グッバイ運命

星羽なま

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#3.真珠-2-

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 いつも通り、アルファの人と数人で廊下を歩いていた。建物の中でさえも空気がひんやりとしていて、ふと窓の外を見ると僅かに雪が降り始めていた。帰り道を想像しただけで、憂鬱な気分になっていく。
 視線を歩く方向に戻すと、金髪の男が正面から歩いてくるのが見えた。まだ遠くの方だが、悠透はあの男だという自信があり、すれ違えば近くで見られると少し胸を弾ませた。
 しかしすれ違うことはなく、男は急に歩く方向を180度変え、走ってどこかへ行ってしまった。
 その様子が少し気になり、一緒にいる奴に人に呼ばれていたと適当な嘘をき、男が行った方へ悠透も走って行った。
 なんとか見失うことなく、そのまま後をつけてしまった。
 男はスピードを落とさず階段を駆け上がって行き、外は雪も降っていて酷く寒いはずだが、勢いよく屋上へ飛び出した。
 自分の憧れる人と、近づいてみたかった。ここまで来て、戻るという選択肢などなかった。
 音を立てないくらい慎重にドアを開けて、そこにある光景に息を呑んだ。
 ドアを開けて左側、壁にもたれかかって座りこんでいる。呼吸を乱しながら、憧れた人がいた。
「醜い」
 悠透にとってはそう思うのが当たり前だ。その感情は、どのオメガに対しても同じだと思っていた。
 加えてアルファだと思っていた人がオメガだったのだから、落胆しても当然である。
 なのに何故か、そういう感情は一切湧かなくて…
 雪が舞い散る中、必死に発情に抗おうとしている。けれどそんなことは到底無理で、どんどん息は荒くなり、寒さのせいか発情しているせいか、耳が赤く染まっている。
 その全てがすごく、だと思った。
 いつもなら見て見ぬ振りをする。例えば発情したオメガを見つけた時にアルファの人といなくて、自分一人の状況だったとしても、悠透はその場から逃げてきた。
 それなのに、思わず声をかけてしまった。

「おい」
「んぁっ?」

 返事自体は荒っぽいが、声は色めいていて、気持ちが高揚した。
 これは下心だ。なんだか触れたくなってしまって、薬を自分の手で飲ませた。
 顔を上に向けた時、心臓の音が男に聞こえてしまうのではないかと思うくらい煩かった。
 耳だけでなく顔から首まで赤く染まり、目が虚ろで潤んでいる。薬を飲み込む喉までも、色気があるように感じた。
 普段あれほど凛々しくかっこいい男の、こんな一面を見れたことに胸が高鳴って収まらない。
 こんな初めての感情に困惑すると同時に、確信ではないが、俺はこいつへの恋心を悟った。一目惚れに近いものなのだと思う。
 性格や年齢すらも、何一つ情報はない。
 だけどとりあえず、こいつの事をもっと知りたいと思った。


 薬で落ち着いた後、悠透の膝に男の頭を乗せたまま、少しだけ話をした。

「名前は?」
「ナギサリュウジ。そっちは?」
「相沢悠透」
「ありがとな、ユウト。まじで助かった」
「たまたま見つけただけだから」
「それでも助けられたんだよ」

 自分はただの下心で助けただけ。
 だから、ありがとうと優しい声で言った琉志に、少し罪悪感が湧いた。

「ナギサは、アルファのふりしてんの?」
「アルファだって思われたりはするけど…聞かれたら普通にオメガって言うかも、それかベータかな?聞かれることないから考えたことなかったわ」
「何で?」
「ん?」

 普通に疑問だった。自分はオメガですなんて言う人は、きっとこの世界にほとんど存在しないだろう。言ってしまえば人が離れていく世界だから。
 アルファだと思われるならアルファのふりをすればいいのにと、この生き方をしてきた悠透には理解できなかった。

「何で正直に言うの。メリットないよな」
「んー、特に意味はないな。まあ強いて言えば、隠すの下手だから。とか?」
「へえ…そっか。」


 琉志はそう言ったが、きっとそうではなかったのだと後から気がついた。
 いや、あながち間違ってもいないのだけど。
 大学は人が多い為、どこかしらでオメガが発情して、アルファがフェロモンに当てられてしまったということは度々ある。
 この日も廊下で、人がいる場所で、馬鹿みたいに発情しているオメガがいた。

「うわ、あれ発情してね?」
「遠くてよかった~」
「まあ近くにいて一発ヤってもあっちが悪いし、それはそれでいんじゃん?」
「お前性格わっる」

 悠透が一緒にいるアルファの人たちは、発情したオメガを見かけると、いつも嘲笑いながらこんな会話をしている。
 悠透は基本傍聴するだけだが、発情した側が悪いというのは同意見である。
 だから、発情したオメガがアルファに囲まれ始めた、今目に映るこの光景に何も思わない。
 犯されたとしても、見て見ぬ振りをする。
 だけどは違った。
 しゃがみ込むオメガの周りにいる、その他大勢の間に入っていき、発情したオメガを抱きかかえて去って行った。
 そんなことアルファではできない。だから琉志は、アルファのフリをしないのだ。
 こういう状況になったオメガがいた時、放っておけないから隠すのが下手と言ったのだろう。
 オメガ同士でも助けているところは見た事がない。
 どの性別だとしてもみんな、見て見ぬ振りをする。
 ベータだと思われる場合もあるが、同じオメガだと思われる可能性を考えると、リスクを犯したくないのだ。
 それでも、ナギサは迷わずに助けてあげた。
 きっとあのオメガは、ナギサに惚れただろう。そしてどうせ、保健室に着けば色目を使うんだ。
 ナギサは優しいから断れないかも…なんて考えて胸がざわつく。
 馬鹿なくせにナギサに助けてもらうなんて、優しくしてもらうなんて、卑怯だ。
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