上 下
3 / 15

第3話 侯爵家の事情 

しおりを挟む
 協議の結果、盛大な結婚式は行わず、法務を管轄する役所にて簡単や誓約と結婚許可書の発行を受けるに留まった。ハイラムとしてはこの不気味過ぎる仮面を着けたまま結婚式を挙げるのには抵抗があったし、エレインの方は父が豪勢な挙式をと、気色ばんでいたが、当の娘が死神侯爵の噂が世間に広まるのは得策ではないと説得して、渋々止めさせた。
 エレインは多少おめかししてウェディングドレスの代わりに昼用の白いドレスを纏い、法務官の前で宣誓する。一方、ハイラムは普段着と変わらず、白いシャツに黒いウェストコートだった。
 それが終わり法務官が出て行くと、隣に立つハイラムにエレインは頭を下げる。相変わらず断末魔の叫びを上げる仮面が不気味だ。

「不束な娘ですが、よろしくお願いいたします。この度は本当に申し訳ございませんでした」
「いえ、こちらこそ自分の仮面のことを知らない方がいると思わず、声を掛けてしまって……」
 奇怪な仮面の衝撃で記憶が少々飛んでいたエレインだったが、改めて思い返してみれば確かに、彼はただエレインを心配してくれていただけだった気がする。

 意外に怖くない人、なのかしら?

 社交界で聞いていた噂では、黒魔術に傾倒しているだの、悪魔を使い魔にしているだの、夜な夜なサバトに出ている、毒薬を作っている、呪いをまき散らしている……等々、碌でもないものばかりだった。
 てっきり性格もおどろおどろしい感じなのかな、とエレインは思っていたが、どうやら違うらしい。

 でも、だったら何でこんな気色悪い仮面なんて被ってらっしゃるのかしら?

 エレインはその仮面に少々気遅れしながら、ハイラムに尋ねる。
「あの、お伺いしても宜しいでしょうか、侯爵?」
「はい。なんでしょう?」
「その、お面をどうして外さないのですか?」
「それは……移動しながらお話ししましょう」
 役所を出て、侯爵家の漆黒の馬車にハイラムに続いてエレインが乗り込む。その際、ふわりとラベンダーの香りがした。

 侯爵がつけてらっしゃるのかしら? 怖い仮面をしてるのに意外だわ。

 不思議に思ったが不快ではない。優しい香りに、エレインはほっと心が安らぐ気がした。二人を乗せた馬車が石畳の道を滑りだす。エレインと向き合う形で座っていたハイラムが軽く咳払いをしてから口を開く。

「我が家の恥を晒すようで気が重いのですが……」
「はい」
「私の父は少々その、浮気性でして」
「はぁ……」

 何と反応して良いのか分からないエレインは生返事を返してしまった。政略結婚が多い貴族には愛人を持つ者やお気に入りの高級娼婦が居る者は別に珍しくない。そのことはエレインも知っている。

 侯爵のお父上もそういうタイプの人だったのかしら。でも、それがこのおどろおどろしい仮面とどう繋がるの?

「それで私の父が旅のある占い師と関係を持ってしまいまして……」
 ハイラムがかなり言い辛そうに続ける。
「父が一体どんな睦言を囁いたかは分かりませんが、その占い師は父に本気になってしまったのですが、当然父と結婚出来るはずなどありません……まあ、その……既に結婚していますからね、私の母と」
 ハイラムは濁したが、たかが占い師と貴族の侯爵が結婚など有り得ないことだ。
「それで怒った占い師が呪いを掛けたのです」
「呪い……占い師が? 運勢を占なうのが占い師の仕事だと思ってましたが、人を呪うことも出来るんですか?」
 意外そうにエレインが目を瞬かせる。幸運になるまじないを掛けるくらいならその辺の占い師でもやるだろうが、それが誰かを呪うとは物騒な話しだ。
「ただの占い師ではなかった、ということでしょうね。ある日、夢の中で突然黒いローブを着た女性が現れて息子のお前もまた女を傷つける者になるだろう、と言って目が覚めたら私にこの、取れない仮面が着けられていたのです」
「取れない? 本当ですか?」
「ええ」
「私を揶揄っているのではなく?」
「そのようなことは誓ってしておりません」
 じっとエレインがハイラムの仮面を見つめる。どうやら趣味で着けている訳ではなかったようだが、本当に取れないのかどうかエレインは気になった。
「……試してみても良いでしょうか?」
「……どうぞ」
「失礼します」
 好奇心には勝てずにエレインが呪いの仮面に手を伸ばす。仮面に指を掛け、引っ張ってみた。徐々に力を強めていくが、全然取れる気配はない。
「痛い、痛い……その辺にして下さい」

 仮面に引っ付いた顔ごと引っ張られて、ハイラムは呻いた。その声に我に返ったエレインは恥ずかしそうに頭を下げる。しかし、これでハイラムの語る言葉が真実だと分かった。
「ご、ごめんなさいっ。とうしても気になってしまって……でも、侯爵のお話しが本当なら、ご自身には何の咎もありませんよね?」
 やらかしたのはハイラムではなく、ハイラムの父なのだ。

 それなのにどうして、侯爵に呪いが……?

 エレインは首を傾げる。
「恐らくそれが一番ダメージになるから、でしょうね。それに私はどちらかというと父親似ですし。外れない仮面は父の火遊びの結果を見せられるようなものですから」
 ハイラムは昔を思い出すように仮面の下で目を瞑った。
「多少のおいたには目を瞑っていた母も流石に怒って実家のラッカム伯爵家に帰ってしまいました。私の呪いが解けない限り、侯爵家には戻らないと言って」
「そんな……」
「父も私に掛かった呪いを解こうと、高名な魔術師に頼んだり、解呪に役立ちそうな魔術書やアイテムを集めたりと方々手を尽くしてくれましたが、結局は上手くいかず、失意のまま領地に隠居しました。占い師は侯爵家を罰するのに成功した、ということですね」
「まぁ……」
 淡々と話すハイラムだが、彼は何も悪くないだけに何ともやり切れない話だ。エレインはハイラムに対して同情する気持ちが湧き上がってくる。
「侯爵は苦労されてるんですね」
「いえ。私はもう慣れっこですから。もう13年になりますかね、この仮面と過ごすのも」
「13年!?」
 思わずエレインは叫んでしまった。侯爵は今23歳。つまり人生の半分以上この呪いの仮面を付けていることになる。
「それって大分、大変なことでは……」
 心配そうにエレインは上目遣いにハイラムを見るが、彼は肩を竦めただけだった。
「でも、恐らくこれから大変な思いをするのは貴女でしょうから……」

 意味深な言葉を吐いて、馬車はリード侯爵家の前まで迫っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。 運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。 殿下、婚約破棄致しましょう。 第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。 応援して下さった皆様ありがとうございます。 本作の感想欄を開けました。 お返事等は書ける時間が取れそうにありませんが、感想頂けたら嬉しいです。 賞を頂いた記念に、何かお礼の小話でもアップできたらいいなと思っています。 リクエストありましたらそちらも書いて頂けたら、先着三名様まで受け付けますのでご希望ありましたら是非書いて頂けたら嬉しいです。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...