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第1章 狙われる花嫁
第5話 夜会の決闘
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勢いよくヘルマンが斬りかかって来るが、ケルンがそれをひらりとかわす。ヘルマンの今の動きだけで、彼が決して剣の技量に優れていないことが分かる。これなら何十回斬りかかって来てもケルンに当たることはない。ヘルマンはきっと睨んで、再び斬りかかって来るがケルンはまたしてもすっと避ける。
「避けるな!」
ぎりぎりと歯軋りしをして怒りを表すヘルマンに対し、ケルンは涼しい顔で肩を竦めてみせた。
「おのれ! 山賊風情がっ」
再び斬り込もうとヘルマンが剣を構える。そのときシャンデリアの光に、その白い刃がてらてらと輝くのが見えた。
なるほど。
ケルンは何故剣が得意でもないヘルマンが決闘を仕掛けて来たのか、その理由が分かったのだ。
ヘルマンが懲りずに再び斬りかかって来たので、ケルンは足を出して彼を転ばせる。床に倒れ込んだヘルマンの、剣を持つ右手の手首の辺りを、ケルンは無言で刺した。彼の絶叫がホール中に響く。
さらに、ケルンは彼の左足を踏みつけ、足首の辺りを無表情に剣を突き立てた。ヘルマンがあまりの痛みにのたうち回る。見物していた人々も流石に不快そうな顔になった。
「やはり田舎の乱暴者よの」
「決闘の作法も知らぬとは、野蛮なやつ」
「怖いわ……」
ひそひそと話している野次馬が分かれて、青い制服を着た者達が現れた。法務院の憲兵達だ。
「その辺で止めて頂こう、リーフェンシュタール卿」
先頭の口ひげを蓄えた中年の憲兵の1人がケルンに話掛ける。ケルンは無言で従者であるハーヴェイに己の剣を渡す。
「そ、その男を逮捕しろ!」
痛がりながら、ヘルマンがケルンを指差す。
「何の容疑で? 決闘を申し込んで来たのは貴殿ですぞ。その結果怪我を負われただけのこと。それに……」
ケルンはヘルマンの握っていた剣を拾い、近くにいたメイドが持っていた銀の盆を借りて、その盆の上に剣を載せる。すると、刃の部分から盆が黒ずみ始めた。人々があっと驚く。ヘルマンの剣には毒が塗られていたのだ。
「俺は礼儀を知らない野蛮な山賊だが、卑怯よりはマシだと思うがな」
ケルンが挑発するように周りを囲む見物人達を灰色の瞳で見回す。彼は憲兵の1人に剣と盆を渡すと、ヘルマンを睨みつける。ヘルマンは怯えたように怪我をしていない足を動かし後ずさる。
「痛いか、ヘルマン。だがな、お前が痛ぶってきた女性達はもっと辛かったと思うぞ。立場の弱い者をなぶり殺しにするなど、貴様は畜生にも劣る醜悪な化物だ。こんな怪我で済んで有難いと思え」
このケルンの発言で、人々はヘルマンに関する妻殺しの噂が本当であると確信したのだった。ヘルマンが狂ったように叫び声を上げ、手足をバタつかせる。まるで子どもが癇癪を起こしたような有り様で、人々の嘲笑を買った。
「今日はこれでお終いです。皆さんお帰り下さい」
憲兵が客達に帰るよう促す。名残惜しそうにしながらも人々はぞろぞろとホールを後にする。残ったのは、ケルンとイングリッド、レーガー侯爵夫妻、そしてヘルマンだった。ヘルマンについては刺された箇所に包帯を巻かれ、運び出されようとしていた。
「まったく君がいると飽きないよ」
その様子を見守りながらレーガー公爵が苦笑いする。
「悪いな。だが、俺は法務院の出来ぬ仕事をしただけだ」
ちらりとケルンは憲兵を見る。
家庭内の、それも貴族の、となればなかなか介入し辛いものがある。
「では、あの妻殺し、というのは本当なのか?」
「あぁ。知り合いに法務院の人間がいるのだが、どうやら事実だそうだ」
「だからといって、あんな怪我を負わせることもありますまいに」
中年の憲兵が困惑した表情を見せる。
「あれならば何も握れんし、誰も蹴ることももう出来まい」
ケルンが皮肉気に笑う。
「守るべき者を守らず、ただ己の愉しみだけに人々を痛ぶる。そんな、貴族が貴族としての責務を果たさぬなら、貴族など存在する必要があるのか?」
「リーフェンシュタール卿、貴方の言うことは正しい。だが、それは危険な考えですぞ」
「ご忠告どうも。ですが我々はそろそろ所領に帰りますので心配なく。向こうでやるべきことも、やりたいこともありますので。侯爵、床を汚して悪かったな」
レーガー公爵は手を振って、気にするなと言った。
「では、皆さん良い夜を。行くぞ、イングリッド」
呆然と事の成り行きを見ていたイングリッドは急に話し掛けられてはっとケルンを見た。彼はイングリッドに近づいて、彼女の腰に手を回すとそのまま強引に出口まで進んでいく。
これは一体どういうことだろうか、とイングリッドは歩かされながらずっと考えている。
ケルンにではなく、ヘルマン子爵に私を売ろうとしていた? けれど、どういう訳か、ケルンが横やりを入れた。どうして? それにベルク家はヘルマン子爵に借金があったの? だから、私を売って返済しようとしていた? 誰が? 父が? それとも兄が?
