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#7.執着-1-
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入社して五年経った頃には、悠透は着実に業績を残し、係長まで昇進していた。
記憶では枕営業をし始めて三年くらいから、ストレスのせいか、はたまた痩せたからか…悠透の発情期はとても不安定な状態になっていた。
予定通りに来ることはほとんど無くなり、自分で把握することも難しかった。
その為、社内で発情期が来てしまうことも度々あった。
とはいえ来た瞬間に気づくことは可能で、急いでトイレなど、一人になれる場所に駆け込み、萩谷課長を呼ぶのが当たり前になっていた。
萩谷課長は悠透の六つ歳上で、フェロモンにほぼ当てられないベータらしく、青柳さんの付き人も三年ほどやっていたという。
今では悠透のお守りをしてくれている。
萩谷課長は青柳さんがいた頃は係長だったが、初めからオメガのお守り役として与えられた役職だったのだろうと思う。
外の空気が生温い五月下旬、この日も仕事中に発情期が来てしまい、萩谷課長に家まで送ってもらった。
会社を出る前に薬を飲ませてもらったが、家に着いた頃には意識が朦朧としていた。
発情期が来る度、期間中毎日薬を飲んでいたせいで、気休めにもならない程薬が効かなくなっていた。
身体がしんどいからではなく、発情期のオメガほど醜いものはないと思い、発情期そのものを受け入れられず、薬を減らすことができずにいる。
昔から、発情している自分を客観的に想像すると吐き気に襲われ、何とか抑えようと薬を飲み続けた。
次第に一錠では効かなくなり、数が増えていった。今では一シート六錠全て飲んでも、効き目が一切ないほどだ。
特にこの日は体調が元々良くないこともあり、家に着いてなんとかスーツを脱ぎ捨てて部屋着に着替えた後、ベッドに横になるとその後はもう起き上がることすらできなかった。
疲れ果てて眠りについたが、起きても症状は一切良くなっておらず、空腹状態の腹にまた薬を水で流し込んだ。
しかしそれでも効果は現れず、どれほどの時間が経ったのか、今は何時なのか、それすらも分からず、ただしんどさに耐えるしかなかった。
「おい、ユウト大丈夫か?!」
「…んぇ?」
意識が朦朧とする中で、悠透の名前を呼ぶ、聞き慣れた声が聞こえた。
力が入らない体を無理矢理動かし声の方に目をやると、そこにはもちろん琉志の姿があった。
悠透はこの状況を受け入れたくなかった。絶対に見られたくなかった。
リュウは発情してたって綺麗で美しい。だけど俺は、絶対に醜いから。
琉志が優しいことは一番知っている。ベッド横のテーブルにある抑制剤のゴミを見て、状況を理解し心配してくれたのだろう。
しかしそんな心配すらも、今の悠透にとっては惨めさが増すだけであった。
琉志は何か必死に声をかけていたが、この状況を受け入れたくない悠透には、どの言葉も耳に届くことはなかった。
「さっ、わんな!!」
琉志が悠透の顔に手を伸ばしてきたが、悠透は思わず声を荒げ、手も弾いてしまった。
「悪い…おねが、い。見…んな」
「ユウト…」
「かえっ…て…」
「…これ、買ってきたやつ。置いてくから。その、ごめん」
当たり前だが、琉志は悪いことなど一つもしていない。
悠透に拒絶された琉志は、酷く傷ついた顔をしていた。
悠透だって、そんな顔をさせたいわけでも、傷つけたいわけでもない。
ただ、その瞳に映して欲しくなかった。その手で触れないで欲しかった。
リュウは全てが綺麗だから。こんな状態の俺に触れたら、おまえまで汚れてしまう気がしたんだ。
悠透は自分がオメガである事実を、どれだけ時間が経っても受け入れられない。
しかし他の人より上に行けるのなら、アルファやベータの男の体にはない、オメガのこの体を武器にして、大嫌いなオメガの底辺までも成り下がった。
感情を必死に殺して、殺して…自分が選んだ道なのに、琉志といると、罪悪感と劣等感に拍車がかかるようになった。
それでも琉志のことを愛してしまったから離れることはできない。
琉志に優しくされる度、悲しい顔をさせてしまう度、
「番になりたい」
と、叶わぬ夢をまた抱いてしまう。
「幸せにできないなら、いっそのこと、お前が俺の前から"消えてくれたら"…」
なんてことを、思ってしまったからか?
