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第2章 父親殺しの伯爵
第12話 お守り
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ケルンはここ数日シュフィアート岳に登る準備を着々と進めていた。そして、登山前日の夜。寝室に入る直前、ケルンはイングリッドに呼び止められた。
「あの、ケルン……」
「ん? どうした? ついに、扉を開ける気になったのか?」
「違うわよ! これ……」
イングリッドはぶっきらぼうにケルンの胸に自分の手を押し付ける。
「何だ?」
ケルンは怪訝な顔でイングリッドが胸に押し付けてきた物を手に取った。それは、菱形の布に刺繍糸でリーフェンシュタール家の紋章、すなわち竜がを象った図とそれを取り囲むように幾何学模様が描かれていた。
初代のリーフェンシュタール伯が暴れる竜を封じて以来、リーフェンシュタール家の紋章は竜となったのだ。
「お、お守りよ、一応。危険な山に登りに行くって言うから……。竜は今も山の深くに眠ってるんでしょう? 守って貰えると良いと思って……まぁ、効果なんてないと思うけど。気休めよ、気休め!」
照れながら、イングリッドが説明する間も、ケルンは彼女が作ったお守りをしげしげと眺めている。
「凄いな、これは。とても綺麗だ。ありがとう、イングリッド」
ケルンは殊の外喜んで、会心の笑みを妻に見せた。その笑みは、まるでかつて刺繡入りのハンカチをあげた頃のケルンのようで、イングリッドは思わず胸が高鳴る。
そんな表情見せるなんて、ずるいわ。
「そんなに、感謝される物じゃないわっ。この前、お花貰ったし……そのお礼よ」
思わずイングリッドは反発してしまうが、内心ではとても嬉しかった。
「俺は山から花を採ってきただけだからな。このお守りには遠く及ばんさ」
「そんなことないわ、充分綺麗な花だったもの……って、それはともかく私を未亡人にするのだけは止めてよね」
「ははっ、気を付けるさ。君特製のお守りもあるしな」
「だから、私のお守りなんて唯の気休めよ、もうっ……とりあえず、お休みなさい!」
イングリッドは顔を赤くして、自分の部屋に引っ込んだ。その様子を見守り、彼女から貰ったお守りに軽く口づけして、彼も自分の部屋へ戻った。
次の日の早朝、イングリッドやハーヴェイに加えて、屋敷の者達に見送られケルン達は、剣岳に登ろうとしていた。ケルンを始め山に慣れた者達が3人と組んで山頂を目指す。
日程は、3日~5日を目安にしているので、野営用の道具や食料なども持っていかなければならない。
「無理だと思ったら、直ぐに引き返して来て下さいね」
ハーヴェイが心配そうな顔をケルンに向けると、彼は頷いた。
「分かっている。山は異界。無茶な行動は命取りだからな」
「分かっているなら、わざわざ行かなくても良いでしょうに」
「それとこれとは別問題だぞ、ハーヴェイ」
「まったく……」
ハーヴェイはため息を吐き、頭を振った。これ以上言い募っても仕方ない。
「とにかく、気を付けて下さいね!」
「大丈夫さ。俺には加護があるからな」
ケルンはイングリッドに意味あり気な視線を向ける。
「ケルン……あんなの気休めなんだから。ハーヴェイの言う通り、気を付けてよ」
「はいはい」
不安げなイングリッドの顔を見て、ケルンは苦笑する。
「それじゃ、行って来る」
ケルン達はそれぞれが重い荷物を背負って、屋敷を後にした。イングリッドはその背を見送りながら、祈るように両手を胸の前で組む。
山に神がいるのか、竜がいるのか、精霊がいるのかは分からないけれど、どうかケルン達の旅をお守り下さい。どうか、無事に帰って来られるよう、見届けて下さい。
ケルン達は先ずは、屋敷より南にある開けた高原を目指す。そこはなだらかな丘陵地となっており、夏の間は牛や羊、山羊などの放牧が行われている。
そこの小屋で一泊して次の日に、稜線へ出てシュフィアート岳の手前にあるフュンフドラーヒェン岳を目指す。この山は、初代が正に邪悪な竜を封じた山とされているところだ。今でも眠った竜の息が漏れているところがあり、そこへ近づくと気分が悪くなったり、急に倒れたりする者が出る危険な山である。
ケルンが目指すシュフィアート岳は、この山の更に南西あるので、どうしても越えて行かねばならない。
そこを越えても、安心は出来ない。シュフィアート岳の山頂は、剣の切っ先のように切り立った岩が3つ連なっており、その真ん中が最高峰で、そこまで到達せねばならない。
これは俺の我儘なのは、よく分かっている。それでも、俺は見てたい。その頂から見える世界を。かつて初代がそうしたように。
