グッバイ運命

星羽なま

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#6.劣等オメガ-1-

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 オメガとは、馬鹿みたいに発情する、醜く情けない生き物である。
 ましてや男のオメガなど、誰からも見下される最下層に位置する。
 そんなオメガとは一緒にされないように生きてきたはずだ。
 しかし気づけば下には誰もいない、最下層のどん底にいた。



 悠透と琉志は、進路に関しての考えももちろん違ったが、お互いそれほど悩むことなく決めた。
 琉志は、オメガだけが勤める会社を選んでいた。オメガだけの会社は滅多になく、その中でも給料が良い所なら当然非常に倍率が高い。
 琉志は勉強ができる上、人当たりがいい。希望の会社に難なく入社することができたようだ。
 だがやはりオメガだけとなると、アルファが上に立つ会社と比べて大企業と呼べるまでではなく、給料にも限界がある。
 悠透はというと、そんな会社を選ぶわけがなく…アルファとベータが主で、オメガは数人程度在籍している会社を選んだ。
 そういう会社はいくらでも存在するが、一流企業となると、オメガは基本不利である。
 しかしアルファでも悠透より頭の悪い人は多く存在し、試験で勝つ自信しかなかった悠透には、性別の壁など関係ないと思った。
【大きい企業である。給料が良い。オメガも出世実績あり。】
 それが現在勤める会社の決め手だった。
 しかしいざ蓋を開けてみれば、想像とはかけ離れているものであった。
 給料に関しては、平社員でさえ貰いすぎかと思うくらいに高い。
 悠透がオメガだということを知っているのは、上層部の人のみで、周りの人には知られていない為、何を言われるわけでもない。
 ここまでは良かった。
【オメガも出世できる】
 これは、本当だけど嘘のようなものだった。



 入社後、悠透が配属された営業部二課の課長はオメガだった。
 性別は上層部の人しか知り得ないが、悠透が昇進を目標としていることを知っている部長が、課長の青柳あおやなぎさんと話す機会を与えてくれ、その際に本人が教えてくれた。
 青柳課長は当時ここに勤めて十二年目で、悠透より十一歳上だった。
 入社六年目にして課長まで上り詰めたらしい。
『頑張ったらここまで来れるよ』
 話している中で、そう前向きな言葉をかけてくれた。
『だけど上に行きたいなら、感情は捨てるしかない』
 そのようなことも言っていたが、その時の悠透は何も気に留めていなかった。
 入社して一年が経ち、突然青柳課長が退職した。
 役職を持った人は自然と繰り上げになり、主任には勤めて三年目くらいの人が就いた。
 この会社はやはり年齢など関係なく、実力で役職を貰えていて、更にやる気が出た。


 青柳課長がいなくなってから十ヶ月ほど経った頃、悠透は瀬名せな社長から呼び出しをされた。
 何かやらかしてしまったのかと焦りがあったが、瀬名社長の顔は割と柔らかく安堵した。
『君、確か昇進したいって言ってたね』
 その言葉に、期待が膨らんだことをよく覚えている。
 その後、取引先になる予定だった会社の社長と会わせてもらうことになった。
 ここで契約を決められれば、今後の昇進を視野に入れると言われ、もちろん悠透はやる気にみなぎっていた。
 しかし当日、連れて行かれたのはホテルだった。

「あの…こういうのって、食事のお店とかじゃ…」
「君、頭はいいのに鈍いね。青柳くんはすぐに勘付いていたんだけどな」

 ああ、そういうことかと、瀬名社長の言葉で瞬時に理解した。
 青柳さんには実力があると思っていた分、結局体を売っていたのかって、正直失望した。
 だけど俺は違う。体なんか使わなくても、実力で勝負できる。
 悠透はそう思っていた。

「いや、俺はそういうのは…」
「そう…。残念だよ。君には期待していたんだけどな」
「でも!契約は取って来ます…!」
「分かってないな、君は。頭が良い賢いだけの人はね、に山ほどいるんだよ」

 考えてみれば当たり前のことなのに、確かに悠透はそれを分かっていなかった。
 頭が良いだけのオメガは一切必要とされていない。それはアルファの人たちの役割なのだ。
 結局オメガの悠透が上へ行くには、体を武器にするしか方法はなかった。

「会わせて…ください」

 体を売ってまで…そうは思うのに、この選択をしてしまう。
 悠透はアルファがいる会社で上に行くために、ここを選んだのだから。ずっと下にいるのなら、ここにいる意味はなかった。

「考え直してくれたかい?よかった。部屋に向かおうか。実のところね、青柳くんがいなくなって困っていたんだ。青柳くんのおかげで繋がっている取引先も結構あるからね。綺麗だし本当に評判がよかったんだよ。君もそうなれると、私は期待しているよ」

 饒舌に話す瀬名社長を気持ち悪いと思った。
 オメガである青柳課長がいなくなって困っていたくせに、なぜオメガをぞんざいに扱うことができるのか、甚だ理解できなかった。

「あ、ここだね。今連絡入れたからすぐに出てくると思う。最初は私も入って挨拶するから。あと、念の為にこれね」

 瀬名社長は悠透に太めの首輪を渡した。万が一発情期が来て、番になるのは流石に困るらしい。
 瀬名社長がインターホンを鳴らしたあと、すぐにドアが開いた。

「ああ、お待ちしていました。とりあえず、中に入ってください」

 おそらく、五十代前半の人だ。社長なだけあって、身だしなみもちゃんとしていて、清潔感があるモテるだろうなという雰囲気がある。いわゆるイケオジに当てはまる部類なのだろう。

「篠崎社長、お待たせいたしました。こちらが先日お話していた相沢です」
「営業部の相沢と申します。本日はよろしくお願いいたします」
「相沢くんは、アルファのような見た目だね?顔立ちが良いし強そうだ。僕の方が食われないか心配だよ」
「あはは、もし心配でしたら私もここで待機致しますが…」
「まあ、最初だしこの見た目だからね、そうしてもらおうかな?」

 二人の会話をただ聞くしかなく、このおじさんとセックスして、それを瀬名社長に見られるという地獄的な状況になることが決定した。
 悠透の処女は、この男に捧げられることになった。
 気がつけば取引は成立し、篠崎社長は満足げに帰って行き、ホテルの部屋には、悠透と瀬名社長二人きりになった。

「もし次があっても大丈夫そうかな。新規じゃなく、お得意先とかもあると思う。それこそ青柳くんが担当していたところとかね」
「大丈夫です」
「…そう、よかった。普通の接待ももちろんあるから、毎回こうなるわけではないよ」
「はい」

 最初は瀬名社長を気持ち悪いと思ったが、悪い人ではないのだろうと思い直した。
 この時の瀬名社長は嬉しそうでも安堵した顔でもなく、苦しそうに見えたからである。


 篠崎社長と性交し、青柳さんの言葉をふと思い出していた。
『上に昇りたいなら感情は捨てるしかない』
 この時昇進のことしか頭になかった悠透は、既にそれ以外の感情は一切なかったと思う。
 正直、この日この時のことをあまり覚えていない。
 篠崎社長は悠透のことを酷く扱うことはなく、こんなもんかとさえ思った。
 唯一覚えてることといえば、ってことくらい。
 感情は無なはずなのに、体は勝手に気持ちよくなり何度もイった。
 この時自分はオメガの体なんだと、改めて現実を突きつけられた。
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