世界よ優しく微笑んで

えくれあ

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ep.036 生まれてはじめて……

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「私に、本当にお役に立てることが、あるんでしょうか?」
「リディア、無理はしなくていい」

 ジーク様が私を行かせないようにするのは、私が邪魔だからとかそういうことではなく、私を心配してくれているからだ。
 できれば、その気持ちを抜きにした上で、どう思っていらっしゃるか聞きたいけれど、難しそう。

「俺はある、と思っている。今回、倒せたとして、同じような魔獣が出てしまったら、またジークに討伐に行ってもらうしかなくなる。でも、君がもし僕らにない知識で、原因を見つけてくれたら、これを最後にできるかもしれない」

 私の知ってる知識で、原因がわかるとは限らない。
 でも、私の持っている知識と、ジーク様が持っている知識は同じ魔法を使うものでも、異なっていることが多いとは思う。
 もしも、私が原因を見つけられたら、ジーク様はもう危険な目にあわないかもしれない。
 原因を見つけられる可能性が少しでもあるなら、行く価値はあるように思えた。

「魔獣を討伐するのは魔法騎士の仕事だ、だから今後も俺が討伐に向かうことは、何も気にしなくていい」
「私が一緒だと、ご迷惑でしょうか?」
「そういうことではなく、危険だと……っ」
「ご迷惑でないなら、よかったです」
「リディア?」

 私はジーク様の返答を受けて、真っ直ぐに皇太子殿下を見つめた。
 できるだけ、ジーク様を視界に入れないように意識をしながら。
 心配してくださるジーク様を見ると、ちょっとだけ、決意が揺らぎそうな気がしたから。

「行かせてください、皇太子殿下。私にできるかわかりませんが、これが最後にできるように、強い魔獣が出た原因、私なりに調べたいです」
「だめだっ」
「大丈夫です。元の世界でも、魔獣に似たようなものはいました。私、逃げるの得意ですから、危なくなったら勝手に逃げます。だからジーク様は私のことは気にせず、魔獣討伐に集中されてください」

 きっと、ジーク様の望んだ答えではないのだと、わかっている。
 今だって、私を危険な目にあわせないために、必死で止めようとしてくださっている。
 でも、私だって、またあんな風にジーク様に危ない目にあってほしくない、だから皇太子殿下と同じく可能性に賭けたい。

「ありがとう、リディア嬢、感謝する」

 ジーク様が膝の上に置いた右手を、強く握りしめているのが見えた。
 少しだけ、震えているようにも見える、怒らせてしまったのかもしれない。

「魔獣が現れたらすぐに逃げると約束しろ、一定の距離を保ち、絶対に近づかないと」
「はい、ジーク様のお邪魔にならないように、気をつけます」

 長い沈黙が続いた後、ようやくジーク様も折れてくださったみたいだ。
 私が下手に近づいたら、きっと私を気にかけてジーク様も戦いに支障が出るだろう。
 私だって、それを望んではいないので、言われたことはちゃんと守ろうと心に決めて頷いた。

「本当は俺も同行できたらよかったんだけど。魔法は中の下くらいだけど、剣術なら結構自信あるし!」
「皇太子がそんなこと、できるわけないだろ……」

 ジーク様は、呆れたようにため息をついていらっしゃる。

「まぁ、同行できない代わり、といってはなんだけど、ちょうど近くに皇家所有の別荘があるからさ、滞在中はそこ使ってもらっていいよ」
「ああ、それは助かるな」
「あんまりのんびりはできないだろうけど、景色のいいところだから、リディア嬢もせっかくなら楽しんで来てね」
「あ、ありがとうございます……」

 危険な魔獣討伐が、一気に楽しい旅行みたいな扱いになった気がする。
 でも、そのおかげなのか、少しだけ力が抜けたような気がした。



「じゃあ、話もまとまったところで、この辺で皇太子としての話は終わりっ!」

 疲れた、と皇太子殿下はぐっと両手を上にあげて、伸びをしている。
 人が変わるというほどの変化ではないけれど、だいぶ雰囲気が変わった印象を受けた。

「あ、ジーク、魔法はもういいよ」

 皇太子殿下がそう仰ると、ジーク様はすぐにお部屋にかけていた魔法を解いた。
 もう、聞かれて困るようなお話は、されないということなのだろう。

「ずーっと堅苦しい話じゃ、疲れちゃうよね、リディアちゃん?」
「ちゃん……」

 さっきまでリディア嬢と呼んでいた皇太子殿下は、まさに王子様そのものという雰囲気だったのだけれど。
 今の皇太子殿下はどこか親しみやすいお兄ちゃんみたいな感じだ、こんなことを皇太子殿下に対して思うのは大変失礼かもしれないけれど。

「この呼び方、嫌いだった?」
「いえ、決して、そのような……」

 皇太子殿下に対して、そんな恐れ多いことを言うつもりなんてさすがにない。

「そ、よかった!いつまでもリディア嬢、だと硬いかなって思ってたんだ!」

 思い返せば、最初にちょっとだけ、ちゃん付けだったかもしれない。
 あれは、呼ばれた、という感じではなかったけれど。

「あまり気にするな。そいつの癖みたいなもんだ。皇太子としての自分と、そうでない自分を使い分けてる」
「さすがに、皇太子が令嬢をリディアちゃん、とは呼べないからねぇ」

