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第2章 父親殺しの伯爵
最終話 ちょっと進展する2人
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「わぁ、可愛い~」
イングリッドが思わず顔を綻ばせる。出産を無事終えたミーナの腕には小さな赤子がすやすやと眠っていた。イングリッドはその子を優しい瞳で覗き込む。ケルンと共に出産祝いを届けに来たのだ。
「名前は決めたの?」
「えぇ。マリーよ。彼のお祖母さんから貰ったの」
「まぁ。素敵な名前ね。マリー」
布にくるまれて安やかに眠る赤子にミーナもハーヴェイもイングリッドも顔が緩みっぱなしである。赤子が時折、欠伸をしたり手を動かしたりする。それだけで大人達をほっこりしさせてしまう。だが、ただ一人ケルンだけは、珍獣を見るような目で首を捻る。
「あぁ、本当に可愛いわ」
「本当に可愛いのか? 何かしわくちゃのへちゃむくれだぞ?」
ケルンを除く3人が唖然とした顔で彼を見る。そして、イングリッドは眉根を上げてケルンをポカポカと叩く。
「何言ってるのよ! 可愛いじゃないっ。小さくて稚くて」
つまるところ、赤子は造形の問題ではなく、存在そのものが愛おしいのだ。
「ケルンのバカ! 貴方なんて熊にでも食べられれば良かったのにっ」
「おいおい。酷い言い草だな」
「誰の所為よっ」
イングリッドはケルンの体を押して部屋の外へ追い出そうとする。
「何だよ。俺だってまだ見たいぞ」
「もう良いのっ。ミーナだってゆっくりしたいでしょうし。長居しては駄目よ。ごめんなさいね、お二人さん。また来るわ、私一人で」
イングリッドは一人で、のところを強調して告げた。
「俺も一緒に来るからな」
名残惜しそうに、ちらちら振り返るケルンを両手で押してイングリッドも外へ出る。屋敷への道を戻りながら、イングリッドはぷりぷり怒っていた。
「まったく。信じられないわ。赤ちゃんが可愛くないだなんて」
「可愛くないとは言っていないぞ。ただちょっと珍妙な生き物だと思っただけだ」
イングリッドは怖い顔でケルンを睨む。
「でも、不思議と見ていて飽きないな。ただ寝てるだけなのに。おかしなものだ」
そう言って、我知らずケルンは顔を綻ばせていた。
「ほっぺたをつんつんしてみたくなったぞ」
「……それは駄目よ。起きちゃうから」
「赤ん坊とは、変わった生き物だな」
「それを言うなら可愛い、でしょ」
「こういう感覚を可愛いと言うのか」
「そうよ」
「そうか」
このどこか、くすぐったく暖かな気持ちを表す言葉に、ケルンは得心がいったらしい。そして隣を歩くイングリッドを見つめる。
「赤ん坊って良いものだな。なぁ、イングリッド。俺達も欲しいと思わないか?」
「えっ!?」
突然の提案にイングリッドは目を見開いた。
「俺達の赤ん坊、欲しくないか?」
ケルンはどこか挑発するような笑みを浮かべて、イングリッドに近づく。
「な、なっ……」
「何をそんなに驚く? 俺達は夫婦だぞ。跡継ぎも要るしな。どうだ、イングリッド?」
顔を真っ赤にしてイングリッドが叫ぶ。
「どうだ、じゃないわ! そんな話をこんなところでしないでっ。恥ずかしい」
「こんなところでって、他に誰も居ないから良いだろ」
「品格と慎みの問題よっ」
そう言って、イングリッドはケルンに背中を向ける。
「ふーん。で、どうする?」
「……」
「欲しいか、欲しくないか?」
ケルンは怒る彼女の背中を見ながら尋ねる。
「……し、し、知らないわよ、そんなことっ!」
耳まで赤くしたイングリッドは足早に先へ歩いていってしまう。
そりゃぁ、私だって赤ちゃんは可愛いと思うわ。でも、もっとこう真剣、というか雰囲気のある言い方ってものがあるんじゃないのっ。
どうにもこうにも素直になれないイングリッドであった。
「知らない、ねぇ……」
ケルンは顎に手を当てながら考える。
今までは、嫌とか絶対駄目とか言っていたが、知らない、とはどういうことだろうか?
