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#11.バッドエンド-1-
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今日は十二月十四日、ふたご座流星群が極大を迎える日だという。
悠透と琉志にとって、ふたご座流星群が流れる日は、大切で特別な日である。
悠透は午後になると、重い体を起こして買い物に出た。この日を選んで、ある物を買いに行っていたのだ。
買った物を持って溜め息を吐きながら帰宅し玄関を開けると、目に飛び込んできた光景に衝撃を受けた。
まだ後ろ姿しか見えていないが、家の中に、今一番…いや、ずっとずっと、会いたかった人の姿があった。
「リュウ…?」
名前を呼ぶと琉志はこちらを向き、悠透は荷物を手放し勢いよく琉志の身体を抱きしめた。
若干だが筋肉が落ちたのか、体の厚みが減ったような気がした。それでもちゃんと筋肉が付いている、安心する大好きな身体だ。
あまり変わっていなくて安心…そう思ったのも束の間。全く安心できる状態ではなかった。
琉志の首は通常の肌の色と比べると異常に赤く、頬には引っ掻いたような傷が二本あった。
この数ヶ月で何があった?あの男はどうした?何故ここに来た?まさか逃げて…
冷静にこの状況を考えると、疑問に思う事が山ほど出てくる。
「後から話すよ」
琉志にそう言われ、とりあえず二人でリビングに行った。
自分の家に琉志が居て、しかも一緒にソファに座って手を繋いでいる。またこうできる日が来るなんて、もう二度と来ないと思っていた為感動してしまう。
琉志は襟足の髪の毛を伸ばしていて、悠透は琉志のうなじを何度も噛んで傷つけた、自分のしでかしたことを思い出す。
綺麗な身体に傷跡が残ってしまったら、それのせいで番の人と上手く行かなかったらと、あの日衝動的に行動したことを何度も後悔し、自分を責めた。
故に、悠透が付けた傷はもう治っていると知って心底安心した。
それと同時に、琉志のうなじには、あの男の噛み跡だけが残ってるんだという、醜い嫉妬の感情も湧いた。
しかしそんな嫉妬の感情は、一瞬にして殺意へと変わった。
「この六ヶ月くらいどうだった?話したくないならいいんだけど」
「あの日、ユウトと別れてから三ヶ月くらい経った頃に──」
琉志は、悠透と別れてから玖珂という、番関係になった男と会ってからの出来事を淡々と話し始めた。
その男と色々な場所へ訪れ、いわゆるデートをしたらしい。
悠透と琉志は互いにオメガで、気にしすぎな性格も相まってどこにも行けなかった。琉志は今まで見たことのない景色を、たくさん見れたのだろう。
琉志の番は、琉志の気持ちが多少揺れ動くくらいには、優しくて尽くす男なのだという事が伝わった。
それなのに、どうして怪我をしているのか。どうしてここに来たのか。
再び疑問を抱いた時だった。
「気づいたら首を絞められてた」
「え…」
「優しかったのが全部嘘だったのかはわかんないけど、いつも殺意はあったのかもしれない。まあ、俺にもユウトがいたように、あっちにも恋人がいて。番解消したい気持ちはわかるから」
その時琉志が抵抗しなかったら、琉志の力が弱かったら…今ここに、この世界にいなかったかもしれない。もう二度と、会えなかったかもしれない。
そう考えると、寒気がして鳥肌が立つ。
そして玖珂という男に、大きな殺意が湧いた。
琉志は殺されかけたというのに、気持ちはわかると言い、責めることはなかった。
これほどお人好しな人間と三ヶ月も一緒にいて、その優しさに気づかないわけがない。
しかし玖珂の殺意は無くなることなく、実行したのだ。
琉志には言えなかったが、玖珂の優しさは最初から全て偽りだったのだろうと思う。
