと待て、どうしてだ? 」
工場の土地を深い湖に変えた張本人であるミルは、カミラに抱かれながら額に汗を垂らして笑みを浮かべていた。
「魔法でな、汚い土地を綺麗な湖にしたんだ」
「いや、ん? 魔法でか? 」
「あぁそうだ。魔法ってやつは不思議なんだ」
顔を青くしたダボだが、バルカスの笑みと推しにより言葉を反せないでいる。
バルカスから視線を外し、数歩行ったり来たり歩くと、表情固まった顔で戻ってきた。
「魔法なら仕方ないな」
ダボは納得した。
「ケニー。西部の火柱の件は、湖を起こす為起こした物としよう。あそこは確か、地中海から離れていた場所だから、旅人や行商人を癒す場所となるだろう。……バルカス、湖の規模はどのくらいだ? 」
「そうだな、東部市のシスト区くらいならスッポリ入るんじゃないかな」
「それなりに大きな湖と……、よし」
ダボが書類に文字をさらさらと書いてケニーに見せた」
「……シザ圏の活用と水源の提供の為の湖開発。急な実行の謝罪と、いいでしょう」
「よし、じゃあまずは組織員達で火柱の件をシザ国内の掲示板に載せるように頼む。決行者はとりあえず何も公表をしないでくれ。あ、後掲示したら今日は解散という事を皆に伝えてくれ、とりあえず人々にこの事を知らせるんだ。最後に、ケニーは終わったら昨日の酒場ペッシに来てくれ」
「わかったダボ」
ケニーはダボから命を受けて部屋を飛び出した。
「ふぅ……」
「機転が利くじゃないか」
「仕方ないだろ、後は俺がギルドにこの書類の山を提出するよ。それで全てが完了だ」
「私も付いてくよ」
バルカスが付いて行くと言い、無論その気だったビンセント達三人も同調する。
「それは助かる、じゃあ早速行くか。……その前に、この山の書類をどう持っていこうか……」
「それなら心配しないでくれ」
ビンセントは机に置きっぱなしだった十一個の首を回収すると、境界を開けて書類を容れた。
「ビンセント、それ本当に便利だな! 」
本人のビンセントもその事については同感だった。
境界を今いる地点の上空に開いて場所確認の準備を整える。
「滅茶苦茶便利だ。ギルドっていうのはどこにあるんだ? 」
ビンセントは地図を見ながら照らし合わせると、ダボが地図に指示した。
「ここから結構近い、ココだ」
ビンセントは境界を開きなおしてその建物の上空に境界を開きなおした。
「あれか? 」
「あぁそれだ」
ダボから確認を取ると、再度大きく境界を開きなおした。
【シザ国東部市内 ギルド支部】
五人がギルド支部への境界を渡ると、あたりは騒がしくなる。
「ダ、ダボ様がいきなり現れた……一体何が」
ダボは皆を宥める様に両手を前に出して面倒事になる事を否定したが、そんなダボを置いてバルカスはギルド支部へ歩いていき、ビンセント等三人も続いて歩いていく。
「えぇっと、四人共!? まぁいいか、皆! 気にするな! 気にしなくていいぞ! 」
ダボは叫んで四人を追いかけた。
「ギルド支部、久しぶりに入ったな」
終戦以降ギルドという組織と全くかかわらなかったビンセントは、懐かしいように建物内を眼で見まわす。
それはカミラも同じくだが、役所程単調ではない為、色んな物が眼に写るミルにとってはどれもこれもが新鮮であった。
建物は弧を描いたカウンターで区切られており、壁は掲示板が多くを占めている。
場所によりそれぞれ掲示物の内容は異なるが、戦時中は八割がクエスト掲示物を占めていた。
今ではクエストは一割程となり、大半が商業系や組合の物である。
「あっちだな」
バルカスが進んで皆が付いて行く先はクエストのカウンター。
今回は複重依頼で、依頼主はギルドでありシザ国、ダボとバルカスの両国王となっている。
また受注者もシザ国とダボとバルカスの両国王となっている為に、普通のクエストとは全く異なる。
付け加えて討伐対象も組織となっている為に膨大な書類提出を必要とした。
「……そういえば俺ら、セシリオの時こんな書類提出してないよな」
「それはたぶん、サリバンさんがやったんじゃないかしら。国があんな状態だし、そんな書類もいらなかったかもしれないけどね」
「あぁ、なるほど。そうかもしれないな……」
ビンセントがふとそんな事を思い出して心の中でサリバンに謝っていると、バルカスに声をかけられる。
「ビンセント、この台車に書類を置いてくれないか」
「分かった」
ビンセントはギルド職員が急ぎ用意した台車に境界を開くと、綺麗に積まれた状態で台車の上に乗せた。
「ありがとう」
バルカスに礼を言われたビンセントは微笑んで答えた。
山のような書類が現れると、ギルド職員達の事務スペースの方からざわめきが走る。
「バルカス様、本当にパッシィオーネを倒されたのですね……」
ギルド員が顔を青くしながら苦笑いを浮かべると、バルカスはビンセント達を前に言葉を返した。
「私だけでは無理だ。ここのビンセント、カミラ、ミルがいなければできなかった。この国、シザはより豊かになるだろうよ、安全でな」
「さようでございますか……ありがたきお言葉です。それでは、正式な討伐者様はどう致しましょうか」
ギルド員がそう問うと、今度はダボが鞄から四枚の書類を見せて答えた。
「あぁそれならこの書類に書いてある」
四枚の書類には、それぞれ『バルカス・バルバロッサ』『ビンセント・ウォー』『カミラシュリンゲル』『ミル』、この四人の名前が書かれていた。
「お前、そんな書類も用意してたのか。討伐者はシザ国にしなければ、ビンセント達は面倒を受けてしまうのではないか? 」
バルカスの問いに、ダボは目線を上にあげながら右手は顎を触って、考えるように答えた。
「それがな、ビンセントみたいに境界みたいな能力を使う奴が俺の部屋に現れてな。そいつが言うには、ビンセントも国の王になるらしく、パッシィオーネの討伐者をこの四人にしろと言ったんだ。俺は元々そのつもりだったから同意したがな、あいつはそう言うとまた消えてったよ」
それを聞いたビンセント達三人がそれぞれ浮かび上がらせた一人の男は、ビンセントへの『境界』の贈り主だった。
(ノースさんは、何をやってるんだろうか……)
しかしバルカスはまた違ったところで反応している。
「ビンセント達が王に!? なんでだよ、止めとけよ絶対つまらんぞ! 縛られるぞ!? 」
必死な形相でそう伝えるバルカスだが、ビンセントはどうしようもなく苦笑して返した。
「でもなぁバルカス、話が跳ぶように進んでいくものでな、正直俺もよく分からないんだ」
コレを聞いたカミラは失笑したが、バルカスは、あまり納得していないように見えた。
「まぁ、ビンセント達がいいならいいが、一つ忠告するぞ、国務をする奴を作っておいた方がいい。王はビンセント達でもな」
国務を任せる人物として、ビンセント達の頭の中にはまた一人の男が反射的に浮かんだ。
「あぁ、頼まなくても任せてくれって言うであろう人物が一人いるから、その辺は大丈夫だと思う」
それを聞いたバルカスは、自分の事ではないが安心した。
「まぁそれならいいが、ダボ。部屋に現れたそいつの名前なんて言うんだよ」
「それは知らないが、ビンセント達の知り合いだとか言ってたな。とりあえずは、ビンセント達の知名度を上げる為だという事だよ」
「そうなのか、それならいいが。ビンセント、そういうやつに心当たりあるか? 」
「あるっちゃあるな。たぶん、俺とカミラの師匠みたいな人だと思うから」
「ビンセントとカミラの師匠!? どんなバケモンだそいつ?! 」
「化物って、失礼ね。まぁ、その事は否定しないけど……」
「あぁ、すまんカミラ。悪く思わんでくれ、……つい」
バルカスは自分を落ち着かせてダボからその書類を受け取ると、カウンターに置いた。
