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[-00:11:56]創作

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 透@to_ru 20××/9/23
 製作途中。

 そのツイートとともに添付された画像は、ほんの一部しか見えない状態になっていたが、確かに『劣等犯』のラストシーンに出てくる構図と一致していた。
 言わずもがな、『透』と名乗るアカウントは、透花が使っているSNSのアカウントだった。30人ほどしかフォロワーのいないアカウントの呟きが、今多くの人間にリツイートされ、ネットは大きな波紋を呼んでいた。

「盲点だった。透花がたまに上げてたんだ、『ITSUKA』のイラスト」

 バーカウンターにスマホを置いた纏が、上ずった声で言う。
 纏を挟むように、律とにちかはそのスマホを凝視した。

「佐都子と打ち合わせして、こっちに向かってる最中に佐都子から連絡入って、教えてくれた」
「ちょ、ちょ、待ってめちゃくちゃ混乱してる。つまりどういうこと?」

 頭を押さえて何とか整理しようとするものの、にちかの頭は疑問符で埋め尽くされていた。

「これ見て」

 纏はスマホをスクロールして切り替え、次に表示されたのは、盗作をされたとされる例のアカウントである。


 無色@musyoku_125 20××/9/30
 どうせ、あなたには為れない。

 短いツイートともに添付された画像は、炎上の火種にもなった『劣等犯』のラストシーンだ。このイラストと、透花が描いた『劣等犯』のイラストが線から配色まで一致していると、トレパク疑惑が持ち上がったのである。

「ここ」

 纏が指さしたのは、ツイートの文言でもなく、件のイラストでもなく───投稿日だった。

「この『無色』ってひとの投稿日は9月30日で、透花が投稿した日は9月23日。確かに、『劣等犯』のMVが初公開されたのは10月のことだけど、透花が『透』のアカウントで『劣等犯』のMVで使うイラストを上げた方が、先。つまり、」
「「盗作してない証拠になる!!??」」

 纏の言葉を遮り、律とにちかは声を揃えて立ち上がった。
 その勢いに目を丸くした纏が、数秒の間を開け、分かりやすく眉を下げて首を横に振った。悔しいけど、と吐き捨てるように続ける。

「……このイラストに限って言えば、って枕詞が付く」

 透花が気まぐれにSNSに上げた『劣等犯』のイラストは、この一枚のみ。それがたまたま、盗作疑惑を晴らすだけに足るイチ証拠にはなるが、現実はそう甘くはなかった。

「今、ネットで『劣等犯』だけじゃなくて、『青以上、春未満』のMVでも疑惑が挙がってる。素人目から見ても、言い逃れは出来ないレベルだと思う」
「……じゃあ」
「今の時点では、全部の盗作疑惑を晴らすだけの材料は、無い」
「そんな」
「……アンチもだんだん作品じゃなくて、作者に攻撃が向き始めてる。コメント欄なんか、目も当てられない誹謗中傷で埋め尽くされてる。正直、引き延ばしするのも、そろそろ限界に近い、と思う」

 やり場のない悔しさで、纏は知らず知らずのうちに小刻みに震えるほど拳を固く握りしめた。
 1週間。自らが設けた期限まで、あと3日。
 結局、たったこれだけの証拠しか見つけられなかった自分の無力さに嫌気が差す。今、無意味に浪費している時間すら、彼女を追い詰める刃は刻一刻と彼女の心臓を貫こうとしているというのに。
 重く、沈んだような空気が流れる中、纏はついに耐え切れなくなって顔を上げた。
 やっぱり、もう、と紡ごうとした声を、大きな手が阻んだ。

「っ、ちょ、なに!?」

 突然、纏の髪をぐちゃぐちゃに掻きまわしてくる、大きな手を掴んで制止する。纏の乱れた髪の隙間から、覗き込むように腰を曲げて目線を合わせてくるのは、律だった。

「見切り早えぞ、纏」

 ぴん、と軽く纏の鼻を律の人差し指が弾く。

「お前がそんな焦る理由は、分かるよ。ただでさえ、お前頭良くて聡いから。俺らなんかより、何倍も状況も見えてるんだろうよ。でも、今はまだ見切る時じゃない。折角ひとつ証拠が見つかったんだ、それに必死に縋るくらいのみっともない姿晒したって、罰は当たんねえよ」
「……それに納得するだけの、根拠あんのかよ」
「ない! 俺がまだ諦めたくないだけだ」

 呆れるほど、簡潔に。律はあっけらかんとした笑みを浮かべて、胸を張る。
 纏の腹いっぱいに膨らんでいた焦燥感が、穴の開いた風船の様に萎んでいく。毒気を抜かれる、とはまさにこのことかもしれない。
 二人のやり取りを聞いていたにちかが、ふっと鼻を鳴らして嫌味っぽく言った。