そんな人間のゴミみたいな奴に、生きてる価値など微塵もないと感じた。
「リュウを騙してたことも、傷つけたことも、殺そうとしたことも、リュウが許せても俺は許せない。一生。リュウの未来を奪うような奴、殺して、俺も死ぬ」
「なあユウト」
「なに」
「俺と一緒に死のう」
「は…?」
悠透が玖珂を殺したいと、そして自分も死ぬと言ったのは本気だった。
悠透の目を真っ直ぐに見つめ、優しい声色で言い放った、一緒に死のうという琉志の言葉もまた、おそらく本気だ。
真剣だということだけは伝わるが、その真意までは読み取れなかった。
「ユウトはさ、この六ヶ月どうだった?」
「や、そんなことより…」
「いいから。俺も話したんだし。楽しかった?」
「いや…」
先ほどの言葉に触れたかったが、琉志に強引に話を逸らされてしまう。
「楽しくなかった?」
「うん」
「仕事っていうか、あれは続けてる?」
「続けてた。最近はあんま体調良くなくてしてないけど」
「そっか。あの日、別れた日。俺に幸せになれるって言ったけど…幸せ?今」
「幸せ…では、ない」
一度嘘でも幸せだと言おうか悩んだが、今の状態ではすぐに嘘だと見抜かれると思ってやめた。
それに今は、全て正直な感情で話さなければならないと思った。
「俺さ、おまえが幸せになれるって言うから別れたんだよ。別れたくなかったけど、仕方なく承諾した」
「うん…」
「でも幸せじゃないならさ、意地でも別れなければ良かったって思う。あのまま付き合ってても幸せになれなかったかもしれないけど…ユウトが一人で死のうとするくらいなら、そばに居ればよかった」
「え…」
「買ってきたの練炭だろ?そんなの使うような趣味ないだろうし。見た瞬間に部屋で死のうとしてたんだって気づいた。それとも俺早とちり?」
確かにこの日、悠透は自殺しようとしていた。
練炭コンロを通販で購入し、肝心の練炭を買い忘れていた為買い物に行っていたのだ。
琉志の姿を見て、手に持っていた練炭の事など頭から消えていたが、琉志はそれを見た瞬間から自殺する事まで気づいていたらしい。
「…いいや、合ってる」
「何で、死にたい?俺といた時から死にたかった?質問攻めでごめんだけど、知りたい。」
「何でって言われると、難しい。多分、急にその感情が来たわけじゃなくて、積み重なったものだと思う。自分の発情期が来る度に、自分がオメガだって突きつけられるし。リュウの発情期が来るたびに、アルファだったら…って」
「うん」
「俺はそこらのオメガみたいになりたくなかった。オメガが醜くて嫌いだったから。それなのに、出世の為に自分の体を売った。馬鹿にしてたオメガよりも、醜い人間になった。それは分かってたのに、やめられなかった。上に上にって思いすぎて、取り返しがつかなくなった」
「うん」
「リュウといる時も、仕事の時も、自分の性別がどんどん嫌になってって…日に日に劣等感だけが大きくなってた。死にたいって思う時も、ここ二年は何度もあった。これから生きてたとして、自分をどんどん嫌いになっていくのを想像して絶望した。最近は、リュウと一緒にいられなくて、余計苦痛だった」
「だったら…」
琉志と会えないと分かっている日々は、生きた心地などしなかった。
琉志も別れたくなかったのだから、それなら一緒にいれば良かったじゃないか、そう思って当然である。
しかしそれで解決できる程、簡単なことではなかった。
「俺はもう、リュウを傷つけることしかできないから。そんな自分が嫌になって、リュウといる日々も嫌いになる日が来る気がした」
「…うん」
「それに俺は臆病だから…おまえが手術するのも許せないし、手術しないでキスもセックスもしないのも、受け入れられない。リュウが幸せになる為に…別れる選択しかなかった。分かってたけど、独りになったら死にたい気持ちは強くなって。テレビで、今日はふたご座流星群がよく見える日って見た。なんか、この日の夜を一人で迎えたくなくて、今日死のうって思った」
死にたいという感情は簡潔に話せるものではなく、きっと話した内容もまとまっていないだろう。
そもそも考えの相違もあって理解し難いだろうが、琉志は理解しようと、手を握ったまま最後まで聞いてくれた。
「俺らさ、お互い幸せになる為に別れたのに、結局、最高に不幸になったな」
「うん…」
「今でも変わんない?俺がここに戻ってきて、今隣にいて…。それでも、死にたい?」
「変わんないかも…生きてたって、幸せは待ってないと思うから」
「俺をこの世界に残してまで、死にたい?」
「それ、は…今日死のうとしてたから、そうなる。かな」
「俺が手術するって言った時、死ぬかもしれないから嫌だって言ったよな。俺だって、ユウトがいない世界で生きたくないんだよ。買い物袋の中身が見えた時、息が詰まりそうになった。知らないうちに死んでたかもって、怖かった」
「ごめん…」
琉志は声と手を震わせながら、怖かったと言った。
自分も琉志が知らないうちに死んでいたかもと考えたら恐怖を覚えたはずなのに、琉志がずっと平気そうな顔をしていて、その感情に気づくことができず、不甲斐なさを感じる。
「でも、よかった。生きてて。死ぬまで一緒にいれる…玖珂さんじゃなくて、俺と一緒に死のう?」
琉志の話には脈絡が無く、また唐突に先ほどの言葉を持ち出され衝撃を受ける。
しかも琉志は真剣な雰囲気というよりは、どこか嬉しそうにして言ってきて、悠透は更に困惑する。
「待って、それは…」
「じゃあ、生きてくれんの?俺と一緒に。お互い苦しくなっても、死ぬまで一緒にいてくれる?」
その問いに、何の言葉も出てこなかった。
琉志が目の前にいるはずなのに、もうふたりの未来を思い描けなくなっていたからだ。
それなら生きている事に希望を見出すなど、悠透からしてみれば到底無理な話であった。
「それが無理なら、俺は今日、一緒に死にたい。だってさ、一生一緒にいたことになるんだよ。同じ日に好きな人と死ねるって、幸せじゃん。もうこの世にひとりぼっちになることもない」
琉志は悠透よりも、覚悟を決めた顔をしていた。
悠透の方はというと、琉志の言葉に怯み始めている。
琉志と一緒にこの人生を終わりにできるのなら、確かにこの上ない幸せだ。
しかし、こんな自分勝手な悠透に、素敵な言葉をかけて同じ道を進もうとする、健気すぎる琉志の命を奪うことが自分にできるのか…。
「ユウト、俺が死ぬって言ったらどうする?」
「俺も死ぬ」
「だよな」
琉志は困惑する悠透を見かねてか、答えを出すような問いかけをし、悠透の答えにだよなと笑ってみせた。
例えば今、ふたりで生きる選択をしたとして、いつか悠透が一人勝手に死ぬ事を想像できてしまったのだろう。
悠透自身もその道を選択してしまうのだろうと感じている。
しかしそれを、琉志は許してくれない。
もし逆の立場だったなら、自分も絶対に許せない為、返す言葉はなかった。
結局明確な返事はしなかったが、ふたりは今日、一緒に死ぬことになった。
「死ぬ前にさ、一緒に星が見たい」
「でもここだと夜も明るくて、そんなに見えないんじゃ」
「別に見えなくてもいい。ユウトと見れるなら」
琉志がそんな可愛いことを言ってくれるから、大学生の頃に住んでいた家に行くことにした。
実は悠透は今住んでいるマンションではなく、昔住んでいた一軒家で死のうとしていて、練炭コンロもそちらに届けていた。
しかし琉志と死ぬのなら、この家にしようかと一瞬悩んだ。
琉志と昔の家に一緒には行きたくないと思っていて、最近は全く連れて行くことがなかった。
