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第4話 歩み寄る二人
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ヴィルフレッドが今、滞在しているのはリーフェンシュタール家の館ではなく、温泉の湧く山の麓にある家だ。彼が来るにあたり、リーフェンシュタール伯は騎士団の関係者から、気を遣わないで滞在できるようにしてやって欲しい、との願いからたまたま空いていたその家を宛がったのだ。近隣の住民に世話をしてやって欲しい、と言づけて。
さらに湯治をすると言うので、元々猟師や樵などが仕事終わりに適当に穴を掘って入っていた湯治場も多少見栄えが良いように整えた。と言っても、着替え用の簡素な小屋と周囲から見えないように木製の柵を急ごしらえで作っただけだが。
「そう。湯治は好きなだけしてれば良いわ。私は関わらないから」
うん。それだけ伝えよう。
ヴィルフレッドが滞在している場所へ行く道すがら、リーヴァはあれこれ考えた結果、彼に言う言葉を決める。気は進まないが、伝えないわけにはいかない。
そうよ。一応、彼はリーフェンシュタール家の正式な客人なわけだし。私が勝手に出て行けって言える立場じゃない。そう、それだけ。それだけなんだから。
秋の爽やかな風が吹く木立を抜けヴィルフレッドが滞在する家の近くの集落まで来ると、何やら楽し気な声が聞こえて来た。
「何かしら?」
不思議に思ってリーヴァが近づくと、道端で村人達とヴィルフレッドが談笑しているところだった。
「いやぁ、昨日はありがとうね。最近うちのおばあちゃん、呆けてきてしょっちゅうその辺をウロウロしてるのよ」
「いえ、私はただ一緒に畦道に座ってお話ししてただけで…」
「アンタ、エラい騎士様なんだろ? 弓なんかも扱うのかい?」
「ええ。弓は得意ですよ。先生が良かったので」
「そんじゃ、今度一緒に猟でも行くかい?」
あはは、と村人の朗らかな笑い声が道に響く。
随分仲良くなってるみたいね…・・。ああ、そうだったわ。ヴィルフレッドは顔も良くて、表向きは人当たりも良いから、こうやってすぐにするっと入ってくるのよね。
昔の苦しい記憶を思い出し、何だか面白くなくて、リーヴァの顔に苦いものが広がる。愉快そうに喋るヴィルフレッドを思わず睨んでいた。
「あ、お嬢。どうしたんです? こんなところで」
村人の一人が気が付いて、仏頂面のリーヴァに声を掛けて来た。
「ちょっと、お客さんに用があって……」
「私に?」
ヴィルフレッドが意外そうな目でリーヴァを見つめてくる。ヴィルフレッドに見つめられると居心地が悪い。住民達は雑談を止め、リーヴァに挨拶をするとそれぞれの仕事に戻って行き、残ったのはリーヴァとヴィルフレッドの二人。
「それで話とは……」
「……この前のことは悪かったわ」
長い沈黙の後、リーヴァがぽつりと言った。
「え……?」
「だからっ、出ていけって言ったのは取り消すってことよ。好きなだけ居れば良いわ」
「リーヴァ……私を許してくれるのですか?」
「……別に許してはいないわよ。ただ、貴方も苦労したって父から聞いたから……だから……」
ほんの少し、大目に見るだけなのだ。
「ありがとう。リーヴァ」
嬉しそうにヴィルフレッドが微笑む。まるで本当に喜んでいるような、その邪念のない美しい表情にリーヴァはどきっとした。
はっ、いけない。いけない。また騙されるところだったわ。
「言っておくけど、私は貴方には関わらない。それだけ!」
リーヴァは照れ隠しのように赤い顔をして怒って離れて行こうとするのを、ヴィルフレッドが止める。
「待って下さい」
「なに?」
「それなら、改めて友達からやり直しませんか?」
「調子に乗らないで! 私と貴方は友達でも何でもない。そう、ただの知り合いよっ」
にこにこと笑うヴィルフレッドにリーヴァは吠えた。
「分かりました。では、ただの知り合いから始めましょう 」
「何も始まらないわよ。それに私は他に用があるんだから」