「ふぅ、そういう事ならいいか。じゃあ、後は法印押せばコレは有効だな」
「はい。ご本人様が法印を押せば、その書類の方々が正式な討伐者という事になります」
バルカスに答えるギルド職員は頭を下げて、一言断ると法印を取りに行った。
「パッシィオーネを潰したってなると、今更だがかなりの大事になるだろう。ギルドがコレを発表すれば、ビンセント達三人と私は知られ渡り、色々と面倒な事になるぞ。それでもいいんだな? 」
「遅かれ早かれそうなるみたいだから、いいさ」
「ビンセントがいいならいいわよ」
「二人が良ければいいよ! 」
三人の答えに笑って返す。
「ハハハッ仲良すぎだろお前ら! 」
ギルド職員が法印の箱を持ってくると、箱を開けてバルカスに手渡した。
「法印でございます」
「はは、おう」
バルカスは笑いながら法印章を確認すると、魔力を込めて書類に押した。
続けてビンセント達も法印をまわしてそれぞれ押し、四人全員が押し終わるとギルド員に提出した。
「――確かに、確認致しました。それではギルド内での処理が終わり次第、クエスト状況の更新と、討伐者の発表等の情報公開をしていきます。報酬金につきましてはまた後日、受注者であるシザ国、両国王のダボ様、バルカス様へお伝え致します。失礼ながら、ビンセント様、カミラ様、ミル様へその事をお伝え願います。これにてクエストを完了と致します。皆様、ありがとうございました」
ギルド職員は深く頭を下げて見送り、他のギルド職員は台車に乗せた膨大な書類を中に押していった。
「これで、パッシィオーネの壊滅は完了だ。……まさかたった一日で終わるとはな」
「おいバルカス、その話はココじゃないだろ。酒場のペッシ予約してるから早く行こうぜ」
ダボが駆け出して四人も笑って後を追った。
四人がシザに渡ってから暫く歩いていると、時間は進んで空は夕に染まっていた。
シザ国では、シザ圏西部の方面から見えた衝撃波と火柱に人々は恐れ唖然としている。
そんな状況下、当事者の四人はその現場からシザ国東部市内を歩いていた。
「うぅ、ごめんなさぃ」
ミルは西部を驚き見る人々にあちこち見回しながら心の中で謝っていた。
無論国の人々は何故そんな事が起きたのかは知らないし、ミルが起こしたとも知らない。
ましてやミルがドラゴンという事を知るはずもない。
「バルカス、すまない。何とかならないか」
ビンセントは人々の様子を見て困り、前を歩くバルカスに問うてみると、
「問題ない。何とかする、ダボがな」
自分ではなくダボが何とかすると即答した。
「そうか、そういえばダボはどうしてるんだ? 昨日の夜別れたっきりだが」
「ダボは今情報処理をしているよ。私達が実際行動して結果を出し、後はダボの役目さ」
バルカスが言うには、ビンセント達三人と出会った時の夜にダボは報告書のベース作成をしていたらしい。
「今頃両手に王印と法印でも持って乱舞してるだろう」
自国の裏世界であるパッシィオーネを滅ぼすという、急であり得ない行動を開始した今日の朝、
ダボは四人がパッシィオーネを言葉通り潰してくると信じ、作成した書類に法印と王印を朝早くから押していた。
証拠が揃わなければこの書類は全て虚偽の物とされるが、証拠は今バルカス等四人が持ち、ダボの元へ運んでいる。
「なるほどな、殲滅戦に続き情報戦か」
「出来る限り早い方がいいからな。少しフライング気味にやってもらっている」
「国王っていうのも大変ねー」
「まぁ、一応国を背負ってるからな。私やあんなんでも」
「戦ってたバルカスかっこよかったよ! 」
「ははっありがとうミル」
バルカスに付いて歩いていると、大きな通りに出る。
「ここだ」
四人の目の前には水堀に囲まれた、割れた白石積みの大きな建物がある。
「ボロボロだな、城か? 」
