世界よ優しく微笑んで

えくれあ

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ep.031 侯爵様の弟

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「ひょっとして、君が噂の従妹?」
「えっ?」
「うわぁ、思ってたよりもずっとちっちゃい!」

 とってもキラキラとした瞳が向けられている。
 思い出した、この瞳は、色も形も、そっくりなのだ、以前絵で見せてもらった、ジーク様のお母様に。
 目の前にいるジーク様の弟さんは、ジーク様にも似ていらっしゃるけれど、ジーク様のお母様にも似ていらっしゃる。

「あら、ユースはリディアのこと、知ってたの?」
「はい。兄上が家のことは全て手紙で報告してくれますから」
「いくら俺が当主を継いだとはいえ、ここはおまえの家でもあるのだから、当然だろう」

 詳細はわからないけれど、ジーク様は弟さんに手紙を通じて私のことを伝えているらしい。
 私のことを従妹と言っていたから、きっと私がママの娘になったことも、ご存知なのだろう。

「だから、君がどういう経緯でここに居ることになったかも、よく知ってるよ」

 ジーク様の穏やかで柔らかい笑顔とは違う、太陽のように明るく元気な笑顔。
 兄弟でも、随分と雰囲気が違うようだ。

「でも、俺のことはどうやら知られてないみたいだね」
「どうせアカデミーから帰って来ないし、しばらく会う機会はないだろうと思っていたからな。帰ってくるなら、事前に連絡くらい寄越せ」
「それじゃあ、サプライズにならないじゃないか」

 そう言うと、弟さんは私と目線があうように、膝を折った。
 まるで王子様のようなしぐさに、ドキッとする。

「はじめまして。俺の名前はユリシス・シュヴァルツ。もう見当がついてると思うけど、このシュヴァルツ家の次男で、現当主であるジークベルト・シュヴァルツの弟だよ」
「あ……り、リディア・エルロード、です……」
「うん、知ってる」

 そう言うと、ユリシス様は立ち上がった。
 同時に、なぜか私の身体が宙に浮く。

「え?え?」

 ユリシス様は先ほど確かに立ち上がったのに、ユリシス様のお顔は私の真ん前、いやむしろ私の顔より低い位置にある。
 つまり、私は今ユリシス様に持ち上げられているのだ。

「思ってたよりも、ちっちゃくてかわいい!!」
「ひゃあっ」

 ぶわんっと、ユリシス様に振り回される。

「俺、ずっと、妹が欲しかったんだよ~」
「ゆ、ユリシス様、あの、降ろし……」
「そんな他人行儀な呼び方、やめてよ!俺、お兄様って呼ばれたいな。ほら、呼んでみて、ユースお兄様って」
「ひゃっ、ちょ……っ」

 持ち上げたまま、ぐるんぐるんと回される。
 目が、まわる……

「ほら、早くっ」
「ゆ、ユース、お兄様っ、あの……っ、きゃあっ!」

 呼んだら、降ろしてもらえるかも、と思って勇気を出してお兄様と呼んでみた。
 そうすると、ますます勢いよく回されてしまう。
 き、きもちわるい……

「ユース、そこまでだ」

 身体がさらに浮き上がるような感覚と同時に、ぐるぐるとまわされる感覚はなくなった。
 でも、まだ若干目は回っていて、ちょっと気持ち悪い。

「大丈夫か?」

 すぐ近くでジーク様のお声が聞こえて、私は今度はジーク様に抱えられた状態なのだと気づく。
 きっと、目を回している私を見て、ユースお兄様から引き離そうとしてくださったのだろう。
 ゆっくりとジーク様が私を降ろしてくれる、だけど私の並行感覚はまだちゃんと戻っていなくて、バランスを崩してぽすんとジーク様に受け止められることになった。

「まったく、やりすぎだ、ユース」
「ごめんごめん。嬉しくて、つい……」

 ユースお兄様は、ばつが悪そうに頭をかいている。
 ジーク様は、そんなお兄様を睨みつけているけれど、なぜだろう、パパとママ、それからおじ様はどこか楽しそうに私たちを眺めているような気がする。

「そんなに怒らないでよ、兄上。あ、ひょっとして羨ましくなっちゃった?リディア、兄上もリディアにお兄様って……」
「勝手なことを言うな」

 にこにこと話しているユースお兄様のお言葉を、一方のジーク様はそれはそれは厳しい表情でぴしゃりと遮った。
 よくわからないけれど、おそらくユースお兄様のお考えはずれていたのだろう。

「で?どうして突然帰ってきたんだ?」
「そりゃあ、兄上の誕生日をお祝いするためでしょ?とはいえ、急いでたからプレゼントは用意できてないんだけど」
「それはかまわないが、去年は帰ってこなかっただろう。休みになっても戻らないし、てっきり卒業するまで帰る気はないのかと」
「あーうん。アカデミーのやつらと騒いでると、あっという間に長期休みも終わっちゃっててさ……けど、今回の兄上の誕生日には、父上が邸に行くっていうし、噂の従妹も気になるし、帰るしかないなって」

 だから、帰って来ちゃった、なんて笑うユースお兄様を見て、ジーク様は深く深くため息をつく。
 お二人はご兄弟だけど、長く会っていなかったようだ。
 私は兄弟がいなかったからわからないけれど、久々の再会ってうれしくないのだろうか。

「今日は泊まるのか?ルイスには?」
「さっき、ちゃんと言った!」
「まったく、今から部屋の準備をする使用人の身にもなれ」

 なるほど、ジーク様はそこを心配されていたのか。
 でも、泊まる準備ができているか気にされているってことは、ユースお兄様が戻られたことを、喜んでいらっしゃるのではないだろうか。
 どうでもよいなら、きっと気にしないはずだ。

「はーい。ね、それより俺、お腹空いちゃった!リディア、あっちにごはん食べに行こっ!」
「へ?」
「今日は兄上の誕生日だから、ご馳走がいっぱいあるよ!」

 ぐいっとユースお兄様に強く手を引かれる。
 私はそのまま引きずられるようにして、ユースお兄様とお部屋を後にした。

「あらあら、兄弟でリディアの取り合いになっちゃうかしら?」
「僕としては、まだどちらにも渡したくないなぁ……」
「私はどちらでも大歓迎だよ、どちらに転んでもリディアは私の娘になるのだから」

 私たちが部屋を出ていったのを見て、ママとパパとおじ様が、そんな会話をしていたことを私は当然知らなかった。





 ***

 父上たちは、随分と勝手なことを言い始めたものだ。
 俺は呆れたように、無駄にはしゃいで騒ぎ出した3人を見た。

「でも、年齢的にはユースの方がお似合いかしら?」
「ユース君、今年で確か……」

 ユースは現在17歳。
 リディアはどれほど見た目が幼く見えようと、年齢は15歳。
 確かに、年齢だけ見れば非常にお似合いかもしれない。
 だが、貴族同士であれば、歳の離れたもの同士の婚姻も決して珍しいものではない。
 だから俺とリディアの年齢差であっても、たいして気にはならないはず……そこまで考えて自分の考えに今度は呆れた。
 リディアは、俺が庇護すべき幼い子どもにすぎない。
 ユースの言う通り、リディアは小さくてかわいらしいと思う。
 しかしながらどこか危なっかしいようなところもあり、だからこそ自分が大切に守ってやらねばならないと思うのだ。
 ただ、それだけのことであり、叔母上が言うような感情などきっと俺にはないはずだ。
 そして、おそらくそれは、確実に、ユースにもない。
 そう思い至った時、リディアがユースに惹かれなければいい、とそう思った。
 もし惹かれてしまえば、おそらくリディアは失恋し、涙を流すことになってしまうだろうから。
 リディアの泣く姿は、できれば見たくはない。

