モブの元RPGの進め方

O.F.Touki

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一章 巻き込まれたモブ

2話 『既にあった運命』

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【クロイス城下町】
「お……」
 街の中に魔物がいる、方向から考えずとも城から湧いているのが分かる。
「あれー? もしかして遅かったっぽい? 」
(この人達からしたらこんな魔物達何でもない。だが街の人にとっては命にかかわる脅威だ)

 ビンセントは魔物の大群を見るなり、歯噛みして剣に手を伸ばした。
「街の魔物殲滅してる暇は今はない、一刻も早く『水』のところに」
(――残酷かもしれないが、湧き続ける魔物を倒している暇はないな)
 エリスの言葉に剣を抜くビンセントの手が止まる。
「一気に行くよ」
 エリスが言い出し、前の魔物以外を無視しての進撃を始めるが、速い。あまりにも。
 両手を空けて全力で進むビンセントだが、前で魔物を粉砕するエリスとノースに追いすがるので精いっぱいだ。しかも、二人は時々ビンセントの存在を後ろを見て確認していた。これでも、ビンセントに合わせての行動だった。

 暫く進むが、ノースは辺りを観察して、落ち着いた口調でエリスとビンセントに言った。
「大丈夫そうだ。今魔物はただいるだけで何もできないさ。ただ大臣は『水』を使ってるし、ルディもいるだろうし急ごうか」
 エリスはノースの言葉を了承して急いで城へ向かった。言われて気が付いたが、建物は壊れているが、人の死体を見ていなければ、人を襲っている魔物も見えなかった。

「エリスさん、あの塔から湧いてます」
 城前に着いた三人は、周囲を見回して周りの状況を把握した。中庭に大きな穴ができており、地下が丸見えになっている。城の一番高い塔から、わらわらと大量の魔物が湧き出ている
「階段上ってる暇なさそうだし、空間魔法使うね」
 ノースはそう言うと宙に浮いた。
「ほらエリス、ビンセント君。ハイタッチ! 」
「そういうのいいわ」
 ノースに触れた瞬間身が軽くなり、宙に浮いていた。
「よっしゃ行こう」
 ノース達の進む方に体が勝手に進み、塔の頂上に着いた。

【塔内部】
 塔の石壁は所々砕け、内部は酷く荒れていた。魔物がどこからともなく出現しており、室内は魔物で溢れている。そんな中に、クロノス二世がまるで見慣れた戦死者の様に倒れていた。

 エリス達の言う『水』はこぼれて床を濡らしている。どうやら魔物はその周囲から湧いているようだが、魔物が多すぎて数秒後にはその光景も魔物の姿に覆われて見え隠れしている。

 ビンセントを除き勇者一行の二人は、周囲の魔物を無視して『水』と今回の主犯とされる存在の元へと歩み寄っていき、ビンセントは慌ててその後を追った。

 その先には、果たしてそのモノが在った。クロイス国大臣の格好をした魔物は、その水に触れながら笑っている。
「王もバカでしたねぇ……人の身でこの水を扱おうなどと、それにまさか本当に私の言ったとおりに『飲む』とは、生きていられると思ったのでしょうか……ヒヒッ」
 ぼそぼそと笑いながら、元凶の大臣だった魔物は独り言を言い、何やら呪文を呟いている。
「あぁ、こぼしてる……」
 エリスは、一言呟きながら魔物の真後ろに立った。大臣の格好をした魔物は、エリスに気が付いていない。
 エリスが魔物に触れるその時、魔物の真上の空間が酷く歪み、その中から男が現れた。
「おー魔物だ! 久しぶりだな! 」
 現れた男はそう言いながら、着地と同時に素手で魔物を裂いた。元凶の魔物は断末魔一つ上げず、ただ男の手の通った痕を両断面に残して二つに分かれている。
「遅い到着ねルディ」
「ごめん。いろいろ手間取っちゃった」