「雨宮だって、さっきまで濡れた子犬みたいにくんくん言ってたくせにね」
「くんくんは言ってねえ!」

 顔を赤くした律が慌てて否定するのが可笑しくて、纏は久々に声を上げて笑った。

*

「───現状報告。コンタクト取ってるけど、『無色』って人からの連絡は無い。盗作疑惑が出てから、なぜかぴったり更新も止んでる。この人が過去に上げたイラストのほとんどが、『青以上、春未満』『劣等犯』の2曲のどこかしらのシーンでトレパクされてるってネットでは騒がれてる、って感じかな」

『無色』とのやり取りが出来れば、ここまで難航しなかった。残念ながら、纏がDMを送ってから一切既読が付くことは無く、また炎上騒動が起こった時点から見図ったように更新もぴたりと止まったのである。
 纏の現状説明を聞いて、律は釈然としない様子で首を傾げた。

「本当にこの『無色』ってやつが、透花の絵を盗んだって言うならさ……、一体こいつはどうやってMVのデータを手に入れたんだ?」
「確かに。それはあたしも気になってた」
「それが分かってたら、こんな苦労してないよ」

 ため息交じりに、纏は首を振る。

「だよなー……」

 脱力した律が、椅子にずり落ちるほど天井を仰ぐ。
 纏はスマホをスクロールしながら、ふと、気になったツイートで指を止めた。

「ねえ。これも見てくれる? 『青以上、春未満』のラストシーンがトレパク疑惑で検証されてるやつなんだけど」
「どれどれ?」

 にちかがテーブルに肘をついて半ば乗り出すように纏のスマホを覗き込んだ。


 闇の正義ちゃん@seigi_125
 あーあ。これも確定。

 その画面に表示されていたのは、盗作疑惑の発端となった、最初のツイートをしていた人物の呟きである。
 投稿日は、今日より1週間ほど前。
『青以上、春未満』で一番最後に出てくるシーンのカットと、おそらく『無色』が投稿したであろうイラストを重ね合わせた画像が添付されている。
 学校の屋上に佇む一人の少女。夜明け前を描いた一枚である。
 朝が真夜中との境界線を越える前の、混ざり合った深い青。あと数分もすれば、太陽の明かりによって掻き消えるだろう薄月を見上げている少女が、『誰か』の呼びかけに気付き、緩やかに髪を靡かせながら、振り返るシーンで『青以上、春未満』のMVは終わる。

「ものの見事に線が一致してんな……」

 ちらりと横目でスマホの画面を眺めた律が、重い口調で言う。
 人差し指と薬指で画像を拡大しながら、ふと、纏は手を止めた。その様子に気付いた律が、「纏?」と、呼びかける。

「……あ、いや、」

 小さな違和感が、指に刺さった取れない棘のようにずっと、纏の心に残っていた。

(……何だ? 僕は、何を見落としている?)

 思考を巡らせるほどに、寸前に何かが邪魔するのだ。考えうる選択肢の中で、何かを致命的に落とした状態でいる。小さな違和感を暴くことを恐れている。

(僕は……何から、?)

「あ!」

 唐突に上がった驚きの声に、纏の思考は現実へと引き戻される。
 テーブルに身を乗り出してスマホを凝視していたにちかが、「ねえ、」と纏たちへスマホを向けた。

「どうした?」
「これさ、何だろ? 何かのシルエット?」

 纏と律は頭を寄せ合って、スマホを覗き込んだ。
 そこに表示されていたのは、透花が描いた『青以上、春未満』の件のイラストを、限りなく拡大したものだ。振り返った少女の瞳の中をスマホの画面いっぱいに拡大することで、ようやく視認できるほど細かく描かれた、その瞳に反射する黒い影。
 そのシルエットは、おそらく、女性の横顔だ。大きく息を吸い込むように口を開く姿は、まるで。

「……あっ、」

 思わず声を上げた律に集まる視線。律は口元を押さえたまま、しばらく固まった。

「何だよ?」
「……これ、たぶん……」

 煮え切らない口調で、視線を右往左往させる律へ、いよいよ苛立ちを覚え始めた纏とにちかの間を縫うように、律の人差し指がある一点を指さした。
 ちょうど、纏とにちかの真後ろにそれはあった。
 額縁に収められた、一枚の写真。マイクを手に歌う一人の女性の写真である。その女性の横顔と、瞳の中に映るシルエット。
 スマホを手にした纏が、それと照らし合わせ、視線を交互させる。

