86 / 109
第4章 ホテルの個性的な客達
第87話 涙
しおりを挟む
まだ暗殺者の仲間が見つかっていないこともあり、アデレードはリーフェンシュタール家の邸宅に泊ることになった。
「あの、それでホテルの方は大丈夫なのでしょうか? メグとクリスにも連絡をしないといけませんし」
夜、部屋に戻ったアデレードが妙齢の執事に相談する。
「それについては問題ないと思います。警備の兵が周りを取り囲んでいますし。人をやってフロイラインが今日はこちらで泊ることはお知らせしてありますから」
「それなら良かった」
執事の言葉にアデレードはほっと胸を撫で下ろす。
「それでは、お休みなさいませ。もし何かあれば何なりとお申し付け下さい」
「はい。お休みなさい」
丁寧に礼をし、執事は部屋を後にした。アデレードはため息を吐いて、窓の側へ立ち、外の様子を見る。外では松明が煌々と焚かれ、人の影がその火の明かりに揺れている。
結局、伯爵には会えなかったわ。まだ見つかっていないのね……。
アデレードはカーテンを閉めて、ベッドの側のテーブルに燭台を置いた。ベッドでは既に隅で丸まって、目を閉じているディマを見る。
ディマも疲れたわよね。
アデレードは愛犬の横に座り、そのままディマの体に抱きつく。暖かくて毛がふわっとしていて気持ちが良い。
「ディマ、ありがとう守ってくれて。私もあなたが大好きよ」
そう言うと、ディマもくぅんと甘えるような声を出した。アデレードはディマを一撫でして、ベッドに入った。
ここに居れば、別に怖いことは何もないはずだが、不安に襲われアデレードは寝付けなくて、何度も寝返りを打つ。目を閉じると何度も斬られそうになった、あの瞬間が脳裏に浮かんでくる。
アデレードはついに起き上がって、ベッドから降りる。眠っていたディマが頭を上げた。
「大丈夫よ、ディマ」
アデレードは安心させるように微笑むが、ディマもベッドから飛び降りる。
「ディマ……」
彼女はディマの頭を撫でる。そして、再び燭台を持って、窓の側に立ちカーテンを開けた。
伯爵はどうしてらっしゃるのかしら……。今も捜索に参加されているの?
アデレードはふと昼間にカール達と会った部屋に行ってみたくなった。そこで居ても立っても居られなくなってディマを連れて部屋を出た。すると、暗い廊下に1つ別の燭台の火があった。誰かが廊下に居るようだ。火が近づいてきて、ぼんやりとその姿が露わになる。カールだった。
「伯爵……」
「フロイライン、どうした?」
アデレードの姿を見て、カールも驚いた顔をしている。
「あ、その、何だか目が冴えてしまって……」
「そうか……」
「えーと、男達は見つかったのですか?」
「いや。だが、夜間に山で動くのは危険だ。明日、陽が昇ったら再開だ」
「では、これからお休みになるのですね」
「あぁ。兵や屋敷の者達に寝てくれと言われてしまってな」
カールは苦笑いする。
それなら、ここで引き留めるわけにはいかない、とアデレードは思った。
「それでは……」
「いや、実は私も眠たくないのだ。神経が昂っているのだと思う。少し付き合ってくれないか?」
彼の言葉にアデレードは驚いたが、こくんと頷いた。
昼間使っていた部屋に行き、カールは暖炉に火を付ける。そこで暖炉の前に隣り合って2人は座った。ディマもアデレードの横で寝そべる。
パチパチと燃える薪を無言で見つめていたが、アデレードがついに口を開く。
「1年前にも、こんな風に暖炉の前で火を見つめていましたわね」
「そうだな」
「あの頃から、ずいぶん変わりましたわ。この子もこんなに大きくなってしまって」
アデレードが横で寝ているディマを見る。
「確かにな」
カールも小さく笑った。アデレードは再び炎に目を向ける。そして再び沈黙が訪れる。
「……目を閉じると、あの時の、斬られる瞬間のことを思い出してしまうのです」
「フロイライン……」
「変、ですわよね。ここに居れば襲られることなどありませんのに」
アデレードが自嘲的に笑う。
「いいや。あんなことがあったのだから、不安に襲われて当然だ。怖かったろう」
労わるようにカールが手を伸ばし、彼女の背を撫でる。
「もっと早く助けられたら良かったのだが。済まない、アデレード」
アデレードの目から涙が溢れた。カールはそのまま彼女の体を抱き寄せる。
これじゃっ……1年前と一緒だわっ。
情けないと思いながらも、流れる涙も体が震えるのも止められなかった。
怖い、怖い、怖かった……!
