悪役令嬢として断罪された過去がありますが、よろしいですか?~追放されし乙女は、そして静かに歩みだす~

宵糸 こより

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第4章 ホテルの個性的な客達

第64話 山頂で見たもの

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 そしてついにカールとマックスが山に登る日が来た。
 2人が登るのは山脈の連なるピークの一つシュピアー岳。山頂はおよそ3000mで、村からは2500mほど登らなければならない。
 当然日帰りで行けるところではないから、1日目は一番高いところにある猟師小屋まで行ってそこで泊る。2日目は尾根を登り切り稜線に出て、日没前までに行けるところまで行って野宿する。そして3日目に山頂へアタックする。
 道案内にベテラン猟師1人を連れて、2人は早朝、山道に入った。

「大丈夫でしょうか…」
「大丈夫よ、きっと」

 見送りながら心配そうに呟くメグに、アデレードが言い聞かせるように答える。重そうな荷物を背負い歩いていく一行の姿が見えなくなるまで、アデレードは山道を見つめていた。

 無事に帰ってくるわ、絶対。

 登り始めは背の高い草や木が緑生い茂る道を登っていく。普段村の人が猟に使う道なので、それほど歩き辛くはないが、食料に服、登山用の道具を背負っているので歩みは遅い。それに夏の森は風が通りにくく、熱い。それだけで体力を奪われる。休み休み進んで、今日泊まる山小屋まで着いた。既に陽が傾きつつあった。

「いやー疲れましたね」
「そうだな」

 持ってきた野菜や肉を適当に煮込み夕食にした。それを食べ一息吐きながら、マックスがしみじみ呟く。

「そう言えば、歴代のリーフェンシュタール伯でどこかの頂上に登った人はいらっしゃらないんですか?」
「さぁ……そういう記録は読んだことはないな。だが、誰か登ったかもしれないし、いないのかもしれない」

 こんな辺境の地に領地を構えた先祖なら誰か一人くらいはそういう向こう見ずも居たかもしれないな。

 そう思うと、カールは少し心が躍る気がした。自分もまた、その向こう見ずな血が流れているのだ。

 次の日、陽の出る頃簡単な朝食を取り、猟師小屋を出発した。
 ここから上は、獲物を追うでもない限り、ほとんど人が来ない。伸びた枝や草を漕ぎながら進んでいくと、徐々に背の低い木が増えて、視界が開けるようになっていく。
 そのまま進み、ついになだらかな稜線に出る。完全に開けた視界に地を這うような木と見たこともない花々が咲き乱れる、さながら天上の楽園のような高原が広がる。
 さらにその先に、波のように続く山々が一層近く、まるで壁のように高く、威風堂々と聳え立っていた。

「すごい……」

 マックスが感嘆の声を上げる。カールも猟師もその山容をただただ呆然と眺める。

「こんな光景を誰も見に来ないなんて、勿体ないですよ」
「そう、かもな……」

 確かに多くの人に見てもらい気もするし、逆に人に来てもらいたくない気もした。しばし景色を眺めた後、再び稜線に沿って巨大な山塊を横目に歩き始める。流石に標高が高くなっててきたので、空気が薄くなってきたせいか、息切れが早い。

「伯爵様、あそこに池がありますよ」
「丁度良い、そこで休憩しよう」

 猟師が指を差したその先に小さな池があり、その水面には雪の残る山の斜面が映し出されていた。

「綺麗だな」

 カールは思わずその光景に呟く。こんな景色は今まで見たことがなかった。
 軽く食べ物を腹に入れ、再び歩き始める。途中雲が掛かり視界が悪くなることもあったが、行けるところまで行き、日没を迎えた。日が暮れだすと途端に寒くなる。急いで平らな場所にテントを設営し、夕食を取り、体力温存の為直ぐに寝た。
 今日はいよいよ山頂に挑戦する。

「いよいよですね、伯爵」
「そうだな」

 早朝テントから出て陽が昇り始めるのを見る。連なる山々が赤い色に染まっていく。太陽が完全に顔を出すまでの、僅かな間だけの自然の贈り物。

「フロイライン・アデレードからお聞きました。朝焼けの山々の姿はそれはそれは美しかったと。その話を聞いて、僕は心底羨ましいと思いましたよ。あぁ、本当に美しいなぁ」

 赤から白へ、太陽が周囲が明るく照らし始めると、2人は野営地に心配そうな顔の猟師を残して山頂に向けて出発した。食料などの不要な荷物はここへ置いて、なるべく背負うものは軽くしておく。
 緩やかだった稜線はどんどん幅が狭くなり、最終的には一人が何とか歩けるくらいの幅まででになっていた。足を踏み込む度細かい砂利のような石がぱらぱらと転がり落ちる。左右は切り立った崖になっており、足を踏み外せば谷底まで真っ逆さまだ。
 その時、先行するマックスが足を滑らせた。

「おい!」

 慌ててカールが彼の鞄を掴んで、何とか滑り落ちるのを防いだ。

「ありがとうございます、伯爵」

 流石に肝を冷やしたのか、マックスの声は少し震えていた。

「慎重にな、マックス」
「はい。気持ちが逸っていたようです」

 2人は気持ちを落ち着け慎重に歩くのを再開した。危険な稜線を超えれば山頂はもう近い。足場が広くなり2人は一安心し、互いに頷き合い、また山頂に向かって歩き出す。シュピアーは槍という意味だが、その頂点はその名に相応しく、三角に尖っている。その三角部分を手と足を使い、ついに2人は登りきった。
 頂に立った2人は遥かな眼下を眺める。幸いにして雲一つない。村々と今まで通ってきた道、そしてどこまでも続くような緑の山々が見渡せた。視線を少し横に向ければ、さらに巨大な山塊が続いているのが見える。

 このまま縦走したらロッフェル岳や最高峰と言われるヴァイシス・フィアート岳までも行けるかもしれない。

 カールは高揚する気分の中でそう思った。

「本当に凄いです!」

 マックスも興奮を抑えきれないように感嘆を漏らす。カールも無言で頷く。
 ここにリーフェンシュタール領の全てがあった。ふと、足元を見ると、大きな石の間に一振りの短剣が落ちていた。

「どうやら、我々よりも先にここへ来たものがいたらしい。残念だったな、マックス」

 カールはそう笑って、その短剣を拾い上げ陽にかざす。大方錆びているが、刃の部分に何か刻印されているのを見つけた。

「これは……」

 目を凝らし、刻まれた文字を確かめる。

「ベネディクト・リーフェンシュタール……まさか、初代か?」
「えぇっ、じゃご先祖がここに来てたってことですね!」
「あぁ、間違いない。ベネディクトは初代の名だ。ここに来ていたのだな……」

 そう一人ごちて、カールは再び目の前の光景に目をやる。新しい冒険にきっと先祖は、胸躍らせたことだろう。

 彼(ベネディクト)にとってここへ来たのは、王都にうんざりしたからではなく、挑戦だったのだ。そして誰も到達したことのない場所へとやってきた。

 そう思うとカールの心は震えた。

 初代はこの山脈の全ての頂に登ったのだろうか。そして私は行けるだろうか。

「どこまで行ったのだろうな、彼は」

 カールは稜線の続く峰々を眩しそうに眺めた。
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