「確かに、あの写真と同じだ。律、あのひとは誰なんだ?」

 律は一瞬、惑うように瞳の奥が揺らぐが、やがて諦めのため息をついた。

「俺の母親」
「律の?」
「確かに面影あるかも」
「……なんで、律の母親を透花が描くんだよ?」

 纏から問いかけられた当然の疑問に、律はためらいがちに口を開いた。

「透花だけに、伝えてたことがあるんだ」
「何を?」
「───来年の3月5日に『ITSUKA』は解散する。そうしたら、俺はもう、二度と音楽はしない」

 あの日、夏の月明りの下。ふたりぼっちの公園で、透花に告げたように、律は繰り返す。
 あの夜と同じように、時が止まったような静寂が訪れる。

「は」

 あんぐりと口を開けたまま、硬直していたにちかがはっと我に返った。

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!??」

 立ち上がった衝撃で、椅子が後ろへと倒れ込む。派手な金属音が店内に響き渡った。

「……悪い、ずっと言えてないままだった」
「ちょ、ちょ、え!? ガチ!? 悪い冗談? 何それどういうことよ!?」
「にちか、ストップ」

 今にも律の胸倉を掴み掛からんとする勢いで問い詰めるにちかを、横から伸びてきた腕が制した。纏に止められたにちかは、何度も口を開いては言葉を飲み込んで、怒り上がった肩をようやく撫でおろす。
 それを横目で確認した纏は、今だ口を噤んだまま下を向く律に問いかけた。

「一から説明しろ」
「……俺が、『ITSUKA』をやろうと思ったのは、ただ、知りたかったからだ」
「何を」
「母さんが死ぬ間際に何を考えていたのか」

 纏もにちかも、言葉を失い、なにひとつ反応を返すことは出来なかった。
 律は、ただ目の前に用意された原稿用紙を読み上げるように淡々と続ける。

「3月5日は、母さんの命日だよ。だから、『ITSUKA5日』。……はは、案外さ、単純でしょ? 俺は、その日に音楽と決別するために、『ITSUKA』をはじめた。そのこと、透花にだけは先に伝えてた。……えっと、確か、『青以上、春未満』のMV締め切りの前夜だった、気が、」
「そういう、ことか」

 全て律が言い切る前に、纏が遮った。独り言を呟くみたいに、纏は言った。

「だから、ロゴ変えるなんて急に言い出したのか、透花は」
「ロゴ?」
「……ああ、にちかはまだ、居なかったっけ。そういえば」

 居直った纏が、あの怒涛の夏の出来事を一つ一つ整理をするように丁寧に言葉を紡ぐ。

「『青以上、春未満』のMVが完成する直前、透花はもう製作してたロゴを変更したいって、いきなり言い出したんだ。ラストに数秒映るくらいのロゴを、だよ? クソ律がなんか吹き込んだんだろう、って検討はついてたけど」
「ついてたのか」

 相変わらずの慧眼に律は、思わず項垂れてしまう。

「……まあ、でも纏が正解だよ。俺は、締め切り前日、透花に問いかけた。3月5日に『ITSUKA』は解散する。それでも、俺と一緒に『創作』してほしい、って」
「その答えが、あれだった、ってことか」
「……ど、どういうこと? さっきからあたし、めちゃ置いてけぼり食らってるんだけど」

 様子を伺いながら控えめににちかが口を挟んだ。纏は、ふっと軽く笑い、にちかの問いに答える。

「『ITSUKA』のロゴって、青いバラの花がモチーフでしょ?」
「え? あ、ああ。そうね」
「あの花、なんていう名前か知ってる?」
「花の名前? ごめん、全然知らないや」

 首を振るにちかへ、律は間髪入れずに答えを告げる。

「ミッドナイトブルー」

 真夜中の青。そして、あるいは。

「俺の母さんが作った曲だよ」

 あのロゴは、YESの代わりに送られた律のくだらない我儘に対する、透花からの返事だった。


 ───その瞬間である。
 纏は、理解する。自分が何を見落としていたのかを。

『青以上、春未満』『劣等犯』
『ミッドナイトブルー』『無色』『MV』
『透』『ラストシーン』『ロゴ』『歌詞』
『盗作』『創作』『トレース』『ITSUKA』

 そして、『どうせ、あなたには為れない。』という言葉。
 それらすべてのピースは、纏の感じていた違和感の正体へと行きつくにはあまりに十分すぎた。いや、あるいは、最初から、心のどこか奥底では、その正解を纏は知っていた。
 しかし、纏は目を瞑った。都合の悪い、直視したくない現実から逃げるように。

「……おい、纏? 大丈夫か?」

 遠のいていた意識が、自分を呼びかける声によって引き戻される。数秒にも、数時間にも感じ取られる曖昧な時の中で、纏は血が滲むほど唇を噛み締めた。そうして、ゆっくりと息を吐き出して、纏はその答えを口に出す。およそ、探偵の名推理というにはあまりにもお粗末な答えを。

「……分かったよ」
「何を、」

「───この炎上を起こした、犯人の正体」
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