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思い出
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俺は、ゲームセンターの自動販売機の横にある、長椅子に倒れるように座り込んだ。
着いてすぐにはしゃぎ始めた岡崎が、ドライブゲーム、ダーツ、ユーフォキャッチャー、ボール入れ、と次々遊びまくるので、俺は疲労困憊となっていた。
「優月!次はボーリングしようぜ!」
「…………嘘だろ」
少しは休ませろ、と目で抗議するが、それが岡崎に伝わっている様子はなく。
「優月、何かやりたいのあった?」
「……」
もう言うのも面倒臭い。
「誠。俺と優月は、ちょっと休憩するよ」
市原が気を利かして、代弁してくれる。
市原は、本当に良い奴だと思う。岡崎に、爪の垢を煎じて飲ませてやって欲しいくらいだ。
「これくらいでへたばるとか、お前ら爺かよ。俺、もう一回だけユーフォキャッチャーしてくるから、それまでに元気取り戻しとけよ」
ご機嫌に行く岡崎の後ろ姿を、俺は睨めつけた。
「これ、岡崎だけが楽しんでるんじゃないの?」
俺は隣に座った市原に零した。
すると、市原が「そんなことないよ」と言った。
「ちゃんと、俺も楽しんでる。まさか、最後に優月と遊べるなんてな」
「何だよ、それ」
俺は肘で市原を軽く小突いて笑った。
俺も全く楽しんでいないわけではなかった。学校ではない場所で誰かと過ごす。それは思いの外悪くはなくて、楽しいと感じてしまう瞬間もあった。
「もっと罪悪感を持つと思っていた」
その呟きは、ゲームセンターの騒音で掻き消され、市原の耳に届くことはなかった。
ユーフォキャッチャーを一回だけしてくると言っていた岡崎が、そろそろ戻ってくるだろうと思っていたが、彼が戻ってくる気配はなかった。
恐らく、一回どころか何十枚の硬貨を、溝に捨ててるに違いない。
彼が肩を落として戻ってくるまで、俺は休憩を満喫させてもらうことにする。
「なあ、市原。あれは何のゲーム?」
俺は目についた、大きな長方形の箱のようなものを指して聞いた。
さっきから数人の女子高生か、もしくはカップルらしき男女ばかりが、何やら楽しげに入っていく。
「ああ、あれはプリクラだよ」
「プリクラ?」
それを聞いても、未だ分かっていない俺に、市原が説明をしてくれる。
「あの機械の中にカメラが入っていて、その前でポーズとったりするんだ。撮影が終わったら、デコるっていうの?落書きとかスタンプをつけて、最後にそれがシール写真になって出てくるんだ」
「へえ。市原、詳しいんだな」
そう言うと、市原が懐かしそうに目を細めた。
「一度だけだけど、松田と一緒に撮ったんだ」
「松田と?」
「うん。俺、付き合ってたんだ。松田と」
たぶん、ようやく分かった気がした。
松田が学校に来なくなった理由。そして、市原が自分の原因だと言った理由が。
「松田は、その知ってるのか?市原の転校のこと」
「知ってる。電話ですぐに伝えた」
市原の声が暗くなった。
「転校することになったから、別れようって、そう彼女に伝えた。そしたら、那奈は取り乱して泣きながら、遠距離恋愛になってもいいから、別れたくないって。……俺も那奈とは別れたくないけれど、彼女には寂しい思いをして欲しくないし、させたくないんだ」
俺は恋愛なんてしたことがないから、市原の気持ちに共感はできない。恋愛ってそんなものなのかな、と思うくらいだ。でも……。
「市原。その……俺じゃあ役に立てないと思うけど、俺で良ければ何でも言って」
その言葉は気休めでも、逃げるためでもない、本心から出たものであった。