俺がこのリーフェンシュタールの民にとって、強き庇護者である証明に。
ケルンは壮大な山脈を見上げる。まだ、目的地であるシュフィアート岳はその姿の欠片すら見えない。
「あの、ケルン……」
「ん? どうした? ついに、扉を開ける気になったのか?」
「違うわよ! これ……」
イングリッドはぶっきらぼうにケルンの胸に自分の手を押し付ける。
「何だ?」
ケルンは怪訝な顔でイングリッドが胸に押し付けてきた物を手に取った。それは、菱形の布に刺繍糸でリーフェンシュタール家の紋章、すなわち竜がを象った図とそれを取り囲むように幾何学模様が描かれていた。
初代のリーフェンシュタール伯が暴れる竜を封じて以来、リーフェンシュタール家の紋章は竜となったのだ。
「お、お守りよ、一応。危険な山に登りに行くって言うから……。竜は今も山の深くに眠ってるんでしょう? 守って貰えると良いと思って……まぁ、効果なんてないと思うけど。気休めよ、気休め!」
照れながら、イングリッドが説明する間も、ケルンは彼女が作ったお守りをしげしげと眺めている。
「凄いな、これは。とても綺麗だ。ありがとう、イングリッド」
ケルンは殊の外喜んで、会心の笑みを妻に見せた。その笑みは、まるでかつて刺繡入りのハンカチをあげた頃のケルンのようで、イングリッドは思わず胸が高鳴る。
そんな表情見せるなんて、ずるいわ。
「そんなに、感謝される物じゃないわっ。この前、お花貰ったし……そのお礼よ」
思わずイングリッドは反発してしまうが、内心ではとても嬉しかった。
「俺は山から花を採ってきただけだからな。このお守りには遠く及ばんさ」
「そんなことないわ、充分綺麗な花だったもの……って、それはともかく私を未亡人にするのだけは止めてよね」
「ははっ、気を付けるさ。君特製のお守りもあるしな」
「だから、私のお守りなんて唯の気休めよ、もうっ……とりあえず、お休みなさい!」
イングリッドは顔を赤くして、自分の部屋に引っ込んだ。その様子を見守り、彼女から貰ったお守りに軽く口づけして、彼も自分の部屋へ戻った。
次の日の早朝、イングリッドやハーヴェイに加えて、屋敷の者達に見送られケルン達は、剣岳に登ろうとしていた。ケルンを始め山に慣れた者達が3人と組んで山頂を目指す。
日程は、3日~5日を目安にしているので、野営用の道具や食料なども持っていかなければならない。
「無理だと思ったら、直ぐに引き返して来て下さいね」
ハーヴェイが心配そうな顔をケルンに向けると、彼は頷いた。
「分かっている。山は異界。無茶な行動は命取りだからな」
「分かっているなら、わざわざ行かなくても良いでしょうに」
「それとこれとは別問題だぞ、ハーヴェイ」
「まったく……」
ハーヴェイはため息を吐き、頭を振った。これ以上言い募っても仕方ない。
「とにかく、気を付けて下さいね!」
「大丈夫さ。俺には加護があるからな」
ケルンはイングリッドに意味あり気な視線を向ける。
「ケルン……あんなの気休めなんだから。ハーヴェイの言う通り、気を付けてよ」
「はいはい」
不安げなイングリッドの顔を見て、ケルンは苦笑する。
「それじゃ、行って来る」
ケルン達はそれぞれが重い荷物を背負って、屋敷を後にした。イングリッドはその背を見送りながら、祈るように両手を胸の前で組む。
山に神がいるのか、竜がいるのか、精霊がいるのかは分からないけれど、どうかケルン達の旅をお守り下さい。どうか、無事に帰って来られるよう、見届けて下さい。
ケルン達は先ずは、屋敷より南にある開けた高原を目指す。そこはなだらかな丘陵地となっており、夏の間は牛や羊、山羊などの放牧が行われている。
そこの小屋で一泊して次の日に、稜線へ出てシュフィアート岳の手前にあるフュンフドラーヒェン岳を目指す。この山は、初代が正に邪悪な竜を封じた山とされているところだ。今でも眠った竜の息が漏れているところがあり、そこへ近づくと気分が悪くなったり、急に倒れたりする者が出る危険な山である。
ケルンが目指すシュフィアート岳は、この山の更に南西あるので、どうしても越えて行かねばならない。
そこを越えても、安心は出来ない。シュフィアート岳の山頂は、剣の切っ先のように切り立った岩が3つ連なっており、その真ん中が最高峰で、そこまで到達せねばならない。
これは俺の我儘なのは、よく分かっている。それでも、俺は見てたい。その頂から見える世界を。かつて初代がそうしたように。
俺がこのリーフェンシュタールの民にとって、強き庇護者である証明に。
ケルンは壮大な山脈を見上げる。まだ、目的地であるシュフィアート岳はその姿の欠片すら見えない。
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