死んだら超ド級の怨霊になっていた私が、記憶を取り戻そうとしたり幸せを求めていたら好きになった人に祓われそうになった話

O.F.Touki

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一章 全てを忘れた怨霊

25話 見える人間の相談事

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 左右の横断歩道に挟まれる大き目の広場には人間が多く行ったり来たりしているが、その中の何人かが男の子の方をチラチラと怪訝な表情で観ながら通り過ぎている。
 それもそうかもしれない。男の子は尻餅をつきながら私達を見ているのだが、霊が見えない人間からすれば、男の子が何もない宙を見ながら怯えたように尻餅をついているのだ。おかしな人を見るような顔も納得できる。

「まぁ、落ち着きなよ少年」

 吉田君は相変わらずな感じで男の子に接しているが、男の子は相変わらず私達を警戒している。

「お前達怨霊がいるから! 人が悲しむんだ! 」

 私は人間と接しようとは思っていないので、そうなのか? と疑問に思ったのだが、よくよく思い返すと人間の魂もいくつか喰らっていることを思い出した。琴音の事を思い出して私が少しうつむくと、吉田君がこちらを横目で見た後に男の子に話し出した。

「まぁねぇ。人間にとって悪い風にもなる事もあるさ。それでも全てがそうでもないんだよ。君のおねえちゃんはどうしたんだい? 」

 男の子は何かを考えているように少し黙ると、吉田君の眼から目を離して、ルーフに、そして私にも目を移しまわした。
 体はまだ震えているようで、恐怖も感じているようだが、男の子は何か強い意志のような物を感じ取れる瞳を私達に向けて口を開きだす。

「お前達は怨霊なんだろ? 人に恨みがあるんだろ? 俺達人間をとり殺すのがお前等だろ? 」

 怨霊とは確か吉田君曰く、強い恨みや未練があり、それを晴らそうとする霊のことだと教えてもらったのを思い出した。しかし、どうやら人間のイメージでは人を恨み、人を殺す霊的な存在らしい。
 私がそんなことを考えていると、吉田君が少し考える風に上を見上げて固まった、……なんだろうか、男の子の質問は吉田君が固まるくらい難しいことなのかと不安に思ったが、どうやら彼は考えがまとまったようで男の子の眼を見ながら話しだす。

「確かに俺達は怨霊だよ。だけど、別に人を殺すのが目的じゃない。俺の目的はとある人間の名前を知る事。そして隣のなにか先輩の目的は自分の記憶を取り戻す事。そしてルーフは怨霊じゃなくて、なにか先輩の守護霊だ」

 人殺しが目的ではなく、それぞれの目的のために存在しているという風に淡々と語るが、男の子に対してどう伝わるのだろう。男の子はなおも警戒を解かないように吉田君の瞳を凝視していたが、一つ大きくため息をついてルーフの方へ目を移した。

「……あれが守護霊なのか? あんな禍々しいのが? 」

 人間からたまに見え隠れする守護霊や、守護霊になった老人の霊を見たので、私もルーフが他と違うのではないかと心配してしまう。だって、他の守護霊はみんな純白だったから。

「ルーフは普通の守護霊だが、宿主のなにか先輩の影響を受けて黒くなっている」

 え? と、私と男の子は吉田君を見た。ルーフは普通の守護霊だけど、あんなに真っ黒なのは私のせいなのか。……私は少しショックを受けて、うつむきながら地面に座った。

「……ここまで色々話してくれるし、この間にも俺を殺さないから信用してやる」

 そんなふうに男の子が言うと、吉田君は少し驚いて首を横に振った。

「おいおい少年、だから霊をそう簡単に扱うな。信用する必要は無いし、そもそも霊に近づこうとするな」

 どうやら吉田君は本気でこの男の子を心配しているようで、無茶なことをするなと念を押している。確か生前の吉田君も幽霊が見える人間で、探偵の仕事やらで危ない事も多くあったんだったか。自分と照らし合わせて男の子を危惧しているようにも思えた。
 しかし男の子は何か目的でもあるのか、吉田君の話を頷きながら聞き流し、ついには言葉を遮った。

「まぁまぁ、おじさん。おじさんには色々話して貰ったし、今度は俺の話でも聞いてくれよ」

 なんと吉田君への呼び方が『お前』から『おじさん』に変わった。……まぁ、確かに吉田君の見た目はおじさんといえるだろう。そこで私の呼び方が気になった私は、自分の顔に指を向けて男の子の方を見てみた。

「何してんの? えっと、なにか? 」

 どうやら『なにか』だった。『おばさん』と呼ばれなかっただけ、人間から見ても私は若い容姿ということなのだろうか。少し嬉しくなって、さっきの沈んだ気分もどこかへ吹き跳んだ。
 男の子は私達に付いてきてほしそうだったが、どうしようか迷った私はとりあえずルーフを呼んで、吉田君に意見を求めた。

