34 / 109
第3章 アデレードの挑戦
第35話 吹雪の中の誕生日
しおりを挟む
アップルパイを食べ終え、カールが立ち上がろうとすると窓の前に座っていたディマがわん、と吠えた。思わず窓を見ると、外は真っ白で何も見えない。ただただ雪だけが勢いよく吹いているだけだ。
「ずいぶんと吹雪いているな……」
「本当ですわ、いつもなら木立が見えますのに」
こんな状態の外へ出るのは、例えよく知っている道でも自殺行為だ。自分ではちゃんと道を歩いているつもりでも方向が分からなくなって、全然違う場所に行ってしまうこともある。
「収まるまで外に出られん」
カールは困ったように呟いだが、アデレードは内心喜ぶ。まだカールと一緒にいられるからだ。
「紅茶、新しいの淹れてきますわ」
うきうきした気分を気取られないように急いでアデレードは食器を下げて、平静を取り戻してから紅茶を淹れ直して再び談話室に戻ってきた。
「そうそう、伯爵。私ここでホテルを始めようと思いますの」
「ホテルを?」
「いえ、ホテルなんて、そんな大層なものでもありませんけど……それに悪名高い私がやって人が来るのかどうかは……」
アデレードが皮肉気に笑う。
「王都で大々的に豪華なホテルを建てるわけではあるまいに。こんな田舎の片隅でやる分には構わんだろう。それにマックスのように社交界にまったく縁のない者も多い。特に貴族以外の人間には。そうだな、まずは商人相手に始めてみてはどうだ?」
「商人、ですか」
アデレードは目を瞬かせる。
「そうだ。ここは農産物の他に材木や羊毛、酪農品などを主に作っているが、それらを買い付けにくる商人はいる。そういう者をから徐々に広げていけば良いのではないか?」
「ホテルを利用するのは遊興に来る人々ばかり考えてましたけど、商売をしている方も泊まるところがあれば便利ですものね」
アデレードは一旦そこで言葉を切り、カールの顔を睨むように見つめる。
「伯爵、私ここでちゃんと暮らしていく覚悟ですから!」
彼女の突然の決意表明に、カールは怪訝な顔をする。
「何だ、急に……」
「伯爵は私がいつかここを出ていくと思ってらっしゃるのでしょう? でも、私はどこにも行きませんからっ」
「……私の母の話を聞いたのか?」
カールは眉間に皺を寄せる。威圧しているつもりはないが、その表情は相手を怯ませる。アデレードはちょっと怖いと思いながらも続ける。
「はい。でも、ラシッド先生も猟師のゲンさんも移住者ですけど、ここでしっかり生活していますわ。私だって出来るはずです」
「彼らは貴族ではない。それに仕事も持っている」
「それなら、私も何年かかってでもホテルを軌道に乗せてみせます!」
ふん、と鼻を鳴らすアデレードに、カールは何とも言えない顔になった。期待する気持ちとそれを否定したい、相反する気持ちが湧き上がってくる。
「……では、期待しないで見守るとしよう」
「まぁ! 伯爵ったら意外に疑り深いですわね」
「経験に則っていると言ってくれ」
アデレードは困ったようにカールを見つめる。
「一体何があったのです、伯爵のお母様に?」
「……」
暖炉にくべられた薪がパチパチと音を立て、吹雪が窓を揺らす音だけが支配する。
やはり、聞いてはいけないことだったのかしら……。
「ずいぶんと吹雪いているな……」
「本当ですわ、いつもなら木立が見えますのに」
こんな状態の外へ出るのは、例えよく知っている道でも自殺行為だ。自分ではちゃんと道を歩いているつもりでも方向が分からなくなって、全然違う場所に行ってしまうこともある。
「収まるまで外に出られん」
カールは困ったように呟いだが、アデレードは内心喜ぶ。まだカールと一緒にいられるからだ。
「紅茶、新しいの淹れてきますわ」
うきうきした気分を気取られないように急いでアデレードは食器を下げて、平静を取り戻してから紅茶を淹れ直して再び談話室に戻ってきた。
「そうそう、伯爵。私ここでホテルを始めようと思いますの」
「ホテルを?」
「いえ、ホテルなんて、そんな大層なものでもありませんけど……それに悪名高い私がやって人が来るのかどうかは……」
アデレードが皮肉気に笑う。
「王都で大々的に豪華なホテルを建てるわけではあるまいに。こんな田舎の片隅でやる分には構わんだろう。それにマックスのように社交界にまったく縁のない者も多い。特に貴族以外の人間には。そうだな、まずは商人相手に始めてみてはどうだ?」
「商人、ですか」
アデレードは目を瞬かせる。
「そうだ。ここは農産物の他に材木や羊毛、酪農品などを主に作っているが、それらを買い付けにくる商人はいる。そういう者をから徐々に広げていけば良いのではないか?」
「ホテルを利用するのは遊興に来る人々ばかり考えてましたけど、商売をしている方も泊まるところがあれば便利ですものね」
アデレードは一旦そこで言葉を切り、カールの顔を睨むように見つめる。
「伯爵、私ここでちゃんと暮らしていく覚悟ですから!」
彼女の突然の決意表明に、カールは怪訝な顔をする。
「何だ、急に……」
「伯爵は私がいつかここを出ていくと思ってらっしゃるのでしょう? でも、私はどこにも行きませんからっ」
「……私の母の話を聞いたのか?」
カールは眉間に皺を寄せる。威圧しているつもりはないが、その表情は相手を怯ませる。アデレードはちょっと怖いと思いながらも続ける。
「はい。でも、ラシッド先生も猟師のゲンさんも移住者ですけど、ここでしっかり生活していますわ。私だって出来るはずです」
「彼らは貴族ではない。それに仕事も持っている」
「それなら、私も何年かかってでもホテルを軌道に乗せてみせます!」
ふん、と鼻を鳴らすアデレードに、カールは何とも言えない顔になった。期待する気持ちとそれを否定したい、相反する気持ちが湧き上がってくる。
「……では、期待しないで見守るとしよう」
「まぁ! 伯爵ったら意外に疑り深いですわね」
「経験に則っていると言ってくれ」
アデレードは困ったようにカールを見つめる。
「一体何があったのです、伯爵のお母様に?」
「……」
暖炉にくべられた薪がパチパチと音を立て、吹雪が窓を揺らす音だけが支配する。
やはり、聞いてはいけないことだったのかしら……。
1
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
婚約者と義妹に裏切られたので、ざまぁして逃げてみた
せいめ
恋愛
伯爵令嬢のフローラは、夜会で婚約者のレイモンドと義妹のリリアンが抱き合う姿を見てしまった。
大好きだったレイモンドの裏切りを知りショックを受けるフローラ。
三ヶ月後には結婚式なのに、このままあの方と結婚していいの?
深く傷付いたフローラは散々悩んだ挙句、その場に偶然居合わせた公爵令息や親友の力を借り、ざまぁして逃げ出すことにしたのであった。
ご都合主義です。
誤字脱字、申し訳ありません。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。
水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。
王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。
しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。
ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。
今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。
ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。
焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。
それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。
※小説になろうでも投稿しています。
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜
早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。
両親からも婚約者からも愛されません
ララ
恋愛
妹が生まれたことで、私の生活は一変した。
両親からの愛を妹が独り占めをして、私はすっかり蚊帳の外となった。
そんな生活に終わりを告げるように婚約が決まるが……
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる