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#1.独立オメガ-3-
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性別を知った時から、自分がオメガだということは別に何とも思っていなかった。むしろ父親と同じで、当時は喜んでいた記憶さえある。
もちろん生きづらいとは思うが、頭の良さは勉強で補えばいいし、そんなに肩身を狭くする必要はないと考えていた。
まあ全て父からの受け売りだが、アルファもベータもオメガも、皆同じ人間なんだから、皆仲良くすればいいのにと思っていたのは事実だ。
そんなあまい考えがなくなったのは、高校一年生の時。発情期が始まる人も多くなってくる歳だ。
ほとんどのオメガは、高校一年生か二年生で初めての発情期を迎える。周りでも発情期が来て、オメガだとバレてしまう人がちらほらいた。
『オメガの発情期が来て、アルファが誘惑され性行為をしてしまった』
という事態を防ぐ為、教師はオメガの生徒を把握して、異変があった場合には保健室へすぐ連れて行くよう徹底されていた。
でもそれは、決して完璧ではない。
当時高校一年生の琉志は、コウタとイッサという同じクラスの男子といつも一緒にいた。
二人とは中学校で同じクラスになり、席が近いことがきっかけで仲良くなった。
出会って四年目という割と長い付き合いだったが、お互いの性別を気にしたことはなく、聞いたこともなかった。
「最近誰々はアルファだーとかっていう話題増えたよな~」
コウタがふとそう言ったことがあった。
確かに中学生の頃よりは明らかに性別の話題を耳にするようになり、イッサもそうだねと返した。
「別に誰が何でも良くね?」
「それは俺も同感だな」
琉志も元々全く同じ考えを持っていて、コウタの言葉に同感した。
「だよな?性別で判断すんのとかわかんねーなー」
「みんな、人間性を見るようになったらいいのにね」
イッサが最後に言った言葉にも、琉志とコウタはそうだよなと頷いた。
三人とも、性別は関係ないという考えを持っていた。価値観が一緒だからこそ、三人は一緒にいることができていたのだろう。
しかし三人の関係は、性別によってあっけなく壊された。
イッサは、オメガだった。
あの日のことは、今でも嫌というほど鮮明に覚えている。
外は木々の葉が少しずつ色を変え始め、鮮やかな赤やオレンジ、深みのある黄色に染まっていく。暑かった夏が過ぎ去り、涼しい風が教室にも入り込んで来る。
もうすぐ文化祭という時期で、放課後には各々が準備に励んでいた。文化祭などの行事はみんな仲良く…とはいかず、意見の不一致で揉め事も増える。
その口論を耳にするのがうんざりで、大体が自分のクラスの教室で作業する中、琉志たち三人は、美術準備室という狭い空間で作業していた。
この日、琉志だけ委員会があって二人を待たせていた。委員会が終わった後、二人がいる美術準備室へと向かう。
着いた時にはもう、二人は性交していた。
発情するイッサと、自制が効かないコウタを見て、自分ではどうしたらいいのか分からなかった。
声をかけることも、間に入ることもできず急いで先生を呼びに行った。
先生が三人来て、二人は無理矢理引き剥がされた。
よく見ると、イッサは無理矢理ズボンを脱がされたのか、腰からお尻辺りに爪で引っ掻かれたような傷があるように見えた。
加えて右手の甲は血まみれで、コウタの口元にも血がついていた。
先生によって二人の距離がとられた後、コウタは冷静さを少し取り戻した。
「あ…イッサの、手が…。俺は大丈夫だから。イッサの、手当を…」
震える、振り絞った声でそう言った。
呼吸が荒く、身体が震えた状態のイッサは、先生に抱えられて保健室へと連れて行かれた。
その場には琉志とコウタ、先生が一人残された。
コウタは俺は大丈夫と言ったけれど、精神的には全く大丈夫ではなかった。
「君は大丈夫?唇とか舌は噛んだりはしてない?」
「これは…あいつの血だから」
「そう、怪我してないならとりあえず良かった」
「良くない!俺が、俺があいつを犯した!あいつの手を傷つけた…!俺が…俺が…」
「君は悪くないよ、これは事故だから」
「違う…あいつは、離れろって言ったのに。心配で…その言葉を無視して近づいたから。『お願い離れて』って何回も、言ってたのに…」
「そっか。心配だったんだね」
「どうしよう…リュウジ。俺もう、イッサと会えないかな」
「え。いや、それは…」
