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第4章 ホテルの個性的な客達

第84話 戦い

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 カール達は山の中を警戒しながら、ゲアハルトの案内に従って進んでいく。カールは矢筒に入った矢の事を考えていた。
 通常、狩りに使う矢には”返し”はない。仕留めた後、容易に抜けるようにする為と獲物の肉に傷つけ過ぎない為だが、今回の矢には”返し”が付いている。殺傷能力が高く、刺さった後は安易には抜けない。確実に殺すための矢だ。

 使わずに済むならそれに越したことはなかったが……。

 アデレードを助ける為なら、躊躇(ためら)わず撃つだろう。カールは決意を固めた。すると、犬の吠える、けたたましい声が聞こえてきた。

「ディマだ!」
「そう遠くはねぇぞ」

 カール達は声のした方に走り出した。



 メグが薪を取りに外へ出ると、村の方から自分の父親と衛兵達が走ってくるのが見えた。

「お父さん、どうしたの?」

 血相を変えた父親に驚きつつ、メグが声を掛ける。

「お嬢さんはっ?」
「お嬢さん? ディマを連れて散歩に行ってるけど」

 それがどうかしたのか、とメグは首を傾げる。

「そうか……。メグ、すぐ家の中に入れ。鍵を閉めたら絶対に外に出るな。お客さんもクリスもだ」
「お父さん?」
「良いから、早く!」
「う、うん」

 父親に背中を押されるようにメグはホテルに入る。そして外にはホテルを取り囲むように衛兵が立っている。

「メグさん、これは……」
「一体何があった?」

 外の物々しい様子にクリスとシャリーマも入口まで出てきた。メグは鍵を閉めながら首を振る。

「分からないけれど、絶対に外に出るなって。密猟者がでたのかも」

 でも、それにしてもこんな大騒ぎになるなんてこと、今まで無かったのに。

 メグは心配そうに窓から外を覗くと、父親が山の方へ走って行くのが見えた。

「お嬢さん、大丈夫かしら……」



 アデレードとディマは3人の男を前に未だ緊迫の場面が続いていた。鼻に幾重にも皴を寄せ、鋭い牙を剝きだしで男達に向かい、唸り吠えるディマ。男達が襲い掛かってきたら、いつでも飛び掛かれるように姿勢を構えている。流石に大型犬の本気の威嚇に、男達も迂闊には近づけない。近づいたら噛み殺される可能性があるからだ。
 膠着状態が続いていたが、男達が頷きあい、男の一人が剣を仕舞い慎重に身を屈め、地面に散らばっていた枯れ葉を握り、思い切りディマに投げつけた。
 それをディマが攻撃されたと思い、その男に向かって突進し、男を押し倒す。男はディマの体を掴んで揉み合いになる。もう1人の男ががら空きになったディマの背を斬ろうと剣を振り上げた。

「ディマッ!」

 アデレードが悲痛な叫び声を上げるが、彼女自身にも刃が迫っていた。アデレードが危機を察して、はっと振り返ると3人目の男が剣を振り上げていた。アデレードは斬られると分かっていたが、体が動かない。
 男が刃を振り下ろそうとした瞬間、1本の矢が男の肩に刺さった。続けざまに2本目、3本目が腕と腹に命中し、男は後ろに倒れ込んだ。

「アデレード!」

 呆然と固まるアデレードの体を、どこからか現れたカールが守るように抱きしめる。

「アデレード、大丈夫か?」
「はく、しゃく……?」

 アデレードは焦点の合わない目で、心配そうに顔を歪めるカールを見た途端、体の力が抜けて立っていられなくなった。カールに抱きしめられながら、一緒にしゃがみ込む。

 助かったの……私……一体……何が……あっ!

「ディマ! ディマはっ……」

 きょろきょろと愛犬の姿を探す。ディマを斬ろうとしていた男は、先ほどの男と同じく矢が何本も体に刺さって倒れていた。ディマと格闘していた男は衛兵達に取り押さえられている。
 そして、当のディマはゲアハルトに体を押さえられていた。興奮が治まらないのか、彼はゲアハルトを振り払おうと体を激しく揺らし、男に噛みつこうとしている。

「よしよし。もう良いぞ、ワン公。落ち着け、お前さんはよくやった。主人を守ったんだ。お前は立派な忠犬だぞ」

 ゲアハルトが宥めるように、ディマに話し掛ける。

 良かった、ディマも無事みたい。良かった……。

「ディマ」

 アデレードが愛犬を呼ぶと、彼はその声を聞きつけてアデレードの許へと走る。その姿を見て彼女は安心したように微笑むと、意識が遠のくのを感じ、カールの腕の中で彼の体に力なくもたれ掛かった。ディマがクゥーンと不安げに鳴きながら鼻で彼女の体を揺らす。

「大丈夫だ、ディマ。お前の主は驚いて気を失っただけだ。さぁ、戻ろう」

 カールは心配そうな目をしているディマに優しく声を掛け、アデレードを片手で抱きとめながら、彼の頭を撫でる。

「まだ仲間がいるかもしれませんぜ。良いんですかい?」

 ゲアハルトがカールに尋ねる。

「これだけ騒ぎになれば、しばらくは山に隠れて姿を現さんだろう」

 冷え冷えとした風が吹き抜け、遠くの獣の臭いを運んでくる。カールには不思議な予感めいたものがあった。

「どの道、山に慣れない者達が何日も山で過ごせるとは思えん。山が彼らを許さんだろう」
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