それらの疑問を口にしてしまったら、イングリッドの中で何かが壊れるような気がした。
イングリッドは馬車に乗っている間もずっと無言でその事を考えていた。ケルンも彼女に声を掛けるようなことはせず、ただその様子を痛まし気に見守っていた。
「避けるな!」
ぎりぎりと歯軋りしをして怒りを表すヘルマンに対し、ケルンは涼しい顔で肩を竦めてみせた。
「おのれ! 山賊風情がっ」
再び斬り込もうとヘルマンが剣を構える。そのときシャンデリアの光に、その白い刃がてらてらと輝くのが見えた。
なるほど。
ケルンは何故剣が得意でもないヘルマンが決闘を仕掛けて来たのか、その理由が分かったのだ。
ヘルマンが懲りずに再び斬りかかって来たので、ケルンは足を出して彼を転ばせる。床に倒れ込んだヘルマンの、剣を持つ右手の手首の辺りを、ケルンは無言で刺した。彼の絶叫がホール中に響く。
さらに、ケルンは彼の左足を踏みつけ、足首の辺りを無表情に剣を突き立てた。ヘルマンがあまりの痛みにのたうち回る。見物していた人々も流石に不快そうな顔になった。
「やはり田舎の乱暴者よの」
「決闘の作法も知らぬとは、野蛮なやつ」
「怖いわ……」
ひそひそと話している野次馬が分かれて、青い制服を着た者達が現れた。法務院の憲兵達だ。
「その辺で止めて頂こう、リーフェンシュタール卿」
先頭の口ひげを蓄えた中年の憲兵の1人がケルンに話掛ける。ケルンは無言で従者であるハーヴェイに己の剣を渡す。
「そ、その男を逮捕しろ!」
痛がりながら、ヘルマンがケルンを指差す。
「何の容疑で? 決闘を申し込んで来たのは貴殿ですぞ。その結果怪我を負われただけのこと。それに……」
ケルンはヘルマンの握っていた剣を拾い、近くにいたメイドが持っていた銀の盆を借りて、その盆の上に剣を載せる。すると、刃の部分から盆が黒ずみ始めた。人々があっと驚く。ヘルマンの剣には毒が塗られていたのだ。
「俺は礼儀を知らない野蛮な山賊だが、卑怯よりはマシだと思うがな」
ケルンが挑発するように周りを囲む見物人達を灰色の瞳で見回す。彼は憲兵の1人に剣と盆を渡すと、ヘルマンを睨みつける。ヘルマンは怯えたように怪我をしていない足を動かし後ずさる。
「痛いか、ヘルマン。だがな、お前が痛ぶってきた女性達はもっと辛かったと思うぞ。立場の弱い者をなぶり殺しにするなど、貴様は畜生にも劣る醜悪な化物だ。こんな怪我で済んで有難いと思え」
このケルンの発言で、人々はヘルマンに関する妻殺しの噂が本当であると確信したのだった。ヘルマンが狂ったように叫び声を上げ、手足をバタつかせる。まるで子どもが癇癪を起こしたような有り様で、人々の嘲笑を買った。
「今日はこれでお終いです。皆さんお帰り下さい」
憲兵が客達に帰るよう促す。名残惜しそうにしながらも人々はぞろぞろとホールを後にする。残ったのは、ケルンとイングリッド、レーガー侯爵夫妻、そしてヘルマンだった。ヘルマンについては刺された箇所に包帯を巻かれ、運び出されようとしていた。
「まったく君がいると飽きないよ」
その様子を見守りながらレーガー公爵が苦笑いする。
「悪いな。だが、俺は法務院の出来ぬ仕事をしただけだ」
ちらりとケルンは憲兵を見る。
家庭内の、それも貴族の、となればなかなか介入し辛いものがある。
「では、あの妻殺し、というのは本当なのか?」
「あぁ。知り合いに法務院の人間がいるのだが、どうやら事実だそうだ」
「だからといって、あんな怪我を負わせることもありますまいに」
中年の憲兵が困惑した表情を見せる。
「あれならば何も握れんし、誰も蹴ることももう出来まい」
ケルンが皮肉気に笑う。
「守るべき者を守らず、ただ己の愉しみだけに人々を痛ぶる。そんな、貴族が貴族としての責務を果たさぬなら、貴族など存在する必要があるのか?」
「リーフェンシュタール卿、貴方の言うことは正しい。だが、それは危険な考えですぞ」
「ご忠告どうも。ですが我々はそろそろ所領に帰りますので心配なく。向こうでやるべきことも、やりたいこともありますので。侯爵、床を汚して悪かったな」
レーガー公爵は手を振って、気にするなと言った。
「では、皆さん良い夜を。行くぞ、イングリッド」
呆然と事の成り行きを見ていたイングリッドは急に話し掛けられてはっとケルンを見た。彼はイングリッドに近づいて、彼女の腰に手を回すとそのまま強引に出口まで進んでいく。
これは一体どういうことだろうか、とイングリッドは歩かされながらずっと考えている。
ケルンにではなく、ヘルマン子爵に私を売ろうとしていた? けれど、どういう訳か、ケルンが横やりを入れた。どうして? それにベルク家はヘルマン子爵に借金があったの? だから、私を売って返済しようとしていた? 誰が? 父が? それとも兄が?
それらの疑問を口にしてしまったら、イングリッドの中で何かが壊れるような気がした。
イングリッドは馬車に乗っている間もずっと無言でその事を考えていた。ケルンも彼女に声を掛けるようなことはせず、ただその様子を痛まし気に見守っていた。
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