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怪しむ兄弟子
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お地蔵様、聞いてくだされ。某の悩みを。
某は、或る仙の弟子となって早三十五年。来る日も来る日も修行に明け暮れてござった。朝も早くから冷たい水で堂の掃除を行い、身を清めた後に、経を唱え、滝に打たれて、薪を割り、畑を耕し、写経をし、それはそれは真面目に勤めておったのです。
つい五、六年ほど前に猿の妖怪が仙の弟子となったのじゃ。名を挙げるのは告げ口をするようで心苦しい。ここでは仮の法名を空悟として話を進めることでお許しござれ。
この空悟と申す者、元は妖怪と申せど、学問も礼儀作法も覚えるのが早いのは驚くばかり。かといって驕り高ぶるでもなく自分の分をわきまえて堂の一番端で身を丸めて毎晩眠り、朝は一番早くに目を覚ます感心な奴でござった。
変わったのはここ一年ほどばかり前のことじゃ。ある時、空悟が不老不死の術を会得したいと不遜なことを言い出した。師は怒って空悟の頭を三回叩き、後ろで手を組みながら部屋を出て行かれてしまわれた。某も含めて皆は師の怒りに慌てふためいたが、驚いたことにこの空悟はにこにこと笑っておった。意外にも傲慢な奴だったと某も見下げたほどであった。
しかし翌朝起きてみると、師も昨日の怒りはどこへやら機嫌よう笑っておられるし、空悟に至っては毛並みも見たことがないくらいぴんと張って生命力に溢れておった。夜の間に師に謝罪し許しを得たのかと尋ねてみたが、空悟は何も言わなかった。ただ近づいてみると、その毛並みには師しか使われない高貴な香のかぐわしさがほのかに混じってござった。
某には微妙な感情の揺らぎはわからぬ。凡庸な肉体を脱いで解脱するためには、人間の生々しい感情は修行の妨げにしかならんと思うておうた。
しかし、最近気づいたのですじゃ。説法する師を弟子が取り囲む時、空悟は必ずその輪の最後方におる。しかし、他の弟子を通り越して師に注がれる一身の視線がやけに熱を帯びておることに。そして、師は弟子をくまなく見渡すように首を回される時、空悟を通り過ぎる一瞬だけまるで名残を惜しむようにゆっくり動かれることに。
また、さらにじゃ、師が言葉で弟子をねぎらってくださることは稀にござる。ただ空悟には何の言葉を掛けることもござらん。通りすがる時にあの毛深い頭を一度だけさすっていくだけじゃ。ここに何かの感情が混ざってはござらんか。
いいや、某の考えすぎなら良いのじゃ。いつも決まって朝起こしてくれるあの空悟から今日も師の香りがしてござった。今日は特にあのしっぽから。
いやいや決して空悟を責めたい気持ちはござらん。彼は熱心に修行に励んでおる。ただ、そうであるなら、某の今まで通ってきた道は間違いだったのではないかと不安になるだけなのじゃ。修行に一身に打ち込めども成果はでず。新しい術を覚えられずにここ数年が過ぎていくばかりじゃ。
しかし、一方で空悟はいつも生命力に満ち溢れ、某の知らない術を使いこなし、次々とできることを増やしていく。某は空悟に習い、師との関係を深めるべきなのでござろうか。
某にはもう何もわからぬのじゃ。どうかどうか、お慈悲をくだされ。
某は、或る仙の弟子となって早三十五年。来る日も来る日も修行に明け暮れてござった。朝も早くから冷たい水で堂の掃除を行い、身を清めた後に、経を唱え、滝に打たれて、薪を割り、畑を耕し、写経をし、それはそれは真面目に勤めておったのです。
つい五、六年ほど前に猿の妖怪が仙の弟子となったのじゃ。名を挙げるのは告げ口をするようで心苦しい。ここでは仮の法名を空悟として話を進めることでお許しござれ。
この空悟と申す者、元は妖怪と申せど、学問も礼儀作法も覚えるのが早いのは驚くばかり。かといって驕り高ぶるでもなく自分の分をわきまえて堂の一番端で身を丸めて毎晩眠り、朝は一番早くに目を覚ます感心な奴でござった。
変わったのはここ一年ほどばかり前のことじゃ。ある時、空悟が不老不死の術を会得したいと不遜なことを言い出した。師は怒って空悟の頭を三回叩き、後ろで手を組みながら部屋を出て行かれてしまわれた。某も含めて皆は師の怒りに慌てふためいたが、驚いたことにこの空悟はにこにこと笑っておった。意外にも傲慢な奴だったと某も見下げたほどであった。
しかし翌朝起きてみると、師も昨日の怒りはどこへやら機嫌よう笑っておられるし、空悟に至っては毛並みも見たことがないくらいぴんと張って生命力に溢れておった。夜の間に師に謝罪し許しを得たのかと尋ねてみたが、空悟は何も言わなかった。ただ近づいてみると、その毛並みには師しか使われない高貴な香のかぐわしさがほのかに混じってござった。
某には微妙な感情の揺らぎはわからぬ。凡庸な肉体を脱いで解脱するためには、人間の生々しい感情は修行の妨げにしかならんと思うておうた。
しかし、最近気づいたのですじゃ。説法する師を弟子が取り囲む時、空悟は必ずその輪の最後方におる。しかし、他の弟子を通り越して師に注がれる一身の視線がやけに熱を帯びておることに。そして、師は弟子をくまなく見渡すように首を回される時、空悟を通り過ぎる一瞬だけまるで名残を惜しむようにゆっくり動かれることに。
また、さらにじゃ、師が言葉で弟子をねぎらってくださることは稀にござる。ただ空悟には何の言葉を掛けることもござらん。通りすがる時にあの毛深い頭を一度だけさすっていくだけじゃ。ここに何かの感情が混ざってはござらんか。
いいや、某の考えすぎなら良いのじゃ。いつも決まって朝起こしてくれるあの空悟から今日も師の香りがしてござった。今日は特にあのしっぽから。
いやいや決して空悟を責めたい気持ちはござらん。彼は熱心に修行に励んでおる。ただ、そうであるなら、某の今まで通ってきた道は間違いだったのではないかと不安になるだけなのじゃ。修行に一身に打ち込めども成果はでず。新しい術を覚えられずにここ数年が過ぎていくばかりじゃ。
しかし、一方で空悟はいつも生命力に満ち溢れ、某の知らない術を使いこなし、次々とできることを増やしていく。某は空悟に習い、師との関係を深めるべきなのでござろうか。
某にはもう何もわからぬのじゃ。どうかどうか、お慈悲をくだされ。
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