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#5.ハッピーエンド-1-
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正義感を持って生きてきた琉志が、自分に不甲斐なさを感じたのはこれで三度目か。
一度目は昔父親を、二度目は高校でイッサとコウタを助けられなかった時。
そして三度目は、今だ。
午後五時、仕事が終わってスマホを開くが、悠透からの連絡は入っていなかった。
いつも仕事が終わったらすぐに連絡をくれるのだが、昨日から全く返信が来ない。加えて電話をかけても出ない状態だ。
明日は土曜日で、いつもなら会う予定の日だが、このまま連絡が来なければ行っていいのかもわからない。
会えない土曜日といえば、悠透が発情期の時くらい。発情期の可能性もあるが、発情期の時だとしても連絡は来るし、ちゃんと教えてくれる。
教えてもらったとしても、会いに行くことを拒まれ一度も立ち会ったことはないのだが。
悠透は恋人である琉志にでさえ、発情している姿を見られたくないのだろう。
琉志はそれを理解しているつもりで、悠透の意思を尊重したいので、『発情期来たから今週は会えない』と連絡が来ると、『わかった、お大事に』という返信しかすることができない。
例えばそれを無視して強引に行ったとして、琉志が悠透にしてあげられることは何もないのは分かりきっている。
せいぜい汗を拭いたり、水を飲ませたり、食べ物を用意したり、病人の看病といったところだ。
悠透が琉志にしてくれるように、体に触れて少しでも楽にしてあげることはできない…というか、それだけは絶対にさせてもらえないだろう。
行っても無意味で、むしろ行ったことで自慰行為すらできず、余計にしんどくなると思うと、心配することしかできなかった。
しかし今は、連絡が来ないという初めてのことに、冷静になることもできない。
ただ単に仕事が忙しく連絡をする余裕がないのか、それとも予想通り発情期で、連絡すらできないほど症状が酷いのか。
前者なら全然いいし、そうであってほしい。でも後者なら…
結局心配で嫌なことばかり考えてしまい、居ても立っても居られなくなり、悠透の家へ向かうことにした。発情期という確信はないが、念の為ゼリー類と飲み物も準備した。
だがもう時刻は夜の九時だ。いつもなら起きているが、疲れていれば寝ていてもおかしくない時間帯。
まあ、寝ているならそれはそれで安心だ。
一応電話をかけようと、悠透とのチャットを開き、通話ボタンを押してみる。
発信音が数コール流れたあと、
『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか電源がはいっていないため──」
昨日何度か電話をかけた時も、このアナウンスが流れた為分かってはいた。
既に家には到着してしまったし、もう入るしかない。
悠透が大丈夫だとわかったら帰ればいい。とりあえず、安否確認だけできればいい。
合鍵を使ってエントランスを通り、部屋のドアを開ける。念の為入るぞーと、リビングに届くような声量で声をかけてから靴を脱いだ。
いつも仕事で履いている靴が玄関にあり、家にはいるように思える。
しかし返事はなく、リビングからテレビ音なども一切聞こえてこない。
リビングのドアを開けて奥へ入っていくと、隣の寝室から荒く苦しそうに呼吸をする音聞こえてきて、咄嗟に部屋へ入ってしまった。
そこには部屋着でベッドに横たわり、大量の汗をかきながらぐったりしている悠透の姿があった。
やはり呼吸は酷く荒いし、苦しそうに唸り声も上げている。
ベッド横のテーブルには、水と、抑制剤六錠入りのゴミが二つも置いてあった。
薬は一日一錠、症状が酷い時と、外にいる時のみの服用を推奨されている。
飲み過ぎてしまうと効き目がなくなり、非常時にも効果を発揮できなくなる。その為容量を守る重要さは、オメガなら誰だって理解しているはずだ。
「おい、ユウト大丈夫か?!この薬、昨日から全部飲んだわけじゃないよな?!」
「…んぇ?」
「お前、薬が効かなくなったんじゃ…毎回こんなに飲んでんのか?!」
「なん、で、ここに…」
この時、悠透の表情をちゃんと見てあげれば良かった。
この状態で心配になるのは当たり前のことだが、もっと、悠透の気持ちに目を向けて、気にかけてあげられたら良かった。
「そんなことより、明日病院に行った方がいい。汗もこんなにかいてる…」
「さっ、わんな!!」
額にかく汗が気になり触れようと伸ばした手を、悠透に思い切り弾き返されてしまった。
加えて大声で拒絶もされてしまい、初めてのことに困惑する。
「えっ、あ…」
「悪い…おねが、い。見…んな」
「ユウト…」
「かえっ…て…」
「…これ、買ってきたやつ。置いてくから。その、ごめん」
喋ることすらも苦しそうだった。息を切らしながらも必死に、声を震わせて泣きそうな様子で言われたら、これ以上何も言えず、帰る他なかった。
本当はこの状態の悠透を一人にしたくなかったが、今は悠透の気持ちを優先してすぐに家を出た。
発情している姿を見られたくないことを分かっていたつもりでいたが、全く理解なんてできていなかったのだと痛感する。
あの様子を見るに、用量を超えて飲んでいるのは発情期が来る度毎回で、それも最近からではなく、かなり前からなのだろう。
見られたくないだけなら、誰にも会わず家にいる時は、飲まずに我慢することだってできていたはずだ。
おそらく悠透は"発情した姿を見られること"が嫌だっただけでなく、"自分が発情すること自体"が嫌で受け入れられなかったんだ。
琉志が思っている以上に悠透の自己嫌悪は酷くなっていて、心は傷だらけになっていた。
オメガという性別に囚われている悠透を救いたくて、自分の前では少しでも鎧を脱げたらと、今まで一緒にいたはずなのに。
でも、そう思った時から何も変わっていなかったんだ。
俺はユウトに支えられて、もらってばかりで、ユウトには何もしてあげられていなかった。
むしろ俺といたことで、更に苦しめていたのかもしれない。
一度目は昔父親を、二度目は高校でイッサとコウタを助けられなかった時。
そして三度目は、今だ。
午後五時、仕事が終わってスマホを開くが、悠透からの連絡は入っていなかった。
いつも仕事が終わったらすぐに連絡をくれるのだが、昨日から全く返信が来ない。加えて電話をかけても出ない状態だ。
明日は土曜日で、いつもなら会う予定の日だが、このまま連絡が来なければ行っていいのかもわからない。
会えない土曜日といえば、悠透が発情期の時くらい。発情期の可能性もあるが、発情期の時だとしても連絡は来るし、ちゃんと教えてくれる。
教えてもらったとしても、会いに行くことを拒まれ一度も立ち会ったことはないのだが。
悠透は恋人である琉志にでさえ、発情している姿を見られたくないのだろう。
琉志はそれを理解しているつもりで、悠透の意思を尊重したいので、『発情期来たから今週は会えない』と連絡が来ると、『わかった、お大事に』という返信しかすることができない。
例えばそれを無視して強引に行ったとして、琉志が悠透にしてあげられることは何もないのは分かりきっている。
せいぜい汗を拭いたり、水を飲ませたり、食べ物を用意したり、病人の看病といったところだ。
悠透が琉志にしてくれるように、体に触れて少しでも楽にしてあげることはできない…というか、それだけは絶対にさせてもらえないだろう。
行っても無意味で、むしろ行ったことで自慰行為すらできず、余計にしんどくなると思うと、心配することしかできなかった。
しかし今は、連絡が来ないという初めてのことに、冷静になることもできない。
ただ単に仕事が忙しく連絡をする余裕がないのか、それとも予想通り発情期で、連絡すらできないほど症状が酷いのか。
前者なら全然いいし、そうであってほしい。でも後者なら…
結局心配で嫌なことばかり考えてしまい、居ても立っても居られなくなり、悠透の家へ向かうことにした。発情期という確信はないが、念の為ゼリー類と飲み物も準備した。
だがもう時刻は夜の九時だ。いつもなら起きているが、疲れていれば寝ていてもおかしくない時間帯。
まあ、寝ているならそれはそれで安心だ。
一応電話をかけようと、悠透とのチャットを開き、通話ボタンを押してみる。
発信音が数コール流れたあと、
『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか電源がはいっていないため──」
昨日何度か電話をかけた時も、このアナウンスが流れた為分かってはいた。
既に家には到着してしまったし、もう入るしかない。
悠透が大丈夫だとわかったら帰ればいい。とりあえず、安否確認だけできればいい。
合鍵を使ってエントランスを通り、部屋のドアを開ける。念の為入るぞーと、リビングに届くような声量で声をかけてから靴を脱いだ。
いつも仕事で履いている靴が玄関にあり、家にはいるように思える。
しかし返事はなく、リビングからテレビ音なども一切聞こえてこない。
リビングのドアを開けて奥へ入っていくと、隣の寝室から荒く苦しそうに呼吸をする音聞こえてきて、咄嗟に部屋へ入ってしまった。
そこには部屋着でベッドに横たわり、大量の汗をかきながらぐったりしている悠透の姿があった。
やはり呼吸は酷く荒いし、苦しそうに唸り声も上げている。
ベッド横のテーブルには、水と、抑制剤六錠入りのゴミが二つも置いてあった。
薬は一日一錠、症状が酷い時と、外にいる時のみの服用を推奨されている。
飲み過ぎてしまうと効き目がなくなり、非常時にも効果を発揮できなくなる。その為容量を守る重要さは、オメガなら誰だって理解しているはずだ。
「おい、ユウト大丈夫か?!この薬、昨日から全部飲んだわけじゃないよな?!」
「…んぇ?」
「お前、薬が効かなくなったんじゃ…毎回こんなに飲んでんのか?!」
「なん、で、ここに…」
この時、悠透の表情をちゃんと見てあげれば良かった。
この状態で心配になるのは当たり前のことだが、もっと、悠透の気持ちに目を向けて、気にかけてあげられたら良かった。
「そんなことより、明日病院に行った方がいい。汗もこんなにかいてる…」
「さっ、わんな!!」
額にかく汗が気になり触れようと伸ばした手を、悠透に思い切り弾き返されてしまった。
加えて大声で拒絶もされてしまい、初めてのことに困惑する。
「えっ、あ…」
「悪い…おねが、い。見…んな」
「ユウト…」
「かえっ…て…」
「…これ、買ってきたやつ。置いてくから。その、ごめん」
喋ることすらも苦しそうだった。息を切らしながらも必死に、声を震わせて泣きそうな様子で言われたら、これ以上何も言えず、帰る他なかった。
本当はこの状態の悠透を一人にしたくなかったが、今は悠透の気持ちを優先してすぐに家を出た。
発情している姿を見られたくないことを分かっていたつもりでいたが、全く理解なんてできていなかったのだと痛感する。
あの様子を見るに、用量を超えて飲んでいるのは発情期が来る度毎回で、それも最近からではなく、かなり前からなのだろう。
見られたくないだけなら、誰にも会わず家にいる時は、飲まずに我慢することだってできていたはずだ。
おそらく悠透は"発情した姿を見られること"が嫌だっただけでなく、"自分が発情すること自体"が嫌で受け入れられなかったんだ。
琉志が思っている以上に悠透の自己嫌悪は酷くなっていて、心は傷だらけになっていた。
オメガという性別に囚われている悠透を救いたくて、自分の前では少しでも鎧を脱げたらと、今まで一緒にいたはずなのに。
でも、そう思った時から何も変わっていなかったんだ。
俺はユウトに支えられて、もらってばかりで、ユウトには何もしてあげられていなかった。
むしろ俺といたことで、更に苦しめていたのかもしれない。
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