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第一章
024 序曲の終わり
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「e3819fe38199e38191e381a6」
相変わらず意味の分からない喚きを上げ、怪物はゆっくりと、ふらつきながら立ち上がる。
首をゴキゴキとあらぬ方向へ曲げ、レイアーヌを見据えてくる。
気味が悪い。気持ち悪い。怖い。
心はそう感じている。
だが――これが、今まで死んで来た自分だと考えると――
「レイアーヌ様!」
思考を断ち切る様に、アデリナがレイアーヌの腕を掴んで立ち上がらせる。
「e3818ae381ade3818ce38184」
まるで懇願する様に、人とは到底思えない異常な声で叫ぶ。
「――ッ!?」
余りの光景に思わず叫びそうになる。こんなものが、自分の末路?
人に創られ、人の都合によって酷使され、人によって使い捨てられる。
そんな傲慢の末路だとでもいうのか?
「――e381afe38284e3818f、e38193e3828de38197e381a6」
ついに喉を割かんばかりに絶叫したレイアーヌモドキは、大口を開ける。刹那、口に魔力が収束して円形の魔法陣が展開する。
「ッツ!? レイアーヌ様ッ! 〈防御壁〉ッ!」
驚愕するレイアーヌの前に躍り出たアデリナが、詠唱を省略しながらも、発現する魔法に効力低下が起こらないようにする高等技法、「略式詠唱」を以って発動した無属系統第五位階防御魔法〈防御壁〉を張る。
展開された無色の障壁が、レイアーヌモドキの口から放たれた凄まじい衝撃を受け止める。
「ぐううう!!」
防御魔法を維持するアデリナは、歯を食いしばって衝撃を受け止める。
第五位階防御魔法の中でも、特に強度に優れるのが〈防御壁〉だ。
同位階の元素系統攻撃魔法の〈雷光閃〉や、〈火炎槍〉といった、常人的な魔導師が到達できる領域の高位魔法ですら、術者の力量による例外はあれど、難なく受け止める。
だが、アデリナが魔法の維持に全神経を割かねば砕かれかねないほど、〈防御壁〉が押されていた。
レイアーヌモドキの発動した謎の魔法は、信じがたいほどに強烈であったのだ。
「クッ! この魔法は一体!?」
どうにか凌いだアデリナは、未知の攻撃魔法に慄く。
恐ろしい魔法だ。数人から十数人纏めて殺害出来るほどの、強烈な術。
アデリナが困惑する中、レイアーヌはあの魔法に覚えがあった。
「………歌」
アデリナの後ろにいるレイアーヌは、ボソリと呟く。
「アレは、歌の力……どんな歌かは知らないけど、歌を歌う時は、あんな気配がする……」
歌姫だからこそ、理解できる感覚。毎年慰海の歌を歌う際に、似た感覚を覚えた。――この記憶すら、ニセモノなのだろうが。
「歌……? アレが、歌?」
アデリナはやはり困惑する。到底歌とは思えない叫びより放たれたのがアレだ。困惑して当たり前だ。
「e38193e3828de38197e381a6」
レイアーヌモドキは口から血を吐き出しながら、立ち上がって意味の分からない呻きを零す。
あまりに冒涜的光景――アデリナは下がろうとして、ハッと後ろにレイアーヌが控えていることを思い出す。
ゴクリと唾を飲み込んだアデリナは、腰の剣を抜刀する。
ここで、倒す。
不気味な部屋の光に照らされ輝く、剣呑な剣の視線。
今、守るべきは後ろにいるレイアーヌ。例え目の前にいるのが、過去のレイアーヌだったとしても――いや、だからこそ、殺さねばならない。
気の迷いかもしれないが、怪物に成り果てた彼女達が訴えているように聞こえるのだ。
――殺してくれ、と。
「……レイアーヌ様、どうか目を瞑っていてください」
決意の言葉を紡いだアデリナに、後ろのレイアーヌは驚いて、やがて目をギュっと瞑って顔を背ける。
「e38193e3828de38193e3828de38193e3828de38197e381a6」
怪物は黒く歪んだ瞳からどろどろした液体を零し、再び口を大きく開けて魔力を収束させる。
先の強大な魔法攻撃の予兆――なれば、するべきは一つ。
「――フッ!」
鋭く息を吐いて、一息に踏み込む。
完全に発動する前に、怪物の首筋に魔力を込めた鋭い一撃を見舞う。
一閃――閃光の如き斬撃の残光。アデリナが力を抜いた瞬間、怪物の首がずり落ちて、ぐしゃりと頭が地面にぶつかる。
「……」
アデリナはドス黒く絡みつく血を払い、剣を納刀する。
余りも呆気ない最期だ。すぐに終わり過ぎて、沈黙なる余韻の方が長い。
レイアーヌは目を開き、地面に転がる怪物の生首を見た。
自分とそっくり、瓜二つの姿。だからこそ、成れの果ては痛ましい。
黒い瞳から零れる汚れた硝子体。虚しい目の奥から、語り掛けてきているようだった。