「俺、あいつの首、噛もうとした。あいつは必死に守ってた。血が出てんのにさ、あいつ、『ごめん、ごめん』って。『番にはならないようにするから』って。番になろうと噛んでるのは俺なのに。理性がなくなって、制御できないのもこっちなのに。俺、アルファじゃなければよかった…」
そう言い、声を上げて泣いていた。そんなコウタに、琉志は何の言葉もかけてあげることができなかった。
声が枯れるほどに泣き続けるコウタを目の当たりにして、オメガの発情で傷つくのはオメガ自身だけではないのだと気づいた。
アルファの奴はオメガとヤっても「誘ったオメガが悪い」と言うものだと思っていた。
実際、そう言う奴の方が多いと知っている。
だけどこうやって、オメガの発情で自分を責めて、傷ついてしまうアルファもいるのだと知った。
オメガとアルファが関わってどちらかが傷つくくらいなら、やっぱり関わらない方が良いと思ってしまった。
性別を気にして、生きることも大事だと。
それから二人は学校には来なくて、怖気付いた琉志は連絡をすることもできなかった。だからその後、二人がどうしているのかを全く知らない。
二人が学校に来なくなってから、琉志は誰とも行動せず、距離を取るようになった。
誰にも迷惑をかけないように、万が一発情した時誰かを巻き込まないように。一人でいるようになった。
学校の生徒に琉志の性別を知る人は一人もいなかった。
身長も高くガタイも良い。勉強は自力で頑張り、アルファの人と同等レベルであった。
そのせいか、アルファだと勝手に噂された。
自分的には、性別なんて何と思われても良かった。ただとにかく、自分が周りに迷惑をかけなければ何でも良かった。
琉志に初めて発情期が来たのは高校二年生の夏頃。
体が内側から熱を帯びていくような、今まで感じたことのないような異変を感じた。琉志は急いで保健室へ行き、先生に相談した上で、発情期に備えて持っていた抑制剤を飲んだ。その後すぐに帰ったおかげでなんとかやり過ごすことができた。
それ以降、発情期の日は時期を把握して学校を休んだし、薬は毎日持ち歩いていた。
だから学校で発情したことはない。
しかし休む周期や、発情してしまったオメガの人に寄り添ったりしたこともあり、結局はオメガなんじゃないかという噂に変わった。
まあ、周りが警戒してくれて、誰も好んで近づいて来たりしないなら、むしろ有難いと思った。
琉志はあの日、コウタとイッサを失ってから学校で独りになった。
楽しかったと感じていた日々は、虚無感だけの色のない日々に変わった。
それでも別に生きていける。
一人で自分を守れるし、助けはいらない。
これからずっと、独りで生きていくと決意した。
もちろん生きづらいとは思うが、頭の良さは勉強で補えばいいし、そんなに肩身を狭くする必要はないと考えていた。
まあ全て父からの受け売りだが、アルファもベータもオメガも、皆同じ人間なんだから、皆仲良くすればいいのにと思っていたのは事実だ。
そんなあまい考えがなくなったのは、高校一年生の時。発情期が始まる人も多くなってくる歳だ。
ほとんどのオメガは、高校一年生か二年生で初めての発情期を迎える。周りでも発情期が来て、オメガだとバレてしまう人がちらほらいた。
『オメガの発情期が来て、アルファが誘惑され性行為をしてしまった』
という事態を防ぐ為、教師はオメガの生徒を把握して、異変があった場合には保健室へすぐ連れて行くよう徹底されていた。
でもそれは、決して完璧ではない。
当時高校一年生の琉志は、コウタとイッサという同じクラスの男子といつも一緒にいた。
二人とは中学校で同じクラスになり、席が近いことがきっかけで仲良くなった。
出会って四年目という割と長い付き合いだったが、お互いの性別を気にしたことはなく、聞いたこともなかった。
「最近誰々はアルファだーとかっていう話題増えたよな~」
コウタがふとそう言ったことがあった。
確かに中学生の頃よりは明らかに性別の話題を耳にするようになり、イッサもそうだねと返した。
「別に誰が何でも良くね?」
「それは俺も同感だな」
琉志も元々全く同じ考えを持っていて、コウタの言葉に同感した。
「だよな?性別で判断すんのとかわかんねーなー」
「みんな、人間性を見るようになったらいいのにね」
イッサが最後に言った言葉にも、琉志とコウタはそうだよなと頷いた。
三人とも、性別は関係ないという考えを持っていた。価値観が一緒だからこそ、三人は一緒にいることができていたのだろう。
しかし三人の関係は、性別によってあっけなく壊された。
イッサは、オメガだった。
あの日のことは、今でも嫌というほど鮮明に覚えている。
外は木々の葉が少しずつ色を変え始め、鮮やかな赤やオレンジ、深みのある黄色に染まっていく。暑かった夏が過ぎ去り、涼しい風が教室にも入り込んで来る。
もうすぐ文化祭という時期で、放課後には各々が準備に励んでいた。文化祭などの行事はみんな仲良く…とはいかず、意見の不一致で揉め事も増える。
その口論を耳にするのがうんざりで、大体が自分のクラスの教室で作業する中、琉志たち三人は、美術準備室という狭い空間で作業していた。
この日、琉志だけ委員会があって二人を待たせていた。委員会が終わった後、二人がいる美術準備室へと向かう。
着いた時にはもう、二人は性交していた。
発情するイッサと、自制が効かないコウタを見て、自分ではどうしたらいいのか分からなかった。
声をかけることも、間に入ることもできず急いで先生を呼びに行った。
先生が三人来て、二人は無理矢理引き剥がされた。
よく見ると、イッサは無理矢理ズボンを脱がされたのか、腰からお尻辺りに爪で引っ掻かれたような傷があるように見えた。
加えて右手の甲は血まみれで、コウタの口元にも血がついていた。
先生によって二人の距離がとられた後、コウタは冷静さを少し取り戻した。
「あ…イッサの、手が…。俺は大丈夫だから。イッサの、手当を…」
震える、振り絞った声でそう言った。
呼吸が荒く、身体が震えた状態のイッサは、先生に抱えられて保健室へと連れて行かれた。
その場には琉志とコウタ、先生が一人残された。
コウタは俺は大丈夫と言ったけれど、精神的には全く大丈夫ではなかった。
「君は大丈夫?唇とか舌は噛んだりはしてない?」
「これは…あいつの血だから」
「そう、怪我してないならとりあえず良かった」
「良くない!俺が、俺があいつを犯した!あいつの手を傷つけた…!俺が…俺が…」
「君は悪くないよ、これは事故だから」
「違う…あいつは、離れろって言ったのに。心配で…その言葉を無視して近づいたから。『お願い離れて』って何回も、言ってたのに…」
「そっか。心配だったんだね」
「どうしよう…リュウジ。俺もう、イッサと会えないかな」
「え。いや、それは…」
「俺、あいつの首、噛もうとした。あいつは必死に守ってた。血が出てんのにさ、あいつ、『ごめん、ごめん』って。『番にはならないようにするから』って。番になろうと噛んでるのは俺なのに。理性がなくなって、制御できないのもこっちなのに。俺、アルファじゃなければよかった…」
そう言い、声を上げて泣いていた。そんなコウタに、琉志は何の言葉もかけてあげることができなかった。
声が枯れるほどに泣き続けるコウタを目の当たりにして、オメガの発情で傷つくのはオメガ自身だけではないのだと気づいた。
アルファの奴はオメガとヤっても「誘ったオメガが悪い」と言うものだと思っていた。
実際、そう言う奴の方が多いと知っている。
だけどこうやって、オメガの発情で自分を責めて、傷ついてしまうアルファもいるのだと知った。
オメガとアルファが関わってどちらかが傷つくくらいなら、やっぱり関わらない方が良いと思ってしまった。
性別を気にして、生きることも大事だと。
それから二人は学校には来なくて、怖気付いた琉志は連絡をすることもできなかった。だからその後、二人がどうしているのかを全く知らない。
二人が学校に来なくなってから、琉志は誰とも行動せず、距離を取るようになった。
誰にも迷惑をかけないように、万が一発情した時誰かを巻き込まないように。一人でいるようになった。
学校の生徒に琉志の性別を知る人は一人もいなかった。
身長も高くガタイも良い。勉強は自力で頑張り、アルファの人と同等レベルであった。
そのせいか、アルファだと勝手に噂された。
自分的には、性別なんて何と思われても良かった。ただとにかく、自分が周りに迷惑をかけなければ何でも良かった。
琉志に初めて発情期が来たのは高校二年生の夏頃。
体が内側から熱を帯びていくような、今まで感じたことのないような異変を感じた。琉志は急いで保健室へ行き、先生に相談した上で、発情期に備えて持っていた抑制剤を飲んだ。その後すぐに帰ったおかげでなんとかやり過ごすことができた。
それ以降、発情期の日は時期を把握して学校を休んだし、薬は毎日持ち歩いていた。
だから学校で発情したことはない。
しかし休む周期や、発情してしまったオメガの人に寄り添ったりしたこともあり、結局はオメガなんじゃないかという噂に変わった。
まあ、周りが警戒してくれて、誰も好んで近づいて来たりしないなら、むしろ有難いと思った。
琉志はあの日、コウタとイッサを失ってから学校で独りになった。
楽しかったと感じていた日々は、虚無感だけの色のない日々に変わった。
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