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最終章 この愛が全て
第93話 反撃への助走
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親分から協力を得られたアデレード達が屋敷に戻ってくると、踊り場でシュミット夫人とマックスが既に待っていた。
「フラウ・シュミット! それにマックスさんも」
アデレードが目を丸くする。
「やっぱり来たわね。伯爵が連行されてくると聞いたときから、きっと貴女なら来ると思ったわ」
シュミット夫人が帰ってきたアデレード達を愉快そうに笑って出迎える。隣に立っていたマックスがうんうんと頷く。
「笑いごとではありませんわ、フラウ・シュミット」
そう言いながらもアデレードは心の底から安堵した。希望はまだある。ダイニングに場所を移し、腰を落ち着けてから話し始める。
「貴女達、今までどこかに行っていたの?観光ってわけではないでしょう」
「はい。クリスの知り合いの親分さんのところに行っていましたの」
「親分?」
首を傾げたシュミット夫人にクリスが困った顔をしながら、自分が公爵の愛人の家で見たもの、そこから逃げてカール達に助けられたこと、そして先ほど下町の親分に会いに行ったことを説明した。それを聞いた夫人は堪えきれずに笑い出した。
「ふふふっ、貴女って本当に面白い人だわ。下町に乗り込むなんて」
「私は必死なだけですっ」
アデレードは顔を真っ赤にして抗議する。
「そうだったわ、ごめんなさいね」
「あの、では僕から報告してもよろしいですか?」
「そう言えば、どうしてマックスさんがここに?」
控えめに手を挙げたマックスにアデレードが首を傾げる。
「実は僕、この前リーフェンシュタール領に行ったときに、伯爵からサウザー公爵の事を調べて欲しいと頼まれてまして。それでフラウ・シュミットと協力していたんです」
「では、伯爵はこうなることを予想されていたの?」
「いえ。次の社交シーズンで因縁つけられるかもぐらいは考えてらしたでしょうけど……」
「そもそも何だって、ヤク中の公爵に目ぇつけられたんだよ?クリスの件は片がついてただろ」
「その件で、ある夜会の日、2人は言い合いになってしまったのよ」
その時のことを思い出いながら、シュミット夫人が説明する。
「で、リーフェンシュタール伯がサウザー公をやり込めてしまったってわけ、公衆の面前でね。それから、あちこちで伯爵のことを口汚く罵っていたそうよ」
シュミット夫人は公爵の器の小ささを鼻で嗤った。
「まぁ、それだけならただの恨みがましい性格の癇癪(かんしゃく)持ちってだけで済んだけれど……」
カールやシュミット夫人が予想していた以上のことをしでかしたわけだ。
「それで、何か分かりましたの?」
「まずは、伯爵の身柄ですが王都の邸宅ではなく、法務院が預かっています。仮にも伯爵ですから、酷い扱いは受けていません」
「どうして分かりますの?」
「僕の家みたいな領地も爵位もないような下級貴族が就く職業と言えば、官僚か学者と相場が決まってます。ですから、僕の周りにはそういう人が多いんです」
つまり、そこから色々と情報を集めていたのだろう。アデレードの質問に苦笑しながら答えていたマックスは、少し痛ましい顔になった。
「今回のことは法務院の内部でも紛糾しています。確かにサウザー公爵から出された告発状は額面の上での体裁は完璧だったそうです。ですが、普通はそこから裏付けをするものです。少し調べれば告発は真実ではないとすぐに分かったはず。ですが、公爵が証拠隠滅の惧れがあるから、と法務院の一部を強引に動かしたんです」
「賄賂でもちらつかせたか? 金か地位かは知らねぇけど」
ゲアハルトがつまらなそうに机に肘を突いて手の平に顎を乗せる。
「嘆かわしいですが、その通りでしょうね。サウザー公爵は今も早く処刑するようにせっついているそうです」
