世界よ優しく微笑んで

えくれあ

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ep.025 憂虞

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「こ、これを私に、ですか……?」
「こんな高価なものをいただけるなんて……っ」

 使用人たちは皆一様に、まずリディアのすぐ後ろにいる俺に了承を得るような視線を向けて来たものの、俺が了承の意を見せればミア同様感激の面持ちでリディアが差し出した原石を受け取っていく。
 次々と述べられる感謝の言葉に、リディアはとても嬉しそうに応えている。

「わ、私に、こ、これを……?」
「はい。あ、ひょっとして別のものがよかったりしますか?」
「いえ、滅相もございません!!」

 皆、数ある様々な種類の宝石から、リディアが自分にと選んだものであることも重要なのだろう。
 決して他の使用人が貰った石を羨むようなものはおらず、皆自分はこれだったとはしゃぎながら自慢しあっている。
 しばらく邸の中は、この話題で賑やかなことだろう。

「これで全員だな」
「はいっ!皆さん喜んで受け取ってくださって、よかったです!」

 リディアは非常に満足そうだ。

「でも、まだこんなにたくさん……」
「あとは持っておけ。何かに役立つ日も来るだろう」
「そう、ですかね……あ!重いですよね?早く戻りましょう!」

 俺にとってはそこまでではないのだが、リディアは俺を気遣って、小走りで部屋へと戻っていく。
 部屋に戻ったら、実はまだ見せるものがたくさんあるのだが、リディアはまだそれを知らない。
 また、驚くことだろう、そう思いながら俺はリディアを追いかけた。





 ***

「い、いりませんよ、そんなのっ!!」

 たくさんの宝石だけでもびっくりしたのに、ラルセン伯爵様がお詫びにと送ってきたのはそれだけではなかったそうで。
 ジーク様に差し出された1枚の紙、内容は全く読めないけれど、なんと宝石の鉱山の権利書なのだそう。
 そんなもの、私が貰って、いったいどうしろというのか。

「ルビー鉱山の権利書ですね。この鉱山で取れたルビーは、全てお嬢様がお好きにできますよ」
「そ、そんなこと言われても困ります……っ!」

 こんなもの、何の知識もない私に、管理しきれるわけないではないか。
 いったい何を考えて、こんなものを送ってきたんだろう。
 最早お詫びよりも、嫌がらせなのではないかと疑いたくなる。

「この鉱山はかなり価値のあるものだぞ」
「これも持っていて損はないとでも……?」
「まぁ、損はないだろう、多少管理は面倒だろうが」

 やっぱり面倒なものなんじゃないか、尚更そんなものを貰っても困る。

「ここはかなり良質なルビーが採れたはずです、人を雇って管理を任せたとしても、採掘したルビーを売れば十分な収益を得られると思いますよ」
「そんなこと、したくありません……」

 ルイスさんの説明を聞いても、全く嬉しいとは思わない。
 私は完全に困り果てているのに、ジーク様はそんな私を見てどこか楽しそうだ。

「というか、お詫びなら、本来私宛てではなくて、ジーク様宛てではないんでしょうか?」

 ジーク様が、この間のことで抗議したからお詫びが届いたみたいだし。
 こういうのって、お邸の当主様に届くものではないのだろうか。

「旦那様にもちゃんと届いておりますよ」
「ああ、俺にはエメラルド鉱山とサファイア鉱山、で、おまえにはルビー鉱山とさっきの原石だ」
「よほどシュヴァルツ家に睨まれるのが怖かったのでしょう」
「ああ、ご機嫌取りに必死なようだ」

 そう言ってジーク様とルイスさんは笑っているが、私は笑えない。
 なんというか、規模が違いぎる、貴族ってやっぱりすごい。

「じゃ、じゃあ、これもジーク様に差し上げます。私が持っていても、しょうがないですし」

 宝の持ち腐れ、というのはこのことだろう。
 自分で管理する知識は全くないし、誰か人に任せて、というのも上手くやれる気がしない。

「面倒ごとを、全て俺に押し付けようと?」
「う……っ、それは、その……」
「大丈夫ですよ、お嬢様。旦那様は元々いくつか鉱山を管理されていらっしゃいます。少し増えたところで、手間はたいして変わりません。それに侯爵家の収入は増えますから、旦那様にとっても悪い話ではないかと」

 ルイスさんが優しく丁寧に説明してくれる。
 つまり、私が持っていたら困り果ててしまうこの権利書も、ジーク様にはそうでもないということで。

「じゃあ、やっぱりこれは、ジーク様が!」
「まあ、そうなるだろうとは思っていたがな」

 くくっと笑いながら、ジーク様はようやく権利書を受け取ってくれた。
 予想されていたのなら、最初から私に渡さず管理してくれてればよかったのに。

「ルイス、リディア名義の口座を1つ用意してくれ」
「え……?」
「管理は俺がするが、この鉱山の権利はおまえのものだ」

 ぽんぽんっと権利書で、頭を叩かれる。

「このルビー鉱山の収益は全て、リディアの口座に振り込まれるように手配しろ」
「かしこまりました」
「ええっ?ジーク様が管理なさるのだから、全てジーク様のものですっ!」
「俺も他に2つもらったんだ、そんなに必要ない」
「でも、お金なんて、それこそあって困るものでは……」
「ああ、だからおまえが持っておくといい」
「そういうわけにはいきません!だって、私は何もしないのに……」

 そう言うと、なぜかジーク様はため息をつく。

「なら、こうしよう、管理費用として収益の一部は俺がもらう。残りは全ておまえの口座に振り込む。それならいいか?」
「それなら、まあ……」

 正直、あんまりよくはないけれど。
 本当は、全てジーク様のものでいいのだけれど。
 私はこの家で、お世話になっているだけの身なのだし。
 でも、これ以上はジーク様も譲歩してくれない気がして、結局この提案を受け入れてしまった。

「まったく、本当に欲のない……」

 ジーク様は呆れたようにおっしゃるけれど、それならジーク様だってそうなのではないだろうか。
 私が権利ごと渡すと言ってるのだから、そのまま貰ってしまえばいいのに。
 そもそも、ジーク様がラルセン伯爵様に抗議していなければ、送られてこなかったものなのだから。

「お嬢様、気分転換にこちらをご覧になりますか?」

 そう言って、ルイスさんがことりと机の上に小さな箱を置いた。

「これは……?」
「開けてみればわかる」

 ジーク様がそうおっしゃるので、おそるおそる開ける。
 すると、キラキラ輝く眩しい光が目に入ってきた。

「これ……っ」

 青い宝石がはめられた、銀色の細工の髪飾り。
 この細工には、とっても見覚えがある。
 ジーク様と出かけた時に見た、カフスボタンと同じだ。

「ようやくできたらしいな」

 思っていたよりも、ずっとずっと素敵だ。
 けれど、使ってしまうのは非常にもったいない、このままずっと飾って眺めていたい。

「ちゃんと使えよ」

 まるで心の中を読まれたかのようなタイミングでそう言われ、ドキッとしてしまう。
 けれど、作った職人もその方が嬉しいはずだ、なんて言われてしまえば、頷くしかない。
 いつかあのおじいさんに、つけているところを見てもらいに行けたらいいな、なんてぼんやりと思う。

「は、はい、大切に使います」
「他にも、注文していた服も届いているぞ、もちろん、ローブも」
「えっ!?」

 思わず立ち上がると、ジーク様がくすっと笑う。
 恥ずかしくなって、そのまますとんと腰を落として座りなおした。
 すると、ジーク様がルイスさんの方を見る、それが合図だったのか、ふわりと目の前にローブが広げられた。

「すごい……」

 ここまで再現してくれるなんて、びっくりだ。
 お母様が着ていた憧れのローブに、本当にそっくり。

「それを着るためには、もっと大きくならないとな」

 一般的な成人女性が着られるようなサイズで、作ってもらえるようにお願いした。
 ジーク様に相変わらず見た目は10歳程度、と言われる私では、到底着れないだろうサイズである。

「たくさん食べて、早く大きくなれ」
「は、はい……」

 たくさん、と言われても限界はあるのだけれど。
 でも、早くこのローブが着られるくらい成長したいと思った。





 ***

「本当に、ありがとうございました」

 リディアは他に届いた洋服はちらっと見た程度で、大きすぎてまだ着ることのできないローブだけを大事そうに両腕に抱えている。
 本当に幸せそうに笑う姿を見る限り、相当嬉しかったようだ。
 このローブを着た姿が見れるのは随分と先になりそうだが、この表情を見れただけでも、十分に購入した価値はあったと思う。

「明日は久々に剣術の訓練でもするか?」
「いいんですか!?」

 これもまた瞳が輝いて、嬉しそうだ。
 叔母上の家にいる間にやっていたわけがないだろうから、随分と久しぶりになってしまったためかもしれない。

「あ、そうだ、明日、その後に馬車をお借りできたりしますか……?」
「馬車?」
「は、はい。ママ……いえ、母のところに行こうと思っていまして……」

 俺は驚いて、言葉を失ってしまった。
 戻ってきたばかりですぐ、また叔母上のところへ行くと言うとは、さすがに思わなかった。
 もちろん近いのだし、たまには会いに行ったりもするだろうとは思っていたが。
 ついさっきまで一緒に居たはずなのに、また会いに行くほど、会いに行きたいと思うほど、叔母上たち、もしくはエルロード家の邸が気に入ったということか。
 もしかしたら、ここに居るよりも、向こうの方がいいのかもしれない。
 いつか、言われるのだろうか、両親と共にエルロード家の邸で暮らしたいと……
 そうなれば、リディアに会う機会は、ほとんどなくなるだろう。
 仮にも両親である叔母上たちがいる家なら、ここに住むとしてもなにかと通う理由はあるだろう。
 だが、逆ならば、所詮関係性としては従兄という立場でしかない俺の元へ、頻繁にリディアが通う理由などないだろう。
 俺はリディアを笑って送り出せる自信がない、ここに居ろと、引き留めてしまいそうだ。

「あ、あのっ、やっぱり、ダメでしょうか……?馬車ですぐって言われたものの、馬車なんて持っていないことを、すっかり忘れていて……」

 俺が黙り込んだせいか、リディアが不安そうな瞳をしている。
 どうも、俺が何も言わないのは、馬車を貸せないせいだと思ったらしい。

「と、とりあえず、明日は歩いて行って、父と母に相談してみますね」
「家の場所はわかっているのか?」
「え、っと……」

 馬車に乗っていたら、いつの間にか着いていただろう。
 道などちゃんと覚えられたはずがない。

「地図を書いてもらえたら、その、たぶん……」
「馬車ですぐと言っても、歩くと結構な距離だ。馬鹿なことは考えなくていい。馬車くらい好きに使ってかまわない」
「あ……ありがとうございます」
「今後いちいち俺に許可を得る必要もない、使いたい時にルイスかミアにでも言って、用意してもらうといい」

 リディアがほっとした表情を浮かべ、再度俺に礼を述べる。
 だが、今の俺は、その表情を見てもあまり喜べなかった。



 翌日、剣術の訓練を終え、おそらくは昼寝も済ませたのだろうリディアが、馬車の方へと駆けていくのがちょうど執務室から見えた。
 そして、それは剣術の訓練は行わなかったその翌日も、さらにその翌日もと、数日の間続くこととなった。
 リディアはいつも、夕食時までには必ず戻ってきて、夕食は以前と同様に俺と共に取ってはいるけれど。
 本当はずっと叔母上たちと過ごしたいと思っているのに、言えずに困っているのかもしれない。
 ならば、いいかげん、俺から切り出してやらねばなるまい、そう思った時だった。

「お嬢様がお戻りになったようです、こちらにお通ししてもよろしいですか?」

 ルイスがそうして、訊ねてきた。
 もうそんな時間だったか、と時計を見れば、いつもより随分早い。
 それに、戻ってもいつもは俺を訪ねて来ることはないはずだ、どうせ夕食時に顔をあわせるのだから。
 何か大事な話があるのかもしれない、真っ先に浮かぶのは先ほどまで考えたいたことだ。
 リディアからそれを言われるのかもしれない、そう思うだけで先ほどの決意が揺らぎそうだ。

「後に、していただきますか?」

 俺の様子がおかしいと感じたらしいルイスが、気遣うようにそう言う。
 だが、後回しにしたところで、何も解決はしないだろう。

「いや、かまわない」
「かしこまりました、お連れいたします」

 ルイスが一礼をして、部屋を出ていく。
 俺は目を閉じて、リディアが来るのをただじっと待った。
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