「そう。――あれは元ケル国の城、ラス城だ。ボロボロなのは、戦争の跡を残そうとダボがあえて直さなかったからだ」
ラス城を囲む水堀には一本の橋が架けてあり、橋の前には槍を持った二人の見張りが立っている。
バルカスが顔を見せると、少し顔を青くしながら敬礼をした。
「バ、バルカス様! ご機嫌麗しく存じ上げます」
「まぁ、多少はな。後ろの三人は私の客だ、少し邪魔するぞ」
「ハッ! 」
見張りを抜けて橋を渡って城の門前に行くと、更に二人の門番が立っていた。
「バルカス様、ご機嫌麗しく存じ上げます」
「まぁ少しはな。邪魔するぞ」
「ハッ! 」
【シザ国東部市内 ラス城】
門番が城門を開いて四人を通すと、ビンセントは城内と思えないような情景を見る。
中にいる者は書類を持ちながら慌ただしく走っており、報告の声があちらこちらから聞こえてくる。
「バルカス……これは」
「あぁ、城はただの遺物だし、私も城を城としては使ってないよ。ラス城は今一つの商業組織の建物に過ぎない。主にシザ国の商業全般の情報整理と貿易、後はダボの国務だな」
バルカスが三人にシザの城の事を説明している間にも、場内で働く人々は走り回っている。
「あ、バ、バルカス様!? ご機嫌麗しゅう!! ッおいピスト、ココのリスト番号違うぞ! 修正急げ! 」
「はい! ――っえ!? バルカス様! ご機嫌麗しゅう存じます! 」
「――パッシィオーネの入れ替わり用書類完了しました! 」
「よし! ノクはそのままロッチ様に報告してくれ! 」
「分かりました! 」
職員は走り回る中、バルカスが目に入れば驚きながらも挨拶をしてお辞儀をすると、そのまま走り抜けて仕事を続ける。
「私達がここにいては迷惑みたいだな、早くダボに会って証拠をくれてやろう」
バルカスに続いて正面の広い階段に向かって歩いていると、一際慌ただしい大男が一人、二階の廊下から走り出てきた。
「やっばい! ケニー! ケニー・ロッチいるか!? 」
大男は国王の一人、ダボ・ラスだった。
「ここですよダボ! なんですか? 」
書類の山に埋もれるケニーは法印をポコポコ押しながら答えていた。
「やばい法印失くした! 貸してくれ! 」
「またですかダボ!? アナタ今日一日で何個失くすんですか?! 私も十個目までは数えてましたよ! 」
ケニーは叫びながら走って階段へと向かう。
「悪い、だが西部の謎の火柱のベース書類は作ったぞ! 」
ダボはそう言いながら階段を駆け下りていると、階段の真ん中あたりで躓いた。
「ぅわっ! っがぁぁぁああっ――!! 」
見事に一階まで滑り落ち、散らばる書類の中、バルカスの目の前で止まる。
「ようダボ。やってくれてるようだな」
痛みに涙浮かべて頭を押さえるダボだが、その声を聞いて涙も引っ込む。
「おぉ! バルカス、ビンセントにカミラちゃん、ミルちゃん! 」
「こっちは全部完了だ」
ビンセントは細長く境界を開くと、パッシィオーネのボス、ドン・コルスト・ボルリオーネと幹部十人の首を覗かせた。
「凄いな……。という事は、後は俺達の仕事だな」
「そういう事だ。私も出来る事があればやるがな」
「いや、皆は休んでてくれ」
ダボがそう言って返すと、ケニーが息を切らせて走ってきた。
「皆様?! という事はパッシィオーネは……、流石です」
ケニーが四人を見て察すると、ダボに法印を渡した。
「ケニーは俺達に付いて、書類への念写を頼む。これでパッシィオーネは片付くな」
ダボはケニーに命令すると、ケニーは命令を受けて部下を呼ぶ。
「メイスン! 僕はダボ達と仕事をするから、提出書類はダボの部屋の扉横に置いといてくれ」
「ハッ! 承知致しましたロッチ様! 」
「様はやめろ、行け! 」
「承知致しましたロッチ様! 」
部下に事を伝え、ケニーは四人に付いて行った。
長い階段を上って右側の通路を歩いていくと、ダボが一つの扉を開けて五人を招き入れた。
