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[-00:08:43]ミッドナイトブルー

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 長いようで短かった冬休みが終わり、各々学校での課題テストを終えた金曜日。
 透花たち『ITSUKA』のメンバーは、『アリスの家』に集合していた。2月に投稿する予定の、新曲の打ち合わせである。しかし、そこに一番重要な人物の姿が無かった。
 透花は、何度目かスマホで時間を確認して、首を傾げた。予定時刻からすでに40分は経過していた。

「律くん、遅いね」
「今朝いきなり、打ち合わせ場所変更してほしいとか自分から言っといて、遅刻するとか何様だよ。連絡も寄越さないし。よし。来たら絞めるか」
「いいね! あたしも混ぜてよ。関節技決めちゃる」

 本当にやり兼ねない殺意の籠った目つきで、準備運動を始める纏とにちかを横目に、透花は再びスマホの通話を繋げる。3、4コールほど続いて、やっぱり出ないか、と通話を切ろうとした、その時である。

「ごめん、遅れた!」

 勢いよく開かれたドアから、待ち人は現れた。右頬を覆うように、大きなガーゼを貼り付けて。
 その場にいた全員が、律の顔を見て目を見張る。その刺すような視線で、律は思い出したようにはっと我に返り、右頬を手で押さえた。

「あっ、いや……これは、」

 絶妙に目を泳がせるその素振りが、ますます訳あり感を漂わせてくるから、無粋に疑問を投げかけられる度胸のない者は、口を噤む。その中で唯一、口を開いたのは、メンバー最年少の纏である。しれっと、いつも通りの口調で律以外の誰もが思ったワードを発した。

「痴情のもつれ?」
「ちっげーよ!!!」

 律の全力の全否定が『アリスの家』に響き渡った。

 *

「「───はぁあああ!!?? 家出したぁあああ!!??」」

 纏とにちかが、互いに合わせたように声を荒らげた。いい加減、弁解することに嫌気がさした律は、テーブルに頬杖を突きながら、「だから、さっきからそう言ってんだろ」と、やさぐれた返事をする。

「お父さんと喧嘩したからって、なんでそんな急に?」

 透花の問いかけに、律は歯切れ悪く口籠る。ちらりと横目で、透花の方を見やると真剣な瞳と目が合った。その目で見られると、さすがの律も弱る。軽く息を吐いて、律は事の発端を説明することにした。

「音楽やってるのが、バレたから」
「は? それだけ?」

 単純すぎる理由に纏は肩透かしを食らう。

「まあ、普通はそうだろうけど、うちはちょっと特殊っていうか……そもそも俺が、『Midnightblue』で作曲してたの、父親にバレるとやばいからなんだよね」
「やばいって?」
「これ見りゃ分かるでしょ」

 端的に、そして最も分かりやすく、その異常性を示すように、律は自分の右頬を指さした。軽く顔を引き攣らせている纏たちの反応は、律の予想通りだった。

「あの人、音楽のこと嫌悪してるから、俺がやってることなんて気が付かれるわけないって高括ってたんだけど……ほら、この前の炎上騒動で、ネット上に野外フェスの動画が結構出回ってただろ? たまたま見かけて再生したら、あらびっくり画面端に俺の息子が映ってるー、しかもピアノ弾いてる! みたいな、ね」
「……私のせいで、すいません」

 顔を青くした佐都子が頭を下げると、律はあっけらかんとした様子で笑った。

「緒方さんのせいじゃないよ。どうせ、いつかはバレてたから。それで昨日の夜、口論になって、殴られて、家出するって決めたってわけ。これからも音楽続けるとか言った日には、今度こそ右頬だけじゃ収まんないだろうしね、あの人は。……だから、しばらくは漫喫とかで過ごそうと思って、学校から帰って家で一式着替えとか、家出するって置手紙とか色々準備してたら、遅れた。状況説明、以上! 何か質問は?」

 律は、ぱん、と両手を叩いて空気を一新しようとするが、重苦しい空気が払えるはずもなく。静まり返った中で、その沈黙を破ったのは透花だった。

「叔父さんを頼る、とかはできないの?」
「それだけは絶対無理」

 律の返事は、数ミリの余地すらないほどの全否定だった。

「俺が家出して、あの人がまず思いつくのが『Midnight blue』だ。てか、それだけしかない。ここで叔父さんを頼ったら、俺は今以上に叔父さんに迷惑かけるから無理」
「でも」
「心配してくれて、ありがとな。でも、俺は大丈夫だから」
「律くん、」
「ほら、打ち合わせ始めようか!」

 空気を切り替えようと、いつになく声を張り上げた律を横から被せるように、纏は言った。

「───いや、ひとりいるだろ」

 なぜか、纏がこちらを見ている、と気づいた透花は首を傾ける。

「家出先にはうってつけの場所」

 纏の言葉を頼りに思考を巡らせ、透花が纏が何を言わんとしているのか、徐々に理解する。それに比例するように冷汗がだらだらと額から流れ始めた。

「ま、まさか……」

 恐る恐る問いかけた透花に、纏は無慈悲な満面の笑みで答えた。


「夕爾んとこなら、家出先としては、最適でしょ」

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