「そんな!」
アデレードは思わず叫んで立ち上がった。
「落ち着いて下さい、フロイライン。あくまで法務院の一部は、というだけで全員は当然納得していません。それどころか、このような介入に憤る人の方が多いですから。今日、明日で伯爵の身が危うくなることはないとみて良いと思います」
マックスの言葉にとりあえずアデレードは再び椅子に座る。しかし、不安は消えない。
「それで、そのサウザー公爵ですが、どうも謎の収入源があるみたいなんです」
「謎の収入源? 何だそれ」
「サウザー公爵は放蕩者で、お飾りで与えられた騎士団の要職すらまったく果たしていないような方で、当然領地の経営にもまったく手を着けていません。大雨で橋が流されようが、農作物が病気で駄目になろうが何もしない。そうなると、自ずと領地からの収入は減って、贅沢な暮らしなんてすぐに破綻するはずなんですけど……」
「どこかで借金している、という話も聞かないわね。秘密にしていてもどこからか漏れ聞こえてくるものだけれど」
「それで秘密の収入源があるってことか。親分の話と符合するな」
「公爵領内のどこかで麻薬の原料を栽培し精製している……」
さすがにマックスの顔が青くなる。それが本当なら国家を揺るがす大問題だ。
「その可能性は高いだろ。それこそ証拠隠滅される前にそこを突き止められればな」
だが、その場所をこの人数で探し出すのは不可能だ。
「……それについては、何とかなるかもしれません。僕に任せて貰えませんか?」
マックスの提案にアデレードは頷く。役人に伝手のあるマックスなら何か方法があるのだろう。
「それと、これはこの件に直接関わりあるかどうか分からないのだけど」
シュミット夫人がそう前置きして話しを続けた。
「私、王子の恋人の方がどうしても気になって、調べさせてみたのよ。そこで気になることが一つ。フロイライン・イザベルはサウザー公爵領の出身だったみたいなのよ」
「えっ……」
アデレードは一瞬驚いたが、王子との婚約破棄にサウザー公爵が絡んでいたらしい、とカールからの手紙に書いてあったことを思い出した。
「そいつぁ匂うな」
アデレードの気持ちをゲアハルトが代弁したように呟く。アデレードは婚約破棄される直前に聞かされたイザベルに関する噂話を思い出そうとした。
「確か……王子が郊外に狩りに行った際に、偶然出会ったと聞いたわ」
あの当時は不快で詳しく聞く気になれなかったから、細部は覚えていないけれど……。王子は狩りが好きではないから、よほど親しいか重要な相手に誘われない限りは行かない人だったわ。あのとき王子を誘ったのは……。
「そう、そうだわ! 狩りに誘ったのは、サウザー公爵っ……!」
アデレードはわなわなと震えた。
「偶然、とはとても言えねぇよな、それ」
「そうね。もし、彼女もグルだったなら、サウザー公爵が全部仕組んだってことよね」
「私、会いに行きますわ。フロイライン・イザベルに! ……ただ、私が会いに行ったとて、会っていただけるとは思えませんけど……」
徐々に自信が無くなって声が小さくなるアデレード。
「まぁ、方法は色々あるわよね。彼女の住んでいる家の使用人を買収するとか、贈り物を届けに来たとかいって中に入れば良いんだもの」
シュミット夫人が腕を組んであれこれ考える。
「フラウ・シュミット……それにマックスさんも、どうしてそこまで伯爵や私達に協力して下さるの?」
「商人としては、良い取引相手は失いたくないわね。私個人としては、伯爵のことが気に入っているからよ。私は私のままで進めば良い、なんて言ってくれた人は伯爵だけ。本当に、あの方が田舎好きのロマンチストでなかったら、一服盛って結婚まで持ち込んでいるところだったわ」
「僕も将来の就職先が無くなるのは困りますからね。それに何だかんだ言っても、一緒に山に登ってくれるし」
