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最終章 この愛が全て
第102話 愛しい人、愛しい場所 上
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「ふぁー……」
アデレードはベッドの上で、体をを起こし伸びをする。ここ一週間ほど、疲れの所為か熱を出し伏せっていたのだが、今日は目覚めから頭の痛い感じも体のだるさもない。
「ようやく治ったみたいだわ」
アデレードはベッドから降りて、窓の外を望む。外はすっかり陽が高くなっている。それに快晴でホテルの周りの木々と冠雪した山々がよく見えた。
アデレードは自然の美しさに微笑み、支度を整えて階下へ向かう。彼女の足音が聞こえたのか、階段の一番下で心配そうにくーん、と泣きながら愛犬が待っている。アデレードはディマの頭を愛おしそうに撫でた。
「心配かけてごめんなさいね、ディマ」
ディマはアデレードにぴったりとくっついて嬉しそうに茶色の目を細める。
「お嬢さん、もう大丈夫なんですか?」
メグが食堂から顔を出す。アデレードの顔の血色がだいぶ良くなっているのを見て、安堵の表情を浮かべた。
「ちょうど良かったわ、メグ。私お腹がペコペコなの。何か食べるものあるかしら?」
「はいっ。ちょっと待ってて下さいね。クリス!」
メグは嬉しそうに頷いて食堂の厨房へ向かう。休んでいる間は食欲もあまり無く、ずいぶん心配をかけてしまった。
クリスと2人で何か作ってくれているようだ。アデレードが食堂で大人しく待っていると、キノコたっぷりのスープととろけたチーズを掛けたパンを持ってきてくれた。
「うーん、良い匂い。美味しそうだわ」
アデレードが食事を平らげると、メグがハーブティーと切ったリンゴを出してくれた。リンゴは蜜がたっぷりで酸味と甘味のバランスが絶品だった。こちらも残さず食べた。
「元気になられて良かった。ディマも心配なのか、私が散歩に連れて行っても、直ぐに戻ってきてしまって」
「まぁ……迷惑かけてしまったわね」
メグはとんでもない、と首を振った。アデレードが体調不良の間は、メグが代わりに散歩をしてくれていたのだ。
「では、これから散歩に行きましょうか、ディマ?」
アデレードは隣でお座りしているディマに視線を向ける。
「寝てばかりで体も鈍ってしまったし。それに体力付けないとね」
「お嬢さん……」
「私は自分の体力の無さを恥じているわ、メグ。だから、これからはもっと気合を入れて散歩に行く必要があると思うの」
「そ、そうでしょうか……?」
メグは何とも微妙な顔になったが、アデレードは言い出したら聞かない。
「でも、お嬢さん。病み上がりなんですから、無理は禁物ですよ」
「分かってるわ。では、行ってくるわね」
散歩に出ていく主人とその愛犬を見送りながら、本当に大丈夫かなぁ、と心配になるメグであった。
アデレードと散歩出来て嬉しいディマは、元気いっぱい庭を駆け、山へと登っていく。木々はすっかり葉を落とし、山脈から吹き下ろしてくる風も冷たい。もうすぐここの辺りにも雪が降り始めるだろう。
「雪で閉ざされる前に、伯爵は戻ってこられるかしら……?」
遡ること数日前、カールは屋敷の中で安堵のため息を吐いた。ようやく所領に戻る算段がついたからだ。
何とか雪が降る前には戻れそうだ。
その前に今回の件で、協力してくれたマックスとシュミット夫人を屋敷に招いていた。
「2人には色々と世話になった、ありがとう」
頭を下げるカールにマックスは慌てる。
「いえ、そんな。僕はほとんど何もしていませんし」
「私も家と衣装を用意しただけよ」
「いいや、2人の助力には感謝の言葉しかない。お父上にも、あまり気を落とさぬように言っておいてくれ、マックス」
マックスの父は法務院でカールの世話を買って出てくれていたが、今回の件で身を捧げてきた法務院に複雑な思いを抱いているようだった。
「伝えておきます。それにしても、今や王都はフロイライン・アデレードの噂で持ちきりですよ」
マックスが面白そうに笑う。
「何でも伝説の傭兵を連れて、劇場に王子と公爵を殴り込みに行ってボコボコにしたとか。僕はその場に居たわけではないのでよくは知りませんけど」
「伝説の傭兵? 何だそれは?」
飲んだくれの元傭兵なら知っているが……。彼の訳はないな。
「あとは、下町の親分衆も従えてたとかで、今やフロイライン・アデレードは裏社会の元締めみたいにも言われてますね」
「どんな話になっているんだ……」
「まぁ、それもしょうがないですわ。王子達のことに触れるのは余りにも憚りがありますもの。そうなると噂好きの貴族達の対象になるのは、フロイライン・アデレードですわね。しかも、本人はまたどこかへ消えて何の音沙汰もないし」
2人の話を聞いてカールは頭痛がしてきた気がした。
「それで、伯爵はどうさないますの? 己の評判など歯牙にも掛けず貴方を助けた彼女の気持ちに、どうお応えになるつもりかしら?」
シュミット夫人はカールに向けてどこか悪戯っぽくニコリと笑う。
アデレードはベッドの上で、体をを起こし伸びをする。ここ一週間ほど、疲れの所為か熱を出し伏せっていたのだが、今日は目覚めから頭の痛い感じも体のだるさもない。
「ようやく治ったみたいだわ」
アデレードはベッドから降りて、窓の外を望む。外はすっかり陽が高くなっている。それに快晴でホテルの周りの木々と冠雪した山々がよく見えた。
アデレードは自然の美しさに微笑み、支度を整えて階下へ向かう。彼女の足音が聞こえたのか、階段の一番下で心配そうにくーん、と泣きながら愛犬が待っている。アデレードはディマの頭を愛おしそうに撫でた。
「心配かけてごめんなさいね、ディマ」
ディマはアデレードにぴったりとくっついて嬉しそうに茶色の目を細める。
「お嬢さん、もう大丈夫なんですか?」
メグが食堂から顔を出す。アデレードの顔の血色がだいぶ良くなっているのを見て、安堵の表情を浮かべた。
「ちょうど良かったわ、メグ。私お腹がペコペコなの。何か食べるものあるかしら?」
「はいっ。ちょっと待ってて下さいね。クリス!」
メグは嬉しそうに頷いて食堂の厨房へ向かう。休んでいる間は食欲もあまり無く、ずいぶん心配をかけてしまった。
クリスと2人で何か作ってくれているようだ。アデレードが食堂で大人しく待っていると、キノコたっぷりのスープととろけたチーズを掛けたパンを持ってきてくれた。
「うーん、良い匂い。美味しそうだわ」
アデレードが食事を平らげると、メグがハーブティーと切ったリンゴを出してくれた。リンゴは蜜がたっぷりで酸味と甘味のバランスが絶品だった。こちらも残さず食べた。
「元気になられて良かった。ディマも心配なのか、私が散歩に連れて行っても、直ぐに戻ってきてしまって」
「まぁ……迷惑かけてしまったわね」
メグはとんでもない、と首を振った。アデレードが体調不良の間は、メグが代わりに散歩をしてくれていたのだ。
「では、これから散歩に行きましょうか、ディマ?」
アデレードは隣でお座りしているディマに視線を向ける。
「寝てばかりで体も鈍ってしまったし。それに体力付けないとね」
「お嬢さん……」
「私は自分の体力の無さを恥じているわ、メグ。だから、これからはもっと気合を入れて散歩に行く必要があると思うの」
「そ、そうでしょうか……?」
メグは何とも微妙な顔になったが、アデレードは言い出したら聞かない。
「でも、お嬢さん。病み上がりなんですから、無理は禁物ですよ」
「分かってるわ。では、行ってくるわね」
散歩に出ていく主人とその愛犬を見送りながら、本当に大丈夫かなぁ、と心配になるメグであった。
アデレードと散歩出来て嬉しいディマは、元気いっぱい庭を駆け、山へと登っていく。木々はすっかり葉を落とし、山脈から吹き下ろしてくる風も冷たい。もうすぐここの辺りにも雪が降り始めるだろう。
「雪で閉ざされる前に、伯爵は戻ってこられるかしら……?」
遡ること数日前、カールは屋敷の中で安堵のため息を吐いた。ようやく所領に戻る算段がついたからだ。
何とか雪が降る前には戻れそうだ。
その前に今回の件で、協力してくれたマックスとシュミット夫人を屋敷に招いていた。
「2人には色々と世話になった、ありがとう」
頭を下げるカールにマックスは慌てる。
「いえ、そんな。僕はほとんど何もしていませんし」
「私も家と衣装を用意しただけよ」
「いいや、2人の助力には感謝の言葉しかない。お父上にも、あまり気を落とさぬように言っておいてくれ、マックス」
マックスの父は法務院でカールの世話を買って出てくれていたが、今回の件で身を捧げてきた法務院に複雑な思いを抱いているようだった。
「伝えておきます。それにしても、今や王都はフロイライン・アデレードの噂で持ちきりですよ」
マックスが面白そうに笑う。
「何でも伝説の傭兵を連れて、劇場に王子と公爵を殴り込みに行ってボコボコにしたとか。僕はその場に居たわけではないのでよくは知りませんけど」
「伝説の傭兵? 何だそれは?」
飲んだくれの元傭兵なら知っているが……。彼の訳はないな。
「あとは、下町の親分衆も従えてたとかで、今やフロイライン・アデレードは裏社会の元締めみたいにも言われてますね」
「どんな話になっているんだ……」
「まぁ、それもしょうがないですわ。王子達のことに触れるのは余りにも憚りがありますもの。そうなると噂好きの貴族達の対象になるのは、フロイライン・アデレードですわね。しかも、本人はまたどこかへ消えて何の音沙汰もないし」
2人の話を聞いてカールは頭痛がしてきた気がした。
「それで、伯爵はどうさないますの? 己の評判など歯牙にも掛けず貴方を助けた彼女の気持ちに、どうお応えになるつもりかしら?」
シュミット夫人はカールに向けてどこか悪戯っぽくニコリと笑う。
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