 元凶との呆気ない決着を余所に、エリスと空間から現れた『ルディ』と言われる男は、なんの気にもせずに話し始めた。
 ビンセントはというと、『ルディ』という名前を聞いて驚きつつも困惑した。伝説の勇者である『ルディ・ノルン』だ。いきなり現れては驚くのは、少し感覚が麻痺しつつあるビンセントと言え当然の事だろう。では何故困惑をするのかといえば、個人的に抱いていた厳格なキャラクターイメージとだいぶ違う為だ。

 ビンセントは大臣の野望が無になった事など気にせずに、そのイメージ違いの伝説の勇者の姿を眺めていた。
「手間取ったって何をしていたの? 」
 ノースが机に座りながら聞いた。現状況、モンスターがウヨウヨいるのは変わっていない。といえばマシに聞こえるが、魔物はまだまだ増加中の為、魔物密度は高くなり続けている。

「いやさ、シャワー壊れてて。俺そういうの直すの苦手だしさー」
「あなたなら魔法で直せるでしょ、ていうかビショビショなのそれのせいか」
(なんだ……この人)
 ビンセントはそう思いながら静かに、ただ突っ立って、ただ黙ってその姿を、伝説の勇者一行の姿を近くで見ていた。ビンセントの感覚は、恐らく麻痺しつつある。彼の過去から言えば、修羅場と言える場面は無数にあった。だが、この謎な場面に出くわしたことは無かった。

「ルディ、風邪ひくよ。ほら―― 」
 ノースはそう言うと、何かの魔法なのかルディのビショビショの身体や服を綺麗に乾燥させていた。
 ビンセントは、クロイスの計画を止めようと意気込んでいた数分前のエリスの姿を思い返してみた。
現在のエリスはというと、二度見どころか何度確認しても、ルディとシャンプーの話で盛り上がっている。
「あの、エリスさん、魔物が……」
「ん? ……あ」
 少し心配になったビンセントがエリスに声をかけると、思い出したかのように、『そういえば』程度に反応した。

「ノースさん? ノース――」
 ノースはゴブリンタイプの魔物と遊んでいた。ゴブリンの目の前で手を開くと、ゴブリンはそれに驚いたような風で大げさにお城に倒れた。それを同じゴブリンでやっていたのだ。
「ノースさん」
「あ、ごめん、なんか懐かしくてさ」
 ノースは少しだけ申し訳なさそうに、片手を頭にやって微笑んだ。
「それはそうと、この水何? 」
 シャンプーの話から脱したルディは、水の入った瓶を持ち上げた。すると、床にこぼれていた水がビンの中に戻った。
「わー、なんだこれ面白いね。そういえば、のど乾いたよ、シャワーが暴走して辺りが水浸しになって、もうバタバタだったんだぜ――」
 そういうとルディは水を飲み始めた。ビンセントはもはや真顔であった。真顔の訳は、恐らくコレがルディの素なのだろうと悟ったからだ。
『あ―! 』
「え、なに? 」
「……平気? 」
「何が? 」
 エリスとノースは、『水』を飲んだルディを心配しているが、ルディ本人は気にもしていないようだった。

「いやルディ、そんな水普通飲もうとしないでしょ」
「そんなこと言われても……、飲んじゃった物は仕方ないでしょ……」
 もっともな事を言うエリスの口調は、慣れのようなものを感じさせる。
「あの、皆さん魔物は……」
「そうだよ、ルディ、ノース。早く街の魔物片づけないと」
「そうだね、っと……ん? 」
 ビンセントの何度かの呼びかけで勇者一行が動き出したが、ルディが立ち止まった。
「どうしたの? 早く行くよ」
 エリスはそう言ってビンセントと振り返ってルディを見ると、禍々しいオーラに包まれていた。
「ルディさん!? 大丈夫ですか!? 」
 ビンセントは今までに感じたことのない程の力を全身で浴びた。一目姿を見るなり、恐怖の叫びに似た声が出て、同時にルディの安否を確認するような言葉を表面的につけていた。

「おー! 凄いコレ、久し振りなコノ感覚……! 新しい力が身につきそう! 」
 またルディ本人はというと、凄絶な笑顔で楽しんでいた。雰囲気だけ感じるとすれば禍々し過ぎるだけに、戦争時代の今亡き大賢者達がここにいれば、皆口合わせて『魔王だコレ』とでも言うのだろう。

「おっ」
 そんな雰囲気の根源である禍々しいオーラはルディの中に消えた、すると周囲の騒音が止んだ。
「あら、魔物の動きが止まったようね」
 魔物の呻き声や破壊音が止まり、辺りを見渡すと、エリスの言う通り魔物の動きが完全に止まり、まるで石像の様になっている。
「これって、どういう事……」
 ビンセントは再び、恐る恐るルディを見た。すると――
「あー、いいのにー。ありがとうゴブリン」
 魔物のゴブリンが、ルディに対してグラスに注がれた水を差しだしている。
「いエ!ルディ様先ほど喉が渇いているとおっしゃられたのデ! 」
「ごめんねー。ありがとう」
(な、なんだこれ……)
 ビンセントは異常事態を感じる感覚を取り戻し、この状況に混乱できている。
「テーン。ルディは、新しい魔法を覚えた」
 ノースは相も変わらない様子で、ルディの後ろで身を潜めて何か言っている。ビンセントの戸惑いもノースの言葉も意に介さず、魔物はルディに懐いており、ルディは足元のクロイス二世に気が付く。

「え、この人? あぁ、なんで死んだの? 」
 ビンセントはすっかりクロイス二世の存在を忘れていたが、ルディの言葉で思い出した。ルディの質問を受けて、ゴブリンがクロイス二世を調べている。
「アぁーなんか魂抜かれたっぽいですヨ」
「そうなんだ、それはかわいそうだね」
 ゴブリンの答えを聞くルディだが、クロイス二世の死に関しては関心がなさそうだ。

「ゴブリン君、それはそうと君エライねぇ」
「イぇいえ、ルディ様のようなお強い魂のお方に仕えられるとは、私共も幸せにございまス」
(つ、仕える!? ルディさんは、魔王にでもなったのだろうか)
 ゴブリンの発言に、勇者一行は驚く素振りも見せていない。ビンセントは心の中で驚くが、表情には抑え込んだために引きつったような驚き顔が出来上がっていた。エリスは一瞬横目でビンセントを見ると、ルディに歩み寄った。

「ルディ、魔物達が言うこと聞いてくれるなら、いったん帰ってもらったら? 」
 水から出てきた魔物の目的は全く分からない。しかし、このまま魔物が姿を消さなければ城下町の人々が怯えて離れていき、クロイス国は滅びることになるだろう。
「そうだね。ゴブリン、皆といったん帰ってもらえるかい? 」
 流石に無邪気なルディでも、エリスの言った様な事を、恐らくルディも考えているのだろう。ビンセントは少なくともそう考え、そうなのだと祈る。ルディは実際にそうするようゴブリンに願い、ゴブリンは理解してうなずいた。

「ハい!わかりましタ! 」
 ゴブリンはそう言うと、塔の外に向かって叫んだ。その叫びは魔物の間により共鳴され、全ての魔物に伝わったのか、霧の様になって消えていった。
「それデは、私共は帰還します。またいツでもおよびくださイ」
 ゴブリンも丁寧にお辞儀をして消えていった。国を覆う魔物の大群が、数秒の間に全て消え去った。
しかし、残ったものは元通りのクロイス国ではない。ビンセント達のいる塔は酷く崩れ、城も同じく崩壊している。城下町も酷い状態になっており、何よりも人の状態が大きく変化したであろう。

 魔物が消えた直後は静寂が数秒続いた。しかし、静寂は細い奇声のような声に消えていく。人々の声がぽろぽろと響いてくるのだ。
「さて、魔物はいなくなったし、クロイスの計画も台無しにできたけど、街は混乱状態だね」
「そうね、どうしようか。そういえば、ゴブリン達は消えたけど『コレ』はまだ残ってるわね」
 エリスは大臣だったモノを見て言った。

「こいつが魔王復活を目論んでたってことにでもしようか、悪いの全部こいつ、クロイス殺したのもこいつってことで」
 ノースの言う通り街の人々混乱状態にある。それを鎮めるためには、それ相応の対応が必要だ。ルディが言うように、魔物だった大臣の死体を人々に見せて、報告する他にはないだろう。

「そうだねー、このままクロイスの死体と僕たちセットで人にでも見られたら、明日の掲示板で――」
「『元伝説の勇者一行。クロイス国王殺害』とか書かれそうだよ」
 ノースは半分冗談でそう言ったが、実際のところクロイス二世は国民の反感は大きく買っているが、直接の利害関係者以外の支持はされていない為、勇者一行とクロイス二世を天秤にかければ、いくら自国王とはいえ皆勇者一行を支持するだろう。それほどの名声があるので、万が一にも『殺害容疑』等はかけられることが無い。

 しかし、現当事者のビンセントとしては、『伝説の勇者』というおそらく現在最高の名も薄れ、まさに今勇者一行と自国王が天秤にかけられている。結果的に正しい事をしているわけだが、心では『やっちゃった』である。
「あれ、大臣だけなの? 国王さんも悪いんじゃなかったっけ」
「国王がそうなると色々とめんどくさいのよルディ」
 エリスがめんどくさがるように、国民からしたら無支持王とはいえ、外国をはじめとする多くの問題が出てくるため、できる限り国内で丸くしたい。

「ここはひとつ国王の闘技場の件も、悪いとこ全部大臣のせいにしましょう」
「よっしゃそうしよう! 」
 エリスの中で考えがまとまれば後は早い。
「僕もそれでいいと思うよ。とりあえず『コレ』討伐して魔物消えたってことにしよう」
「よっしゃ、じゃあ街の皆に報告だ!勇者一行が闇を祓ったってね! 」
 ノースもルディも賛同し、勇者一行がまとまった。まとまった結果は、『大臣が全部悪い』だ。
 エリスは二つに分かれた大臣の死体をマシな見た目に戻し、更に大臣の残骸に何やら魔法をかけ、浮遊させた。
「よし、行こうか」
 ノースはそう言って空間に大きな扉を作り、開いた。

【城下町】
 ビンセントが驚いたことに、ノースの作った扉は城下町の広場に通じていた。
 夜空の下で人々は混乱状態にあった。崩れた建物の中に息を潜めて隠れている者は多いが、四人の目に映る人々の姿は、それぞれ武器を構え、恐怖と怒りを混ぜたような表情で俊敏に視界を操って警戒をする人達だ。その重い空気に、流石にそうなるだろうなとビンセントは思ったが、ルディはスタスタ歩いて、口を開いた。

「クロイス国民の皆! 魔物やっつけたぜ! 平和になったぜ――」
 エリスがルディの口をふさいだ。
 ルディの言葉に皆注目をした。多くの者は二度見をしてその姿に釘付けになった。辺りの空気が少し変わった。人々は顔を見合わせ、呟き合い、建物の中に隠れていた人々もルディの元に集まり、数分も経たず広場に人垣できた。

 人が十分に集まったのを見て、エリスが口を開いた。
「皆様。魔物が出没しましたが、魔物の将を討ちとり、魔物は全て消えました。しかし、国王が国民の皆様を守るため、名誉の戦死を遂げられました」
 塔の中で話した通り、あくまで国王は民の味方であったという事にしている。人々はエリスの言葉を受けて、あっという間に広場はざわついた。
「国王が亡くなられた!? 」
「勇者様だ! ……だよな? あの人――」
「あの国王が、俺たちの為に……? 」
「本当に魔物は消えたのか――」
 人々の声は重なり合い、一声一声がそれぞれ大音声で飛び交う。ビンセントの耳には言葉が重なりすぎてうまく聞き取れないが、おおよそは『魔物が消えたのか』と『あれ、勇者ルディだよな? 』の二つに分かれていた。
「あの……あなた達は、いったい何者なのですか、やっぱり――」
 最前にいた一人が、半ば愚問を恥じる様に、又確信を得て問う。
「私達は、以前魔王を討伐した、ルディ小隊です」
「(ほらっ、今よルディ、前へでなさい。)」
「あ、あぁ」
 ルディにしか聞こえないようなエリスの小さな声を受けて、若干しょぼんとした伝説の勇者が前へ出た。

「……あの姿、お顔、やはりそうだ。二年前のパレードでみた、伝説の勇者様だ――」
「あの方がやはり、ルディ様か……」
「勇者一行が、また俺達を救ってくれたんだな! 」
 人々はルディの姿に確信を持ち、心が救われた。
「ルディ、大臣を前に」
「これが魔物の将です」
 ノースの言葉を受けて、ルディは人々の前に魔物姿の大臣の死体を出し、エリスは今回の事件について説明をした。
「この魔物は、大臣になりすましていたのです。元戦士闘技制も大臣が無理に制定したものでした」
 これを聞いて人々は、泣く者もいれば怒り出す者もいた。
「闘技場で散った、全ての戦士達、そしてその家族の皆様……、仇はとりました」
 泣いていた人は、さらに泣き、怒りを表していた人は地に膝をつき泣いていた。
「(ここいらで引き揚げよう。)」
 ノースがエリスに小さく伝え、エリスは頷いた。
「この事件の詳細は、また後日掲示板に出します、詳しい事はそれでご確認ください」
「それでは、皆様。私共はこれにて失礼します」
 人々への報告が済み、ノースは大臣の死体を抱えて歩き始めた。
勇者一行とビンセントが歩く先、人垣が分かれて道ができた。その中で人々から礼の言葉が数多く聞こえた。

 人々から離れ、四人は街外れの道を歩いていた。ノースの担いでいた魔物の死体は途中で消滅させた。
大臣の体は禍々しい霧のようになり、ビンセントの目にも懐かしいような、魔物の消滅がそこに在った。

 勇者一行の次の目的が何か分からないまま、ビンセントはただ三人について歩いている。
「終わったね」
「城内物色しに行く? 」
「いや、いいわ。宿行って一休みしましょう」
 ルディは当たり前のように城内物色というが、その言葉を一蹴したエリスの言葉にビンセントは賛同した。それからビンセントは、今まで衝撃なことが続いてい為に忘れていたルディへの挨拶をした。

「ルディさん」
「うん? 」
「挨拶まだだったので、初めまして。ビンセント・ウォーです。宜しくお願いします」
「あぁ、そういえばまだだったね。一応ノースから聞いてたけどね! 初めまして、ルディだよ」
(い、いつの間にノースさん……)
 ビンセントはノースの姿をずっと見ていたわけではないが、ルディの姿を思い返してみても、二人がそんな話をしていた覚えはどこにもなかった。
「旅に加わりたいらしいね。今の世界、平和で退屈するぐらいだから、俺達といて生存できるだけの力があるかどうかを試したりも特別しないんだけどね」
「旅に加わりたいっていう人がそもそもいなかったけどね」

 ルディの言葉にエリスがふきだして、腰のベルトに装着してるガラス瓶をとって中の液体を飲んだ。ビンセントにも香る匂いからして、かなり強い酒だろう。エリスはグビグビと酒を飲むと、ビンの中はもう空になったようでベルトに着け戻した。

 エリスの言うことに、ビンセントも理解をしたし、戦争時代の時もしていた。敵の本拠地に三人で突っ込む一行だ、それは確かに加わりたいとは思わないだろう。

「ところでビンセント、歳いくつだい? 」
「……たぶん二十五です」
 唐突の質問に、ビンセントはできる限り思い返し数えて答えた。
「たぶん、そうだね。ていうことは、二十三位まで討伐隊、それから闘技場か」
「そうです」
 ルディはビンセントの言った『たぶん』という言葉に、何故か納得した様子だった。
他にも、エリスが少し微笑んで空を見上げた。