「良いということなのか? それともやはり駄目ということか?」
いや、今までと違い明確に断られたわけではない。となれば、答えは、一つ。
「……今夜辺りいけるな、これは」
灰色の瞳を輝かせて、高揚した気分のままケルンはイングリッドを追いかける。
これからもっと楽しい日々が始まるのだ。
その後、2人は相変わらず喧嘩したり愛し合ったりしながら、一男一女をもうけた。ケルンは、自分が親の愛情に恵まれなかった分、子ども達には惜しみない愛情を注いだ。ただ、若干注ぎ過ぎたのか、先に生まれた娘の方は、ドレスや宝石よりも、弓を持って山を巡り獲物を狩る方を好むようになってしまい、イングリッドを大いに悩ませた。
弟の方はいうと、誰に似たのか無類の釣り好きで、斬新な疑似餌を多数開発し、暇が有れば湖か川で糸を垂らしていたという。彼は釣り好きの翁として、後世の人々から様々な逸話が語り継がれる人物となった。
イングリッドが思わず顔を綻ばせる。出産を無事終えたミーナの腕には小さな赤子がすやすやと眠っていた。イングリッドはその子を優しい瞳で覗き込む。ケルンと共に出産祝いを届けに来たのだ。
「名前は決めたの?」
「えぇ。マリーよ。彼のお祖母さんから貰ったの」
「まぁ。素敵な名前ね。マリー」
布にくるまれて安やかに眠る赤子にミーナもハーヴェイもイングリッドも顔が緩みっぱなしである。赤子が時折、欠伸をしたり手を動かしたりする。それだけで大人達をほっこりしさせてしまう。だが、ただ一人ケルンだけは、珍獣を見るような目で首を捻る。
「あぁ、本当に可愛いわ」
「本当に可愛いのか? 何かしわくちゃのへちゃむくれだぞ?」
ケルンを除く3人が唖然とした顔で彼を見る。そして、イングリッドは眉根を上げてケルンをポカポカと叩く。
「何言ってるのよ! 可愛いじゃないっ。小さくて稚くて」
つまるところ、赤子は造形の問題ではなく、存在そのものが愛おしいのだ。
「ケルンのバカ! 貴方なんて熊にでも食べられれば良かったのにっ」
「おいおい。酷い言い草だな」
「誰の所為よっ」
イングリッドはケルンの体を押して部屋の外へ追い出そうとする。
「何だよ。俺だってまだ見たいぞ」
「もう良いのっ。ミーナだってゆっくりしたいでしょうし。長居しては駄目よ。ごめんなさいね、お二人さん。また来るわ、私一人で」
イングリッドは一人で、のところを強調して告げた。
「俺も一緒に来るからな」
名残惜しそうに、ちらちら振り返るケルンを両手で押してイングリッドも外へ出る。屋敷への道を戻りながら、イングリッドはぷりぷり怒っていた。
「まったく。信じられないわ。赤ちゃんが可愛くないだなんて」
「可愛くないとは言っていないぞ。ただちょっと珍妙な生き物だと思っただけだ」
イングリッドは怖い顔でケルンを睨む。
「でも、不思議と見ていて飽きないな。ただ寝てるだけなのに。おかしなものだ」
そう言って、我知らずケルンは顔を綻ばせていた。
「ほっぺたをつんつんしてみたくなったぞ」
「……それは駄目よ。起きちゃうから」
「赤ん坊とは、変わった生き物だな」
「それを言うなら可愛い、でしょ」
「こういう感覚を可愛いと言うのか」
「そうよ」
「そうか」
このどこか、くすぐったく暖かな気持ちを表す言葉に、ケルンは得心がいったらしい。そして隣を歩くイングリッドを見つめる。
「赤ん坊って良いものだな。なぁ、イングリッド。俺達も欲しいと思わないか?」
「えっ!?」
突然の提案にイングリッドは目を見開いた。
「俺達の赤ん坊、欲しくないか?」
ケルンはどこか挑発するような笑みを浮かべて、イングリッドに近づく。
「な、なっ……」
「何をそんなに驚く? 俺達は夫婦だぞ。跡継ぎも要るしな。どうだ、イングリッド?」
顔を真っ赤にしてイングリッドが叫ぶ。
「どうだ、じゃないわ! そんな話をこんなところでしないでっ。恥ずかしい」
「こんなところでって、他に誰も居ないから良いだろ」
「品格と慎みの問題よっ」
そう言って、イングリッドはケルンに背中を向ける。
「ふーん。で、どうする?」
「……」
「欲しいか、欲しくないか?」
ケルンは怒る彼女の背中を見ながら尋ねる。
「……し、し、知らないわよ、そんなことっ!」
耳まで赤くしたイングリッドは足早に先へ歩いていってしまう。
そりゃぁ、私だって赤ちゃんは可愛いと思うわ。でも、もっとこう真剣、というか雰囲気のある言い方ってものがあるんじゃないのっ。
どうにもこうにも素直になれないイングリッドであった。
「知らない、ねぇ……」
ケルンは顎に手を当てながら考える。
今までは、嫌とか絶対駄目とか言っていたが、知らない、とはどういうことだろうか?
「良いということなのか? それともやはり駄目ということか?」
いや、今までと違い明確に断られたわけではない。となれば、答えは、一つ。
「……今夜辺りいけるな、これは」
灰色の瞳を輝かせて、高揚した気分のままケルンはイングリッドを追いかける。
これからもっと楽しい日々が始まるのだ。
その後、2人は相変わらず喧嘩したり愛し合ったりしながら、一男一女をもうけた。ケルンは、自分が親の愛情に恵まれなかった分、子ども達には惜しみない愛情を注いだ。ただ、若干注ぎ過ぎたのか、先に生まれた娘の方は、ドレスや宝石よりも、弓を持って山を巡り獲物を狩る方を好むようになってしまい、イングリッドを大いに悩ませた。
弟の方はいうと、誰に似たのか無類の釣り好きで、斬新な疑似餌を多数開発し、暇が有れば湖か川で糸を垂らしていたという。彼は釣り好きの翁として、後世の人々から様々な逸話が語り継がれる人物となった。
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