――どうして。
「レイアーヌ様……」
そんなレイアーヌを見て、アデリナは力なく呼ぶ。
小さな背中は余りにも痛々しくて、どんな風に話しかけても傷つけてしまいそうだった。
「………私は、どうしたらいいの」
虚しさが籠ったレイアーヌの呟きに、アデリナは答えられなかった。
ずっと脳内で動く、ヴェドの言葉。
レイアーヌの成れの果ての視線。
見つけてしまった研究資料の、冒涜的内容。
複製された少女達。
そして、予感する自らの結末。
――レイアーヌには、どうしようもできなかった。
◇◇◇
城内を探索するクロムは、トボトボと歩くレイアーヌとアデリナを発見した。
「レイア! アデリナさん!」
ずっと彼女らを探していたクロムは喜色満面で駆け寄る。
何故かレイアーヌとアデリナの反応は悪い。レイアーヌはゆっくりとクロムの方を向くと、ぎこちない笑みを浮かべて見せた。
「ああ……クロム」
言葉にも力がない。視線も伏せがちで、どこか元気のない様子だった。
そんなレイアーヌの様子に、やはりクロムは困惑する。彼女達と離れたのはそう長い時間ではないが、一体何があったのだろうか。
もしかして、あの「ヴェド」とかいう獣人に酷い事でもされたのだろうか。
「どうしたんだ……? 何かあったのか、レイア」
クロムの問いに、レイアーヌは何かを言いたげにして、しかしやめてしまう。やがてレイアーヌは力なく首を振って、「なんでもない」とだけいう。
「……何でもないワケ――いや……いい」
気になったクロムは問いただそうとして、だかやめる。
秘匿するということは、言いたくないということ。
ならば、それを聞き出そうとするのは良くないだろう。彼女が自ら打ち明けてくるのを待った方がいい。
クロムはそう考え、レイアーヌを見据える。
「言いたくなったら、言ってくれ。オレはレイアの味方だからさ」
そういって微笑んで見せるが、レイアーヌは顔を背けてから、小さく頷く。
本当に、一体何があったのだ。目でアデリナに問おうとして――やめる。レイアーヌが言いたくない事を、本人がいない所で聞き出す真似は出来ない。
クロムはモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、護衛の任に戻る。
普段なら会話の多い間柄だが、今日に限ってまるで葬式のように沈黙していた。
或いは、レイアーヌの深刻そうな顔は、断頭台に向かう罪人めいていた。
「……」
無理に聞き出しても傷つけるだけ。
だがレイアーヌは語らない。近くにいたハズのアデリナも、同じように深刻そうな顔をして黙する。
クロムは自分が信用されていないのかと傷ついた。
力不足だ。
少女一人の力になれないなんて、なんてちっぽけなんだろう。
しかも、自分が恋慕する少女――幼馴染なのだ。
年頃の少年であるクロムが恐ろしく傷ついたのは言わずもがなだ。
結果、三人はずっと沈黙を保ったままレイアーヌの自室にいる。
慰海祭のメインイベント、慰海の歌。
それを歌姫たるレイアーヌが執り行うまで、待機しているのだ。
今度ばかりはレイアーヌが勝手な事をしないように――そんな理由だったが、もう空気が違う。
レイアーヌの顔を見て尚、独走をすると思う人間はいなかろう。
痛いほどの沈黙が過ぎていく。
流れるのは身じろぎする音と、衣擦れと鎧が動く音色のみ。
快活な歌姫の自室を彩るには、余りにも無機質な音楽だった。
――だが、時は来た。
コンコン、と部屋をノックする男が聞こえる。
クロムは椅子から立ち上がって、扉を開く。
立っていたのは伝令役の文官だった。
「失礼します、慰海の歌を執り行うとのことです。つきましては、歌姫たるレイアーヌ様に、儀式場までご足労願います」
「そうですか、分かりました」
短く会話を終え、クロムは後ろを振り返る。ベッドに腰掛けて窓の外を眺めていたレイアーヌは、ゆっくりと立ち上がった。
「レイアーヌ様……」
その姿を見て、何故かアデリナは心配そうに、悲痛な声を掛ける。
レイアーヌは無反応のまま、ゆっくりと歩き始める。
クロムを一目見て、だがすぐに視線を逸らす。
――こうして、今年もまた、歌姫の歌が始まろうとしていた。
相変わらず意味の分からない喚きを上げ、怪物はゆっくりと、ふらつきながら立ち上がる。
首をゴキゴキとあらぬ方向へ曲げ、レイアーヌを見据えてくる。
気味が悪い。気持ち悪い。怖い。
心はそう感じている。
だが――これが、今まで死んで来た自分だと考えると――
「レイアーヌ様!」
思考を断ち切る様に、アデリナがレイアーヌの腕を掴んで立ち上がらせる。
「e3818ae381ade3818ce38184」
まるで懇願する様に、人とは到底思えない異常な声で叫ぶ。
「――ッ!?」
余りの光景に思わず叫びそうになる。こんなものが、自分の末路?
人に創られ、人の都合によって酷使され、人によって使い捨てられる。
そんな傲慢の末路だとでもいうのか?
「――e381afe38284e3818f、e38193e3828de38197e381a6」
ついに喉を割かんばかりに絶叫したレイアーヌモドキは、大口を開ける。刹那、口に魔力が収束して円形の魔法陣が展開する。
「ッツ!? レイアーヌ様ッ! 〈防御壁〉ッ!」
驚愕するレイアーヌの前に躍り出たアデリナが、詠唱を省略しながらも、発現する魔法に効力低下が起こらないようにする高等技法、「略式詠唱」を以って発動した無属系統第五位階防御魔法〈防御壁〉を張る。
展開された無色の障壁が、レイアーヌモドキの口から放たれた凄まじい衝撃を受け止める。
「ぐううう!!」
防御魔法を維持するアデリナは、歯を食いしばって衝撃を受け止める。
第五位階防御魔法の中でも、特に強度に優れるのが〈防御壁〉だ。
同位階の元素系統攻撃魔法の〈雷光閃〉や、〈火炎槍〉といった、常人的な魔導師が到達できる領域の高位魔法ですら、術者の力量による例外はあれど、難なく受け止める。
だが、アデリナが魔法の維持に全神経を割かねば砕かれかねないほど、〈防御壁〉が押されていた。
レイアーヌモドキの発動した謎の魔法は、信じがたいほどに強烈であったのだ。
「クッ! この魔法は一体!?」
どうにか凌いだアデリナは、未知の攻撃魔法に慄く。
恐ろしい魔法だ。数人から十数人纏めて殺害出来るほどの、強烈な術。
アデリナが困惑する中、レイアーヌはあの魔法に覚えがあった。
「………歌」
アデリナの後ろにいるレイアーヌは、ボソリと呟く。
「アレは、歌の力……どんな歌かは知らないけど、歌を歌う時は、あんな気配がする……」
歌姫だからこそ、理解できる感覚。毎年慰海の歌を歌う際に、似た感覚を覚えた。――この記憶すら、ニセモノなのだろうが。
「歌……? アレが、歌?」
アデリナはやはり困惑する。到底歌とは思えない叫びより放たれたのがアレだ。困惑して当たり前だ。
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レイアーヌモドキは口から血を吐き出しながら、立ち上がって意味の分からない呻きを零す。
あまりに冒涜的光景――アデリナは下がろうとして、ハッと後ろにレイアーヌが控えていることを思い出す。
ゴクリと唾を飲み込んだアデリナは、腰の剣を抜刀する。
ここで、倒す。
不気味な部屋の光に照らされ輝く、剣呑な剣の視線。
今、守るべきは後ろにいるレイアーヌ。例え目の前にいるのが、過去のレイアーヌだったとしても――いや、だからこそ、殺さねばならない。
気の迷いかもしれないが、怪物に成り果てた彼女達が訴えているように聞こえるのだ。
――殺してくれ、と。
「……レイアーヌ様、どうか目を瞑っていてください」
決意の言葉を紡いだアデリナに、後ろのレイアーヌは驚いて、やがて目をギュっと瞑って顔を背ける。
「e38193e3828de38193e3828de38193e3828de38197e381a6」
怪物は黒く歪んだ瞳からどろどろした液体を零し、再び口を大きく開けて魔力を収束させる。
先の強大な魔法攻撃の予兆――なれば、するべきは一つ。
「――フッ!」
鋭く息を吐いて、一息に踏み込む。
完全に発動する前に、怪物の首筋に魔力を込めた鋭い一撃を見舞う。
一閃――閃光の如き斬撃の残光。アデリナが力を抜いた瞬間、怪物の首がずり落ちて、ぐしゃりと頭が地面にぶつかる。
「……」
アデリナはドス黒く絡みつく血を払い、剣を納刀する。
余りも呆気ない最期だ。すぐに終わり過ぎて、沈黙なる余韻の方が長い。
レイアーヌは目を開き、地面に転がる怪物の生首を見た。
自分とそっくり、瓜二つの姿。だからこそ、成れの果ては痛ましい。
黒い瞳から零れる汚れた硝子体。虚しい目の奥から、語り掛けてきているようだった。
――どうして。
「レイアーヌ様……」
そんなレイアーヌを見て、アデリナは力なく呼ぶ。
小さな背中は余りにも痛々しくて、どんな風に話しかけても傷つけてしまいそうだった。