「この国も今日で終わり。俺達が今まで戦ってきて、それの残骸も片付けてきた。この国がその最後だったんだ。戦いも終わりみたいだ。平和に暮らしたいかい? 」

 確かに、さっき人々に事件を報告して、人々は分かってくれたようだが、それで本当に人々が安寧を得たとなればそれは違う。魔物とは、長い戦争を重ねてきたのだ。むしろ人々の心の奥には、この二年という短い平和の時等、それこそ虚像ではないのかという程に、人々は魔物を恐れ、又それ程に深くかかわっていたのだ。

 エリスが言っていた、今日でクロイス国が壊れる。それはそうだろう。伝説の勇者は、人類やエルフ達からすればもはや信仰対象になるほどだ。だが、一匹でも魔物が出没すれば、人々が二年間で覆った部分は掘り起こされ、再び魔物を殲滅したとしても国は壊れるだろう。

 平和、ビンセントがどう望んでいるのかは、彼自身でも分かっていない。答えあぐねているビンセントを見て、ルディは短く続けた。
「一体どうしたい? 」

 どうしたい。その言葉に、今のビンセントは答えを出せない。
「……わかりません」

 ビンセントがどれだけ考えても、又直感的にも分からなかった。それを口に出したら、暫く無言が続いた。その無言を解いたのは、エリスの笑い交じりの声だ。

「ルディ……、いきなりすぎるわよ」
 ルディも笑ってる。

「冗談だよ! 何をどうしたいだとか、何者になりたいだとか、そんなものいつかわかるさ。それに、わかってもわからなくても違いはない。人は人であれば、何者にかはなれるさ」

 ルディはビンセントの肩を叩きながら笑った。
「いいこと言うねルディ!、そのセリフもらった! 」
「ノース、そんなことより今夜の宿どうすんのさ」
「それはエリスお願い。道わかんないし」
「はぁ? 今まで先頭突っ切って歩いてたの何なのよ」
「いや、道わかんないし」
「テメェ……」

 勇者一行のやり取りに、顔が綻ぶ。自然にそうなるなんていつぶりだろうかと、ビンセントは微笑んだ。

「宿なら任せなよ、今日はビンセントもいるんだし、ちょっと大きいとこ泊まろう」
「場所は? 」
「ちょっと離れるかも、でも能力範囲内だ」
「ルディのゲート酔うんだけど、それにビンセント君入れないでしょあれ」
「あ、そうか……じゃあノースの『境界』で行こうよ」

 『ゲート』や『境界』といった言葉が交わされる会話だが、ビンセントはその意味は分からない。ただ、移動する為の魔法かスキルか能力なのだろうとは察していた。

「ルディ場所教えて」
「ほい」
 ルディはノースに触れると、淡いスキルエフェクトが発生した。
「わかった、じゃあ開くね」
 ノースはルディから離れて、クロイス城の塔で使っていたのと同じ大きな扉を創って開けた。
「無駄に歩いて疲れたわ、だいたいノースのせいで」
「そう言わずに、行こう」
 エリスの苦情を受けて苦笑しながらノースは進んだ。ビンセント達も後に続いて扉をまたぐと、どこか静かな場所に出た。

【ネスタ山頂宿】
 ビンセントの知らない、どこか静かな場所に四人は出た。辺りを見回してもただ目の前に宿があるだけで、その他の明かりは無く、真っ暗である。

(どこだろうか、涼しくて、空気が美味い――)
 ビンセントがどこなのかを考えている間にも、勇者一行の三人は宿の扉を走り開けた。

「チェックイン! シャワー! ベッドベッド! 」
 エリスは一目散にフロントカウンターに向かって行く。
「久しぶりですね、一泊四人です」
「エリス様、それに皆様。承知致しました。それでは鍵をお渡し致します。ごゆっくりどうぞ」
 エリスに急かされ、鍵を渡すフロントマンは、エリスに丁寧にお辞儀をした。

