7 / 13
蜜蜂
しおりを挟む
パソコンから顔を上げると、窓の外は暗く、残っていたのは私だけとなっていた。
まだまだここで仕事をしていたいが、終電の時間も近いので、仕方なく帰ることにする。
普段はこんなに遅くまで残業はしない。
それは、隆司が居たからだ。
隆司と私は、三年ほど交際をしていた。
毎日、先に家に帰って、晩御飯を作って彼を出迎える。それが日課であった。
彼がなかなか帰ってこない日は、二人分の冷めた料理の前で、時計を見ながら待っていた。
自分で言うのもなんだが、結構尽くしてきたと思う。
けれど、隆司にはそれが重かったのだと言う。
ウェイトレスの女性が、ミルクティーが入ったカップを、私の前に置く。
「ごゆっくり」
その言葉に軽く頭を下げる。
二人の飲み物がそろうと、隆司が切り出した。
「芽衣子、俺と別れてほしい」
別れる?なんで?
「実は、会社の子と、お付き合いのようなことしてたんだ」
いつから?
「一年くらい前から」
その子を選ぶの?私はずっと隆司を愛しているのに。
「彼女のお腹の中には、赤ちゃんがいるんだ。俺が責任取らなくっちゃ」
私は持っていたカップを落とした。床に、まだ一口も飲んでいないミルクティーが溢れた。
暗い夜道。人の通りもなく。静かだ。なんとなく、怖いと思ってしまう。
いつも通っている道なのに、暗いだけで、初めて歩く場所のように感じる。
スマホを握りしめるが、連絡できる人はもう居ない。
自然と早足で歩く。駅までもう少しだ。
そのとき、後ろから足音が聞こえてきた。それも走るような。私に向かってきている気がする。
そして、誰かの手が私の肩に触れた。
「きゃあっ!」
小さな悲鳴をあげて蹲る。
「舞田主任?」
その声に振り返ると、私の後ろに居たのは、後輩の灘大智であった。
「ちょっと、灘くん驚かせないでよ」
後輩に情けない姿を見せてしまい、少しだけ自分が恥ずかしくなる。
「舞田主任がこんな遅くまで仕事してるから。俺、待ってたんですよ?」
「え?待ってたって何処で?」
会社は私で最後だったので、きっちりと施錠をした。
「会社近くの、レストランのテラス席で、晩飯を食べながら。でも、舞田主任。振られたからって、ヤケ残業は体壊しますよ」
どうして、振られたことを彼が知っているのか。
もちろん、自分で言った覚えはない。
「畑主任から聞きました」
「……あ、そう」
そう言えば。振られて家に帰った後、会社の同期の畑には電話で話したんだっけ。酒を呑みながら。
畑のやつ……!明日は、仕事をたくさん分け与えてやる、と心に決めた。
「まあ、俺には吉報なんですけどね」
「吉報って何が?」
すると、灘くんがしゃがんでいる私に、手を差し出してきた。
その手を取ると、強い力で引き上げられ、そのまま彼に包まれるように抱きしめられる。
「俺、今度は諦めないんで。覚悟しててください」
耳元で囁かれた言葉に、顔が熱くなるのを感じる。
『新しいチャンスはすぐそこかもね』
と、昨日言っていた畑の言葉を思い出す。
畑は全て知っていたのだろう。
私は赤くなった顔を隠すように、彼の肩に顔を埋めた。
『蜜蜂』ー終ー
まだまだここで仕事をしていたいが、終電の時間も近いので、仕方なく帰ることにする。
普段はこんなに遅くまで残業はしない。
それは、隆司が居たからだ。
隆司と私は、三年ほど交際をしていた。
毎日、先に家に帰って、晩御飯を作って彼を出迎える。それが日課であった。
彼がなかなか帰ってこない日は、二人分の冷めた料理の前で、時計を見ながら待っていた。
自分で言うのもなんだが、結構尽くしてきたと思う。
けれど、隆司にはそれが重かったのだと言う。
ウェイトレスの女性が、ミルクティーが入ったカップを、私の前に置く。
「ごゆっくり」
その言葉に軽く頭を下げる。
二人の飲み物がそろうと、隆司が切り出した。
「芽衣子、俺と別れてほしい」
別れる?なんで?
「実は、会社の子と、お付き合いのようなことしてたんだ」
いつから?
「一年くらい前から」
その子を選ぶの?私はずっと隆司を愛しているのに。
「彼女のお腹の中には、赤ちゃんがいるんだ。俺が責任取らなくっちゃ」
私は持っていたカップを落とした。床に、まだ一口も飲んでいないミルクティーが溢れた。
暗い夜道。人の通りもなく。静かだ。なんとなく、怖いと思ってしまう。
いつも通っている道なのに、暗いだけで、初めて歩く場所のように感じる。
スマホを握りしめるが、連絡できる人はもう居ない。
自然と早足で歩く。駅までもう少しだ。
そのとき、後ろから足音が聞こえてきた。それも走るような。私に向かってきている気がする。
そして、誰かの手が私の肩に触れた。
「きゃあっ!」
小さな悲鳴をあげて蹲る。
「舞田主任?」
その声に振り返ると、私の後ろに居たのは、後輩の灘大智であった。
「ちょっと、灘くん驚かせないでよ」
後輩に情けない姿を見せてしまい、少しだけ自分が恥ずかしくなる。
「舞田主任がこんな遅くまで仕事してるから。俺、待ってたんですよ?」
「え?待ってたって何処で?」
会社は私で最後だったので、きっちりと施錠をした。
「会社近くの、レストランのテラス席で、晩飯を食べながら。でも、舞田主任。振られたからって、ヤケ残業は体壊しますよ」
どうして、振られたことを彼が知っているのか。
もちろん、自分で言った覚えはない。
「畑主任から聞きました」
「……あ、そう」
そう言えば。振られて家に帰った後、会社の同期の畑には電話で話したんだっけ。酒を呑みながら。
畑のやつ……!明日は、仕事をたくさん分け与えてやる、と心に決めた。
「まあ、俺には吉報なんですけどね」
「吉報って何が?」
すると、灘くんがしゃがんでいる私に、手を差し出してきた。
その手を取ると、強い力で引き上げられ、そのまま彼に包まれるように抱きしめられる。
「俺、今度は諦めないんで。覚悟しててください」
耳元で囁かれた言葉に、顔が熱くなるのを感じる。
『新しいチャンスはすぐそこかもね』
と、昨日言っていた畑の言葉を思い出す。
畑は全て知っていたのだろう。
私は赤くなった顔を隠すように、彼の肩に顔を埋めた。
『蜜蜂』ー終ー
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?
ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。
しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。
しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…
JC💋フェラ
山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる