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最終章 この愛が全て
第103話 愛しい人、愛しい場所 下
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「ディマー、あんまり遠くに行っては駄目よっ」
山の中でアデレードが叫ぶ。ディマは楽しいのか、どんどん上の方へ走って行ってしまう。
「流石に病み上がりの体に斜面がきつくなってきたわ……あら、ここは……」
アデレードの視線の先に猟師小屋があった。ここはアデレードがカールと一緒に泊まった思い出の場所である。
「ということはこの近くに……」
アデレードは記憶を辿り、カールが連れて行ってくれた眺めの良い場所まで歩いていく。木々が途切れそこから眼下にはリーフェンシュタールの村々が、少し視線をずらせば空高く聳える山脈の稜線がよく見えるところ。
「わぁ……」
アデレードはそこに辿り着き、感嘆の声を上げる。
「ここでしばらく休もうかしら。ディマはきっと呼べば来るもの」
そう思って、アデレードは大きな岩の上に座る。のんびり景色を楽しんでいると、隣に誰かが座る気配がした。
「隣に座って良いかな?」
「伯爵!」
アデレードは思わず、その姿を見て叫んだ。
「いつこちらにっ!? ……って、本当に本物かしら? また、私キツネに騙されてる?」
アデレードはじーっと隣に座るカールを見る。黒髪に彫の深い顔に、頬の傷。アデレードの愛する人の姿だ。
「キツネ? 何の話だ?」
カールは怪訝な顔をして聞き返すが、アデレードは無言で首を振った。
もうこの際、キツネでも何でも良いわ。
「……こちらに戻られていたのですね」
「あぁ。それでメグに聞いたら君が散歩に行った聞いて探しに来た。何となく、ここにいる気がした。山の導きかもしれんな」
「良かった。本当に……」
会いたかった。その思いが堰を切ったように涙となって溢れだした。カールはそんなアデレードを自分の胸に抱き寄せる。
「君のお陰だ、ありがとう」
カールの背に腕を回し、アデレードはその胸で泣き続ける。彼女の背を優しく撫でながら、落ち着くのを待った。
涙が収まったアデレードは恥ずかしそうにカールから離れる。
「すみません、伯爵……」
「いや、構わない。アデレード、話があるんだ」
「はい、何でしょう?」
アデレードが顔を上げる。優しく微笑む彼の瞳と目が合う。
「アデレード、私と結婚して欲しい」
「……え、えぇっ……えぇっ!?」
アデレードは何故か非常に驚いた顔になって、焦ったように視線を彷徨わせる。
「分かってらっしゃいます、伯爵?」
「何が?」
「私と結婚したら、悪名高い”あの”アデレードの夫と呼ばれますわよ。悪女に騙された可哀想な伯爵って」
カールはアデレードの下瞼に残った涙を指で優しく拭う。
「それなら君だって同じだ。田舎者の、野蛮な山賊の花嫁と呼ばれるようになるのだからな」
「まぁ。でも、王妃になるよりも山賊の花嫁の方が刺激的で楽しそうですわね」
「そうだろうとも」
アデレードは笑って、そして不安そうな顔でカールを見つめる。
「……本当に、本当に、こんな私でよろしいのですか?」
「あぁ。私は君が良い。私が愛する女性は君一人だから」
カールはそう言って、アデレードの左手を取る。そして薬指に金の指輪をゆっくりと嵌めた。
「これは代々のリーフェンシュタール伯爵夫人が嵌めてきたものだ。君に贈ろう」
「伯爵……謹んでお受けしますわ」
アデレードは大事そうに胸元で指輪を嵌められた左手を右手で包む。
そして、見つめ合う2人の顔が近づく。
と、そのとき、ガサガサと落ち葉を踏みしめる音が聞こえ、2人がそちらを見ると、ディマが全速力で走って来るのが見えた。
えっ、と思う間もなくその勢いのままディマがカールとアデレードに体当たりする。2人はそのまま仰向けに倒れ込む。ディマはカールが居ると分かって、嬉しさを爆発させているのか、尻尾を最大限に振り、カールの顔をベロベロ舐め始めた。舌のざらついた感触と熱い鼻息が顔に掛かる。ディマはついでに隣のアデレードの顔もベロベロと舐め、交互に2人の顔を舐め続ける。
「ディマ、分かった、分かったから。私もお前に会えて嬉しいよ。ただ、岩の上は危険だから、落ち着こう、な」
カールは興奮するディマの体を掴み起き上がると、彼を撫でまわしてやった。その間にアデレードが起き上がり、乱れた髪を直し、ハンカチで顔を拭いた。ディマはカールに思う存分撫でられて満足したのか2人の側にちょこんと座った。
「……」
1拍置いた後、アデレードとカールは再び見つめ合う。お互いの顔を近づけるが、ディマのクリクリとした目とハァハァという息遣いも近づいてくる。2人は動きを止めた。
「…………帰ろうか。暗くなる前に」
「……そう、ですわね」
どちらともなく苦笑して立ち上がり、手を繋いで山を降りていく。ディマが嬉しそうに2人の周りを走り回る。
「あ、そうですわ。結婚してもホテルは続けても良いでしょう?」
「あぁ、勿論だ。私は君が生き生きしている姿が好きだ。君の思う通りにすると良い」
カールは握った手を胸元に近づけ、彼女の手の甲に口づけた。
「まぁ」
アデレードは恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑んだ。
それから2人は仲睦まじく、愛に包まれた暮らしを送った。アデレードは伯爵夫人になった後も、ホテルの女主人を続けた。人々は、愛情と敬意を込めてホテルの周囲をお嬢さんの森と呼ぶようになった。
やがて、長い時が過ぎ、山に都ありと言われるほど、リーフェンシュタール領が賑わうようになっても、アデレードのホテルとその周囲の森は静かなまま保たれ、未だそこにお客様を迎えている。
山の中でアデレードが叫ぶ。ディマは楽しいのか、どんどん上の方へ走って行ってしまう。
「流石に病み上がりの体に斜面がきつくなってきたわ……あら、ここは……」
アデレードの視線の先に猟師小屋があった。ここはアデレードがカールと一緒に泊まった思い出の場所である。
「ということはこの近くに……」
アデレードは記憶を辿り、カールが連れて行ってくれた眺めの良い場所まで歩いていく。木々が途切れそこから眼下にはリーフェンシュタールの村々が、少し視線をずらせば空高く聳える山脈の稜線がよく見えるところ。
「わぁ……」
アデレードはそこに辿り着き、感嘆の声を上げる。
「ここでしばらく休もうかしら。ディマはきっと呼べば来るもの」
そう思って、アデレードは大きな岩の上に座る。のんびり景色を楽しんでいると、隣に誰かが座る気配がした。
「隣に座って良いかな?」
「伯爵!」
アデレードは思わず、その姿を見て叫んだ。
「いつこちらにっ!? ……って、本当に本物かしら? また、私キツネに騙されてる?」
アデレードはじーっと隣に座るカールを見る。黒髪に彫の深い顔に、頬の傷。アデレードの愛する人の姿だ。
「キツネ? 何の話だ?」
カールは怪訝な顔をして聞き返すが、アデレードは無言で首を振った。
もうこの際、キツネでも何でも良いわ。
「……こちらに戻られていたのですね」
「あぁ。それでメグに聞いたら君が散歩に行った聞いて探しに来た。何となく、ここにいる気がした。山の導きかもしれんな」
「良かった。本当に……」
会いたかった。その思いが堰を切ったように涙となって溢れだした。カールはそんなアデレードを自分の胸に抱き寄せる。
「君のお陰だ、ありがとう」
