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第2章 新しい人生
第13話 傷の理由
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「まぁ、誰しも失敗はあるものだ。君くらいの若い年頃には」
「伯爵にもそういうことが?」
「あぁ」
カールは窓から外の風景を見る。林立する木々の合間にはるかな山々が聳えている。雪を頂いた荘厳な姿はいつみても美しい。
「私が今の君よりももう少し若い時だったな。1人で山へ猟に出たことがあった」
「1人で猟に? 伯爵なのに、ですか?」
アデレードは意外そうな顔をした。貴族がする狩りと言えばお供をたくさん連れて行うものだと思ったからだ。環境の整えられた庭に獲物を放って行われるそれは、猟というよりは遊興としての側面が強い。
「リーフェンシュタール伯爵家の男は民と共に猟に出るのが伝統でね。それは他の貴族がお遊びでやる狩りとは違う、完全に自然相手に糧を得るためのものだ」
「そう、なのですか?」
「あぁ。我が伯爵家の先祖は、王家の護衛だったらしい。そこで国王の命を救った功績で土地を貰えることになったのだが、どこでも選びたい放題だったのに何故かこの誰も住んでいなかった、この不便な山の中を選んだんだ。宮廷の権力争いに嫌気が差したのか、新しい冒険がしたかったのかは分からないが」
カールはそう言って少し笑った。先祖に限らず彼も騒々しい社交界よりもこの静かな自然の中を好んでいる。
血は争えないとはよく言ったものだ。
「まぁ、とりあえずそれで部下達を連れてこの土地へやってきた。それ以来の伝統でね。私も幼い頃から、狩りに出て鹿や熊を取って帰ってくる父や猟師達の姿に憧れていて、十を過ぎた頃から度々猟に着いていくことがあった。それで、ある日自分も大きな獲物を狩ろうと思ったんだ」
「それで、お一人で山に?」
「そうだ。一人でも出来ると思って、父に黙って山へ行った。だが、結果は散々なものだった。獲物はまったく獲れない上に、獲物を探している間に日が落ちて帰り道が分からなくなった。焦って闇雲に山の中を歩き回っていたら足を滑らせて崖から落ちた」
「えぇっ!?」
アデレードが驚きのあまり口に両手を当てる。
「次の日の朝、捜索に来た父と猟師達に発見されて何とか命は助かったが、この傷は残った」
カールは黒髪からちらりと覗く頬の傷を指差す。
「そんなことが……」
「これは、私が未熟な証左だ。この傷を見る度にそのことを思い出す、謂わば戒めのようなものだ」
「伯爵……」
少し気恥ずかしそうにカールは首を振った。
「つまらない話をしたな」
「いいえ。伯爵のこと、少し分かった気がしますわ」
アデレードは柔らかく笑む。
彼が個人的なことを話してくれたことが、こんなにも嬉しい。
「まぁ、君がこんな傷をつける必要はないのだから、くれぐれも気を付けてくれ」
「はい。私、本当に軽率でした、伯爵」
「君がこの村の為を思ってしたことは分かっている。だが、次からは誰かに知らせてくれるだけで良い」
「そうしますわ」
彼の言葉にアデレードが頷く。
「……分かってくれればそれで良い」
カールは立ち上がった。
「これからの季節、朝晩冷え込んでくる。体調にも十分気を付けてくれ」
「あら、大丈夫ですわ。この子がいますもの」
そう言ってアデレードも立ち上がり、自分の足元で丸まって休んでいるディマを抱き上げた。
「この子と一緒に寝てますの」
「子犬と?」
「えぇ。暖かいですし、それに朝も起こしてくれますのよ」
出会った頃よりは幾分大きくなった子犬を持ってにっこり笑うアデレードに、カールも気が抜けたように少し相好を崩す。
「それなら大丈夫そうだな」
アデレードはディマを抱き笑顔で、帰っていくカールを見送った。
「伯爵にもそういうことが?」
「あぁ」
カールは窓から外の風景を見る。林立する木々の合間にはるかな山々が聳えている。雪を頂いた荘厳な姿はいつみても美しい。
「私が今の君よりももう少し若い時だったな。1人で山へ猟に出たことがあった」
「1人で猟に? 伯爵なのに、ですか?」
アデレードは意外そうな顔をした。貴族がする狩りと言えばお供をたくさん連れて行うものだと思ったからだ。環境の整えられた庭に獲物を放って行われるそれは、猟というよりは遊興としての側面が強い。
「リーフェンシュタール伯爵家の男は民と共に猟に出るのが伝統でね。それは他の貴族がお遊びでやる狩りとは違う、完全に自然相手に糧を得るためのものだ」
「そう、なのですか?」
「あぁ。我が伯爵家の先祖は、王家の護衛だったらしい。そこで国王の命を救った功績で土地を貰えることになったのだが、どこでも選びたい放題だったのに何故かこの誰も住んでいなかった、この不便な山の中を選んだんだ。宮廷の権力争いに嫌気が差したのか、新しい冒険がしたかったのかは分からないが」
カールはそう言って少し笑った。先祖に限らず彼も騒々しい社交界よりもこの静かな自然の中を好んでいる。
血は争えないとはよく言ったものだ。
「まぁ、とりあえずそれで部下達を連れてこの土地へやってきた。それ以来の伝統でね。私も幼い頃から、狩りに出て鹿や熊を取って帰ってくる父や猟師達の姿に憧れていて、十を過ぎた頃から度々猟に着いていくことがあった。それで、ある日自分も大きな獲物を狩ろうと思ったんだ」
「それで、お一人で山に?」
「そうだ。一人でも出来ると思って、父に黙って山へ行った。だが、結果は散々なものだった。獲物はまったく獲れない上に、獲物を探している間に日が落ちて帰り道が分からなくなった。焦って闇雲に山の中を歩き回っていたら足を滑らせて崖から落ちた」
「えぇっ!?」
アデレードが驚きのあまり口に両手を当てる。
「次の日の朝、捜索に来た父と猟師達に発見されて何とか命は助かったが、この傷は残った」
カールは黒髪からちらりと覗く頬の傷を指差す。
「そんなことが……」
「これは、私が未熟な証左だ。この傷を見る度にそのことを思い出す、謂わば戒めのようなものだ」
「伯爵……」
少し気恥ずかしそうにカールは首を振った。
「つまらない話をしたな」
「いいえ。伯爵のこと、少し分かった気がしますわ」
アデレードは柔らかく笑む。
彼が個人的なことを話してくれたことが、こんなにも嬉しい。
「まぁ、君がこんな傷をつける必要はないのだから、くれぐれも気を付けてくれ」
「はい。私、本当に軽率でした、伯爵」
「君がこの村の為を思ってしたことは分かっている。だが、次からは誰かに知らせてくれるだけで良い」
「そうしますわ」
彼の言葉にアデレードが頷く。
「……分かってくれればそれで良い」
カールは立ち上がった。
「これからの季節、朝晩冷え込んでくる。体調にも十分気を付けてくれ」
「あら、大丈夫ですわ。この子がいますもの」
そう言ってアデレードも立ち上がり、自分の足元で丸まって休んでいるディマを抱き上げた。
「この子と一緒に寝てますの」
「子犬と?」
「えぇ。暖かいですし、それに朝も起こしてくれますのよ」
出会った頃よりは幾分大きくなった子犬を持ってにっこり笑うアデレードに、カールも気が抜けたように少し相好を崩す。
「それなら大丈夫そうだな」
アデレードはディマを抱き笑顔で、帰っていくカールを見送った。
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