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#13.希望-1-
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次目を開いた時には、自分が病室のベッドにいるのだとすぐに理解できた。
右側にある窓のカーテンの隙間から光が差し込み、既に朝を迎えているようだった。
その僅かな光を無気力に見つめた後、左側に人の存在がある事に気がつく。
顔をそちらに向けて見ると、椅子に座りベッドに顔を伏せるようにして眠っている男の姿があった。
いつも見ている、身だしなみが整えられた姿ではなく、服装はスウェットに髪は無造作で、急いで駆けつけてくれたのだと見て取れる。
これほど世話になっても、この人に悠透は何も返してあげられない。
ベータは立場が特別高いわけではないが、皆平穏に、むしろ幸せそうに生きている。
だがこの人だけは、何故か生きづらそうなのだ。
これまで会社にも尽力し沢山苦労して来ただろうに、いつ報われるのだろうか。
せめて、将来誰よりも幸せになってほしいと思う。
「萩谷さん」
喉が痛く、出した声は掠れていて、ほとんど息を吐いているだけのようだった。
近くの人にも聞こえるか怪しいほどだが、横で寝ていた萩谷課長は、その声で目を覚まし勢いよく体を起こした。
何も言わず悠透の目を見つめ、哀しみとも喜びとも取れるような曖昧な表情を浮かべると、ゆっくりと腕をこちらへ伸ばして頭にそっと手のひらを乗せた。
萩谷課長の重みがある手に安心したからか、悠透の目からは涙が一粒こぼれ落ちた。
「もう一人はまだ目覚ましてないけど、命に別状はないって」
萩谷課長は悠透の頭から手を離すと、琉志の状態について僅かな情報を教えてくれた。
命に別状がないとはいえ、詳細が不明なことに不安を覚える。生活に支障が出るほどの後遺症が残ってしまったとしたら…そう考えると手が震え始めた。
萩谷課長は悠透の不安を取り除くかのように、震える手を覆うようにして握りしめてくれた。
ふと、自分は恵まれていたのだと気がつく。
死ぬ前の日、萩谷課長が隣にいて、弱い自分を曝け出して少し心が楽になった。
死ぬ時、琉志が隣にいて、孤独感が一切なくなった。
生き延びた今、萩谷課長が隣にいて、安心感を与えてくれる。
どの局面でも、自分を想ってくれている人がすぐ隣にいて、独りではなかったのだ。
だが、琉志はどうだっただろう。
玖珂の存在はあったが、それは琉志の心の支えにはなっていなかったはずだ。
誰かに何も話すことができず、悠透にすら本音を言えず、死ぬという、人生を終わらせる決断を、自分の心中だけで消化するのはどれほど苦しかっただろうか。
今も暗闇を独りで彷徨っている琉志の隣に、自分はいなければいけない。
もう独りにしないと約束したはずだ。目を開いた時、独りではないと安心させてあげなければいけない。
「リュウ…ジ」
琉志の元へ行こうと体を起こしベッドから降りようとしたが、萩谷課長にすぐ止められてしまった。
しかし今すぐ行きたい悠透は、体に力が入らない状態で、離してと言いながら無意味な抵抗をする。
萩谷課長はベッド横にある呼び出しボタンを押すと、悠透の肩を掴む手に力を込めて目をじっと見つめてくる。
「まずは先生と話してから。大丈夫。おまえも相手も生きてる限り、遅かったなんてことはない。自分の容体を理解して一度落ち着いた上で、手を握ってあげればいい。目を覚ました時そんな哀しげな顔が見えたら、不安になるだろ」
そう宥められ、医者が来るのを大人しく待つことにした。
医者が来ると悠透は声が出せず筆談だったが、体調、精神状態についての質問に答える。
自殺未遂の場合、措置入院になることもあるが、オメガの場合は入院にならない事がほとんどだという。
数が多く受け入れきれないと説明したが、実際はオメガを受け入れたくないのが本音だろう。
全身に若干の怠さは残るが、問題なく体を動かすことができ、その後諸々の検査を受けると脳などに異常は見当たらなかった。
後遺症は後々出てくるかもしれないが、悠透は軽症だった為可能性は低いらしい。
琉志はというと、命に別状はなく目も覚ますだろうが、後遺症は何か出るかもしれないと言われた。
医者の言葉から、琉志は悠透より重症なのだと理解し心臓が縮む。
悠透が選んだ道に琉志はついて来ただけなのに、自分の方が軽いなど許されることではないと、悠透は自己否定に陥る。
拭いきれない負の感情を抱えたまま琉志の病室へ行き、未だ眠る琉志の顔を確認する。
いつもは悠透と違って血色感があり、健康的な肌色をしているはずだが、今は青白く見える。
本当に目を覚ますのかと不安になり、思わずここまで付き添ってくれた萩谷課長の腕を掴んだ。
「俺はそろそろ帰るよ」
萩谷課長はそう言うと、悠透の手をそっと解いて帰ってしまった。
おそらくこれは萩谷課長なりの優しさだ。
悠透が琉志を安心させなくてはならないのだから、誰かに甘えてばかりでは意味がない。
変わるべき機会を与え、今度は琉志を支えてあげる番だと背中を押してくれたのだろう。