純粋にただ互いを好きだった、あの頃を思い出してしまうから。戻りたいと、思ってしまうから。
でも今は何故か、その頃の気持ちに近い気がした。
悠透と琉志にとって、ふたご座流星群が流れる日は、大切で特別な日である。
悠透は午後になると、重い体を起こして買い物に出た。この日を選んで、ある物を買いに行っていたのだ。
買った物を持って溜め息を吐きながら帰宅し玄関を開けると、目に飛び込んできた光景に衝撃を受けた。
まだ後ろ姿しか見えていないが、家の中に、今一番…いや、ずっとずっと、会いたかった人の姿があった。
「リュウ…?」
名前を呼ぶと琉志はこちらを向き、悠透は荷物を手放し勢いよく琉志の身体を抱きしめた。
若干だが筋肉が落ちたのか、体の厚みが減ったような気がした。それでもちゃんと筋肉が付いている、安心する大好きな身体だ。
あまり変わっていなくて安心…そう思ったのも束の間。全く安心できる状態ではなかった。
琉志の首は通常の肌の色と比べると異常に赤く、頬には引っ掻いたような傷が二本あった。
この数ヶ月で何があった?あの男はどうした?何故ここに来た?まさか逃げて…
冷静にこの状況を考えると、疑問に思う事が山ほど出てくる。
「後から話すよ」
琉志にそう言われ、とりあえず二人でリビングに行った。
自分の家に琉志が居て、しかも一緒にソファに座って手を繋いでいる。またこうできる日が来るなんて、もう二度と来ないと思っていた為感動してしまう。
琉志は襟足の髪の毛を伸ばしていて、悠透は琉志のうなじを何度も噛んで傷つけた、自分のしでかしたことを思い出す。
綺麗な身体に傷跡が残ってしまったら、それのせいで番の人と上手く行かなかったらと、あの日衝動的に行動したことを何度も後悔し、自分を責めた。
故に、悠透が付けた傷はもう治っていると知って心底安心した。
それと同時に、琉志のうなじには、あの男の噛み跡だけが残ってるんだという、醜い嫉妬の感情も湧いた。
しかしそんな嫉妬の感情は、一瞬にして殺意へと変わった。
「この六ヶ月くらいどうだった?話したくないならいいんだけど」
「あの日、ユウトと別れてから三ヶ月くらい経った頃に──」
琉志は、悠透と別れてから玖珂という、番関係になった男と会ってからの出来事を淡々と話し始めた。
その男と色々な場所へ訪れ、いわゆるデートをしたらしい。
悠透と琉志は互いにオメガで、気にしすぎな性格も相まってどこにも行けなかった。琉志は今まで見たことのない景色を、たくさん見れたのだろう。
琉志の番は、琉志の気持ちが多少揺れ動くくらいには、優しくて尽くす男なのだという事が伝わった。
それなのに、どうして怪我をしているのか。どうしてここに来たのか。
再び疑問を抱いた時だった。
「気づいたら首を絞められてた」
「え…」
「優しかったのが全部嘘だったのかはわかんないけど、いつも殺意はあったのかもしれない。まあ、俺にもユウトがいたように、あっちにも恋人がいて。番解消したい気持ちはわかるから」
その時琉志が抵抗しなかったら、琉志の力が弱かったら…今ここに、この世界にいなかったかもしれない。もう二度と、会えなかったかもしれない。
そう考えると、寒気がして鳥肌が立つ。
そして玖珂という男に、大きな殺意が湧いた。
琉志は殺されかけたというのに、気持ちはわかると言い、責めることはなかった。
これほどお人好しな人間と三ヶ月も一緒にいて、その優しさに気づかないわけがない。
しかし玖珂の殺意は無くなることなく、実行したのだ。
琉志には言えなかったが、玖珂の優しさは最初から全て偽りだったのだろうと思う。
そんな人間のゴミみたいな奴に、生きてる価値など微塵もないと感じた。
「リュウを騙してたことも、傷つけたことも、殺そうとしたことも、リュウが許せても俺は許せない。一生。リュウの未来を奪うような奴、殺して、俺も死ぬ」
