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#2.麦-3-
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「めちゃめちゃ自分の話していい?」
たわいのない会話の最中、琉志はふとそう切り出した。
ふたりの間で性別の話が出ることはそれほど多くはなく、むしろ出ることのほうが珍しい。
違う考えを持っているのをわかりきっているから、お互いがあえて言わないような感じだ。
しかし琉志は悠透に、自分の性別に対して思うことを少し話そうと思った。
別に理解してほしいとか、悠透の考えが変わってほしいとかそんなものではない。
琉志は悠透と出会ってから確かに変わった感情があって、悠透はどうなのだろうと気になってしまった。
あとは、ほんの少し気持ちを伝えてみたかった。
「ん?いいよ」
不思議そうに首を傾げながらも、甘い声でいいよと言う。
その声と柔らかな表情と瞳に、胸がどきどきする。
心臓の音を聞かれてしまわぬよう、琉志は緊張しながらも話し始めた。
「俺さ、中学の頃まで自分がオメガでも何も思わなかったんだ。でもさ、やっぱり歳が上がるにつれて生きづらさは感じる。他人に迷惑かけないように友達も作んないで、高校からずっと一人だった。平気なはずなのに、やっぱり誰かといて楽しそうにしてる奴が羨ましく見える時がある」
悠透は所々うん、と落ち着いた優しい声で相槌を入れながら聞いてくれる。
真剣な話だけではなくて、いつもどんな話でも適当に流したりせず、ちゃんと耳を傾けて聞いてくれる。
そんな姿を見ていると、悠透は俺のことを否定や拒絶はしないと安心できる。弱気な自分も見せてもいいかという気持ちにさせてくれる。
「アルファかベータなら、何も気にせずに友達作れたかなとか。そう考えたら、自分がオメガだってことが嫌になる」
「うん、俺も」
話しているうちに、昔のことを思い出して声が震えてしまう。
それに気づいたのか、悠透は共感を呟きつつ、琉志の右手に自分の左手を重ねて、優しく包み込むように握ってくれた。
手の甲から伝わる暖かさが、琉志の心を落ち着かせる。
「だけど、オメガだったからあの日、おまえに会えた」
「うん」
「今もこうして一緒にいられる。オメガじゃなかったら一生関わることなかったかもって思うと…俺はおまえが好きだから、オメガで良かったかもって少し思うよ」
これは決して告白ではない。
この『好き』にはそういう好きも込められているけど、今伝えたいのはそういうことではない。
俺は悠透のおかげでオメガでよかったと思えたんだって、悠透が気持ちを変えてくれたんだって、ただ伝えたかっただけなんだ。
「…うん。俺も」
琉志が伝えた言葉は悠透にとって、告白よりも重いものだったのかもしれない。
微かな笑みを浮かばせているが、どこか儚げで悲しそうな表情に見えた。瞳には光がなくて、遠くを見つめるような哀しみを感じる。
少し間があって答えたのは、きっと葛藤があったからだ。共感したいけど、本音でいうと共感はできない。
結果的に、琉志が喜ぶ言葉を選んでくれたのだろう。
だけど、俺もだなんて、そんなつらい表情を浮かべるくらいなら言わなくてもいいのに。無理に笑ったように見せなくてもいいのに。
「共感しなくていいよ」
「聞いてくれるだけでいいよ」
言ってあげたいのに、この言葉で更に気を遣わせてしまうんじゃないか、さっきの返事を否定されたと思ってしまうんじゃないか、そう考えてしまって言葉を飲み込むしかなかった。
『アルファで、頭が良くて、イケメンで華やかで、強く逞しい』
周りの目にはそんな風に映っているのだろう。琉志からも、悠透と関わるまではそう見えていた。
しかし、そんな悠透はきっと、全て偽りだ。
アルファの姿をした悠透はもちろん作り物で、だからと言って琉志に見せる姿が本物なのかと言われたらそうではない。
琉志の前だけでは嘘をつかずオメガでいるはずなのに、オメガではない。
まるで鎧を纏っているかのようだ。どこから見ても偽りで覆われてしまっていて、本当の姿が見えることはない。
悠透はこの世界で、誰よりも性別に囚われている。
努力ももちろんある、でも側から見れば悠透は優れている部類の人間だ。
それなのに、生きづらいと言われる他のオメガの人たちよりも、生きづらそうに見えた。
悠透はこの先、この性別のせいで、何度苦しい思いをしてしまうのだろうか。
いつか自分を見失ってしまって、全てがどうでも良くなってしまう日が来てしまう気がして、怖くなる。
悠透があの日俺を助けてくれたから、俺は悠透を好きだから。救ってあげなきゃって思った。
せめて俺の前だけでは、少しでも本当の自分でいられるようになってほしい。
悠透が許してくれるなら、大学を卒業した後も、つらい時は自分が隣にいてやりたいと思う。
右手に重なる暖かかった手は、もう温かさはなくて、むしろ少しずつ冷えていく。
いつしか琉志の手の震えは止まっていて、自分のではない震えが上から伝わってきていた。
何も声はかけられなかったけれど、悠透の手が重ねられた右手を上に向け、指を絡めるようにして強く、強く握った。
たわいのない会話の最中、琉志はふとそう切り出した。
ふたりの間で性別の話が出ることはそれほど多くはなく、むしろ出ることのほうが珍しい。
違う考えを持っているのをわかりきっているから、お互いがあえて言わないような感じだ。
しかし琉志は悠透に、自分の性別に対して思うことを少し話そうと思った。
別に理解してほしいとか、悠透の考えが変わってほしいとかそんなものではない。
琉志は悠透と出会ってから確かに変わった感情があって、悠透はどうなのだろうと気になってしまった。
あとは、ほんの少し気持ちを伝えてみたかった。
「ん?いいよ」
不思議そうに首を傾げながらも、甘い声でいいよと言う。
その声と柔らかな表情と瞳に、胸がどきどきする。
心臓の音を聞かれてしまわぬよう、琉志は緊張しながらも話し始めた。
「俺さ、中学の頃まで自分がオメガでも何も思わなかったんだ。でもさ、やっぱり歳が上がるにつれて生きづらさは感じる。他人に迷惑かけないように友達も作んないで、高校からずっと一人だった。平気なはずなのに、やっぱり誰かといて楽しそうにしてる奴が羨ましく見える時がある」
悠透は所々うん、と落ち着いた優しい声で相槌を入れながら聞いてくれる。
真剣な話だけではなくて、いつもどんな話でも適当に流したりせず、ちゃんと耳を傾けて聞いてくれる。
そんな姿を見ていると、悠透は俺のことを否定や拒絶はしないと安心できる。弱気な自分も見せてもいいかという気持ちにさせてくれる。
「アルファかベータなら、何も気にせずに友達作れたかなとか。そう考えたら、自分がオメガだってことが嫌になる」
「うん、俺も」
話しているうちに、昔のことを思い出して声が震えてしまう。
それに気づいたのか、悠透は共感を呟きつつ、琉志の右手に自分の左手を重ねて、優しく包み込むように握ってくれた。
手の甲から伝わる暖かさが、琉志の心を落ち着かせる。
「だけど、オメガだったからあの日、おまえに会えた」
「うん」
「今もこうして一緒にいられる。オメガじゃなかったら一生関わることなかったかもって思うと…俺はおまえが好きだから、オメガで良かったかもって少し思うよ」
これは決して告白ではない。
この『好き』にはそういう好きも込められているけど、今伝えたいのはそういうことではない。
俺は悠透のおかげでオメガでよかったと思えたんだって、悠透が気持ちを変えてくれたんだって、ただ伝えたかっただけなんだ。
「…うん。俺も」
琉志が伝えた言葉は悠透にとって、告白よりも重いものだったのかもしれない。
微かな笑みを浮かばせているが、どこか儚げで悲しそうな表情に見えた。瞳には光がなくて、遠くを見つめるような哀しみを感じる。
少し間があって答えたのは、きっと葛藤があったからだ。共感したいけど、本音でいうと共感はできない。
結果的に、琉志が喜ぶ言葉を選んでくれたのだろう。
だけど、俺もだなんて、そんなつらい表情を浮かべるくらいなら言わなくてもいいのに。無理に笑ったように見せなくてもいいのに。
「共感しなくていいよ」
「聞いてくれるだけでいいよ」
言ってあげたいのに、この言葉で更に気を遣わせてしまうんじゃないか、さっきの返事を否定されたと思ってしまうんじゃないか、そう考えてしまって言葉を飲み込むしかなかった。
『アルファで、頭が良くて、イケメンで華やかで、強く逞しい』
周りの目にはそんな風に映っているのだろう。琉志からも、悠透と関わるまではそう見えていた。
しかし、そんな悠透はきっと、全て偽りだ。
アルファの姿をした悠透はもちろん作り物で、だからと言って琉志に見せる姿が本物なのかと言われたらそうではない。
琉志の前だけでは嘘をつかずオメガでいるはずなのに、オメガではない。
まるで鎧を纏っているかのようだ。どこから見ても偽りで覆われてしまっていて、本当の姿が見えることはない。
悠透はこの世界で、誰よりも性別に囚われている。
努力ももちろんある、でも側から見れば悠透は優れている部類の人間だ。
それなのに、生きづらいと言われる他のオメガの人たちよりも、生きづらそうに見えた。
悠透はこの先、この性別のせいで、何度苦しい思いをしてしまうのだろうか。
いつか自分を見失ってしまって、全てがどうでも良くなってしまう日が来てしまう気がして、怖くなる。
悠透があの日俺を助けてくれたから、俺は悠透を好きだから。救ってあげなきゃって思った。
せめて俺の前だけでは、少しでも本当の自分でいられるようになってほしい。
悠透が許してくれるなら、大学を卒業した後も、つらい時は自分が隣にいてやりたいと思う。
右手に重なる暖かかった手は、もう温かさはなくて、むしろ少しずつ冷えていく。
いつしか琉志の手の震えは止まっていて、自分のではない震えが上から伝わってきていた。
何も声はかけられなかったけれど、悠透の手が重ねられた右手を上に向け、指を絡めるようにして強く、強く握った。
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