 今この瞬間も、皇太子殿下でなくなってはいないと思うけれど。
 何か皇太子殿下の中で線引きみたいなものあるようだ。
 変化に戸惑いは今も尚あるけれど、気にしたら負けだとジーク様が仰るので、そういうものだと受け入れることにした。
 その後、すっかり雰囲気の変わった皇太子殿下は、先ほどとは無関係のたわいもないお話ばかりをされた。
 私について何か聞かれるのかも、と身構えたりもしたのだけれど、基本的にはご自分のことをおもしろおかしくお話されるだけだった。





 ***

「アレク、今日はここまでに」
「え?」

 俺の目の前には、こくんこくんと眠そうに頭を上下させているリディアがいる。
 確かにそろそろ昼寝の時間だった、もっとも今日は剣術の訓練など、ほぼ行ってはいないけれど。
 初対面の皇太子との会話は、剣術の訓練なんかより、よっぽど疲れるものだったのだろう。

「そろそろ昼寝の時間だからな」
「昼寝って……15歳はさすがに昼寝しなくない?」
「身体が疲れやすいんだよ、いろいろあって」

 最近は特に、いつも眠そうにしている。
 おそらく俺の毒を解毒するために、魔法を使ってからずっと。

「リディア、そろそろ部屋で休もう」
「ん……」

 リディアはすでに、半分夢の中のようだ。
 上下する頭をぶつけないように気をつけながらリディアを支え、声をかけてみたがぼんやりとした反応しか返ってこない。

「へぇ……」

 なるべくリディアを起こさないように、慎重にリディアを抱き上げる。
 そんな俺を見て、アレクが意味ありげな声をあげた。

「なんだ?」
「いや、ホント、大事にしてんだなって、ね」
「当たり前だろう」

 リディアには、何かと助けられているし、今こうしてリディアが眠いのも俺のために無理して魔法を使ったせいだ。
 大切にするのは、当然だろう。

「あれ?ひょっとして自覚、ない?」
「は?」

 どうも、アレクと会話がかみ合っていないような気がする。
 だが、アレクはならいいや、とわけのわからないことを言って笑っている。

「俺も暇じゃないし、そろそろ戻るよ。またね、リディアちゃん」

 もはや反応など返しそうにないリディアに、わざわざ声をかけ、ひらひらと手を振ってアレクは帰っていった。





 ***

 こわい、こわい、こわい、こわい……っ

 私はあの後、気づいたらお部屋のベッドで眠っていた。
 いつ眠ったか正直記憶は全くなかった。
 けれども、そんな間にどんどんとお話は進んでいたようで、被害が拡大しないうちに早々に魔獣を討伐しなければならないと皆さんによって出発の準備は着々と進められていた。
 おかげで、数日後にはしっかりと出発できる準備が整っていた、整っていたのだけれど……

「ひゃあっ」

 思わず恐怖で声があがってしまうのは許してほしい。
 だって、現在生まれてはじめて馬に乗って移動中なのだ。
 馬に乗るとこんなに高いだなんて知らなかったし、こんなに速く走るなんて知らなかった。
 なんだか不安定で、落ちそうで、すごい勢いで風を切ってて、とにかく怖くて怖くて仕方がない。

「まさか、馬がはじめてだったとはな……」

 最初は別々の馬に乗って移動する想定だったそうだ。
 馬車よりも馬に乗って移動する方が、各段に早く目的地に着くらしい。
 けれど、私が馬に乗れないと知ったジーク様は一緒に同じ馬に乗ってくださることになった。
 私を馬に横向きに座らせて、その後ろにジーク様が乗ってくださっている。
 落ちないようにジーク様がしっかりと支えてくれているのだけれど、それでも私は怖くて目をぎゅっと閉じて、ジーク様にしがみついている状態だ。
 おそらくジーク様は私がこうしてしがみつけるように、横向きに座らせてくれたのだと思う。

「元の世界では、馬で移動する習慣はなかったのか?」
「は、はい……」

 私はジーク様の問いかけに、頷くのが精一杯だ。
 必死にしがみつく腕が、震えているのが自分でもよくわかる。

「そう怯えるな、落としたりしないから」

 ジーク様が安心させるようにそうおっしゃってくださるけれど、怖いものは怖い。

「こっちばかり見てるともったいない、少し前を見たらどうだ?」

 前を見ろ、と言われても正直目をあけることさえ、怖いのだけれど……

「大丈夫だ、ちゃんと支えているから」

 そう言うと、ジーク様の片腕が私の身体を支えるように回された。
 同時に、馬の速度も少し落ちたような気がする。

「ほら」

 早く、というように声をかけられ、私はおそるおそる目をあけた。

「馬上からの景色も、悪くはないだろう?」

 普段とは違う速度で流れていく景色、いつもより高い視点。
 怖さももちろんあるけれど、でも頬ほ撫でる風が少しずつ気持ちよいと感じるようになった。

「うう……っ、やっぱり怖いですっ」

 悪くないかも、と一瞬は思ったのだけれど、ジーク様の手が馬の手綱を握り直し、徐々に馬の速度があがると、やっぱり恐怖心が勝ってしまって。
 私は、また目を瞑って、ジーク様にさっきよりも強くしがみついた。
 頭上からジーク様の笑い声が聞こえたけれど、構ってなんていられない。
 急ぐのであれば、移動には魔法を使うものだと思っていたのに、なんてことを思いながら、私はただただ早く目的地に着くことだけを祈った。



「着いた、んですか……?」

 どれくらい時間が経っただろうか。
 馬が走るのが急に止まって、私はおそるおそる目をあけた。

「いや、さすがに今日中には着くのは難しい。今日はこの街で泊まろう」

 ジーク様が先にひょいっと馬から飛び降りて、それから私を抱き上げてゆっくりと地面におろしてくれた。
 地面に足をつける感覚がなんだかものすごく久しぶりな気がして、私はほっと息を吐いた。
 馬はそのまま宿の従業員らしき方が近くの馬小屋に連れていってくれ、私とジーク様は宿泊の手続きの後、それぞれのお部屋に案内された。



「体調はどうだ?」
「大丈夫です」

 お部屋に荷物を置くと、すぐに食事を取ることになって、宿の従業員の方におすすめしてもらった街の食堂に来た。
 あいかわらず眠気はしっかりあるけれど、あれだけ怖い思いをした割にはいたって健康だった。
 そういえば、馬に乗っていた時はあまりにも恐怖が勝ったせいか、眠気なんてすっかり忘れていた気がする。
 それもあってなのか、こうして落ち着くとより眠気を思い出すような気もした。

「無理は、するなよ」

 私が怖がりすぎた所為だろうか。
 ジーク様は心配そうに私を見ている。
 私は何も心配なんてない、とアピールするように出てきた料理を頬張った。

「おまえのところでは、移動には何を使っていたんだ?」

 馬に乗れなかっただけでなく、馬を使って移動する文化がなかったことにジーク様は非常に驚いたみたいだ。

「魔術師たちは、だいたい魔法でなんとかしますね」

 馬車みたいなものも存在したけれど、車を引くのは馬ではなく使い魔だった。
 また、魔力を動力として使い魔などに引かせることなく動くような車もあった。
 私の使い魔は小さいので無理だったけれど、乗れるくらい大きな使い魔を持っている魔術師は使い魔に乗って移動することもあるし、飛行魔法が使えるものは身軽に空を飛んで移動するのが手っ取り早かった。
 私が最もよく使った移動方法も、飛行魔法だ。
 それ以外にも、転移魔法という方法もある。
 転移魔法は使える人はあまり多くなかったけれど、目印となる魔力の源が何かあれば一瞬でその場へ行けるので、場所によってはそれが一番速い。
 人がよく集まる場所には、何かしら目印となる魔力が必ずあったから。

「そういや、転移魔法が使えるんだったな……」

 一通り向こうの世界の移動について説明していると、ジーク様がぽつりと呟いた。
 この言い方だと、ジーク様は使えないのだろうか。
 ジーク様くらい魔力があれば、習得はそんなに難しくないだろうし、覚えてしまえば魔力の消費もそんなになく便利な魔法なのだけれど……
 ただ、私は割と平気だけれど、移動の際に気持ち悪くなる人は多いみたいだ。

「ここでは、あまり移動に魔法は使われないんですね……」
「ああ、そういう使い方はあまりしてないな」

 魔法騎士としてメインで魔法を使うのは、やはり魔獣討伐が多いのだとか。
 後は過去には戦争でも使われていたそうだけれど、近年は帝国の皇帝が平和主義であるためそのようなこともないのだとか。
 それでも国内でも争いごとがあったり、悪いことをしている人がいたりというのはあって、そういったことを解決するために魔法が使われることもあるそうだ。
 騎士様がたくさんいらっしゃる国である割に、平和そうで何よりだ。
 そして、私は今日の会話ではじめて今自分が立っている国の名前を知った。

「この国のお名前、リンデンベルク帝国というのですね」

 よく考えてみれば世界が変わったということにいっぱいいっぱいで、自分がいる国の名前すら気にしたことはなかった。
 この国は、皇太子殿下が名乗られていた名前と同じ名前の帝国らしい。
 リンデンベルク、と名乗られている方がいらっしゃれば、皆皇族ということになるそうである。
 隣国にいくつか小さな王国があるけれど、この帝国ほど大きな帝国はないそうだ。
 そして、強力な魔法騎士団をいくつも持ち隣国に恐れられているこの国が、先代の皇帝以降戦争に消極的なおかげで帝国も周辺の王国も長く平和が保たれているのだとか。
 戦争を抑止する意味で、騎士団は強くあり続けないといけない、そう仰ったジーク様はご自身が魔法騎士であることをとても誇りに思っていらっしゃるようだった。
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