「ありがとう、優月」
俺は小さく彼に頷き返した。
そのとき、両手に大きな猫のぬいぐるみを抱えた、岡崎が戻ってきた。
「お前、どうしたんだ?それ」
「三回目で取れたんだけど、取り出し口に詰まっちゃって。待たせて悪かったな」
岡崎がケラケラと笑う。
「このぬいぐるみ、記念に市原にやるよ」
「いや、今日の初ゲーセンデビューの優月に譲るよ」
「何だよ、そのデビュー?取った岡崎が持って帰ればいいだろ」
「そうだな。初ゲーセンデビューの優月にプレゼントするよ」
「……お前ら」
男が抱えて持つには恥ずかしい。しかも、視界を半分遮る(邪魔な)物を、さり気なく二人に押し付けられながら、俺たちはボーリング場に向かった。
「市原が転校するのって、いつなんだ?」
岡崎が、カレーライスを口に運びながら聞いた。
ボーリングで遊び終えると、俺たちは一つ降りた階にある、イートコーナーに場所を移し、少し早めの晩ご飯を食べていた。
「あと二週間。だから、今月いっぱいまで。クラスの皆には、明日言うつもり」
市原が転校する学校は、遠く離れた所だった。
松田のやつ、最後まで顔をあわせないつもりなのだろうか。
俺は松田に対してモヤモヤとした、ある意味、苛立ちのような感情を持った。
「市原がいなくなるって知ったら、皆、悲しむだろうな。俺たちは早くに知れたから、こうして遊べたけど」
岡崎の言葉に市原が小さく笑う。
「そうだな。俺も誠たちと遊べて楽しかった。もう何も後悔はないよ」
「本当に?」
俺は無意識に、彼に聞いていた。
「どうしたんだよ?優月」
急に真剣になって聞いたものだから、岡崎が驚いた顔で、俺を見ていた。
市原は俺の問いかけに、悲しそうに微笑んだまま、何も答えようとはしなかった。
そのことが一層、心に引っかかりを感じてしまう。
学校の教室で、光輝と話した夢を思い出す。
助けられなかったことに謝った俺に、光輝はこう言った。
『もう、後悔しても意味なんかないから』
着いてすぐにはしゃぎ始めた岡崎が、ドライブゲーム、ダーツ、ユーフォキャッチャー、ボール入れ、と次々遊びまくるので、俺は疲労困憊となっていた。
「優月!次はボーリングしようぜ!」
「…………嘘だろ」
少しは休ませろ、と目で抗議するが、それが岡崎に伝わっている様子はなく。
「優月、何かやりたいのあった?」
「……」
もう言うのも面倒臭い。
「誠。俺と優月は、ちょっと休憩するよ」
市原が気を利かして、代弁してくれる。
市原は、本当に良い奴だと思う。岡崎に、爪の垢を煎じて飲ませてやって欲しいくらいだ。
「これくらいでへたばるとか、お前ら爺かよ。俺、もう一回だけユーフォキャッチャーしてくるから、それまでに元気取り戻しとけよ」
ご機嫌に行く岡崎の後ろ姿を、俺は睨めつけた。
「これ、岡崎だけが楽しんでるんじゃないの?」
俺は隣に座った市原に零した。
すると、市原が「そんなことないよ」と言った。
「ちゃんと、俺も楽しんでる。まさか、最後に優月と遊べるなんてな」
「何だよ、それ」
俺は肘で市原を軽く小突いて笑った。
俺も全く楽しんでいないわけではなかった。学校ではない場所で誰かと過ごす。それは思いの外悪くはなくて、楽しいと感じてしまう瞬間もあった。
「もっと罪悪感を持つと思っていた」
その呟きは、ゲームセンターの騒音で掻き消され、市原の耳に届くことはなかった。
ユーフォキャッチャーを一回だけしてくると言っていた岡崎が、そろそろ戻ってくるだろうと思っていたが、彼が戻ってくる気配はなかった。
恐らく、一回どころか何十枚の硬貨を、溝に捨ててるに違いない。
彼が肩を落として戻ってくるまで、俺は休憩を満喫させてもらうことにする。