カールの背に腕を回し、アデレードはその胸で泣き続ける。彼女の背を優しく撫でながら、落ち着くのを待った。
涙が収まったアデレードは恥ずかしそうにカールから離れる。
「すみません、伯爵……」
「いや、構わない。アデレード、話があるんだ」
「はい、何でしょう?」
アデレードが顔を上げる。優しく微笑む彼の瞳と目が合う。
「アデレード、私と結婚して欲しい」
「……え、えぇっ……えぇっ!?」
アデレードは何故か非常に驚いた顔になって、焦ったように視線を彷徨わせる。
「分かってらっしゃいます、伯爵?」
「何が?」
「私と結婚したら、悪名高い”あの”アデレードの夫と呼ばれますわよ。悪女に騙された可哀想な伯爵って」
カールはアデレードの下瞼に残った涙を指で優しく拭う。
「それなら君だって同じだ。田舎者の、野蛮な山賊の花嫁と呼ばれるようになるのだからな」
「まぁ。でも、王妃になるよりも山賊の花嫁の方が刺激的で楽しそうですわね」
「そうだろうとも」
アデレードは笑って、そして不安そうな顔でカールを見つめる。
「……本当に、本当に、こんな私でよろしいのですか?」
「あぁ。私は君が良い。私が愛する女性は君一人だから」
カールはそう言って、アデレードの左手を取る。そして薬指に金の指輪をゆっくりと嵌めた。
「これは代々のリーフェンシュタール伯爵夫人が嵌めてきたものだ。君に贈ろう」
「伯爵……謹んでお受けしますわ」
アデレードは大事そうに胸元で指輪を嵌められた左手を右手で包む。
そして、見つめ合う2人の顔が近づく。
と、そのとき、ガサガサと落ち葉を踏みしめる音が聞こえ、2人がそちらを見ると、ディマが全速力で走って来るのが見えた。
えっ、と思う間もなくその勢いのままディマがカールとアデレードに体当たりする。2人はそのまま仰向けに倒れ込む。ディマはカールが居ると分かって、嬉しさを爆発させているのか、尻尾を最大限に振り、カールの顔をベロベロ舐め始めた。舌のざらついた感触と熱い鼻息が顔に掛かる。ディマはついでに隣のアデレードの顔もベロベロと舐め、交互に2人の顔を舐め続ける。
「ディマ、分かった、分かったから。私もお前に会えて嬉しいよ。ただ、岩の上は危険だから、落ち着こう、な」
カールは興奮するディマの体を掴み起き上がると、彼を撫でまわしてやった。その間にアデレードが起き上がり、乱れた髪を直し、ハンカチで顔を拭いた。ディマはカールに思う存分撫でられて満足したのか2人の側にちょこんと座った。
「……」
1拍置いた後、アデレードとカールは再び見つめ合う。お互いの顔を近づけるが、ディマのクリクリとした目とハァハァという息遣いも近づいてくる。2人は動きを止めた。
「…………帰ろうか。暗くなる前に」
「……そう、ですわね」
どちらともなく苦笑して立ち上がり、手を繋いで山を降りていく。ディマが嬉しそうに2人の周りを走り回る。
「あ、そうですわ。結婚してもホテルは続けても良いでしょう?」
「あぁ、勿論だ。私は君が生き生きしている姿が好きだ。君の思う通りにすると良い」
カールは握った手を胸元に近づけ、彼女の手の甲に口づけた。
「まぁ」
アデレードは恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑んだ。
それから2人は仲睦まじく、愛に包まれた暮らしを送った。アデレードは伯爵夫人になった後も、ホテルの女主人を続けた。人々は、愛情と敬意を込めてホテルの周囲をお嬢さんの森と呼ぶようになった。
やがて、長い時が過ぎ、山に都ありと言われるほど、リーフェンシュタール領が賑わうようになっても、アデレードのホテルとその周囲の森は静かなまま保たれ、未だそこにお客様を迎えている。
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