ふたりの歯車は一気に狂いだし、崩壊へと勢いよく転げ落ちて行くことになる。
発情期を見られた後、悠透は自分から連絡をした方がいいのことは分かっていた。
しかしどんな顔で会えばいいのか、何を話したらいいのか分からず、いくら考えても考えは纏まらない。
結局向き合うことを後回しにし、今日も接待へと向かう。
今年で入社して七年目でしかもオメガだが、既に課長への昇進が決まっていた。
そうなれば現在課長である萩谷課長は係長に降格するらしく、おそらく萩谷課長が悠透へその地位を譲ってくれたのだと思った。
それでも目標としていた、青柳さんと同じところまでようやく来たのだ。嬉しくないはずはない。
これまで青柳さんが契約を取った会社との接待も複数あり、どの会社も青柳さんのことをとても気に入っている印象を受けた。
中には、青柳さんじゃないなら体の接待は要らないと、逆に断られることもあった。
青柳さんは枕営業ではなく、通常の接待の場も数多く任されていた。
それほどうまく行っていたのに、なぜ青柳さんは急に辞めてしまったのかと、ふと気になり、瀬名社長に聞いたことがあった。
「あの年、昇進の話をしていたんだ。部長になるというね。青柳くんは十分会社に貢献してくれたから、もう体を使う接待は引退させようと考えているという話も出した。それなのに辞めてしまったよ。あの子はとても優しかったから…色々と思い詰めてしまったのかもしれない」
その話を聞き、やはり瀬名社長は信用できると思った。
体を使う接待をオメガにやらせる企業なんて、この世には山ほどとあるだろう。
その中だとこの会社は、この社長はとても良心的な方だと思う。
給料だって仕事に見合ってる以上に貰えて、努力を重ねれば昇進して体を使うこともなくなる。
そこまで頑張れば…今まで昇進しても琉志に言えなかったが、自信を持って伝えられる。
青柳さんは課長で辞めてしまったが、俺は絶対に辞めない。
俺はもっと…アルファよりも上に行くんだ。
記憶では枕営業をし始めて三年くらいから、ストレスのせいか、はたまた痩せたからか…悠透の発情期はとても不安定な状態になっていた。
予定通りに来ることはほとんど無くなり、自分で把握することも難しかった。
その為、社内で発情期が来てしまうことも度々あった。
とはいえ来た瞬間に気づくことは可能で、急いでトイレなど、一人になれる場所に駆け込み、萩谷課長を呼ぶのが当たり前になっていた。
萩谷課長は悠透の六つ歳上で、フェロモンにほぼ当てられないベータらしく、青柳さんの付き人も三年ほどやっていたという。
今では悠透のお守りをしてくれている。
萩谷課長は青柳さんがいた頃は係長だったが、初めからオメガのお守り役として与えられた役職だったのだろうと思う。
外の空気が生温い五月下旬、この日も仕事中に発情期が来てしまい、萩谷課長に家まで送ってもらった。
会社を出る前に薬を飲ませてもらったが、家に着いた頃には意識が朦朧としていた。
発情期が来る度、期間中毎日薬を飲んでいたせいで、気休めにもならない程薬が効かなくなっていた。
身体がしんどいからではなく、発情期のオメガほど醜いものはないと思い、発情期そのものを受け入れられず、薬を減らすことができずにいる。
昔から、発情している自分を客観的に想像すると吐き気に襲われ、何とか抑えようと薬を飲み続けた。
次第に一錠では効かなくなり、数が増えていった。今では一シート六錠全て飲んでも、効き目が一切ないほどだ。
特にこの日は体調が元々良くないこともあり、家に着いてなんとかスーツを脱ぎ捨てて部屋着に着替えた後、ベッドに横になるとその後はもう起き上がることすらできなかった。
疲れ果てて眠りについたが、起きても症状は一切良くなっておらず、空腹状態の腹にまた薬を水で流し込んだ。
しかしそれでも効果は現れず、どれほどの時間が経ったのか、今は何時なのか、それすらも分からず、ただしんどさに耐えるしかなかった。
「おい、ユウト大丈夫か?!」
「…んぇ?」
意識が朦朧とする中で、悠透の名前を呼ぶ、聞き慣れた声が聞こえた。