素っ気ない態度でリーヴァは今度こそヴィルフレッドから離れて行く、が。
「……何でついて来るのよ?」
くるっとリーヴァが振り返った。ヴィルフレッドが彼女の後ろを歩いている。
「私は村の方に戻ろうとしているだけですよ?」
素知らぬ顔でヴィルフレッドが答えた。
「リーヴァこそ、村に何か用が?」
「そうよ。もうすぐ祭りだから」
「ああ。そう言えば広場の方で何かテーブルやら何やら置いてありましたね」
「皆が飲み食いする為に用意してるのよ」
「なるほど」
「歌を歌ったり、楽器を弾いたりもするのよ。年に一度の収穫祭だから、皆楽しみにしてるの。ま、洗練された都会の騎士様には退屈でしょうけど」
「そんなことありませんよ。それで、リーヴァも何かやるんですか?」
リーヴァの嫌味を軽くいなし、さり気なく隣に並んでヴィルフレッドが尋ねた。
「まさか。私は収穫祭で振舞う料理の手伝いをするだけ。今日はキノコ狩りに行くのよ」
「キノコ狩り?」
「そうよ。毎年祭りで振舞うキノコ汁の為にね」
「なるほど」
二人が話しながら歩いていると、村の女性と子供達が集まっている箇所があった。各々編み籠を手に盛ったり背負ったりしている。
「あ、お嬢さん」
「ごめんなさい。待たせちゃったわね」
「いいえ。とんでもない。そちらの色男の騎士さんも一緒に行くのかい?」
「えっ?」
ちゃっかり隣に居たヴィルフレッドに今気が付いたようにリーヴァが振り返った。
「いえ、彼は……」
「ええ。皆さんがよろしければ是非」
いけしゃあしゃあと宣い、ヴィルフレッドはにっこりと微笑むと、女性達から黄色い歓声が上がる。こういう際に彼の美貌は役に立った。
「ちょ、ちょっと……」
リーヴァの戸惑う姿を他所に、女性達とヴィルフレッドはわいわいと盛り上がりながら山へと向かって行く。
あいつ、何なの! ちょっと顔が良いからって、調子に乗って! やっぱりとんでもない奴だわっ。
怒りを表すようにふんっと鼻を鳴らして、渋々リーヴァは後ろをついて行く。リーヴァ達が向かっているのはピルツ岳という名で、キノコがよく取れる鬱蒼とした比較的標高の低い山だ。
山に行く道すがら、ヴィルフレッドは子供達に質問責めにあっていた。珍しい客人に子供達も興味津々だ。
「あんちゃん、鹿狩ったことある?」
「いいえ。残念ながら」
「熊は?」
「見たこともありませんね」
「えーじゃあ、何なら採ったことあるんだよ?」
「うーん。あんまり狩りはしたことないんですよね」
「一人前の男じゃないよ、そんなのっ」
「そういうものですか……」
「あんちゃんは半人前だなぁ」
リーフェンシュタールのことしか知らない子供達はヴィルフレッドが狩猟をしないことが信じられないようだ。舐めたような子供達の態度を大人が諫める。
「騎士様はここの人じゃないんだ。無礼な口叩くんじゃないよ」
「良いんですよ。一人前の男になれるように頑張りますから」
朗らかに笑いながらヴィルフレッドは山を登って行く。キノコがよく採れる鬱蒼とした場所はあまり陽があまり入らず、落葉が堆く積もり、土も程よく湿っていた。ヴィルフレッドは婦人達からキノコ狩りの指南を受ける。
「ほうほう。これが食べられるキノコでこれが食べられないキノコなんですね……」
木々の生い茂る斜面を歩きながら、女性達からキノコを見せられ説明を受けるヴィルフレッドは、それを飽きずに聞いている。
「何の役立つ訳でもないでしょうに……」
楽しそうな様子のヴィルフレッドを見てリーヴァは呆れたように首を振った。
「キノコ狩りというのは面白いですね」
体に悪そうな紫にてらてらと輝くキノコを手に持ちながらにこにこと笑い掛けてくるヴィルフレッドにリーヴァは渋面で忠告する。
「ちょっと、変なキノコ採らないでよ。毒のあるキノコだってあるんだから。そんなの食べたら、最悪死ぬんだからね」
「そうなのですか」
「当たり前じゃない。たくさんキノコが生えてるけど、美味しく食べられるのはせいぜい10種類くらいよ」
リーフェンシュタールの山々には名前の有る無しに関わらず無数のキノコが生えているが、中には幻覚を見せたり、体が痺れさせたりする、かなり毒性の強いものもある。
「なるほど」
ヴィルフレッドは手に持ったキノコを一瞥し、そっと地面に落とした。キノコを選別するにはまだまだ修行が足りないようだ。
「アンタは周囲を警戒してれば良いのよ」
「警戒?」
「そうよ。まぁ、こんなに騒がしければ寄って来ることもないと思うけど、獣が来るかもしれないから。冬が来る前に栄養を蓄えておかないといけないから」
「なるほど。それでリーヴァも弓を持っているのですね」
「そうよ。一応ね」
リーヴァはキノコ狩りに興じる村人達に目を細める。この季節の風物詩の賑わいはいつ見てもリーヴァの心を楽しませる。
「貴女はいつもこうやって領民と過ごしているのですか?」
「そうよ。領主の娘だもの。当然じゃない。他家のことは知らないけれど、我らリーフェンシュタール家の者は常に民と共にあるのよ」
邪竜が住む山脈として忌避されてきたこの地をリーフェンシュタール家の開祖とその仲間達がその竜を山の下に封じ、民と共に山と森を開拓してきた。だから、民草の中に混じって暮らすのは普通のことであった。
「ライン家とは大違いです。新鮮だな」
ヴィルフレッドが何処となく切ない顔をする。
「そう?」
「ええ。父は子ども達に、所謂庶民とは付き合うな、という人だったので。領民にも厳しかったですし」
「ふーん。領主なのに、自分のとこの領民のこと嫌いだったわけ?」
「父は貴族社会での出世しか興味のない人だったので」
「民が可哀そうね」
「返す言葉もありません」
「リーヴァ様、みてみて~」
二人が話していると子ども達が、笑顔で手に一杯のキノコを持って見せに来る。
「あら、たくさん採れたわね。どれどれ……どれも食べられないものね、残念」
「ほら言っただろ。適当に採っちゃダメだって」
「だって、美味しそうだったし~」
「他のやつ探そ」
「俺、キノコより猟に行きたい!」
「まだ一人前じゃないからダメに決まってるでしょ」
口々に喋りながら子供達は楽しそうにまたキノコを探し始めた。
「あなたも、キノコ狩りはあの子達と同レベルね」
「……精進しますよ」
揶揄するようなリーヴァの言葉にヴィルフレッドは苦笑を返した。
さらに湯治をすると言うので、元々猟師や樵などが仕事終わりに適当に穴を掘って入っていた湯治場も多少見栄えが良いように整えた。と言っても、着替え用の簡素な小屋と周囲から見えないように木製の柵を急ごしらえで作っただけだが。
「そう。湯治は好きなだけしてれば良いわ。私は関わらないから」
うん。それだけ伝えよう。
ヴィルフレッドが滞在している場所へ行く道すがら、リーヴァはあれこれ考えた結果、彼に言う言葉を決める。気は進まないが、伝えないわけにはいかない。
そうよ。一応、彼はリーフェンシュタール家の正式な客人なわけだし。私が勝手に出て行けって言える立場じゃない。そう、それだけ。それだけなんだから。
秋の爽やかな風が吹く木立を抜けヴィルフレッドが滞在する家の近くの集落まで来ると、何やら楽し気な声が聞こえて来た。
「何かしら?」
不思議に思ってリーヴァが近づくと、道端で村人達とヴィルフレッドが談笑しているところだった。
「いやぁ、昨日はありがとうね。最近うちのおばあちゃん、呆けてきてしょっちゅうその辺をウロウロしてるのよ」
「いえ、私はただ一緒に畦道に座ってお話ししてただけで…」
「アンタ、エラい騎士様なんだろ? 弓なんかも扱うのかい?」
「ええ。弓は得意ですよ。先生が良かったので」
「そんじゃ、今度一緒に猟でも行くかい?」
あはは、と村人の朗らかな笑い声が道に響く。
随分仲良くなってるみたいね…・・。ああ、そうだったわ。ヴィルフレッドは顔も良くて、表向きは人当たりも良いから、こうやってすぐにするっと入ってくるのよね。
昔の苦しい記憶を思い出し、何だか面白くなくて、リーヴァの顔に苦いものが広がる。愉快そうに喋るヴィルフレッドを思わず睨んでいた。
「あ、お嬢。どうしたんです? こんなところで」
村人の一人が気が付いて、仏頂面のリーヴァに声を掛けて来た。
「ちょっと、お客さんに用があって……」
「私に?」
ヴィルフレッドが意外そうな目でリーヴァを見つめてくる。ヴィルフレッドに見つめられると居心地が悪い。住民達は雑談を止め、リーヴァに挨拶をするとそれぞれの仕事に戻って行き、残ったのはリーヴァとヴィルフレッドの二人。
「それで話とは……」
「……この前のことは悪かったわ」
長い沈黙の後、リーヴァがぽつりと言った。
「え……?」
「だからっ、出ていけって言ったのは取り消すってことよ。好きなだけ居れば良いわ」
「リーヴァ……私を許してくれるのですか?」
「……別に許してはいないわよ。ただ、貴方も苦労したって父から聞いたから……だから……」
ほんの少し、大目に見るだけなのだ。
「ありがとう。リーヴァ」
嬉しそうにヴィルフレッドが微笑む。まるで本当に喜んでいるような、その邪念のない美しい表情にリーヴァはどきっとした。
はっ、いけない。いけない。また騙されるところだったわ。
「言っておくけど、私は貴方には関わらない。それだけ!」
リーヴァは照れ隠しのように赤い顔をして怒って離れて行こうとするのを、ヴィルフレッドが止める。
「待って下さい」
「なに?」
「それなら、改めて友達からやり直しませんか?」
「調子に乗らないで! 私と貴方は友達でも何でもない。そう、ただの知り合いよっ」
にこにこと笑うヴィルフレッドにリーヴァは吠えた。
「分かりました。では、ただの知り合いから始めましょう 」
「何も始まらないわよ。それに私は他に用があるんだから」
素っ気ない態度でリーヴァは今度こそヴィルフレッドから離れて行く、が。
「……何でついて来るのよ?」
くるっとリーヴァが振り返った。ヴィルフレッドが彼女の後ろを歩いている。
「私は村の方に戻ろうとしているだけですよ?」
素知らぬ顔でヴィルフレッドが答えた。
「リーヴァこそ、村に何か用が?」
「そうよ。もうすぐ祭りだから」
「ああ。そう言えば広場の方で何かテーブルやら何やら置いてありましたね」
「皆が飲み食いする為に用意してるのよ」
「なるほど」
「歌を歌ったり、楽器を弾いたりもするのよ。年に一度の収穫祭だから、皆楽しみにしてるの。ま、洗練された都会の騎士様には退屈でしょうけど」
「そんなことありませんよ。それで、リーヴァも何かやるんですか?」
リーヴァの嫌味を軽くいなし、さり気なく隣に並んでヴィルフレッドが尋ねた。
「まさか。私は収穫祭で振舞う料理の手伝いをするだけ。今日はキノコ狩りに行くのよ」
「キノコ狩り?」
「そうよ。毎年祭りで振舞うキノコ汁の為にね」
「なるほど」
二人が話しながら歩いていると、村の女性と子供達が集まっている箇所があった。各々編み籠を手に盛ったり背負ったりしている。
「あ、お嬢さん」
「ごめんなさい。待たせちゃったわね」
「いいえ。とんでもない。そちらの色男の騎士さんも一緒に行くのかい?」
「えっ?」
ちゃっかり隣に居たヴィルフレッドに今気が付いたようにリーヴァが振り返った。
「いえ、彼は……」
「ええ。皆さんがよろしければ是非」
いけしゃあしゃあと宣い、ヴィルフレッドはにっこりと微笑むと、女性達から黄色い歓声が上がる。こういう際に彼の美貌は役に立った。
「ちょ、ちょっと……」
リーヴァの戸惑う姿を他所に、女性達とヴィルフレッドはわいわいと盛り上がりながら山へと向かって行く。
あいつ、何なの! ちょっと顔が良いからって、調子に乗って! やっぱりとんでもない奴だわっ。
怒りを表すようにふんっと鼻を鳴らして、渋々リーヴァは後ろをついて行く。リーヴァ達が向かっているのはピルツ岳という名で、キノコがよく取れる鬱蒼とした比較的標高の低い山だ。
山に行く道すがら、ヴィルフレッドは子供達に質問責めにあっていた。珍しい客人に子供達も興味津々だ。
「あんちゃん、鹿狩ったことある?」
「いいえ。残念ながら」
「熊は?」
「見たこともありませんね」