「なあ、市原。あれは何のゲーム?」
俺は目についた、大きな長方形の箱のようなものを指して聞いた。
さっきから数人の女子高生か、もしくはカップルらしき男女ばかりが、何やら楽しげに入っていく。
「ああ、あれはプリクラだよ」
「プリクラ?」
それを聞いても、未だ分かっていない俺に、市原が説明をしてくれる。
「あの機械の中にカメラが入っていて、その前でポーズとったりするんだ。撮影が終わったら、デコるっていうの?落書きとかスタンプをつけて、最後にそれがシール写真になって出てくるんだ」
「へえ。市原、詳しいんだな」
そう言うと、市原が懐かしそうに目を細めた。
「一度だけだけど、松田と一緒に撮ったんだ」
「松田と?」
「うん。俺、付き合ってたんだ。松田と」
たぶん、ようやく分かった気がした。
松田が学校に来なくなった理由。そして、市原が自分の原因だと言った理由が。
「松田は、その知ってるのか?市原の転校のこと」
「知ってる。電話ですぐに伝えた」
市原の声が暗くなった。
「転校することになったから、別れようって、そう彼女に伝えた。そしたら、那奈は取り乱して泣きながら、遠距離恋愛になってもいいから、別れたくないって。……俺も那奈とは別れたくないけれど、彼女には寂しい思いをして欲しくないし、させたくないんだ」
俺は恋愛なんてしたことがないから、市原の気持ちに共感はできない。恋愛ってそんなものなのかな、と思うくらいだ。でも……。
「市原。その……俺じゃあ役に立てないと思うけど、俺で良ければ何でも言って」
その言葉は気休めでも、逃げるためでもない、本心から出たものであった。
「ありがとう、優月」
俺は小さく彼に頷き返した。
そのとき、両手に大きな猫のぬいぐるみを抱えた、岡崎が戻ってきた。
「お前、どうしたんだ?それ」
「三回目で取れたんだけど、取り出し口に詰まっちゃって。待たせて悪かったな」
岡崎がケラケラと笑う。
「このぬいぐるみ、記念に市原にやるよ」
「いや、今日の初ゲーセンデビューの優月に譲るよ」
「何だよ、そのデビュー?取った岡崎が持って帰ればいいだろ」
「そうだな。初ゲーセンデビューの優月にプレゼントするよ」
「……お前ら」
男が抱えて持つには恥ずかしい。しかも、視界を半分遮る(邪魔な)物を、さり気なく二人に押し付けられながら、俺たちはボーリング場に向かった。
「市原が転校するのって、いつなんだ?」
岡崎が、カレーライスを口に運びながら聞いた。
ボーリングで遊び終えると、俺たちは一つ降りた階にある、イートコーナーに場所を移し、少し早めの晩ご飯を食べていた。
「あと二週間。だから、今月いっぱいまで。クラスの皆には、明日言うつもり」
市原が転校する学校は、遠く離れた所だった。
松田のやつ、最後まで顔をあわせないつもりなのだろうか。
俺は松田に対してモヤモヤとした、ある意味、苛立ちのような感情を持った。
「市原がいなくなるって知ったら、皆、悲しむだろうな。俺たちは早くに知れたから、こうして遊べたけど」
岡崎の言葉に市原が小さく笑う。
「そうだな。俺も誠たちと遊べて楽しかった。もう何も後悔はないよ」
「本当に?」
俺は無意識に、彼に聞いていた。
「どうしたんだよ?優月」
急に真剣になって聞いたものだから、岡崎が驚いた顔で、俺を見ていた。
市原は俺の問いかけに、悲しそうに微笑んだまま、何も答えようとはしなかった。
そのことが一層、心に引っかかりを感じてしまう。
学校の教室で、光輝と話した夢を思い出す。
助けられなかったことに謝った俺に、光輝はこう言った。
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