「ま、確かに。山狂いのお坊ちゃん雇ってくれるお人好しは伯爵だけだわな」
「もう、ゲンさんったらっ」
本気なのか冗談なのか分からないやり取りに、アデレードは何だか心が軽くなった。
大丈夫、伯爵はきっと助け出せるわ。
「フラウ・シュミット! それにマックスさんも」
アデレードが目を丸くする。
「やっぱり来たわね。伯爵が連行されてくると聞いたときから、きっと貴女なら来ると思ったわ」
シュミット夫人が帰ってきたアデレード達を愉快そうに笑って出迎える。隣に立っていたマックスがうんうんと頷く。
「笑いごとではありませんわ、フラウ・シュミット」
そう言いながらもアデレードは心の底から安堵した。希望はまだある。ダイニングに場所を移し、腰を落ち着けてから話し始める。
「貴女達、今までどこかに行っていたの?観光ってわけではないでしょう」
「はい。クリスの知り合いの親分さんのところに行っていましたの」
「親分?」
首を傾げたシュミット夫人にクリスが困った顔をしながら、自分が公爵の愛人の家で見たもの、そこから逃げてカール達に助けられたこと、そして先ほど下町の親分に会いに行ったことを説明した。それを聞いた夫人は堪えきれずに笑い出した。
「ふふふっ、貴女って本当に面白い人だわ。下町に乗り込むなんて」
「私は必死なだけですっ」
アデレードは顔を真っ赤にして抗議する。
「そうだったわ、ごめんなさいね」
「あの、では僕から報告してもよろしいですか?」
「そう言えば、どうしてマックスさんがここに?」
控えめに手を挙げたマックスにアデレードが首を傾げる。
「実は僕、この前リーフェンシュタール領に行ったときに、伯爵からサウザー公爵の事を調べて欲しいと頼まれてまして。それでフラウ・シュミットと協力していたんです」
「では、伯爵はこうなることを予想されていたの?」
「いえ。次の社交シーズンで因縁つけられるかもぐらいは考えてらしたでしょうけど……」
「そもそも何だって、ヤク中の公爵に目ぇつけられたんだよ?クリスの件は片がついてただろ」
「その件で、ある夜会の日、2人は言い合いになってしまったのよ」
その時のことを思い出いながら、シュミット夫人が説明する。
「で、リーフェンシュタール伯がサウザー公をやり込めてしまったってわけ、公衆の面前でね。それから、あちこちで伯爵のことを口汚く罵っていたそうよ」
シュミット夫人は公爵の器の小ささを鼻で嗤った。
「まぁ、それだけならただの恨みがましい性格の癇癪(かんしゃく)持ちってだけで済んだけれど……」
カールやシュミット夫人が予想していた以上のことをしでかしたわけだ。
「それで、何か分かりましたの?」
「まずは、伯爵の身柄ですが王都の邸宅ではなく、法務院が預かっています。仮にも伯爵ですから、酷い扱いは受けていません」
「どうして分かりますの?」
「僕の家みたいな領地も爵位もないような下級貴族が就く職業と言えば、官僚か学者と相場が決まってます。ですから、僕の周りにはそういう人が多いんです」
つまり、そこから色々と情報を集めていたのだろう。アデレードの質問に苦笑しながら答えていたマックスは、少し痛ましい顔になった。
「今回のことは法務院の内部でも紛糾しています。確かにサウザー公爵から出された告発状は額面の上での体裁は完璧だったそうです。ですが、普通はそこから裏付けをするものです。少し調べれば告発は真実ではないとすぐに分かったはず。ですが、公爵が証拠隠滅の惧れがあるから、と法務院の一部を強引に動かしたんです」
「賄賂でもちらつかせたか? 金か地位かは知らねぇけど」
ゲアハルトがつまらなそうに机に肘を突いて手の平に顎を乗せる。
「嘆かわしいですが、その通りでしょうね。サウザー公爵は今も早く処刑するようにせっついているそうです」
「そんな!」
アデレードは思わず叫んで立ち上がった。
「落ち着いて下さい、フロイライン。あくまで法務院の一部は、というだけで全員は当然納得していません。それどころか、このような介入に憤る人の方が多いですから。今日、明日で伯爵の身が危うくなることはないとみて良いと思います」
マックスの言葉にとりあえずアデレードは再び椅子に座る。しかし、不安は消えない。
「それで、そのサウザー公爵ですが、どうも謎の収入源があるみたいなんです」
「謎の収入源? 何だそれ」
「サウザー公爵は放蕩者で、お飾りで与えられた騎士団の要職すらまったく果たしていないような方で、当然領地の経営にもまったく手を着けていません。大雨で橋が流されようが、農作物が病気で駄目になろうが何もしない。そうなると、自ずと領地からの収入は減って、贅沢な暮らしなんてすぐに破綻するはずなんですけど……」
「どこかで借金している、という話も聞かないわね。秘密にしていてもどこからか漏れ聞こえてくるものだけれど」
「それで秘密の収入源があるってことか。親分の話と符合するな」
「公爵領内のどこかで麻薬の原料を栽培し精製している……」
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「その可能性は高いだろ。それこそ証拠隠滅される前にそこを突き止められればな」
だが、その場所をこの人数で探し出すのは不可能だ。
「……それについては、何とかなるかもしれません。僕に任せて貰えませんか?」
マックスの提案にアデレードは頷く。役人に伝手のあるマックスなら何か方法があるのだろう。
「それと、これはこの件に直接関わりあるかどうか分からないのだけど」
シュミット夫人がそう前置きして話しを続けた。
「私、王子の恋人の方がどうしても気になって、調べさせてみたのよ。そこで気になることが一つ。フロイライン・イザベルはサウザー公爵領の出身だったみたいなのよ」
「えっ……」
アデレードは一瞬驚いたが、王子との婚約破棄にサウザー公爵が絡んでいたらしい、とカールからの手紙に書いてあったことを思い出した。
「そいつぁ匂うな」
アデレードの気持ちをゲアハルトが代弁したように呟く。アデレードは婚約破棄される直前に聞かされたイザベルに関する噂話を思い出そうとした。
「確か……王子が郊外に狩りに行った際に、偶然出会ったと聞いたわ」
あの当時は不快で詳しく聞く気になれなかったから、細部は覚えていないけれど……。王子は狩りが好きではないから、よほど親しいか重要な相手に誘われない限りは行かない人だったわ。あのとき王子を誘ったのは……。
「そう、そうだわ! 狩りに誘ったのは、サウザー公爵っ……!」
アデレードはわなわなと震えた。
「偶然、とはとても言えねぇよな、それ」
「そうね。もし、彼女もグルだったなら、サウザー公爵が全部仕組んだってことよね」
「私、会いに行きますわ。フロイライン・イザベルに! ……ただ、私が会いに行ったとて、会っていただけるとは思えませんけど……」
徐々に自信が無くなって声が小さくなるアデレード。
「まぁ、方法は色々あるわよね。彼女の住んでいる家の使用人を買収するとか、贈り物を届けに来たとかいって中に入れば良いんだもの」
シュミット夫人が腕を組んであれこれ考える。
「フラウ・シュミット……それにマックスさんも、どうしてそこまで伯爵や私達に協力して下さるの?」
「商人としては、良い取引相手は失いたくないわね。私個人としては、伯爵のことが気に入っているからよ。私は私のままで進めば良い、なんて言ってくれた人は伯爵だけ。本当に、あの方が田舎好きのロマンチストでなかったら、一服盛って結婚まで持ち込んでいるところだったわ」
「僕も将来の就職先が無くなるのは困りますからね。それに何だかんだ言っても、一緒に山に登ってくれるし」
「ま、確かに。山狂いのお坊ちゃん雇ってくれるお人好しは伯爵だけだわな」
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