「301! 」
 鍵を受け取るなり、エリスは部屋番号を三人に伝えてカウンター隣の階段を駆け上っていく。――と、ルディはまるで瞬間移動でもしたかのようにエリスに追いつき、二人は先を争って階を上がっていく。ノースはそんな二人を見て、両肩を少し浮かせて苦笑した。

「ああいう連中さ」
 と、ビンセントに向かって呟くと、ノースも二人を追って部屋に向かって行った。その瞬間だけノースは今までのどことなく頼りない雰囲気ではなく、とても大人な男性という印象を与えた。

 ビンセントもノースに続いて部屋に入ると、既に部屋でくつろぐエリスとルディの姿が目に映った。
「久々に来たねここも、落ち着くな」
「やっと来たなノースにビンセント君! ノース、私の荷物出して。早くシャワー浴びたい」

 入口の扉を完全に閉めたノースは、空間を裂くような事をして、その中に手を突っ込むと中から大きな背負いバッグを掴みだしてエリスに投げ渡した。
「おっしありがとう! じゃあ私先にシャワー借りるね! 」
 エリスは巨大なバッグから必要品を漁りとって布にくるむと、シャワールームに鼻歌交じりに歩いて行った。ビンセントが上機嫌なエリスの姿を良く観察するに、包んだ小さな布を持った手前の手の影から現れる反対側の手には、酒瓶が見えた。
 そんなシャワーでまで酒を持って楽しもうとするエリスと変わり、ルディーはベッドでゴロゴロと転がっている。
「俺はもう寝よ。あ、でもせっかく苦労してシャワー浴びたのにさっきのでまた、ノース『境界』で汚れとって」
「ルディーも使えるだろー、自分でやんなよー」
「うぇー、今日久し振りに能力使いすぎて疲れたんだよ、だいたいリキャストタイムが――」
「ほいっ」
 ルディの言葉を遮るように、ノースは何かをした。

「ありがとうノース! 」
 お礼を言うなりルディはベッドに潜ってしまった。そして再び顔を出すと、そのまま大きなあくびを一つした。

「うーん、そうだ。ノース、ビンセントもやってあげてくれないかな。たぶんエリスシャワーめっさ長いし。絶対酒臭いし。絶対」
「……確かに、それもそうだね」
 ノースはルディにしたのと同じように、何かをビンセントにした。
「これでビンセント君の汚れも取れたよ。シャワー浴びなくても、シャワー浴びるより綺麗になってるから、そのまま眠ってもいいと思うよ」

(そんなこともできるのか)
 ビンセントは驚いて自分の手を見たりしたが、たいして違いが分からなかった。
「ありがとうございますノースさん」
「いえいえ」
 ビンセントは礼を言うと、ルディと同じくそのままベッドに入った。
「ゆっくり休みなよ」
「ありがとうございます。ルディさん」
「それじゃおやすみ」
「おやすみなさい」

 ルディーはまたベッドに潜っていった。ノースはソファーに座って、どこから取り出したのかティーカップを持っており、暖かな湯気を出している紅茶を飲んで一息ついていた。

 聴こえる音と言えば、ベッドのシーツがわずかに擦れる音と、静かにこもって聴こえるエリスのシャワーの音だった。

 思い返せば、今日は今までありえないと思っていた事が続いて起き、またそれが継続している。勇者一行と出会い、同じ部屋に泊っている。

 ビンセントは目を閉じた。思う事は、想像できない明日の事だ。思いめぐらし、相変わらずシャワーの音が聴こえる中で、とうとう眠りに落ちた。こうして、『ビンセント・ウォー』の人生の転機となる日が終わった。
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「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

無能なので辞めさせていただきます!

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「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

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