悪役令嬢として断罪された過去がありますが、よろしいですか?~追放されし乙女は、そして静かに歩みだす~

宵糸 こより

文字の大きさ
上 下
106 / 109
最終章 この愛が全て

おまけ4 王都にてー観劇編ー

しおりを挟む
 今日、アデレードとカールの姿は劇場にあった。アデレードにとっては曰くつきの場所である。2人の姿を見て、着飾った人々が興味津々に囁き合う。しかし、アデレードとカールは特に気にすることもなく、ボックス席の方へ腕を組んで歩いていく。

「お招きありがとうございます、フラウ・シュミット」

 ボックス席の前室に入ると、シュミット夫人が待っていた。2人は彼女の招きで劇場にやって来たのだった。

「こちらこそ、来て頂いてありがとうございます、伯爵。それに、ご結婚おめでとうございます」
 シュミット夫人が艶やかに微笑み、アデレードの手を取り囁く。

「やったわね。お似合いよ」
「フラウ・シュミット……」

 アデレードは嬉しいような恥ずかしいような、むず痒い気持ちになった。

「いやー間に合った」

 前室にまた1人、慌てて入って来た。マックスである。

「フラウ・シュミット、お招きありがとうございます。ボックス席なんて僕初めてですよって言っても、劇場に来るのも2回目くらいですけど」

 マックスはシュミット夫人に頭を下げ、アデレードとカールの姿を認めると満面の笑みを浮かべる。

「伯爵、フロイ、いやフラウ・アデレード、結婚おめでとうございます!」

 そう言ってカールに抱きつこうとするのを、それはそれは恐ろしい形相でカールが止めた。

「まぁ、ありがとうございます。マックスさん」
「いやー、本当におめでたいです。それに僕もようやく卒業出来る目途が立ちました。これでもうすぐリーフェンシュタールの山々に行けますね! ……って伯爵、何でそんな嫌そうな顔してるんですか!?」

 マックスの指摘通り、カールは半眼になって彼を睨んでいる。アデレードはそんな様子のカールを見て笑う。

「もう、貴方ったらそんな顔して。嬉しいくせに。そうそう、マックスさんはクラウス殿下の2番目のお兄様をご存知かしら?」
「2番目というと、フランツ殿下のことですね。えぇ、知ってますよ。大学ではキノコの殿下として親しまれてます。専攻が違うので、直接お話ししたことはありませんけど」
「キノコの殿下……」

 どう聞いても、変人の響きしかしない。カールはため息を吐いた。

「フランツ殿下がどうかしました?」
「いえね、この前の宮中舞踏会でクラウス殿下にお会いしたときに、フランツ殿下が大層リーフェンシュタール領に興味をお持ちだと伺って」
「そうだったんですね。確かにピルツ岳にもキノコがいっぱい生えてましたもんね」

 マックスがキノコ狩りしたときのことを懐かしそうに思い出し、頷いた。

「今度は伯爵も一緒にどうですか?」
「は?」
「それ良いですわね。そうしましょう、カール」

 アデレードに嬉しそうに言われては、さしものカールも弱い。

「……機会があればな」
「約束よ」
「面白いわね、あなた達」

 シュミット夫人が3人のやり取りを見ながらクスクス笑う。すると、前室のドアをノックする音が聞こえ、2人の男が入って来た。劇作家のブッフバルトと小説家のシュナイダーである。

「おぉ、我が女神達! 今日も一段と美しい」

 アデレードとシュミット夫人を見て、いつものように大仰に礼をする。

「今宵は私の新作においで下さり、ありがとうございます」

 今この劇場では彼の新作が上演されている。この劇場で起きた、あの事件の後に書き上げたものだった。

「お陰さまで大好評ですよ。特に死の魔女アデリーナが歌うアリアは誰もが圧倒されています」
「でも、結局殺されるのでしょう、そのアデリーナ」

 アデレードは批判的な瞳でブッフバルトを横目に見る。

「嘆くことはありません。悪役は思い切り暴れて華々しく散る……悪役が輝いてこそ、物語が引き立つというものです」

 ブッフバルトが熱弁を振るい、アデレードに向かってウィンクした。

「まぁ、良いですわ。どんなものかじっくり見させて頂きます」
「えぇ。是非楽しんでいって下さい」

 自信満々にブッフバルトは笑みを見せる。

「フラウ・リーフェンシュタール」

 今度はシュナイダーがアデレードに話し掛ける。

「ホテルで書いていた物が出来上がった。貰ってくれ」

 シュナイダーがアデレードに臙脂色の表紙の本を渡す。

「……これも確か、私が死ぬ話だったわね」

 山間の静かなホテルに集う、ワケありの客達。そして始まる連続殺人の最初の犠牲者が、そのホテルの女主人だった。
 彼の書いたこのサスペンス小説は大いに受けて、この後、追い詰められた犯人が何故か断崖絶壁で犯行を告白するというスタイルが流行った。
 前室に集まった人々の耳に、鈴の鳴るような音が入って来た。もうすぐ劇の幕が開く合図だ。

「では、皆さん。堪能して下さいね」

 そう言って、2人は前室を後にした。劇場の控え室に戻りながら話を続ける。

「いやー、フロイライン・アデレードが伯爵夫人になるなんて最高じゃないかっ。美貌に財産、それに人妻、私が女性に求める全てを兼ね備えている!」
「……貴族の妻は、甘やかしてくれるし、お小遣いもくれるからか?」

 シュナイダーの言葉に、うんうんとブッフバルトは頷く。

「だが多分、フラウ・リーフェンシュタールはそういうタイプの夫人ではないと思うがな」

 そんな話をしながら2人は舞台裏へ消えていった。
 そしてトランペットのファンファーレが劇場中に響く。劇が始まったのだ。


 ちなみにブッフバルトは、その後も数多くの名作とそれと同じ数のトンチキ作品を生みだした。酷評される度に、リーフェンシュタール領のアデレードのホテルにシュナイダーを伴って現れたという。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

処理中です...