「えーじゃあ、何なら採ったことあるんだよ?」
「うーん。あんまり狩りはしたことないんですよね」
「一人前の男じゃないよ、そんなのっ」
「そういうものですか……」
「あんちゃんは半人前だなぁ」
リーフェンシュタールのことしか知らない子供達はヴィルフレッドが狩猟をしないことが信じられないようだ。舐めたような子供達の態度を大人が諫める。
「騎士様はここの人じゃないんだ。無礼な口叩くんじゃないよ」
「良いんですよ。一人前の男になれるように頑張りますから」
朗らかに笑いながらヴィルフレッドは山を登って行く。キノコがよく採れる鬱蒼とした場所はあまり陽があまり入らず、落葉が堆く積もり、土も程よく湿っていた。ヴィルフレッドは婦人達からキノコ狩りの指南を受ける。
「ほうほう。これが食べられるキノコでこれが食べられないキノコなんですね……」
木々の生い茂る斜面を歩きながら、女性達からキノコを見せられ説明を受けるヴィルフレッドは、それを飽きずに聞いている。
「何の役立つ訳でもないでしょうに……」
楽しそうな様子のヴィルフレッドを見てリーヴァは呆れたように首を振った。
「キノコ狩りというのは面白いですね」
体に悪そうな紫にてらてらと輝くキノコを手に持ちながらにこにこと笑い掛けてくるヴィルフレッドにリーヴァは渋面で忠告する。
「ちょっと、変なキノコ採らないでよ。毒のあるキノコだってあるんだから。そんなの食べたら、最悪死ぬんだからね」
「そうなのですか」
「当たり前じゃない。たくさんキノコが生えてるけど、美味しく食べられるのはせいぜい10種類くらいよ」
リーフェンシュタールの山々には名前の有る無しに関わらず無数のキノコが生えているが、中には幻覚を見せたり、体が痺れさせたりする、かなり毒性の強いものもある。
「なるほど」
ヴィルフレッドは手に持ったキノコを一瞥し、そっと地面に落とした。キノコを選別するにはまだまだ修行が足りないようだ。
「アンタは周囲を警戒してれば良いのよ」
「警戒?」
「そうよ。まぁ、こんなに騒がしければ寄って来ることもないと思うけど、獣が来るかもしれないから。冬が来る前に栄養を蓄えておかないといけないから」
「なるほど。それでリーヴァも弓を持っているのですね」
「そうよ。一応ね」
リーヴァはキノコ狩りに興じる村人達に目を細める。この季節の風物詩の賑わいはいつ見てもリーヴァの心を楽しませる。
「貴女はいつもこうやって領民と過ごしているのですか?」
「そうよ。領主の娘だもの。当然じゃない。他家のことは知らないけれど、我らリーフェンシュタール家の者は常に民と共にあるのよ」
邪竜が住む山脈として忌避されてきたこの地をリーフェンシュタール家の開祖とその仲間達がその竜を山の下に封じ、民と共に山と森を開拓してきた。だから、民草の中に混じって暮らすのは普通のことであった。
「ライン家とは大違いです。新鮮だな」
ヴィルフレッドが何処となく切ない顔をする。
「そう?」
「ええ。父は子ども達に、所謂庶民とは付き合うな、という人だったので。領民にも厳しかったですし」
「ふーん。領主なのに、自分のとこの領民のこと嫌いだったわけ?」
「父は貴族社会での出世しか興味のない人だったので」
「民が可哀そうね」
「返す言葉もありません」
「リーヴァ様、みてみて~」
二人が話していると子ども達が、笑顔で手に一杯のキノコを持って見せに来る。
「あら、たくさん採れたわね。どれどれ……どれも食べられないものね、残念」
「ほら言っただろ。適当に採っちゃダメだって」
「だって、美味しそうだったし~」
「他のやつ探そ」
「俺、キノコより猟に行きたい!」
「まだ一人前じゃないからダメに決まってるでしょ」
口々に喋りながら子供達は楽しそうにまたキノコを探し始めた。
「あなたも、キノコ狩りはあの子達と同レベルね」
「……精進しますよ」
揶揄するようなリーヴァの言葉にヴィルフレッドは苦笑を返した。
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