「なあユウト」
「なに」
「俺と一緒に死のう」
「は…?」
悠透が玖珂を殺したいと、そして自分も死ぬと言ったのは本気だった。
悠透の目を真っ直ぐに見つめ、優しい声色で言い放った、一緒に死のうという琉志の言葉もまた、おそらく本気だ。
真剣だということだけは伝わるが、その真意までは読み取れなかった。
「ユウトはさ、この六ヶ月どうだった?」
「や、そんなことより…」
「いいから。俺も話したんだし。楽しかった?」
「いや…」
先ほどの言葉に触れたかったが、琉志に強引に話を逸らされてしまう。
「楽しくなかった?」
「うん」
「仕事っていうか、あれは続けてる?」
「続けてた。最近はあんま体調良くなくてしてないけど」
「そっか。あの日、別れた日。俺に幸せになれるって言ったけど…幸せ?今」
「幸せ…では、ない」
一度嘘でも幸せだと言おうか悩んだが、今の状態ではすぐに嘘だと見抜かれると思ってやめた。
それに今は、全て正直な感情で話さなければならないと思った。
「俺さ、おまえが幸せになれるって言うから別れたんだよ。別れたくなかったけど、仕方なく承諾した」
「うん…」
「でも幸せじゃないならさ、意地でも別れなければ良かったって思う。あのまま付き合ってても幸せになれなかったかもしれないけど…ユウトが一人で死のうとするくらいなら、そばに居ればよかった」
「え…」
「買ってきたの練炭だろ?そんなの使うような趣味ないだろうし。見た瞬間に部屋で死のうとしてたんだって気づいた。それとも俺早とちり?」
確かにこの日、悠透は自殺しようとしていた。
練炭コンロを通販で購入し、肝心の練炭を買い忘れていた為買い物に行っていたのだ。
琉志の姿を見て、手に持っていた練炭の事など頭から消えていたが、琉志はそれを見た瞬間から自殺する事まで気づいていたらしい。
「…いいや、合ってる」
「何で、死にたい?俺といた時から死にたかった?質問攻めでごめんだけど、知りたい。」
「何でって言われると、難しい。多分、急にその感情が来たわけじゃなくて、積み重なったものだと思う。自分の発情期が来る度に、自分がオメガだって突きつけられるし。リュウの発情期が来るたびに、アルファだったら…って」
「うん」
「俺はそこらのオメガみたいになりたくなかった。オメガが醜くて嫌いだったから。それなのに、出世の為に自分の体を売った。馬鹿にしてたオメガよりも、醜い人間になった。それは分かってたのに、やめられなかった。上に上にって思いすぎて、取り返しがつかなくなった」
「うん」
「リュウといる時も、仕事の時も、自分の性別がどんどん嫌になってって…日に日に劣等感だけが大きくなってた。死にたいって思う時も、ここ二年は何度もあった。これから生きてたとして、自分をどんどん嫌いになっていくのを想像して絶望した。最近は、リュウと一緒にいられなくて、余計苦痛だった」
「だったら…」
琉志と会えないと分かっている日々は、生きた心地などしなかった。
琉志も別れたくなかったのだから、それなら一緒にいれば良かったじゃないか、そう思って当然である。
しかしそれで解決できる程、簡単なことではなかった。
「俺はもう、リュウを傷つけることしかできないから。そんな自分が嫌になって、リュウといる日々も嫌いになる日が来る気がした」
「…うん」
「それに俺は臆病だから…おまえが手術するのも許せないし、手術しないでキスもセックスもしないのも、受け入れられない。リュウが幸せになる為に…別れる選択しかなかった。分かってたけど、独りになったら死にたい気持ちは強くなって。テレビで、今日はふたご座流星群がよく見える日って見た。なんか、この日の夜を一人で迎えたくなくて、今日死のうって思った」
