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最終章 この愛が全て
おまけ4 王都にてー観劇編ー
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今日、アデレードとカールの姿は劇場にあった。アデレードにとっては曰くつきの場所である。2人の姿を見て、着飾った人々が興味津々に囁き合う。しかし、アデレードとカールは特に気にすることもなく、ボックス席の方へ腕を組んで歩いていく。
「お招きありがとうございます、フラウ・シュミット」
ボックス席の前室に入ると、シュミット夫人が待っていた。2人は彼女の招きで劇場にやって来たのだった。
「こちらこそ、来て頂いてありがとうございます、伯爵。それに、ご結婚おめでとうございます」
シュミット夫人が艶やかに微笑み、アデレードの手を取り囁く。
「やったわね。お似合いよ」
「フラウ・シュミット……」
アデレードは嬉しいような恥ずかしいような、むず痒い気持ちになった。
「いやー間に合った」
前室にまた1人、慌てて入って来た。マックスである。
「フラウ・シュミット、お招きありがとうございます。ボックス席なんて僕初めてですよって言っても、劇場に来るのも2回目くらいですけど」
マックスはシュミット夫人に頭を下げ、アデレードとカールの姿を認めると満面の笑みを浮かべる。
「伯爵、フロイ、いやフラウ・アデレード、結婚おめでとうございます!」
そう言ってカールに抱きつこうとするのを、それはそれは恐ろしい形相でカールが止めた。
「まぁ、ありがとうございます。マックスさん」
「いやー、本当におめでたいです。それに僕もようやく卒業出来る目途が立ちました。これでもうすぐリーフェンシュタールの山々に行けますね! ……って伯爵、何でそんな嫌そうな顔してるんですか!?」
マックスの指摘通り、カールは半眼になって彼を睨んでいる。アデレードはそんな様子のカールを見て笑う。
「もう、貴方ったらそんな顔して。嬉しいくせに。そうそう、マックスさんはクラウス殿下の2番目のお兄様をご存知かしら?」
「2番目というと、フランツ殿下のことですね。えぇ、知ってますよ。大学ではキノコの殿下として親しまれてます。専攻が違うので、直接お話ししたことはありませんけど」
「キノコの殿下……」
どう聞いても、変人の響きしかしない。カールはため息を吐いた。
「フランツ殿下がどうかしました?」
「いえね、この前の宮中舞踏会でクラウス殿下にお会いしたときに、フランツ殿下が大層リーフェンシュタール領に興味をお持ちだと伺って」
「そうだったんですね。確かにピルツ岳にもキノコがいっぱい生えてましたもんね」
マックスがキノコ狩りしたときのことを懐かしそうに思い出し、頷いた。
「今度は伯爵も一緒にどうですか?」
「は?」
「それ良いですわね。そうしましょう、カール」
アデレードに嬉しそうに言われては、さしものカールも弱い。
「……機会があればな」
「約束よ」
「面白いわね、あなた達」
シュミット夫人が3人のやり取りを見ながらクスクス笑う。すると、前室のドアをノックする音が聞こえ、2人の男が入って来た。劇作家のブッフバルトと小説家のシュナイダーである。
「おぉ、我が女神達! 今日も一段と美しい」
アデレードとシュミット夫人を見て、いつものように大仰に礼をする。
「今宵は私の新作においで下さり、ありがとうございます」
今この劇場では彼の新作が上演されている。この劇場で起きた、あの事件の後に書き上げたものだった。
「お陰さまで大好評ですよ。特に死の魔女アデリーナが歌うアリアは誰もが圧倒されています」
「でも、結局殺されるのでしょう、そのアデリーナ」
アデレードは批判的な瞳でブッフバルトを横目に見る。
「嘆くことはありません。悪役は思い切り暴れて華々しく散る……悪役が輝いてこそ、物語が引き立つというものです」
ブッフバルトが熱弁を振るい、アデレードに向かってウィンクした。
「まぁ、良いですわ。どんなものかじっくり見させて頂きます」
「えぇ。是非楽しんでいって下さい」
自信満々にブッフバルトは笑みを見せる。
「フラウ・リーフェンシュタール」
今度はシュナイダーがアデレードに話し掛ける。
「ホテルで書いていた物が出来上がった。貰ってくれ」
シュナイダーがアデレードに臙脂色の表紙の本を渡す。
「……これも確か、私が死ぬ話だったわね」
山間の静かなホテルに集う、ワケありの客達。そして始まる連続殺人の最初の犠牲者が、そのホテルの女主人だった。
彼の書いたこのサスペンス小説は大いに受けて、この後、追い詰められた犯人が何故か断崖絶壁で犯行を告白するというスタイルが流行った。
前室に集まった人々の耳に、鈴の鳴るような音が入って来た。もうすぐ劇の幕が開く合図だ。
「では、皆さん。堪能して下さいね」
そう言って、2人は前室を後にした。劇場の控え室に戻りながら話を続ける。
「いやー、フロイライン・アデレードが伯爵夫人になるなんて最高じゃないかっ。美貌に財産、それに人妻、私が女性に求める全てを兼ね備えている!」
「……貴族の妻は、甘やかしてくれるし、お小遣いもくれるからか?」
シュナイダーの言葉に、うんうんとブッフバルトは頷く。
「だが多分、フラウ・リーフェンシュタールはそういうタイプの夫人ではないと思うがな」
そんな話をしながら2人は舞台裏へ消えていった。
そしてトランペットのファンファーレが劇場中に響く。劇が始まったのだ。