ダボの部屋は書類に散らばっていたが、窓とは違う開口で外が眺められるのである。
「ダボ、相変わらずだなお前の仕事部屋は」
「何事も新しい事が全てでもないぞ。遺す物は遺す物だ」
夕日が照り、風が吹く場所を見れば、大きく崩れ空いた破壊跡が壁に在った。
外部からの魔法攻撃跡だろうか、城の石壁は焦げ砕けていた。
シザという大きな国の一国王でありながら、こんな状態の部屋で仕事をするとは、クロイス国王を見てきたビンセントからすれば、ダボ・ラスという男に改めて驚かされるのだった。
「早速だが、コルスト・ボルリオーネと幹部十人の首をこの机の上に出してくれないか。あ、汚れとかは別に気にしないからね」
ダボに言われた通りにビンセントは、大きな机の上に首を十一個置いた。
「よくやったな本当に。俺の最初の願い、バルカスのイラツキの根源を本当に消してくるとは、信じていたが、実際達成されたのだから驚いたぞ」
「私はそんなにイラついてはいない。私のイラツキの原因はこいつだ、この下衆野郎」
バルカスは幹部、ムッソ・リノーラの首を叩いた。
「こいつのせいなんだよ」
「そうだったな、本当に良かった」
ダボは一息つくと、ビンセント達を見て何故か数秒の間眼を瞑った。
その後は何事も無く眼を開け、書類の山を手に取る。
「おいケニー、急いでんだろ? 早いとこ念写しろよ」
「やりますから、ダボを除く皆さんはどうぞ席に座って待っててください。――召喚魔法『椅子』」
ケニーは上等な椅子を四脚召喚すると、四人はそれぞれ礼を言って座った。
ダボが作成したギルドへの報告書十一枚を机にのせると、それぞれ報告書一枚とパッシィオーネの首に手を当てて魔力を込めた。
魔力を込められた報告書には文章と、首の顔がデスマスクのように浮かび上がった。
「……ああいう感じにやってたのね、証明って」
「色々書類に浮かび上がってるな、あれも魔法なのか? 」
「鑑定スキルを兼ねた魔法だ。ああやって情報体を紙に写し込んでるんだ。鑑定屋や、ギルドとか役所の情報屋はあれを総じて念写って呼んでるらしい」
役所と鑑定屋と言われて、ビンセントとカミラはクロイス国サラスト区役所のカンノーリを頭に浮かべた。
「あぁ、そういえば、カンノーリさんが念写って言ってたわね」
「そうだっけ? 」
「カンノーリ? 鑑定家のか? あいつとも知り合いなのか」
「一応知り合いだな。ステータスの事で世話になったよ」
バルカスはカンノーリという人物を深く知る訳ではないが、カンノーリがその道のプロが認める程のプロという事は聞いていたし、受けている闇深いような仕事もこなすことは聞きかじった程度では知っていた。
「なるほどな、ステータスの編集か。ビンセント達の事だ、仕方ない事があったんだろう」
「まぁね」
バルカス達が話している間に終わったのか、ケニーは書類を整えてダボに提出していた。
「おぉケニー助かるぞ。後は印を押して終わりだな」
ダボはケニーから受け取った法印と、机の引き出しからもう一つ、金色の四角い印を出して魔力を込めた。
「ダボ、王印は失くさないでくださいね? 」
「……心配するなケニー、コレは失くさない。机に入れてあるからな」
書類に大きな印を二つずつ押していく。
「法印もちゃんと箱と机に入れて保管してください……」
ケニーに突っ込まれながら、パッシィオーネの件の最重要書類が出来上がっていく。
ダボが印を押す中、バルカスは座ってそれを見ているが、ふとビンセント達三人の視線に気が付いて振り向く。
「……私は失くした事ないぞ、法印も王印もな。今私の屋敷の中に置いてある」
「……意外だ」
「意外とはなんだビンセント」
「いや、しっかりしてるなぁ、と思って」
「バルカスしっかり者! 」
「……ごめんねバルカス、私達はこういう感じなの」
「いや、いいよカミラ。今日一日でだいぶ分かった」
ダボが王印を箱にしまって机に入れると、貸してもらった法印をケニーに返して席を立った。
「よし、完了だ」
ダボがそういう中、ケニーは部屋の扉を開けて床に置かれた山のような書類を確認する。
「そう、ですね……あ、ここ違う。修正っと、……はい十一名分在り。リストも完了の様です」
鑑定スキルをフル活用して、山のような書類に目を通していく。
「組織の所有する不動産を含む財産の没収と、国への権利還元報告書類。今回の事で起きる損益、……やっぱり底が下がりますね、仕方ないですが……」
部下達が提出した報告書と作成された権利書やギルドへの要請書に目を通し、誤った箇所はその場で訂正した。
「以上ですダボ。パッシィオーネの件は全て完了です」
それを聞いたダボの安堵する顔と言ったらない。
「次は西部で起きた謎の衝撃波と火柱の件です」
それを聞いたダボの絶望する顔と言ったらない。
「……いいさ、ベース書類は作ったんだ。後は真相を確認して書けば完了だ、ははは、はぁ」
「あぁ、その事だが……」
ダボが独り言のように呟くと、バルカスが苦笑しながら口を開く。
「あれやったの私等で、パッシィオーネの工場を湖に変えた」
ダボはバルカスが言った事を理解できずに口を開け、間抜け面でバルカスを見ていた。
「ん? もう一度言うぞ? パッシィオーネの工場の場所が湖になった」
「ちょっと待て、どうしてだ? 」
工場の土地を深い湖に変えた張本人であるミルは、カミラに抱かれながら額に汗を垂らして笑みを浮かべていた。
「魔法でな、汚い土地を綺麗な湖にしたんだ」
「いや、ん? 魔法でか? 」
「あぁそうだ。魔法ってやつは不思議なんだ」
顔を青くしたダボだが、バルカスの笑みと推しにより言葉を反せないでいる。
バルカスから視線を外し、数歩行ったり来たり歩くと、表情固まった顔で戻ってきた。
「魔法なら仕方ないな」
ダボは納得した。
「ケニー。西部の火柱の件は、湖を起こす為起こした物としよう。あそこは確か、地中海から離れていた場所だから、旅人や行商人を癒す場所となるだろう。……バルカス、湖の規模はどのくらいだ? 」
「そうだな、東部市のシスト区くらいならスッポリ入るんじゃないかな」
「それなりに大きな湖と……、よし」
ダボが書類に文字をさらさらと書いてケニーに見せた」
「……シザ圏の活用と水源の提供の為の湖開発。急な実行の謝罪と、いいでしょう」
「よし、じゃあまずは組織員達で火柱の件をシザ国内の掲示板に載せるように頼む。決行者はとりあえず何も公表をしないでくれ。あ、後掲示したら今日は解散という事を皆に伝えてくれ、とりあえず人々にこの事を知らせるんだ。最後に、ケニーは終わったら昨日の酒場ペッシに来てくれ」
「わかったダボ」
ケニーはダボから命を受けて部屋を飛び出した。
「ふぅ……」
「機転が利くじゃないか」
「仕方ないだろ、後は俺がギルドにこの書類の山を提出するよ。それで全てが完了だ」
「私も付いてくよ」
バルカスが付いて行くと言い、無論その気だったビンセント達三人も同調する。
「それは助かる、じゃあ早速行くか。……その前に、この山の書類をどう持っていこうか……」
「それなら心配しないでくれ」
ビンセントは机に置きっぱなしだった十一個の首を回収すると、境界を開けて書類を容れた。
「ビンセント、それ本当に便利だな! 」
本人のビンセントもその事については同感だった。
境界を今いる地点の上空に開いて場所確認の準備を整える。
「滅茶苦茶便利だ。ギルドっていうのはどこにあるんだ? 」
ビンセントは地図を見ながら照らし合わせると、ダボが地図に指示した。
「ここから結構近い、ココだ」
ビンセントは境界を開きなおしてその建物の上空に境界を開きなおした。
「あれか? 」
「あぁそれだ」
ダボから確認を取ると、再度大きく境界を開きなおした。
