グッバイ運命

星羽なま

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#14.絶望-2-

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 自分の感情を尊重することができたなら、何かが変わったのだろうか。
 もう一人の父親だと父が見知らぬ男を連れて来た時、嫌悪感と不快感を抱いていたが、嬉しいと好意的なフリをした。
 その男が急に父の元へ現れ番解消手術を強要したと知った時、男にはもちろん、父にもなぜ受け入れたのだと憤りを感じていたが、何も言わず父の決断を尊重した。
 悠透が見知らぬ多数の人と体を重ねた事実を突きつけられた時、嫉妬や喪失感、不安で狂いそうになったが理解あるフリをした。
 悠透が自殺しようとしていることを知った時、ふたりで生きたかったが、同じ道を選んだ。
 全て父に、悠透に嫌われないようにと選択したもの。
『幸せになってほしい』
 父はそう言ったが、自分の性格では元々幸せになることは不可能だったのだと思い知らされる。
 運命の番が現れなかったとしても同じこと。
 自分自身がどこかで変わらなければいけなかった。
 しかし変わらなかったことを誰かのせいにしてしまいたいことも事実である。
 琉志が愛する人はいつも、勝手に決断してしまう。
 琉志は父が死ぬなら死ぬし、悠透が死ぬなら死ぬ。愛する人がいない世界に価値などないから、いつだってその人に着いていく選択をした。
 父は琉志ではない誰かの為に、自分の正義の為に、命を落とす危険性があると知りながら、琉志に何も言わず手術を受けた。
 悠透は自分が楽になる為に、琉志が幸せだと勝手に決めつけて、知らない間にこの世から消える決断をした。
 琉志だけが世界に取り残されてしまうような道を簡単に選んでしまう。
 そして琉志が気づいた時には、父も悠透も明日を諦めたような目をしていて、もう手遅れなのだと気づかされた。
 その目を見てしまうと、本音を声に出そうと考える気すら起きなかった。
 それでも伝えることができたなら、良くも悪くも何かを変えられたのかもしれない。
 今なら本音をぶつけなかったことを後悔できる。
 生きているうちに後悔できたのなら、幸せになることも可能だったのだろうか。



 未だ琉志の世界は暗闇だが、不思議と楽に呼吸ができている感覚がする。
 死の世界など知る由もなく、既にその世界にいるのではないかと思い始めた。
 そう思った途端、脳内には不鮮明な映像が流れ始めた。

「リュウジ起きて。そろそろ準備しないと新幹線間に合わないよ」
「どこ行くの?」
「寝ぼけてるな~。大阪に旅行行くんでしょ。四連休だからって、新幹線も宿も予約したじゃん」

 悠透の姿形は認識できるものの、時折顔にもやがかかる。声色から気分が良いのだと分かるが、表情は定かではない。
 視界に入るもの全てに色はなく、自分だけが異物だと感じる。

「今日は大阪着いたらすぐ旅館に向かおう。夕食楽しみだなー、美味しい酒も呑みたいな。明日は食べ歩き行こうな。琉志食べるの好きだし」
「でも…」
「もう気にしなくていいんだよ」

 その声と同時に場面は切り替わる。
 先程まで二人でベッドにいたが、琉志は一人でソファに座ってテレビを見ていた。
 景色に色がつき、今いる場所は悠透が住むマンションだと理解する。
 少しすると玄関の扉が開く音がして、琉志は立ち上がって玄関に足を向かわせる。
 玄関にはスーツを着た悠透の姿があり、若干着崩れていて、顔は疲れているように見える。

「おかえり」
「ただいま…」

 声にも疲れが現れていて心配になる。
 鞄とジャケットを受け取ろうと悠透の体に近づく。
 ジャケットから妙に香水の匂いがして、脱がせるとワイシャツからは知らない人間の汗の匂いもする気がした。
 そこで今日はがある日だったのだと知らされる。

「ご飯は?」
「腹減ってないけど…なんか作ってたりする?」
「いや今日何も作ってなくてさ。あ、でもご飯抜き過ぎはよくないからなー」

 悠透は接待の日、食欲がないのか絶対に夜飯を食べない。
 知っていたら悠透の分は作らなかったのに…
 そう心の中で思いながらキッチンへ行き、悠透に気づかれる前に、オムライスが乗った皿にラップをかけて冷蔵庫へ入れた。

「リュウジご飯準備してた?」

 悠透が風呂に入った後、水を飲もうと冷蔵庫を開けるとオムライスの存在に気がついた。

「あー、それ朝食べるために準備しただけだよ」

 朝食べるなら二人分あっていいものの、一人分しかないのだから我ながら無理がある嘘だと感じる。

「そうなんだ。腹減ったんだけど、食べてもいい?」
「え…うん。あっためようか?」
「それくらい自分でやるから大丈夫、ありがとう」

 悠透は気を遣わせたのだろう。腹なんて減っていないのに、準備していたと確信してそう言ったのだ。
 電子レンジで温めた後、一口目を大きな口をあけて頬張っていた。
 その後も美味いと言いながら黙々と食べ進め、綺麗に平らげた。
 その姿を見ると作ってよかったと心が満たされた。

 ふたりは寝る準備を済ませるとおやすみと言い、悠透はリビングから繋がる部屋の扉を、琉志は廊下へ繋がる扉を開いて別れる。
 毎晩同じベッドで寄り添って眠ることはなく、悠透はリビングの隣の部屋、琉志はリビングを出てすぐ左にある部屋で、それぞれ就寝する。
 そして土曜日と日曜日のみ、同じ夜を共にしている。
 寝る時間が異なるだろうからと提案されたが、実際は確実に接待がない日がそこしかないからだと気づいている。
 一人に寂しさを感じながら、琉志は目を閉じた。
 暑さのせいか汗の気持ち悪さを感じ、わずか二時間ほどで目を覚ます。
 水分を取る為リビングに行こうと部屋の扉を開けると、トイレの明かりが付いていることに気づく。

「ゔ ゔ 、お゙ え゙ っ」

 悠透が嘔吐している、生々しい声と音が聞こえた。
 接待の疲れから食欲がなかったにも関わらず、無理して飯を食べさせたからだと自分を責めた。
 しかし悠透がこうなっていることを知ってはいけない。
 隣で背中をさすることすらできず、琉志は部屋の扉を静かに閉めてベッドに戻ると涙を流した。



 映像は途切れ、再び琉志の脳内は真っ黒になる。
 流れていたのは夢と現実。ふたりが一緒に住み始めた未来の話だと解釈した。
 もし同棲していたなら、結果は最後に見た状況しかなかったのだ。
 互いが気を遣うだけの生活しか待ち受けていなかった。
 思い描いていた世界は不鮮明で、後者の鮮明さが現実味を増していた。
 悠透が苦しむ顔を、姿を何度も見るくらいなら、やはり諦めてよかったのだと感じた。
 そう結論を出したのに、僅かな目の隙間から光が嫌と言うほど入り込む。
 徐々に目を開くと蛍光灯の光が眩しかった。
 そしてすぐそこには自分の名前を呼ぶ悠透の姿があり、手に温かさを感じた。
 死ぬ前より曇りがなくなった悠透の瞳から、思わず目を逸らした。
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