リバーフレンド

幸花

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罪悪

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「もうそろそろ中間試験も近いし、勉強会やらない?」
芹澤の誘いを即断ろうとした。
しかし、岡崎が両手を合わせて、“お願い”のポーズをしてきた。
「なあ、優月も一緒に勉強会してくれ」
岡崎の目は必死だ。
俺は、芹澤と岡崎の顔を交互に見て、肩を落とした。
そのとき、後ろから呼ばれる声が聞こえた。
「優月」
その声に振り返ると、そこには同じ制服を着た、中学生の光輝がいた。
光輝が俺を睨む。
「優月は楽しそうだね。お友達もできて」
「違う!!俺に友達なんかいない!」
俺は、椅子から転ぶように立ち上がり、光輝に向かって叫んだ。
俺の友達は、光輝だけ。光輝しかいない。
「僕はあの日、優月に騙された。君が殺したのと同じだよ。なのに、君は楽しそうに生きている。どうして?」
「楽しそうになんか、していない!」
俺はずっと謝りたかった。あの日のこと。守れなかったこと。助けられなかったこと。一人で死なせてしまったこと。
助かったのが、光輝だったら、と何度も思った。
「ごめん……光輝」
俺と光輝しかいない教室に、長い沈黙が落ちる。
やがて、光輝が口を開く。
「もう…………ないから」
それは、ひどく冷たい声だった。

目覚ましの音で目が覚める。
「……夢、か」
天井に向かって、呟く。
ベッドから出て、台所に下りると、母さんが言った。
「優月、体調でも悪いの?顔色が良くないわ」
「そうかな?全然、悪いとこはないよ」
俺は誤魔化すように、曖昧な笑いをする。
「それならいいけど、しんどくなったら学校休むのよ。じゃあ、行ってくるわね」
「わかった。いってらっしゃい」
会社に出て行く母さんに挨拶して、テーブルの上のパンをかじった。

松田の家は、二階建てで、こじんまりとしていた。
芹澤がインターホンを鳴らす。
すぐに応答があり、松田那奈の声が聞こえた。
「戸塚と岡崎も一緒にいるんだけどいい?」
彼女が聞くと、松田が驚いたのがわかった。当然である。
少しして、玄関から松田が出てきた。そして、門扉を開けてくれる。
「俺、女子の家に入るの初めてだわ」
と、岡崎が俺に耳打ちをする。
そんなの、俺も同じだ。
緊張とまでは言わないが、軽い抵抗感がある。
俺たちは、三人掛けソファーに並んで座った。
「はい。これがノートのコピーね」
芹澤が紙束を松田に渡す。
「この日のは、私も学校休んじゃったから、戸塚のノートを写したもの」
分からない所があったら、戸塚に聞いて、と付け加えられる。
俺は慌てて、
「いや、俺ほとんど聞いてないし。岡崎に聞いて」
と岡崎に投げた。
「おう。もちろん。委員長も聞いて」
岡崎が芹澤に、ニコニコして言う。
「戸塚くんも、岡崎くんも、今日は来てくれて、ありがとう」
お礼を言う松田に、なぜか芹澤が返事をした。
「いいの、いいの。二人とも、那奈のこと心配して来たんだから」
おい、と岡崎を挟んで、座る彼女を見る。
彼女は、一体何が目的で、俺たちを連れてきたのだろう。
もし、これも委員長の責務だと思っているのならば、今後は休まないように、注意しなくてはならない。うっかり休めば、もれなく岡崎もついて、家まで押しかけてくるだろう。
朝、母さんに言われたままに、学校を休まなくて良かった、と思う。
松田の家を出た後、岡崎が言った。
「松田、元気そうだったじゃん」
見た目だけで言えば、学校にいるときと、変わりはなかった。
「言っとくけど、那奈はズル休みじゃないからね」
やっぱり、芹澤は理由を知っているらしい。
特に聞く気もなかったが、俺はつい声に出してしまっていた。
「市原?」
その言葉に、芹澤が息を呑む。
「え?市原?どこどこ?」
岡崎は市原を探して、キョロキョロとする。
昨日、屋上で見た彼女の顔は、気のせいなんかではなかった。
芹澤は市原を意識している。松田のことで、何か。
「悪い。俺の見間違いだったわ」
「なぁんだ、優月の見間違いか」
俺たちが別れた後、芹澤が一人で、後ろから走ってきた。
「戸塚。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
その言葉に迷う。残念ながら、聞いても俺に答えられることは何もない。
正直に、「俺、何も知らないけど」と言うと、それでもと言われ、俺と芹澤は近くの公園に寄ることにした。
「市原から、何か聞いた?」
ベンチに腰を下ろして、早々に芹澤が尋ねてくる。
「松田が休んでいるのは、俺のせいだ、って言ってた。それしか、聞いてないよ」
「ふーん。そっか」
意外にも、芹澤はあっさりとしていた。
普段もこれくらいだと嬉しいのだが。
俺は彼女の横顔に呼びかけた。
「なあ。俺たちが知ったら不味いの?その、松田が休んでる理由って」
すると、芹澤は小さく溜め息を吐いた。
「不味くはないけど。少なくとも、私が言うべきことじゃないと思ってる」
「ふーん」
先程の彼女と同じ返事で返す。
彼女はベンチから立ち上がると、組んだ指を天に向かって伸ばした。
「私さ、学級委員長になったとき思ったの」
何を突然言い出すのかと思えば。
本当は早く帰りたかったが、語り始める雰囲気に、帰るタイミングを失ってしまっていた。だから、聞き流すつもり、だった。
「クラスの皆の役に立てるようになりたいって。だけど、誰も言わないんだよね。辛いことも、大変なことも」
夢で見た、光輝の姿が思い浮かんだ。
「……芹澤は、自信家だな。全員のこと、助けられるって思ってるのか」
俺は芹澤から視線を外し、自嘲した。
俺なんかが、彼女を非難する資格はないのに。
しかし、芹澤は気分を害した様子もなく、からりと笑って言った。
「逆だよ。そんな自信ない。でも、できることはあると思う」
「できること?」
芹澤が頷く。
「共感してあげたり、励ましたり。気持ちに寄り添ってあげることは、できるよ」
たしかに、彼女のような存在がいるだけで、安心できたりすることもあるだろう。
「だけど、そんな寄り添いを必要としてない奴も、いるんじゃない?」
俺のように。
芹澤は振り向くと、俺を見て、目を細めた。
「私はね、お節介が売りなの」
俺は彼女を見返して、思う。
一番、“嫌な奴”を近づけさせてしまったのではないか、と。
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