「………私は、どうしたらいいの」
虚しさが籠ったレイアーヌの呟きに、アデリナは答えられなかった。
ずっと脳内で動く、ヴェドの言葉。
レイアーヌの成れの果ての視線。
見つけてしまった研究資料の、冒涜的内容。
複製された少女達。
そして、予感する自らの結末。
――レイアーヌには、どうしようもできなかった。
◇◇◇
城内を探索するクロムは、トボトボと歩くレイアーヌとアデリナを発見した。
「レイア! アデリナさん!」
ずっと彼女らを探していたクロムは喜色満面で駆け寄る。
何故かレイアーヌとアデリナの反応は悪い。レイアーヌはゆっくりとクロムの方を向くと、ぎこちない笑みを浮かべて見せた。
「ああ……クロム」
言葉にも力がない。視線も伏せがちで、どこか元気のない様子だった。
そんなレイアーヌの様子に、やはりクロムは困惑する。彼女達と離れたのはそう長い時間ではないが、一体何があったのだろうか。
もしかして、あの「ヴェド」とかいう獣人に酷い事でもされたのだろうか。
「どうしたんだ……? 何かあったのか、レイア」
クロムの問いに、レイアーヌは何かを言いたげにして、しかしやめてしまう。やがてレイアーヌは力なく首を振って、「なんでもない」とだけいう。
「……何でもないワケ――いや……いい」
気になったクロムは問いただそうとして、だかやめる。
秘匿するということは、言いたくないということ。
ならば、それを聞き出そうとするのは良くないだろう。彼女が自ら打ち明けてくるのを待った方がいい。
クロムはそう考え、レイアーヌを見据える。
「言いたくなったら、言ってくれ。オレはレイアの味方だからさ」
そういって微笑んで見せるが、レイアーヌは顔を背けてから、小さく頷く。
本当に、一体何があったのだ。目でアデリナに問おうとして――やめる。レイアーヌが言いたくない事を、本人がいない所で聞き出す真似は出来ない。
クロムはモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、護衛の任に戻る。
普段なら会話の多い間柄だが、今日に限ってまるで葬式のように沈黙していた。
或いは、レイアーヌの深刻そうな顔は、断頭台に向かう罪人めいていた。
「……」
無理に聞き出しても傷つけるだけ。
だがレイアーヌは語らない。近くにいたハズのアデリナも、同じように深刻そうな顔をして黙する。
クロムは自分が信用されていないのかと傷ついた。
力不足だ。
少女一人の力になれないなんて、なんてちっぽけなんだろう。
しかも、自分が恋慕する少女――幼馴染なのだ。
年頃の少年であるクロムが恐ろしく傷ついたのは言わずもがなだ。
結果、三人はずっと沈黙を保ったままレイアーヌの自室にいる。
慰海祭のメインイベント、慰海の歌。
それを歌姫たるレイアーヌが執り行うまで、待機しているのだ。
今度ばかりはレイアーヌが勝手な事をしないように――そんな理由だったが、もう空気が違う。
レイアーヌの顔を見て尚、独走をすると思う人間はいなかろう。
痛いほどの沈黙が過ぎていく。
流れるのは身じろぎする音と、衣擦れと鎧が動く音色のみ。
快活な歌姫の自室を彩るには、余りにも無機質な音楽だった。
――だが、時は来た。
コンコン、と部屋をノックする男が聞こえる。
クロムは椅子から立ち上がって、扉を開く。
立っていたのは伝令役の文官だった。
「失礼します、慰海の歌を執り行うとのことです。つきましては、歌姫たるレイアーヌ様に、儀式場までご足労願います」
「そうですか、分かりました」
短く会話を終え、クロムは後ろを振り返る。ベッドに腰掛けて窓の外を眺めていたレイアーヌは、ゆっくりと立ち上がった。
「レイアーヌ様……」
その姿を見て、何故かアデリナは心配そうに、悲痛な声を掛ける。
レイアーヌは無反応のまま、ゆっくりと歩き始める。
クロムを一目見て、だがすぐに視線を逸らす。
――こうして、今年もまた、歌姫の歌が始まろうとしていた。
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