悪役令嬢として断罪された過去がありますが、よろしいですか?~追放されし乙女は、そして静かに歩みだす~

宵糸 こより

文字の大きさ
上 下
91 / 109
最終章 この愛が全て

第92話 下町の親分

しおりを挟む
 裕福な市民の住む地区から庶民の住む下町へ、アデレード達は向かった。横に広く大きい屋敷から徐々に横幅は小さくなり、背の高い住宅へと移り変わる。それに伴って、徐々に空が狭まり暗くなっていった。
 王都に住んでいたこともあったが、ここはアデレードの知らない世界だった。すれ違う人々が余所者を不審そうな目つきで見て、何事か囁き合う。そんな中を進んでいくと、アデレード達の目の前に柄の悪そうな男達が近づいてきた。後ろを振り返ると、そちららかも同じような男達が近づいて来ていた。

「どうやら囲まれちまったみてぇだな」

 ゲアハルトがやれやれと首を振った。剣呑な空気が目つきの悪い男達とゲアハルトの間に流れる、その時。

「ちょい待ちな!」

 威勢の良い女性の声が聞こえ、男達の間から20代半ばくらいの赤毛の女性が現れた。長い髪は垂らしたままで、男装している派手な顔の迫力ある美人だ。

「親分!」

 クリスがその女性を見て驚いたように声を上げる。

 おやぶん?

 アデレードは首を傾げる。親分という言葉をアデレードは生まれて初めて聞いたのだった。

「クリス! アンタ、ヤバい連中に関わって死んだって聞いてたけど、生きてたのかい?」

 親分と呼ばれた女性はクリスを見て目を瞬かせる。

「はい。色々あって……」
「色々、ねぇ」

 親分とクリスがやり取りしている間、小声でアデレードはゲアハルトに尋ねる。

「ねぇ、ゲンさん、おやぶんって何かしら?」
「あー何だ、上司? 上役? ま、自分より上のやつとか、組織の偉いやつってことだな。それを下町風に言うと、親分ってんだ」
「まぁ、そうでしたの。知らなかったわ」

 つまり、この背の高い赤毛の女性がこの中で一番偉いということね。

「しかし、アンタよく顔を出せたね。黙って足抜けしといて。良い度胸じゃないか」

 親分が皮肉気な表情を浮かべる。すると、男達も拳を握ったり、ポキポキと指の骨を鳴らし始める。クリスは思わず怯んだ。

「それにこいつらは何だい? アタシらへの上納品かい?」
「ち、違います! こちらのお嬢さんは……」
「私はアデレード。下町風に言うなら、今のクリスの”親分”ですわ!」

 アデレードは目をキラキラ輝かせて、自信満々に自己紹介する。ゲアハルトは堪えきれず吹き出し、周りの人間は皆唖然とした。短い沈黙の後、赤毛の親分は高らかに笑い出した。

「あははっ、アンタ面白いこと言うね。で、その”親分”が一体何の用だい?」

 クリスが親分の前に出てきて、思い切り頭を下げる。

「親分! 失礼を承知でお願いしますっ。俺達に力を貸して下さい!」
「はぁ?」
「俺達はヤクの売人を探してるんだ」

 怪訝な顔をする親分にゲアハルトが説明する。

「こいつが関わっていた、そのヤバいやつらってのがヤクを捌いているらしいんだよ。で、俺達はそいつらを何とか見つけだしたい」
「何でだい?」
「リーフェンシュタール伯を助けるためですわ!」
「リーフェ……? 誰だい、それ。いや、まぁそれは良いけど。アンタ達を助けてアタシらに何の得があるんだい?」

 頭を下げ続けているクリスを横目に、親分はアデレードに近づき、品定めするように一周回った。ディマが警戒して唸り声を上げる。

「大丈夫よ、ディマ。興奮しないで」
「このデカいのは何だい、クマかい?」
「ただの大きな犬ですわ。報酬が必要なら少しは……」
「アンタの髪、格好がみすぼらしい割には、なかなか綺麗じゃないか」

 きちんと整えられたアデレードの髪をじっくり見ながら、親分は彼女の前髪に触れる。

「売ったら良い値段になりそうだ」
「親分!」

 クリスが止めようとしたが、男達に羽交い絞めにされる。ゲアハルトは2人の様子を静観するようだ。
「髪が欲しいのですか?」

 緊張した声音でアデレードが尋ねる。

「さて、どうしようか」

 アデレードは毅然と親分の方へ向き直る。

「伯爵は私の命の恩人です。あの方を助けられるのなら、髪だろうが、目だろうが、命だろうが、何でも差し上げますわ」
「ほーぉ、大した覚悟じゃないか」

 親分は懐から短剣を取り出して、アデレードの頭の上に高く掲げる。覚悟を決めたようにアデレードはきゅっと目を瞑るが、その場を逃げ出しはしなかった。親分がニヤリと笑い、短剣を振り下ろす。キラッと刃が光った。
 はらり、とアデレードの銀髪(プラチナブロンド)が解かれ、肩や背中に触れた。

「え……」
 アデレードは目を開ける。

「髪も良いけど、この髪飾りも高い値が付きそうだ」

 親分が手にしているのは、アデレードが髪に着けていた金の繊細な花模様の透かし彫りが施された髪飾りだった。マイヤール家にいた時からしていた物だから、質はすこぶる良く、値は張るものだろう。

「それで、協力してただけるのですね?」
「あぁ。アンタ、気に入ったよ。胆力がある。クリス、アンタ良い”親分”見つけたじゃないか」

 親分は大きく頷いた。アデレードを試していたのだろう。

「実のところ、アンタ達の言うヤクの売人達にはアタシらも手を焼いてんだ。ヤクは街中にも相当出回ってる。もともとは南の国から逃げて来た連中がひっそりと売ってる程度だったんだけど、ここ最近どうも出回る量が尋常じゃない」

 険しい面持ちで親分は話し始める。

「政情不安の国から、そんな大量かつ安定的に供給されてるとは思わない。これはアタシの予想だけど、この国のどっかで原料になる植物を栽培して精製してるところがあるんじゃないかい? アンタ達の話も詳しく聞かせて貰うよ」

 親分はアデレード達を適当な食堂に案内する。そこで、クリスが見た大量の麻薬のことやサウザー公爵がカールに麻薬の精製と流布の容疑で告発したことなどを説明した。

「その偉い公爵とアンタ達のとこの伯爵は政敵か何かなのかい?」
「いいえ。伯爵は別に権力になど興味はありませんわ。正直、何故サウザー公爵がそんな告発をしたのかはまだ分かりません。けれど、麻薬の件は絶対にサウザー公爵が絡んでいると確信しております」
「じゃ、その公爵の領地で麻薬作ってる可能性があるってわけだ」

 アデレードはその言葉に頷く。

 リーフェンシュタール領では寒すぎて原料になる植物は育たないけれど、王都より南にあるサウザー領なら温暖だし可能かもしれない。

「しかも、王族の血を引いてる。易々と疑いを掛けられる立場ではないわ」
「……権力を笠に着てやりたい放題か。気に入らないね」

 蔑むように親分が鼻を鳴らす。

「下町に最近、急に羽振りの良くなった連中がいる。そっちの探りを入れてみるよ。こんな街だけど、ここにはここの秩序と掟ってもんがあるからね」
「よろしくお願いします」

 藁にも縋る思いでアデレードは頭を下げた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

処理中です...