力が入らない体を無理矢理動かし声の方に目をやると、そこにはもちろん琉志の姿があった。
悠透はこの状況を受け入れたくなかった。絶対に見られたくなかった。
リュウは発情してたって綺麗で美しい。だけど俺は、絶対に醜いから。
琉志が優しいことは一番知っている。ベッド横のテーブルにある抑制剤のゴミを見て、状況を理解し心配してくれたのだろう。
しかしそんな心配すらも、今の悠透にとっては惨めさが増すだけであった。
琉志は何か必死に声をかけていたが、この状況を受け入れたくない悠透には、どの言葉も耳に届くことはなかった。
「さっ、わんな!!」
琉志が悠透の顔に手を伸ばしてきたが、悠透は思わず声を荒げ、手も弾いてしまった。
「悪い…おねが、い。見…んな」
「ユウト…」
「かえっ…て…」
「…これ、買ってきたやつ。置いてくから。その、ごめん」
当たり前だが、琉志は悪いことなど一つもしていない。
悠透に拒絶された琉志は、酷く傷ついた顔をしていた。
悠透だって、そんな顔をさせたいわけでも、傷つけたいわけでもない。
ただ、その瞳に映して欲しくなかった。その手で触れないで欲しかった。
リュウは全てが綺麗だから。こんな状態の俺に触れたら、おまえまで汚れてしまう気がしたんだ。
悠透は自分がオメガである事実を、どれだけ時間が経っても受け入れられない。
しかし他の人より上に行けるのなら、アルファやベータの男の体にはない、オメガのこの体を武器にして、大嫌いなオメガの底辺までも成り下がった。
感情を必死に殺して、殺して…自分が選んだ道なのに、琉志といると、罪悪感と劣等感に拍車がかかるようになった。
それでも琉志のことを愛してしまったから離れることはできない。
琉志に優しくされる度、悲しい顔をさせてしまう度、
「番になりたい」
と、叶わぬ夢をまた抱いてしまう。
「幸せにできないなら、いっそのこと、お前が俺の前から"消えてくれたら"…」
なんてことを、思ってしまったからか?
ふたりの歯車は一気に狂いだし、崩壊へと勢いよく転げ落ちて行くことになる。
発情期を見られた後、悠透は自分から連絡をした方がいいのことは分かっていた。
しかしどんな顔で会えばいいのか、何を話したらいいのか分からず、いくら考えても考えは纏まらない。
結局向き合うことを後回しにし、今日も接待へと向かう。
今年で入社して七年目でしかもオメガだが、既に課長への昇進が決まっていた。
そうなれば現在課長である萩谷課長は係長に降格するらしく、おそらく萩谷課長が悠透へその地位を譲ってくれたのだと思った。
それでも目標としていた、青柳さんと同じところまでようやく来たのだ。嬉しくないはずはない。
これまで青柳さんが契約を取った会社との接待も複数あり、どの会社も青柳さんのことをとても気に入っている印象を受けた。
中には、青柳さんじゃないなら体の接待は要らないと、逆に断られることもあった。
青柳さんは枕営業ではなく、通常の接待の場も数多く任されていた。
それほどうまく行っていたのに、なぜ青柳さんは急に辞めてしまったのかと、ふと気になり、瀬名社長に聞いたことがあった。
「あの年、昇進の話をしていたんだ。部長になるというね。青柳くんは十分会社に貢献してくれたから、もう体を使う接待は引退させようと考えているという話も出した。それなのに辞めてしまったよ。あの子はとても優しかったから…色々と思い詰めてしまったのかもしれない」
その話を聞き、やはり瀬名社長は信用できると思った。
体を使う接待をオメガにやらせる企業なんて、この世には山ほどとあるだろう。
その中だとこの会社は、この社長はとても良心的な方だと思う。
給料だって仕事に見合ってる以上に貰えて、努力を重ねれば昇進して体を使うこともなくなる。
そこまで頑張れば…今まで昇進しても琉志に言えなかったが、自信を持って伝えられる。
青柳さんは課長で辞めてしまったが、俺は絶対に辞めない。
俺はもっと…アルファよりも上に行くんだ。
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