上 下
14 / 15
第2章 父親殺しの伯爵

第14話 帰還

しおりを挟む
 ケルン達が出発してから4日が経っていた。イングリッドはこのところよく眠れていなかった。目を閉じると、ケルン達が山から転がり落ちていく姿ばかりが浮かんでくるからだった。

 大丈夫かしら……今頃どこを歩いているの? ……まさか、夢が本当になってるなんてことないわよね?

 イングリッドは刻々と強くなる不安を感じながら、ケルン達の帰りを待っていた。すると、屋敷に村人が急いで駆け込んで来る。出迎えた執事に、息を切らせながらケルン達が帰ってきたと嬉しそうに伝えた。
 それは直ぐにイングリッドにも伝わり、彼女は居ても立っても居られず、走って屋敷を出た。村の方へ急ぐと、ケルン達と彼らの帰還を喜ぶ村人達の姿が見える。
 数日ぶりに見る彼は、思いのほか元気そうで、イングリッドは安堵に胸を撫で下ろすと同時に、嬉しさで涙が溢れそうだった。

「イングリッド!」

 ケルンが彼女に気が付き、飛び切りの笑顔を見せる。その様子から、登山が成功したのだと、分かる。ケルン達を囲んでいた村人達が道を開けて、ケルンが走ってきてイングリッドを思い切り抱きしめた。

「ちょ、ちょっとケルンっ」

 イングリッドは唐突に夫の行動に驚き戸惑う。彼の体の熱さがイングリッドにも伝わってくるようだ。

「どうしたの、急に?」
「数日振りに会った奥方を抱きしめたらいかんのか?」

 ケルンはおどけた口調で言う。

 そ、そりゃいけなくは無いけど……。こんな風に力強く抱きしめられると、もしかして愛されていると勘違いしてしまいそうになる。

 イングリッドは動揺を誤魔化すように話題を転じる。

「そ、その様子なら、上手くいったみたいね」
「あぁ。初代がそうしたように、俺も山頂に短剣を奉じて来た」
「そう。とにかく無事に帰って来てくれて良かった」
「君のお守りのお陰だな。効果抜群だったぞ。祭壇でも作って飾っておくか」

 本気か冗談か、よく分からないことを言うケルンにイングリッドは呆れた。

「もう、変なこと言わないで。無事に帰って来られたのは、運が良かったからよ」
「そうだ。そうだな、俺達は山に生かされたに過ぎない」
「ケルン?」
「生きて、まだやることがある」
 ケルンの言葉にイングリッドは顔を上げた。彼は遠くを見つめている。遥かな山々に思いを馳せているのだろうか。

 何だか、少し変わったみたい。どこがどう、とは説明出来ないけれど。

「君と愛し合うことも、その中に入ってるんだがね」

 ケルンは下を向き小声でイングリッドに微笑み掛ける。

「なっ、なに言ってっ……! 登山で疲れておかしくなっちゃたの?」

 イングリッドは照れ隠しに思わず叫んでしまう。

「疲れてなどいないぞ。温泉に寄って来たからな」
「おんせん? ってそれなに?」
「地面から熱い湯が出てくるところがあるんだ。その湯に浸かると、疲れが取れたり体の痛みが取れたりするんだ。そこで少しゆっくりして来たんだ」
「そんなところがあるの。知らなかったわ」
「気持ち良いぞ。今度行ってみるか?」

 まぁ、それも良いかもとイングリッドは思ったが、同じく出迎えに来ていたハーヴェイから横やりが入った。

「騙されてはいけませんよ。別に浴場や入浴施設があるわけじゃありませんから。地面に穴を適当に掘って入るだけですよ。いわば露天です」
「えぇっ!?」

 晴天の下で、お風呂に入ろうってことっ!?

 イングリッドは思わずケルンを睨むと、彼は気まずそうに視線を逸らした。

「このっ……! 心配して損したわっ。こっちは毎日気が気じゃなくて、夜も碌に寝られなかっのにっ!」

 イングリッドはぽかぽかとケルンの胸を叩く。しばらくされるがままになっていが、見計らってケルンは彼女の両手を掴んだ。

「揶揄って悪かったよ。確かに、君の方が疲れた顔をしているな」

 じっとケルンはイングリッドの顔を見る。目の下には隈が出来ていた。

「……心配してたんだから」

 イングリッドは俯きながらぽつりと呟く。

「済まなかった」
「本当よ。 もう、こんな危険なこと二度としないで」
「……分かった」

 彼の言葉にイングリッドは小さく頷いて、彼の胸に顔を埋める。

「お帰りなさい、ケルン」
「ただいま、イングリッド」

 ケルンも彼女の腕を離してその背に再び手を回し、ぎゅっと抱きしめる。

「これで君も安心して寝られるな。なんなら、今から添い寝してやろうか?」
「要らないわよ! 子供じゃあるまいし」

イングリッドはまた怒り出して、ケルンの腕の中から抜け出そうともがくが、彼は離さない。

「それは残念」

 彼はそう言って楽しそうに笑った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

救国の英雄は初恋を諦めきれない

巡月 こより
恋愛
リーフェンシュタール伯爵家の令嬢リーヴァは、行き遅れの22歳。6年前の社交界での屈辱的な出来事の所為で領地の外へ出ることを拒絶するようになった。 領民達と共に山へ登り猟へと繰り出す、そんな貴族令嬢らしからぬ生活をしていた。そこへ先頃終結した戦争の英雄、レイン伯爵家の次男で騎士のヴィルフレッドがリーフェンシュタール領に何故か療養と称してやってくる。この男こそリーヴァが社交嫌いになった原因の男だった。 彼の意図を計りかね、あからさまに拒絶するリーヴァに対しヴィルフレッドはまるで6年前のことなど忘れたように終始穏やかに接する。そのことが更にリーヴァの怒りに火を着けた。しかし、どうやら彼にも何やら事情があるようで。リーヴァはヴィルフレッドと衝突しながら、彼の思いに触れて行くのだった。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

処理中です...