今はただ、琉志が目を覚ますことを信じ、手を握ってひたすら待つしかなかった。
右側にある窓のカーテンの隙間から光が差し込み、既に朝を迎えているようだった。
その僅かな光を無気力に見つめた後、左側に人の存在がある事に気がつく。
顔をそちらに向けて見ると、椅子に座りベッドに顔を伏せるようにして眠っている男の姿があった。
いつも見ている、身だしなみが整えられた姿ではなく、服装はスウェットに髪は無造作で、急いで駆けつけてくれたのだと見て取れる。
これほど世話になっても、この人に悠透は何も返してあげられない。
ベータは立場が特別高いわけではないが、皆平穏に、むしろ幸せそうに生きている。
だがこの人だけは、何故か生きづらそうなのだ。
これまで会社にも尽力し沢山苦労して来ただろうに、いつ報われるのだろうか。
せめて、将来誰よりも幸せになってほしいと思う。
「萩谷さん」
喉が痛く、出した声は掠れていて、ほとんど息を吐いているだけのようだった。
近くの人にも聞こえるか怪しいほどだが、横で寝ていた萩谷課長は、その声で目を覚まし勢いよく体を起こした。
何も言わず悠透の目を見つめ、哀しみとも喜びとも取れるような曖昧な表情を浮かべると、ゆっくりと腕をこちらへ伸ばして頭にそっと手のひらを乗せた。
萩谷課長の重みがある手に安心したからか、悠透の目からは涙が一粒こぼれ落ちた。
「もう一人はまだ目覚ましてないけど、命に別状はないって」
萩谷課長は悠透の頭から手を離すと、琉志の状態について僅かな情報を教えてくれた。
命に別状がないとはいえ、詳細が不明なことに不安を覚える。生活に支障が出るほどの後遺症が残ってしまったとしたら…そう考えると手が震え始めた。
萩谷課長は悠透の不安を取り除くかのように、震える手を覆うようにして握りしめてくれた。
ふと、自分は恵まれていたのだと気がつく。
死ぬ前の日、萩谷課長が隣にいて、弱い自分を曝け出して少し心が楽になった。
死ぬ時、琉志が隣にいて、孤独感が一切なくなった。
生き延びた今、萩谷課長が隣にいて、安心感を与えてくれる。
どの局面でも、自分を想ってくれている人がすぐ隣にいて、独りではなかったのだ。
だが、琉志はどうだっただろう。
玖珂の存在はあったが、それは琉志の心の支えにはなっていなかったはずだ。
誰かに何も話すことができず、悠透にすら本音を言えず、死ぬという、人生を終わらせる決断を、自分の心中だけで消化するのはどれほど苦しかっただろうか。
今も暗闇を独りで彷徨っている琉志の隣に、自分はいなければいけない。
もう独りにしないと約束したはずだ。目を開いた時、独りではないと安心させてあげなければいけない。
「リュウ…ジ」
琉志の元へ行こうと体を起こしベッドから降りようとしたが、萩谷課長にすぐ止められてしまった。
しかし今すぐ行きたい悠透は、体に力が入らない状態で、離してと言いながら無意味な抵抗をする。
萩谷課長はベッド横にある呼び出しボタンを押すと、悠透の肩を掴む手に力を込めて目をじっと見つめてくる。
「まずは先生と話してから。大丈夫。おまえも相手も生きてる限り、遅かったなんてことはない。自分の容体を理解して一度落ち着いた上で、手を握ってあげればいい。目を覚ました時そんな哀しげな顔が見えたら、不安になるだろ」
そう宥められ、医者が来るのを大人しく待つことにした。
医者が来ると悠透は声が出せず筆談だったが、体調、精神状態についての質問に答える。
自殺未遂の場合、措置入院になることもあるが、オメガの場合は入院にならない事がほとんどだという。
数が多く受け入れきれないと説明したが、実際はオメガを受け入れたくないのが本音だろう。
全身に若干の怠さは残るが、問題なく体を動かすことができ、その後諸々の検査を受けると脳などに異常は見当たらなかった。
後遺症は後々出てくるかもしれないが、悠透は軽症だった為可能性は低いらしい。
琉志はというと、命に別状はなく目も覚ますだろうが、後遺症は何か出るかもしれないと言われた。
医者の言葉から、琉志は悠透より重症なのだと理解し心臓が縮む。
悠透が選んだ道に琉志はついて来ただけなのに、自分の方が軽いなど許されることではないと、悠透は自己否定に陥る。
拭いきれない負の感情を抱えたまま琉志の病室へ行き、未だ眠る琉志の顔を確認する。
いつもは悠透と違って血色感があり、健康的な肌色をしているはずだが、今は青白く見える。
本当に目を覚ますのかと不安になり、思わずここまで付き添ってくれた萩谷課長の腕を掴んだ。
「俺はそろそろ帰るよ」
萩谷課長はそう言うと、悠透の手をそっと解いて帰ってしまった。
おそらくこれは萩谷課長なりの優しさだ。
悠透が琉志を安心させなくてはならないのだから、誰かに甘えてばかりでは意味がない。
変わるべき機会を与え、今度は琉志を支えてあげる番だと背中を押してくれたのだろう。
今はただ、琉志が目を覚ますことを信じ、手を握ってひたすら待つしかなかった。
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