「俺達も、そろそろ行きましょう」

 ここに居てもすることはないし、叔母上たちの会話が加速してしまうだけだ。

「そうね、そろそろ私たちもお腹空いたし」

 叔母上のこの一言により、俺達もリディアを追ってこの部屋を後にした。



「リディア、これおいしいよ!ほら、あーん!」
「お、お兄様、私、自分で……」
「いいからいいから、あーん!」

 俺達が料理の並ぶ部屋へと戻り、最初に見たのはリディアとユースのそんな光景だった。
 ユースがリディアに差し出しているのは、普段リディアが手をつけないような肉料理。
 食べたくないのではないか、と心配していたが、リディアは観念したかのように口を開け、ユースはそこに肉の塊を突っ込んだ。

「ははっ、リディア、リスみたいだ、かわいいっ」

 口いっぱいになるほどの大きな塊を放り込まれたようで、リディアの頬は左右ともパンパンだった。
 ユースの言う通り、その姿は確かにリスのようである。
 リディアは口の中のものを噛んで飲み込むことで精一杯のようで、何も言えずにいる。

「ね?おいしいでしょ?」

 ごくん、とリディアが飲み込んだのを見計らって、ユースが聞いた。
 するとリディアが、ぱあっと笑顔を見せる。

「はいっ、とてもおいしいです!こんなにおいしいの、はじめて食べましたっ」
「えっ?これ、兄上の好物だから、この家でよく出ない?」
「えっと……」

 確かに食卓にはよく並ぶ一品だった。
 だが、リディアは肉にはあまり手をつけようとはしていなかった。
 嫌いなのだろうと思っていたが、どうやら違っていたらしい。
 むしろあの表情を見ると、今まで食べていた他の食べ物よりも、ずっと好みだったようである。

「お肉はその、大きくて、食べにくそうだったので……」
「なーんだ。それならこうして、小さく切るといいんだよ、ほら、あーん」
「あのっ、だから、自分で……」
「あーん!」

 リディアは恥ずかしいのか顔を赤くし、ぎゅっと目を瞑って、また口を開いた。
 そこに、先ほどよりも小さく切られた肉が、ユースによって放り込まれる。

「どう?」
「お、おいしいです……」
「そう、よかった」

 ユースは満足げだが、一方のリディアは可哀想なくらい顔を赤くして小さくなっている。

「あらあら、すっかり仲良しね」
「ママっ」

 リディアはまるで助けを求めるかのように、叔母上の元へ駆けだした。
 相当いたたまれなかったらしい。





 ***

 ジーク様やママたちも戻ってきて、あらためてみんなでお食事をすることになった。
 けれど、やっぱり私のお隣には先ほど同様にユースお兄様が座っていて、隙あらば私の口に食べ物を運ぼうとしている。
 聞けばユースお兄様は17歳で、私とたった2つしか変わらないらしいのに、見事な子ども扱いだ。

「ねえ、リディア、俺のお誕生日もお祝いしてくれる?プレゼントはいらないからさ、妹におめでとう!って言われたい」

 ユースお兄様にとって、私はすっかり妹になってしまったようだ。
 別に不快感があるわけではないから、よいのだけれど。
 お誕生日ならちゃんとお祝いはしたいし、できることならちゃんとプレゼントも用意したいとは思う。

「ユースお兄様は、お誕生日、いつなんですか?」
「祝ってくれるの!?えっとね、今日、11の月の23日が、兄上の誕生日だろ?で、来月が12の月、その次は年が明けて1の月になるんだ。で、2の月、3の月、4の月ときて……」

 この世界の暦をまだきっちり理解できていないことを、ユースお兄様はご存知だったのだろうか。
 指を使いながら、わかりやすく説明してくれる。

「で、5の月の21日が俺の誕生日!」

 とってもわかりやすかったのだけれど、随分と先だなぁと思う。
 私、ちゃんと、覚えていられるだろうか……

「誕生日の日は、絶対帰って来るから、おめでとうって言ってね?」
「は、はいっ、もちろんです!」
「で、リディアの誕生日は?」
「え?」
「リディアはいつ?」

 お祝いしなきゃ、なんてユースお兄様は笑っているけれど、私は困ってしまった。
 もちろん私にだって生まれた日というものはあるのだけれど、生まれた場所は当然ながらこの世界ではないため、暦が違う。

「そうね、そういえばリディアの誕生日、私たちも知らないわ」
「この世界と日付の数え方は同じなのかな?」

 ママとパパも気になってしまったらしい。
 向こうの世界での誕生日なら言えるけれど、それがこの世界のいつになるかは正直私もよくわからない。

「向こうでは、いつだったんだ?」
「えっと、水の月の8の日で……」
「それって、いつ?」

 ジーク様の問いに答えてはみたものの、あまりに暦が違うせいか、みんなちょっと困ってしまったようだ。

「こっちに置き換えたらいつ頃になりそう、とか、なんかわかんないの?」
「えっと、その……」
「季節はいつ頃だったとか。その……水の月、が何番目の月だったとか、そういうのがわかればこっちの世界の近い日付をあてれるんじゃないかな?」

 ユースお兄様の言葉に困った私に、おじ様が助け船を出してくれる。
 でも、そもそも季節も違いそう……だって、あの日、向こうは新月だったのに、たどり着いたこの世界では、きれいな満月が出ていて……
 そこで、私はハッとする。

「私がここに来た日、あの日が向こうでは、私の15歳の誕生日でした」

 とはいえ、何月何日にここに来たか、なんてわからないのだけど。
 そう思っていると、なぜかユースお兄様も、おじ様も、ママも、パパも、一斉にジーク様を見た。

「9の月の、15日ですね、確か」

 ジーク様は、私が現れたあの日の日付を、ちゃんと覚えていてくれたんだ……

「なら、リディアの誕生日は、9の月の15日ね!」
「来年はみんなで、盛大にお祝いしようか」

 ジーク様のお誕生日だったこの日、私にこの世界でのお誕生日ができた。





 ***

 思い思いに騒ぐだけ騒いで、パーティーはお開きになった。
 まあ、たまにはこういう日も悪くないだろう、とは思う。
 何より、リディアにとって弟、ユースとの出会いは、よい変化をもたらしたように思う。
 リディアは今日、ユースによってほぼ無理矢理にあれこれ食べさせられたことで、今までは手も付けなかったさまざまな料理に興味を示した。
 また、ユースの押しに負けたのか、大勢で食事する空気がよかったのかはわからないが、いつもよりたくさん食べていたように思う。
 そして一番の収穫は、リディアの誕生日がわかったことだろう。
 俺は全く気にも留めていなかったその日を、ユースは祝いたいと言及した、だからこそこうして明らかになった。
 俺には到底、できなかったことだ。

「俺は、こんなにも祝ってもらっているのにな……」

 目の前には叔母上に貰った箱がある。
 叔母上もリディアも言及しなかったけれど、これは紛れもなくハンカチの刺繍が完成するまでの、リディアの失敗作なのだろう。
 まるでアルファベットには見えない刺繍、刺繍のせいでハンカチがよれてしまっているもの、ほんの少しアルファベットに見えなくもないもの……
 1つ1つ比べて見てみると、リディアの成長が手に取るように見えてくる。
 これを見せた時の叔母上は、嬉しいだろう、と問いかけているようだった。
 指先にたくさん貼られた絆創膏、たくさんの失敗作を経てようやく完成した1枚だったという事実。
 これほど一生懸命に用意されたものだとわかって、嬉しくないはずなどなかった。

「しかし、もったいなくて、使えないな……」

 使った方が、きっとリディアは喜ぶだろう。
 俺が使っている姿を見て、きっと顔をほころばせて笑うのだろうと、容易に想像がつく。
 けれども、使ってしまうのは非常にもったいなくて、大切に仕舞い込んでおきたいと思ってしまう。
 結局リディアがエルロード邸に通ったのは、前回も今回も俺に渡すもののためだった。
 そして、おそらく、料理をしようとしたあの時も……
 だが、好きなことは何でもさせてやりたいと思うものの、料理だけは難しそうだ。

「料理をするたびに爆発を起こされたんじゃ、さすがに邸がいくつあっても足りないしな……」

 残念だが、こればかりは諦めてもらうしかないかもしれない。
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