死にたいという感情は簡潔に話せるものではなく、きっと話した内容もまとまっていないだろう。
そもそも考えの相違もあって理解し難いだろうが、琉志は理解しようと、手を握ったまま最後まで聞いてくれた。
「俺らさ、お互い幸せになる為に別れたのに、結局、最高に不幸になったな」
「うん…」
「今でも変わんない?俺がここに戻ってきて、今隣にいて…。それでも、死にたい?」
「変わんないかも…生きてたって、幸せは待ってないと思うから」
「俺をこの世界に残してまで、死にたい?」
「それ、は…今日死のうとしてたから、そうなる。かな」
「俺が手術するって言った時、死ぬかもしれないから嫌だって言ったよな。俺だって、ユウトがいない世界で生きたくないんだよ。買い物袋の中身が見えた時、息が詰まりそうになった。知らないうちに死んでたかもって、怖かった」
「ごめん…」
琉志は声と手を震わせながら、怖かったと言った。
自分も琉志が知らないうちに死んでいたかもと考えたら恐怖を覚えたはずなのに、琉志がずっと平気そうな顔をしていて、その感情に気づくことができず、不甲斐なさを感じる。
「でも、よかった。生きてて。死ぬまで一緒にいれる…玖珂さんじゃなくて、俺と一緒に死のう?」
琉志の話には脈絡が無く、また唐突に先ほどの言葉を持ち出され衝撃を受ける。
しかも琉志は真剣な雰囲気というよりは、どこか嬉しそうにして言ってきて、悠透は更に困惑する。
「待って、それは…」
「じゃあ、生きてくれんの?俺と一緒に。お互い苦しくなっても、死ぬまで一緒にいてくれる?」
その問いに、何の言葉も出てこなかった。
琉志が目の前にいるはずなのに、もうふたりの未来を思い描けなくなっていたからだ。
それなら生きている事に希望を見出すなど、悠透からしてみれば到底無理な話であった。
「それが無理なら、俺は今日、一緒に死にたい。だってさ、一生一緒にいたことになるんだよ。同じ日に好きな人と死ねるって、幸せじゃん。もうこの世にひとりぼっちになることもない」
琉志は悠透よりも、覚悟を決めた顔をしていた。
悠透の方はというと、琉志の言葉に怯み始めている。
琉志と一緒にこの人生を終わりにできるのなら、確かにこの上ない幸せだ。
しかし、こんな自分勝手な悠透に、素敵な言葉をかけて同じ道を進もうとする、健気すぎる琉志の命を奪うことが自分にできるのか…。
「ユウト、俺が死ぬって言ったらどうする?」
「俺も死ぬ」
「だよな」
琉志は困惑する悠透を見かねてか、答えを出すような問いかけをし、悠透の答えにだよなと笑ってみせた。
例えば今、ふたりで生きる選択をしたとして、いつか悠透が一人勝手に死ぬ事を想像できてしまったのだろう。
悠透自身もその道を選択してしまうのだろうと感じている。
しかしそれを、琉志は許してくれない。
もし逆の立場だったなら、自分も絶対に許せない為、返す言葉はなかった。
結局明確な返事はしなかったが、ふたりは今日、一緒に死ぬことになった。
「死ぬ前にさ、一緒に星が見たい」
「でもここだと夜も明るくて、そんなに見えないんじゃ」
「別に見えなくてもいい。ユウトと見れるなら」
琉志がそんな可愛いことを言ってくれるから、大学生の頃に住んでいた家に行くことにした。
実は悠透は今住んでいるマンションではなく、昔住んでいた一軒家で死のうとしていて、練炭コンロもそちらに届けていた。
しかし琉志と死ぬのなら、この家にしようかと一瞬悩んだ。
琉志と昔の家に一緒には行きたくないと思っていて、最近は全く連れて行くことがなかった。
純粋にただ互いを好きだった、あの頃を思い出してしまうから。戻りたいと、思ってしまうから。
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