「まぁ、少し様子を見てやるっすか」

 吉田君は溜息をついた後に苦笑いしてそう言うと、男の子の後ろについて歩き出す。どうやら自然豊かな広場はこれでおしまいらしいので、ルーフにはまた私の中に還ってもらった。
 横断歩道の前に止まって信号機が変わるのを待っているあいだに、何の気なく路地で何かを売っていた老婆を探してみた。小さな出店のような物や、商品らしきものはそのまま置いてあったが、何故か老婆の姿はどこにも見つからない。

 鳥の鳴き声のような物が横断歩道で高くなると、どうやら信号が変わっていた様で男の子や吉田君は先に進んでいた。私も後について行くと、男の子は周囲の雑音の中でぎりぎり聞き取れるような声で話し出した。

「俺はさ、ちっちゃい時から幽霊が見えるんだよ。幼稚園の頃からだ」

 横断歩道を渡り切って少し歩くと、男の子は老婆がいたはずの出店の前で立ち止まった。そして平たい携帯電話を取り出すと文字を打って、何かの文章を送信した。

「わるい。占いのばあちゃんが俺の姉ちゃんを呼びに行くって連絡来てた。おじさんやなにか達が悪い霊ではないって伝えといたから大丈夫だ」

 男の子はそう言うと、建物の壁に背を預けて続きを語り出す。そんな時、吉田君は出店の机の上に出ている商品らしきものを見つめていた。

「俺には姉ちゃんがいてさ、でも数日前に帰ってきたと思ったらすぐに家を飛び出してどこかに行っちまったけどな」

 家庭の事情というモノなのだろうか? 人間の世界は色々複雑そうで大変だと感じたが、とりあえず話の続きをきこうと静かにしていた。男の子も私達の話を聞こうという姿勢を感じているのか、一言『ありがとう』といって話を続ける。

「昔住んでた山梨県で祭りがあって、それに出たんだよ。俺はまだ五歳で、姉ちゃんは小学校一年生だったな。その時は綺麗な衣装で姉ちゃんも喜んでたんだけど、今になって思うとどうやらその祭りは山の神様への生贄に姉ちゃんを捧げるってやつだったんだ」

 なんかとんでもない話が出てきた。人間が山の神様に生贄として人間を差し出すなんて、怨霊より人間が恐いのではないかと私は思ったが、どうやら話はまだこれからの様だ。

「だけど、その時村に来ていたどこかの神主がたまたま通りかかって、姉ちゃんを守ってくれたんだ。……まぁ、その代わり近所の男の子が魂でも抜けたみたいになっちゃったけどな」

 神主というのは確か、『シントウ』っていう種類の人間だった気がする。そして確か、木口も神主という者だった。
 そんなことを考えていると、視界にいた吉田君が机の上の商品から目を離して男の子に振り返ったのが見えた。元霊能力者として、神主という言葉に反応したのだろうか。

「その神主が言うには、山の神は姉ちゃんを気に入ったらしく、守護霊と入れ替わって憑りついたっていうんだ。それから、前までは辺りにいた霊も姉ちゃんには近寄れなくなったらしく、俺も姉ちゃんと一緒にいる時は霊を見ずに済むと思ったんだ」

 確かに、まわりに大量の霊が見えていたら怖いし、何よりも鬱陶しく感じるかもしれない。でも、私も霊に逃げられる霊なのであまり邪魔には思わないが、もし全ての霊が私から逃げないのであれば、たぶん私は気絶する。

「今までずっとそうだった。何年も、だけど、三日前に異変が起きた。いきなり帰ってきたと思ったら、無表情で荷物をまとめて家を飛び出したんだ。でも異変っていうのは、別に家を飛び出す事じゃない」

 男の子は少し顔を下にうつむけて、つばを飲むように喉を鳴らすと、震える声で続きの言葉を口から出した。

「いなかったんだ、憑いているはずの山の神様が。代わりにいたのが、食い散らかされたような無惨な守護霊なんだ。……しかも、まわりには何体もの霊が姉ちゃんを観ていたんだ」

 男の子が少し泣きそうな顔と声でそう言うので、私は何とも抱きしめたくなる思いだが、ふと引っかかる所があった。
 山の神様って、どこかで聴いた気がする。何だったかと思い返すうちに、私はやっぱりあの森の中で一人になった女性のことが頭に浮かんだ。

 男の子の話に思い当たるものを感じた私は吉田君の方に振り向くと、彼も私の方を見ていた。すると何も言わずに首を横に振り、男の子に視線を移した。
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