アデレードを抱きしめながら、カールは優しく囁く。
「大丈夫。何も心配いらない。安心して眠ってくれ」
「でもっ……」
泣きながら、アデレードは首を振る。
「誰かが君に襲い掛かってきたら、助けに行くさ。例え夢の中であっても」
どうしてそこまでして下さるの? 私なんかの為に。 ここに住んでいるから?
「それは、君を……」
「あの、それでホテルの方は大丈夫なのでしょうか? メグとクリスにも連絡をしないといけませんし」
夜、部屋に戻ったアデレードが妙齢の執事に相談する。
「それについては問題ないと思います。警備の兵が周りを取り囲んでいますし。人をやってフロイラインが今日はこちらで泊ることはお知らせしてありますから」
「それなら良かった」
執事の言葉にアデレードはほっと胸を撫で下ろす。
「それでは、お休みなさいませ。もし何かあれば何なりとお申し付け下さい」
「はい。お休みなさい」
丁寧に礼をし、執事は部屋を後にした。アデレードはため息を吐いて、窓の側へ立ち、外の様子を見る。外では松明が煌々と焚かれ、人の影がその火の明かりに揺れている。
結局、伯爵には会えなかったわ。まだ見つかっていないのね……。
アデレードはカーテンを閉めて、ベッドの側のテーブルに燭台を置いた。ベッドでは既に隅で丸まって、目を閉じているディマを見る。
ディマも疲れたわよね。
アデレードは愛犬の横に座り、そのままディマの体に抱きつく。暖かくて毛がふわっとしていて気持ちが良い。
「ディマ、ありがとう守ってくれて。私もあなたが大好きよ」
そう言うと、ディマもくぅんと甘えるような声を出した。アデレードはディマを一撫でして、ベッドに入った。
ここに居れば、別に怖いことは何もないはずだが、不安に襲われアデレードは寝付けなくて、何度も寝返りを打つ。目を閉じると何度も斬られそうになった、あの瞬間が脳裏に浮かんでくる。
アデレードはついに起き上がって、ベッドから降りる。眠っていたディマが頭を上げた。
「大丈夫よ、ディマ」
アデレードは安心させるように微笑むが、ディマもベッドから飛び降りる。
「ディマ……」
彼女はディマの頭を撫でる。そして、再び燭台を持って、窓の側に立ちカーテンを開けた。
伯爵はどうしてらっしゃるのかしら……。今も捜索に参加されているの?
アデレードはふと昼間にカール達と会った部屋に行ってみたくなった。そこで居ても立っても居られなくなってディマを連れて部屋を出た。すると、暗い廊下に1つ別の燭台の火があった。誰かが廊下に居るようだ。火が近づいてきて、ぼんやりとその姿が露わになる。カールだった。
「伯爵……」
「フロイライン、どうした?」
アデレードの姿を見て、カールも驚いた顔をしている。
「あ、その、何だか目が冴えてしまって……」
「そうか……」
「えーと、男達は見つかったのですか?」
「いや。だが、夜間に山で動くのは危険だ。明日、陽が昇ったら再開だ」
「では、これからお休みになるのですね」
「あぁ。兵や屋敷の者達に寝てくれと言われてしまってな」
カールは苦笑いする。
それなら、ここで引き留めるわけにはいかない、とアデレードは思った。
「それでは……」
「いや、実は私も眠たくないのだ。神経が昂っているのだと思う。少し付き合ってくれないか?」
彼の言葉にアデレードは驚いたが、こくんと頷いた。
昼間使っていた部屋に行き、カールは暖炉に火を付ける。そこで暖炉の前に隣り合って2人は座った。ディマもアデレードの横で寝そべる。
パチパチと燃える薪を無言で見つめていたが、アデレードがついに口を開く。
「1年前にも、こんな風に暖炉の前で火を見つめていましたわね」
「そうだな」
「あの頃から、ずいぶん変わりましたわ。この子もこんなに大きくなってしまって」
アデレードが横で寝ているディマを見る。
「確かにな」
カールも小さく笑った。アデレードは再び炎に目を向ける。そして再び沈黙が訪れる。
「……目を閉じると、あの時の、斬られる瞬間のことを思い出してしまうのです」
「フロイライン……」
「変、ですわよね。ここに居れば襲られることなどありませんのに」
アデレードが自嘲的に笑う。
「いいや。あんなことがあったのだから、不安に襲われて当然だ。怖かったろう」
労わるようにカールが手を伸ばし、彼女の背を撫でる。
「もっと早く助けられたら良かったのだが。済まない、アデレード」
アデレードの目から涙が溢れた。カールはそのまま彼女の体を抱き寄せる。
これじゃっ……1年前と一緒だわっ。
情けないと思いながらも、流れる涙も体が震えるのも止められなかった。
怖い、怖い、怖かった……!
アデレードを抱きしめながら、カールは優しく囁く。
「大丈夫。何も心配いらない。安心して眠ってくれ」
「でもっ……」
泣きながら、アデレードは首を振る。
「誰かが君に襲い掛かってきたら、助けに行くさ。例え夢の中であっても」
どうしてそこまでして下さるの? 私なんかの為に。 ここに住んでいるから?
「それは、君を……」
1
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
舞台装置は壊れました。
ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。
婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。
『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』
全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り───
※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます
2020/10/30
お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
2020/11/08
舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。
王太子は婚約破棄騒動の末に追放される。しかしヒロインにとっては真実の愛も仕事に過ぎない
福留しゅん
恋愛
公爵令嬢エリザベスは学園卒業を祝う場にて王太子ヘンリーから婚約破棄を言い渡される。代わりに男爵令嬢パトリシアと婚約すると主張する王太子だが、その根拠にエリザベスは首をかしげるばかり。王太子は遅れてやってきた国王や王弟にもヘンリーは堂々と説明するが、国王と王弟からの反応は……。
ヘンリーは一つ勘違いしていた。エリザベスはヘンリーを愛している、と。実際は……。
そしてヘンリーは知らなかった。この断罪劇は初めからある人物に仕組まれたものだ、とは。
※別タイトルで小説家になろう様にも投稿してます。そちらに合わせて改題しました。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
婚約破棄された悪役令嬢は辺境で幸せに暮らす~辺境領主となった元悪役令嬢の楽しい日々~
六角
恋愛
公爵令嬢のエリザベスは、婚約者である王太子レオンから突然の婚約破棄を言い渡される。理由は王太子が聖女と恋に落ちたからだという。エリザベスは自分が前世で読んだ乙女ゲームの悪役令嬢だと気づくが、もう遅かった。王太子から追放されたエリザベスは、自分の領地である辺境の地へと向かう。そこで彼女は自分の才能や趣味を生かして領民や家臣たちと共に楽しく暮らし始める。しかし、王太子や聖女が放った陰謀がエリザベスに迫ってきて……。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。
まなま
恋愛
悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。
様々な思惑に巻き込まれた可哀想な皇太子に胸を痛めるモブの公爵令嬢。
少しでも心が休まれば、とそっと彼に話し掛ける。
果たして彼は本当に落ち込んでいたのか?
それとも、銀のうさぎが罠にかかるのを待っていたのか……?
大切なあのひとを失ったこと絶対許しません
にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。
はずだった。
目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う?
あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる?
でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの?
私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる