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#3.真珠-3-
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琉志と悠透は、屋上で会うことが当たり前になっていた。
もう桜の花はほとんど散ってしまい、春の終わりを告げている。空気はまだ清涼さを残しつつ、夏の暖かさを感じられて丁度いい。
意外にも屋上には誰も来なくて、二人だけの空間。誰にも邪魔されず、ふたりが唯一会える場所であった。
どちらかだけ休みの日もあれば、終わる時間が違う日はほとんどで、ここで会えるのだってそう多くはない。
だから本当は、会えた日くらいは一緒に帰りたい。
しかしいつも、琉志は悠透に先行ってと言うので、口に出さずにいる。
この日、学食で久しぶりに琉志の姿を見かけた。最近学食では見かけることがなかったが、久々にこの場で見ると、初めて見かけた日のことを思い出して気持ちが弾んでしまった。
「あっ、ナギ…」
丁度悠透らの横をすれ違いそうになり声をかけようとしたが、琉志は悠透の方を見向きもせず、通り過ぎて行ってしまう。
「ん?あれ知り合い?」
「え…いや。違った」
悠透は隠さなくてもいいと思ったが、気持ちが沈んでしまい誤魔化した。
視界にすら入れてもらえなかった。
ナギサは『ユウトに迷惑かけたくない』って言うけど、別に俺から声かけた時くらいは…と思ってしまう。
それとも、琉志が悠透と校内で関わりたくないのだろうか。
先に悠透を帰らせるのも、そういうことなのだろうか。
「てかさっきの奴、この前オメガ助けてた奴じゃね?」
「アルファにしか見えないのにな」
「意外とオメガとか!」
「それはないだろ~。オメガはやっぱ、オメガって感じするからな」
アルファになりたいと思うし、羨ましいと思う。しかしこいつら含め、アルファに一度足りとも好感を持ったことなどない。
むしろ嫌いだと思う瞬間の方が多い。
ナギサのことを一切知らない癖に、適当なこと言わないで欲しい。
『アルファ』という名前に胡座かいてるような、おまえらとは違う。
オメガだけど、アルファのおまえらなんかより何倍もかっこいい。
でもそれは、俺だけが知っていればいい。
「なあ、何で今日無視したの」
お互い一日の講義が全て終わった後、天気が良く暖かい陽気に包まれながら屋上で過ごしていた。
「昼?」
「そう」
「迷惑かけたくないって言ってるだろ?」
「でも別にあの場くらいなら…」
「じゃあもし、俺があそこで発情したらどうする?」
「え、いや…そんなことお前は」
「ない?俺だって、オメガなんだよ」
琉志の言う通り、オメガである以上人前で発情する可能性はゼロではない。
『ナギサは他のオメガとは違う』
そんな考えを、押し付けてしまっていたのかもしれない。
悠透にとっては特別視しているという意味合いで、むしろ褒めているつもりだった。
しかし琉志からしてみれば、不快に感じてしまう言葉だったのだろうか。
「俺は、おまえと周りにいる奴の関係を壊したくない。それに、俺とおまえのこの関係も壊したくない」
「壊れることないよ」
「本当に?もし俺があの場で、アルファの人がいる中で、発情してすぐに逃げれなかったとしても?そうなったらおまえは…」
続く言葉が、「助けてくれるのか」なのだろうと、容易に想像できた。
ふたりはもう他人という関係ではなく、親密な関係だと言えるだろう。同じオメガなら尚更、助けてあげるのがきっと普通だ。
悠透だって、琉志のことなら助けてあげたい気持ちはある。
しかしそれは、今の立場を全て捨てることを意味する。
それを考えると、次の言葉を聞くことが少し怖くなった。
「迷わず俺を犯せるのか」
「え…」
予想していなかった言葉に唖然とする。
琉志の声と目は真剣そのもので、悠透はその言葉の意図を理解できずにいた。
「ユウトが一緒にいる奴らがフェロモンに当てられて、俺を犯そうとするかもしれない。別におまえも一緒になって俺を犯せるなら、それか見捨てられるなら、校内でも話したりしてもいいと思う。だけど少しでも躊躇らうなら、これからもこの距離が良い」
「助けとかは、求めないわけ」
聞かずともわかる。琉志は悠透が助けることも、見捨てることもできないと理解した上で言っているのだと。
だから助けを求めるなど、琉志は絶対にしない。
わかっているのに、そして助けることもできないのにわざわざ聞くなんて、悠透はずるい。
「ユウトは学校ではアルファだろ?なのに俺のせいで、その立ち位置無くしたくないんだよ。勉強とか、ヒートの管理とか…努力してんのわかってるから」
思っていたよりも遥かに悠透のことを考えてくれていて、聞いたことを後悔した。
きっとナギサは、俺がそこらへんで発情したなら迷わず助けてくれるんだろう。
そしてここまで考えてくれてるのに、俺は「助ける」と、言ってあげられなかった。
ナギサは俺にとって特別だから、助けてあげたい気持ちに嘘はない。
それでも、助ける姿は少しも想像できなかった。
「ナギサ…その…」
「ん?」
「できれば、誰かの前で発情しないで」
「うん、気をつける。まあ力強いし、した時はなんとかする」
「誰にも襲われないで」
「うん。心配ありがとう」
琉志にかけた言葉は、悠透のわがままに過ぎない。
他の誰かに発情しているところを見られてほしくないし、ましてや誰かに犯されるなんて、絶対にそんなことあってほしくない。
守ってあげられないくせに、独占欲ばかりが大きくなる。
何もできない悠透は、琉志が自分自身を守ることを願うしかなかった。
ナギサは誰だって助けてやれるのに、俺は大事にしたい人すらも助けてやれない。
情けないのに、変わることもできない。
悠透と琉志の性格は正反対だ。悠透は陰で、琉志は陽。
一緒にいれば似てくると言うが、ふたりはきっとこの先何年の時を過ごしても、似てくることはないだろう。
理解して、交じわることはないと分かっているのに、気持ちだけはどんどん大きくなってしまう。
もう桜の花はほとんど散ってしまい、春の終わりを告げている。空気はまだ清涼さを残しつつ、夏の暖かさを感じられて丁度いい。
意外にも屋上には誰も来なくて、二人だけの空間。誰にも邪魔されず、ふたりが唯一会える場所であった。
どちらかだけ休みの日もあれば、終わる時間が違う日はほとんどで、ここで会えるのだってそう多くはない。
だから本当は、会えた日くらいは一緒に帰りたい。
しかしいつも、琉志は悠透に先行ってと言うので、口に出さずにいる。
この日、学食で久しぶりに琉志の姿を見かけた。最近学食では見かけることがなかったが、久々にこの場で見ると、初めて見かけた日のことを思い出して気持ちが弾んでしまった。
「あっ、ナギ…」
丁度悠透らの横をすれ違いそうになり声をかけようとしたが、琉志は悠透の方を見向きもせず、通り過ぎて行ってしまう。
「ん?あれ知り合い?」
「え…いや。違った」
悠透は隠さなくてもいいと思ったが、気持ちが沈んでしまい誤魔化した。
視界にすら入れてもらえなかった。
ナギサは『ユウトに迷惑かけたくない』って言うけど、別に俺から声かけた時くらいは…と思ってしまう。
それとも、琉志が悠透と校内で関わりたくないのだろうか。
先に悠透を帰らせるのも、そういうことなのだろうか。
「てかさっきの奴、この前オメガ助けてた奴じゃね?」
「アルファにしか見えないのにな」
「意外とオメガとか!」
「それはないだろ~。オメガはやっぱ、オメガって感じするからな」
アルファになりたいと思うし、羨ましいと思う。しかしこいつら含め、アルファに一度足りとも好感を持ったことなどない。
むしろ嫌いだと思う瞬間の方が多い。
ナギサのことを一切知らない癖に、適当なこと言わないで欲しい。
『アルファ』という名前に胡座かいてるような、おまえらとは違う。
オメガだけど、アルファのおまえらなんかより何倍もかっこいい。
でもそれは、俺だけが知っていればいい。
「なあ、何で今日無視したの」
お互い一日の講義が全て終わった後、天気が良く暖かい陽気に包まれながら屋上で過ごしていた。
「昼?」
「そう」
「迷惑かけたくないって言ってるだろ?」
「でも別にあの場くらいなら…」
「じゃあもし、俺があそこで発情したらどうする?」
「え、いや…そんなことお前は」
「ない?俺だって、オメガなんだよ」
琉志の言う通り、オメガである以上人前で発情する可能性はゼロではない。
『ナギサは他のオメガとは違う』
そんな考えを、押し付けてしまっていたのかもしれない。
悠透にとっては特別視しているという意味合いで、むしろ褒めているつもりだった。
しかし琉志からしてみれば、不快に感じてしまう言葉だったのだろうか。
「俺は、おまえと周りにいる奴の関係を壊したくない。それに、俺とおまえのこの関係も壊したくない」
「壊れることないよ」
「本当に?もし俺があの場で、アルファの人がいる中で、発情してすぐに逃げれなかったとしても?そうなったらおまえは…」
続く言葉が、「助けてくれるのか」なのだろうと、容易に想像できた。
ふたりはもう他人という関係ではなく、親密な関係だと言えるだろう。同じオメガなら尚更、助けてあげるのがきっと普通だ。
悠透だって、琉志のことなら助けてあげたい気持ちはある。
しかしそれは、今の立場を全て捨てることを意味する。
それを考えると、次の言葉を聞くことが少し怖くなった。
「迷わず俺を犯せるのか」
「え…」
予想していなかった言葉に唖然とする。
琉志の声と目は真剣そのもので、悠透はその言葉の意図を理解できずにいた。
「ユウトが一緒にいる奴らがフェロモンに当てられて、俺を犯そうとするかもしれない。別におまえも一緒になって俺を犯せるなら、それか見捨てられるなら、校内でも話したりしてもいいと思う。だけど少しでも躊躇らうなら、これからもこの距離が良い」
「助けとかは、求めないわけ」
聞かずともわかる。琉志は悠透が助けることも、見捨てることもできないと理解した上で言っているのだと。
だから助けを求めるなど、琉志は絶対にしない。
わかっているのに、そして助けることもできないのにわざわざ聞くなんて、悠透はずるい。
「ユウトは学校ではアルファだろ?なのに俺のせいで、その立ち位置無くしたくないんだよ。勉強とか、ヒートの管理とか…努力してんのわかってるから」
思っていたよりも遥かに悠透のことを考えてくれていて、聞いたことを後悔した。
きっとナギサは、俺がそこらへんで発情したなら迷わず助けてくれるんだろう。
そしてここまで考えてくれてるのに、俺は「助ける」と、言ってあげられなかった。
ナギサは俺にとって特別だから、助けてあげたい気持ちに嘘はない。
それでも、助ける姿は少しも想像できなかった。
「ナギサ…その…」
「ん?」
「できれば、誰かの前で発情しないで」
「うん、気をつける。まあ力強いし、した時はなんとかする」
「誰にも襲われないで」
「うん。心配ありがとう」
琉志にかけた言葉は、悠透のわがままに過ぎない。
他の誰かに発情しているところを見られてほしくないし、ましてや誰かに犯されるなんて、絶対にそんなことあってほしくない。
守ってあげられないくせに、独占欲ばかりが大きくなる。
何もできない悠透は、琉志が自分自身を守ることを願うしかなかった。
ナギサは誰だって助けてやれるのに、俺は大事にしたい人すらも助けてやれない。
情けないのに、変わることもできない。
悠透と琉志の性格は正反対だ。悠透は陰で、琉志は陽。
一緒にいれば似てくると言うが、ふたりはきっとこの先何年の時を過ごしても、似てくることはないだろう。
理解して、交じわることはないと分かっているのに、気持ちだけはどんどん大きくなってしまう。
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