ちなみにブッフバルトは、その後も数多くの名作とそれと同じ数のトンチキ作品を生みだした。酷評される度に、リーフェンシュタール領のアデレードのホテルにシュナイダーを伴って現れたという。
「お招きありがとうございます、フラウ・シュミット」
ボックス席の前室に入ると、シュミット夫人が待っていた。2人は彼女の招きで劇場にやって来たのだった。
「こちらこそ、来て頂いてありがとうございます、伯爵。それに、ご結婚おめでとうございます」
シュミット夫人が艶やかに微笑み、アデレードの手を取り囁く。
「やったわね。お似合いよ」
「フラウ・シュミット……」
アデレードは嬉しいような恥ずかしいような、むず痒い気持ちになった。
「いやー間に合った」
前室にまた1人、慌てて入って来た。マックスである。
「フラウ・シュミット、お招きありがとうございます。ボックス席なんて僕初めてですよって言っても、劇場に来るのも2回目くらいですけど」
マックスはシュミット夫人に頭を下げ、アデレードとカールの姿を認めると満面の笑みを浮かべる。
「伯爵、フロイ、いやフラウ・アデレード、結婚おめでとうございます!」
そう言ってカールに抱きつこうとするのを、それはそれは恐ろしい形相でカールが止めた。
「まぁ、ありがとうございます。マックスさん」
「いやー、本当におめでたいです。それに僕もようやく卒業出来る目途が立ちました。これでもうすぐリーフェンシュタールの山々に行けますね! ……って伯爵、何でそんな嫌そうな顔してるんですか!?」
マックスの指摘通り、カールは半眼になって彼を睨んでいる。アデレードはそんな様子のカールを見て笑う。
「もう、貴方ったらそんな顔して。嬉しいくせに。そうそう、マックスさんはクラウス殿下の2番目のお兄様をご存知かしら?」
「2番目というと、フランツ殿下のことですね。えぇ、知ってますよ。大学ではキノコの殿下として親しまれてます。専攻が違うので、直接お話ししたことはありませんけど」
「キノコの殿下……」
どう聞いても、変人の響きしかしない。カールはため息を吐いた。
「フランツ殿下がどうかしました?」
「いえね、この前の宮中舞踏会でクラウス殿下にお会いしたときに、フランツ殿下が大層リーフェンシュタール領に興味をお持ちだと伺って」
「そうだったんですね。確かにピルツ岳にもキノコがいっぱい生えてましたもんね」
マックスがキノコ狩りしたときのことを懐かしそうに思い出し、頷いた。
「今度は伯爵も一緒にどうですか?」
「は?」
「それ良いですわね。そうしましょう、カール」
アデレードに嬉しそうに言われては、さしものカールも弱い。
「……機会があればな」
「約束よ」
「面白いわね、あなた達」
シュミット夫人が3人のやり取りを見ながらクスクス笑う。すると、前室のドアをノックする音が聞こえ、2人の男が入って来た。劇作家のブッフバルトと小説家のシュナイダーである。
「おぉ、我が女神達! 今日も一段と美しい」
アデレードとシュミット夫人を見て、いつものように大仰に礼をする。
「今宵は私の新作においで下さり、ありがとうございます」
今この劇場では彼の新作が上演されている。この劇場で起きた、あの事件の後に書き上げたものだった。
「お陰さまで大好評ですよ。特に死の魔女アデリーナが歌うアリアは誰もが圧倒されています」
「でも、結局殺されるのでしょう、そのアデリーナ」
アデレードは批判的な瞳でブッフバルトを横目に見る。
「嘆くことはありません。悪役は思い切り暴れて華々しく散る……悪役が輝いてこそ、物語が引き立つというものです」
ブッフバルトが熱弁を振るい、アデレードに向かってウィンクした。
「まぁ、良いですわ。どんなものかじっくり見させて頂きます」
「えぇ。是非楽しんでいって下さい」
自信満々にブッフバルトは笑みを見せる。
「フラウ・リーフェンシュタール」
今度はシュナイダーがアデレードに話し掛ける。
「ホテルで書いていた物が出来上がった。貰ってくれ」
シュナイダーがアデレードに臙脂色の表紙の本を渡す。
「……これも確か、私が死ぬ話だったわね」
山間の静かなホテルに集う、ワケありの客達。そして始まる連続殺人の最初の犠牲者が、そのホテルの女主人だった。
彼の書いたこのサスペンス小説は大いに受けて、この後、追い詰められた犯人が何故か断崖絶壁で犯行を告白するというスタイルが流行った。
前室に集まった人々の耳に、鈴の鳴るような音が入って来た。もうすぐ劇の幕が開く合図だ。
「では、皆さん。堪能して下さいね」
そう言って、2人は前室を後にした。劇場の控え室に戻りながら話を続ける。
「いやー、フロイライン・アデレードが伯爵夫人になるなんて最高じゃないかっ。美貌に財産、それに人妻、私が女性に求める全てを兼ね備えている!」
「……貴族の妻は、甘やかしてくれるし、お小遣いもくれるからか?」
シュナイダーの言葉に、うんうんとブッフバルトは頷く。
「だが多分、フラウ・リーフェンシュタールはそういうタイプの夫人ではないと思うがな」
そんな話をしながら2人は舞台裏へ消えていった。
そしてトランペットのファンファーレが劇場中に響く。劇が始まったのだ。
ちなみにブッフバルトは、その後も数多くの名作とそれと同じ数のトンチキ作品を生みだした。酷評される度に、リーフェンシュタール領のアデレードのホテルにシュナイダーを伴って現れたという。
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