【シザ国東部市内 ギルド支部】
五人がギルド支部への境界を渡ると、あたりは騒がしくなる。
「ダ、ダボ様がいきなり現れた……一体何が」
ダボは皆を宥める様に両手を前に出して面倒事になる事を否定したが、そんなダボを置いてバルカスはギルド支部へ歩いていき、ビンセント等三人も続いて歩いていく。
「えぇっと、四人共!? まぁいいか、皆! 気にするな! 気にしなくていいぞ! 」
ダボは叫んで四人を追いかけた。
「ギルド支部、久しぶりに入ったな」
終戦以降ギルドという組織と全くかかわらなかったビンセントは、懐かしいように建物内を眼で見まわす。
それはカミラも同じくだが、役所程単調ではない為、色んな物が眼に写るミルにとってはどれもこれもが新鮮であった。
建物は弧を描いたカウンターで区切られており、壁は掲示板が多くを占めている。
場所によりそれぞれ掲示物の内容は異なるが、戦時中は八割がクエスト掲示物を占めていた。
今ではクエストは一割程となり、大半が商業系や組合の物である。
「あっちだな」
バルカスが進んで皆が付いて行く先はクエストのカウンター。
今回は複重依頼で、依頼主はギルドでありシザ国、ダボとバルカスの両国王となっている。
また受注者もシザ国とダボとバルカスの両国王となっている為に、普通のクエストとは全く異なる。
付け加えて討伐対象も組織となっている為に膨大な書類提出を必要とした。
「……そういえば俺ら、セシリオの時こんな書類提出してないよな」
「それはたぶん、サリバンさんがやったんじゃないかしら。国があんな状態だし、そんな書類もいらなかったかもしれないけどね」
「あぁ、なるほど。そうかもしれないな……」
ビンセントがふとそんな事を思い出して心の中でサリバンに謝っていると、バルカスに声をかけられる。
「ビンセント、この台車に書類を置いてくれないか」
「分かった」
ビンセントはギルド職員が急ぎ用意した台車に境界を開くと、綺麗に積まれた状態で台車の上に乗せた。
「ありがとう」
バルカスに礼を言われたビンセントは微笑んで答えた。
山のような書類が現れると、ギルド職員達の事務スペースの方からざわめきが走る。
「バルカス様、本当にパッシィオーネを倒されたのですね……」
ギルド員が顔を青くしながら苦笑いを浮かべると、バルカスはビンセント達を前に言葉を返した。
「私だけでは無理だ。ここのビンセント、カミラ、ミルがいなければできなかった。この国、シザはより豊かになるだろうよ、安全でな」
「さようでございますか……ありがたきお言葉です。それでは、正式な討伐者様はどう致しましょうか」
ギルド員がそう問うと、今度はダボが鞄から四枚の書類を見せて答えた。
「あぁそれならこの書類に書いてある」
四枚の書類には、それぞれ『バルカス・バルバロッサ』『ビンセント・ウォー』『カミラシュリンゲル』『ミル』、この四人の名前が書かれていた。
「お前、そんな書類も用意してたのか。討伐者はシザ国にしなければ、ビンセント達は面倒を受けてしまうのではないか? 」
バルカスの問いに、ダボは目線を上にあげながら右手は顎を触って、考えるように答えた。
「それがな、ビンセントみたいに境界みたいな能力を使う奴が俺の部屋に現れてな。そいつが言うには、ビンセントも国の王になるらしく、パッシィオーネの討伐者をこの四人にしろと言ったんだ。俺は元々そのつもりだったから同意したがな、あいつはそう言うとまた消えてったよ」
それを聞いたビンセント達三人がそれぞれ浮かび上がらせた一人の男は、ビンセントへの『境界』の贈り主だった。
(ノースさんは、何をやってるんだろうか……)
しかしバルカスはまた違ったところで反応している。
「ビンセント達が王に!? なんでだよ、止めとけよ絶対つまらんぞ! 縛られるぞ!? 」
必死な形相でそう伝えるバルカスだが、ビンセントはどうしようもなく苦笑して返した。
「でもなぁバルカス、話が跳ぶように進んでいくものでな、正直俺もよく分からないんだ」
コレを聞いたカミラは失笑したが、バルカスは、あまり納得していないように見えた。
「まぁ、ビンセント達がいいならいいが、一つ忠告するぞ、国務をする奴を作っておいた方がいい。王はビンセント達でもな」
国務を任せる人物として、ビンセント達の頭の中にはまた一人の男が反射的に浮かんだ。
「あぁ、頼まなくても任せてくれって言うであろう人物が一人いるから、その辺は大丈夫だと思う」
それを聞いたバルカスは、自分の事ではないが安心した。
「まぁそれならいいが、ダボ。部屋に現れたそいつの名前なんて言うんだよ」
「それは知らないが、ビンセント達の知り合いだとか言ってたな。とりあえずは、ビンセント達の知名度を上げる為だという事だよ」
「そうなのか、それならいいが。ビンセント、そういうやつに心当たりあるか? 」
「あるっちゃあるな。たぶん、俺とカミラの師匠みたいな人だと思うから」
「ビンセントとカミラの師匠!? どんなバケモンだそいつ?! 」
「化物って、失礼ね。まぁ、その事は否定しないけど……」
「あぁ、すまんカミラ。悪く思わんでくれ、……つい」
バルカスは自分を落ち着かせてダボからその書類を受け取ると、カウンターに置いた。
「ふぅ、そういう事ならいいか。じゃあ、後は法印押せばコレは有効だな」
「はい。ご本人様が法印を押せば、その書類の方々が正式な討伐者という事になります」
バルカスに答えるギルド職員は頭を下げて、一言断ると法印を取りに行った。
「パッシィオーネを潰したってなると、今更だがかなりの大事になるだろう。ギルドがコレを発表すれば、ビンセント達三人と私は知られ渡り、色々と面倒な事になるぞ。それでもいいんだな? 」
「遅かれ早かれそうなるみたいだから、いいさ」
「ビンセントがいいならいいわよ」
「二人が良ければいいよ! 」
三人の答えに笑って返す。
「ハハハッ仲良すぎだろお前ら! 」
ギルド職員が法印の箱を持ってくると、箱を開けてバルカスに手渡した。
「法印でございます」
「はは、おう」
バルカスは笑いながら法印章を確認すると、魔力を込めて書類に押した。
続けてビンセント達も法印をまわしてそれぞれ押し、四人全員が押し終わるとギルド員に提出した。
「――確かに、確認致しました。それではギルド内での処理が終わり次第、クエスト状況の更新と、討伐者の発表等の情報公開をしていきます。報酬金につきましてはまた後日、受注者であるシザ国、両国王のダボ様、バルカス様へお伝え致します。失礼ながら、ビンセント様、カミラ様、ミル様へその事をお伝え願います。これにてクエストを完了と致します。皆様、ありがとうございました」
ギルド職員は深く頭を下げて見送り、他のギルド職員は台車に乗せた膨大な書類を中に押していった。
「これで、パッシィオーネの壊滅は完了だ。……まさかたった一日で終わるとはな」
「おいバルカス、その話はココじゃないだろ。酒場のペッシ予約してるから早く行こうぜ」
ダボが駆け出して四人も笑って後を追った。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)
青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。
ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。
さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。
青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる