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第二部 第八章 推しがまさかの恋人に
推しがまさかの恋人に2
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玄奘はゆっくりと息をついた。
「良かった……。私はこの場にいられることに本当に感謝している」
朝から怒涛の展開でついに緊張の糸が切れたのだろう。玄奘がしくしくと泣き出した。
「本当に……ありがとう。悟空……、八戒、悟浄、磁路さん。今朝まではもう……一緒に活動することは無理だと思っていた。本当に何と言えば良いか……」
隣に座っていた悟空は泣きじゃくる玄奘をぎゅっと抱きしめた。そのまま何も言わずに背中をさすっている。
「いろいろあったけど、丸く収まって良かったよな。兄貴は、まあ飛び抜けてだけど、おれたちだってみんな玄奘のことを大切に思ってんだからさ、玄奘も自分のことを大切にしてくれよ」
八戒は他の者が残したオレンジジュースを飲み干して言う。これでも八戒は二人がやっとくっついたことに満足はしているのだ。
「相変わらずオメーは何の役にも立たなかったけどな」
「そんなことねえよ。いろいろ骨折ってやったじゃねえかよ」
「今日は具体的にどんな役に立った?」
「うーん、その場にはいたじゃん?俺っているだけでその場を和ませられる天才だからさ」
悟空はもう八戒の戯言は聞かなった。自分の胸で泣いている玄奘の横顔をそっと窺う。
「玄奘、おつかれさまでした」
悟空は玄奘の涙が伝う頬に軽い音をたててキスをした。
「うん……悟空。ありがとう……」
二人は見つめ合う。
PCの画面では「極上、抱き合ってる」、「キスした」、「ヤバい、またキスしそう」と今回の配信で一番大量のコメントが流れていく。
この辺が潮時だと察した悟浄は、「あ、配信を切り忘れておった」と大きな声を出して、今度こそ本当にカメラを止めた。
驚いた悟空は、磁路に怒鳴る。本当は詰め寄りたいところだが、玄奘を抱えているので睨みつけるだけにしておく。
「磁路、てめえわざと流しやがったな」
「週刊誌のせいでジャニ西解散説も流れておるからの。玄奘の健気さとメンバーの仲の良さを見せつけておくべきと考えての」
「頬にキスまでしか映しておらんから安心するがいい」
悟浄はやおらに言うが、悟空は安心できるはずもない。
「いや、キス映ってんじゃねえかよ。見せ物じゃねえんだよ。悟浄は気づいてたんなら早く配信切れっつーの」
「でも、わりと高評価みてえだよ」
八戒は磁路と一緒にPC画面でSNSを確認している。
配信が終了したばかりの興奮さめやらぬタイムラインでは「ヤバい、極上キスした。つきあってる!」、「でもあのキスは慰めるためにしたのでは?」、「慰めるために誰にでもキスすんのかよ?そんなわけねえよな?」と悲鳴と混乱が上がっている。
混乱から少し落ち着いた者たちは「つきあっていない男性同士で頬にキスをするのは通常ありえるのか、よほどの信頼と親愛が深まればキスもありなのだろうか、それとも極上の二人はやっぱりつきあっているのか」について、殉教者の考察と妄想が繰り広げ始めている。例のごとく悟空が玄奘の頬にキスしたシーンを拡大して載せているアカウントもある。
一方で、Go-kuとGenjyo、それぞれへのリアコ寄りアカウントは狂ったように二人の関係を否定している。「友達というより、二人は仲間なんだからキスくらいすることもあるよ!しかもほっぺただし!」、「泣いてるGenjyoを落ち着かせるためにしただけだよ、Genjyoは赤ちゃんなんだから」というツイートもある。
「リアコちゃんにはお気の毒だけど、とうとう今日から二人はほんとにつきあっちゃってんだよなあ~」
八戒はにたにた笑いながら言う。
「だいぶ前から両片思いではあったがの」
悟浄の言葉に玄奘は目を丸くする。
「そうなのか?」
悟空は思わず肩をすくめる。気付かれないうちにこの場から出て行きたいが無理だろうか、と扉をうかがう。
「私だけが悟空のことを好きなのだと……」
玄奘に注進するように、八戒と悟浄がどんどんと悟空の本音を漏らしていく。
「そんなことねえですよ。兄貴なんかKonzenのオタクだったときから既に恋してましたからね。会ったことすらないのに」
「玄奘に出会ってからはもう寝ても覚めてもずっと玄奘、玄奘であった。玄奘がまだ悟空のことを意識もしていないうちから、寝顔が可愛いだの、甘いものを食ってるときの顔が可愛いだの。いちいち騒いでいたことを覚えておる」
「恋人ごっこするようになってからはさ、さらに気持ちが重たくなってきてさ。俺達に嫉妬しても仕方ねえのに、俺達ばかり玄奘としゃべりすぎなんじゃないかって、玄奘のいない所でつっかかってきたりなぁ。玄奘の好きな料理作れるように本買ってきたりして練習しちゃってさあ。俺、失敗作食ってやったこともあったなあ。そういや虫よけの指輪でも渡しておきたいけど、恋人ごっこで渡すのはさすがに重いかって悩んでたこともあったよなぁ。あんなに他人に気持ちをかき乱されてる兄貴見るのは初めてだったから面白かったのなんのって。ひゃーはっはっ」
「知らなかった……」
玄奘は思わず熱くなってきた頬に片手を当てる。悟空はもう穴があったら入りたい心地である。
八戒の暴露に続き、悟浄も言い立てる。
「それに今朝玄奘の実家に乗り込む際には、顔は青ざめ、とにかく気ばかり焦っておって一人で飛び出していきそうな勢いであった。伴侶を奪われた者はかくも必死になるのかと思うほどであったな」
「その時点では別に本当の恋人ってわけでもなかったのにな」
「ずっと前から悟空にとって、すでに玄奘以外に大切なものはなかった。しかし本人ばかりが気づいていなかったのであろう」
「そうか……そうなのか」
じわじわと喜びをかみしめているような玄奘の顔は可愛らしいことこの上ないが、悟空はもう恥ずかしさで一杯である。
「や、やめろ~!」
悟空は八戒と悟浄の口を塞ぎにかかる。玄奘は頬を赤らめながらも、笑って見ている。
磁路がぱんぱん、と手を叩いて言った。
「さあ、仲が良いのは良い事だが、明日も早いからそろそろ休んだ方が良い」
八戒が磁路の腕をつつく。
「今夜はさあ、気持ちが通じ合った初めての夜だぜぇ?このまま兄貴達を帰したら絶対ヤるでしょ。デートの前科もあるしさあ。明日の朝、玄奘が目を腫らして起きてくるに一票」
「なるほど。明日は生放送があるというのにそれは困るな」
磁路は納得している。悟空は思わず否定する。
「や、やらねーよっ」
「……やらないのか」
玄奘から熱っぽい視線を向けられると、悟空は思わず口ごもる。恥ずかしいので玄奘にしか聞こえないように囁く。
「……そういうのは、あの……玄奘の身体の負担にならないようたくさん時間をかけた方が……良いと思います」
「……ありがとう」
心のこもった提案に玄奘も赤くなりながらぼそぼそと礼を言う。
八戒が腕を突き出して提案した。
「じゃあ今日はさ、みんなで一緒に雑魚寝しちゃおうぜ?」
八戒は仲間と騒ぐのが楽しいのだ。賑やかな場所から一人きりの自宅に帰りたくないだけである。悟浄も同じ気持ちだったようで特に反対する様子もない。
「紅害嗣との騒ぎの時に、拙者と八戒と磁路で数日会議室に寝泊まりしたことあったな。あの時は玄奘と悟空はいなかったが」
磁路が頷いた。
「よし、では今日は会議室で寝袋にて雑魚寝じゃ。私には眠りはほとんど必要ない。一晩見張っておる故、大聖殿と玄奘はいちゃつくでないぞ」
磁路が会議室の電気を消した。無機質な会議室の床に四つの寝袋が並んでいる。
「修学旅行みたいで楽しいじゃん。枕投げでもする?」
八戒がうきうきと発案したが、悟空はにべもなく断った。
「しねえよ、早く寝ろ」
隣り合った寝袋で玄奘はこそこそと聞いてくる。
「おやすみのキスはしてもいいだろうか?」
耳ざとく聞きつけた八戒は言う。
「えぇ?玄奘、いっつもそんなに可愛い声でキスねだってんのぉ?兄貴が我慢できなくなるわけだよ。いいじゃんいいじゃん。チューしろよ、俺がっつり見ておくから」
「見せ物じゃねえっつの」
悟空は寝袋から手を出して八戒の頭を殴りつけた。
キスのタイミングを失った玄奘と悟空はそのまま目を閉じた。八戒はすぐに高鼾をかき始める。
元々夜型の悟浄はすぐには眠れないらしく、部屋の隅で磁路と今夜のインスタライブのコメントやツイートを分析して今後の戦略を立てている。
「悟空、寝てしまったか?」
ひそひそと玄奘が声を掛けてくる。
「寝てません」
「少し二人で話したい」
「わかりました。部屋を出ましょう」
悟空が「磁路、おれたちは少し夜風にあたりに行ってくる」と声を掛けると、磁路は「遅くなるなよ」と頷いた。ちらりと視線を向けた悟浄に悟空は念のため言っておく。
「防犯カメラで覗くなよ」
「そこまで無粋ではない」
二人は手を繋いで会社の階段を上がる。屋上の扉を開けた。
都会とは言え、どこからかかすかに虫の声も聞こえる。ビル街もさすがに深夜は灯りが少ない。オレンジ色の街灯と信号の光が無人の道路を照らしている。日中のむっとする熱気もとうに過ぎ、肌にふれる空気はすでに秋の色だ。悟空は自分のパーカーを玄奘に着せた。
「ありがとう」
「これで寒くないですか?」
「大丈夫」
悟空は手持ち無沙汰に自分の身長よりも高いフェンスに指をかける。心臓がどきどきしている。玄奘と二人きりだ。何を話していいのかわからない。
これまで一緒の部屋で生活していたのが嘘だったのではないかと思うほど、悟空は緊張していた。
「今日はありがとう。さんざん世話になったのに、勝手にジャニ西を辞めると言い出してすまない。悟空にはもう会わせる顔がないと思っていたのに、助けにきてくれて……」
悟空は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「もう何度もお礼は言ってもらったからいいですよ。でもこれだけは覚えておいてください。今までもこれからも玄奘がどんな道を選んだとしてもおれは傍にいます、ずっと」
「それが間違った道であったとしても?」
不安そうな玄奘に悟空は笑った。
「あなたが道を間違うなんてことあります?たとえ間違えたとしても、きっとしばらくすれば気付くじゃないですか。そしてまた来た道を戻って正しい道を行く。その道中もずっと傍にいます。だから、おれを置いて行くなんてことはしないでください」
「……わかった」
玄奘は神妙に言った。
「何があっても、おれはもうあなたのことを離せませんから」
「うん……。わかっている」
玄奘は悟空の傍にすすっと寄って来た。悟空の服の裾を掴む。そして言った。
「私もずっと悟空を手放す気はないよ。大好きな悟空」
悟空はへへっと笑って軽いキスをした。
「照れますね」
二人は夜空を見上げた。ビル群の灯に照らされて、夜空というのに白い雲がうすぼんやりかかっているのが見える。まるで薄い青空のように。
恋人になったばかりの二人の心は浮き立っている。
「そういえば、悟空。私はまだ悟空から好きだと言われていない気がするが」
「そ、そうでしたっけ?」
途端に身体を引こうとする悟空の腰を玄奘はぎゅっと抱きしめる。玄奘は悟空の顔を覗き込んで言う。
「なあ、言ってくれないのか?」
「……え、っと……、その……そんな目で見ないでください。顔が良すぎて緊張します」
「そんなに私の顔が好きか」
「顔も好きですけど、全部好きですよ、もう」
「……もっとちゃんと言ってほしいのだが」
正式な恋人となったせいか、玄奘が気軽に甘えてくる気がしている。その距離感に悟空は浮つく。
「もう今日は勘弁してください。おれ、心臓がもうさっきから爆発しそうなくらいどきどきしてて」
「恋人の私と二人でいるとどきどきするのか?……私もそうだ」
玄奘は口元を軽く手で押さえてふふふ、と笑う。その表情に悟空の胸は高鳴る。
「おやすみのキス、しましょうか」
玄奘は頷いて目を閉じた。悟空の手のひらが頬に当たる。そっと頬を支えられたまま、唇が一瞬だけふれてすぐに離れていった。
「不思議だな。ごく軽いキスだけなのにすごく心が満たされている」
「おれもです。なんだか胸がいっぱいで。これで十分、というか」
磁路から気持ちを通じ合わせないから不安になって身体をつなぐのだと説教されたことを思い出す。悔しいが当たっていたようだ。
「私とはしたくないか?」
玄奘が尋ねる。これは不安そうに見せかけて、ただいちゃつきたいだけの文脈なのはわかりきっている。
「したいに決まってるじゃないですか。わかりきったことを聞かないでください」
二人は手を繋いで会議室に戻った。
「良かった……。私はこの場にいられることに本当に感謝している」
朝から怒涛の展開でついに緊張の糸が切れたのだろう。玄奘がしくしくと泣き出した。
「本当に……ありがとう。悟空……、八戒、悟浄、磁路さん。今朝まではもう……一緒に活動することは無理だと思っていた。本当に何と言えば良いか……」
隣に座っていた悟空は泣きじゃくる玄奘をぎゅっと抱きしめた。そのまま何も言わずに背中をさすっている。
「いろいろあったけど、丸く収まって良かったよな。兄貴は、まあ飛び抜けてだけど、おれたちだってみんな玄奘のことを大切に思ってんだからさ、玄奘も自分のことを大切にしてくれよ」
八戒は他の者が残したオレンジジュースを飲み干して言う。これでも八戒は二人がやっとくっついたことに満足はしているのだ。
「相変わらずオメーは何の役にも立たなかったけどな」
「そんなことねえよ。いろいろ骨折ってやったじゃねえかよ」
「今日は具体的にどんな役に立った?」
「うーん、その場にはいたじゃん?俺っているだけでその場を和ませられる天才だからさ」
悟空はもう八戒の戯言は聞かなった。自分の胸で泣いている玄奘の横顔をそっと窺う。
「玄奘、おつかれさまでした」
悟空は玄奘の涙が伝う頬に軽い音をたててキスをした。
「うん……悟空。ありがとう……」
二人は見つめ合う。
PCの画面では「極上、抱き合ってる」、「キスした」、「ヤバい、またキスしそう」と今回の配信で一番大量のコメントが流れていく。
この辺が潮時だと察した悟浄は、「あ、配信を切り忘れておった」と大きな声を出して、今度こそ本当にカメラを止めた。
驚いた悟空は、磁路に怒鳴る。本当は詰め寄りたいところだが、玄奘を抱えているので睨みつけるだけにしておく。
「磁路、てめえわざと流しやがったな」
「週刊誌のせいでジャニ西解散説も流れておるからの。玄奘の健気さとメンバーの仲の良さを見せつけておくべきと考えての」
「頬にキスまでしか映しておらんから安心するがいい」
悟浄はやおらに言うが、悟空は安心できるはずもない。
「いや、キス映ってんじゃねえかよ。見せ物じゃねえんだよ。悟浄は気づいてたんなら早く配信切れっつーの」
「でも、わりと高評価みてえだよ」
八戒は磁路と一緒にPC画面でSNSを確認している。
配信が終了したばかりの興奮さめやらぬタイムラインでは「ヤバい、極上キスした。つきあってる!」、「でもあのキスは慰めるためにしたのでは?」、「慰めるために誰にでもキスすんのかよ?そんなわけねえよな?」と悲鳴と混乱が上がっている。
混乱から少し落ち着いた者たちは「つきあっていない男性同士で頬にキスをするのは通常ありえるのか、よほどの信頼と親愛が深まればキスもありなのだろうか、それとも極上の二人はやっぱりつきあっているのか」について、殉教者の考察と妄想が繰り広げ始めている。例のごとく悟空が玄奘の頬にキスしたシーンを拡大して載せているアカウントもある。
一方で、Go-kuとGenjyo、それぞれへのリアコ寄りアカウントは狂ったように二人の関係を否定している。「友達というより、二人は仲間なんだからキスくらいすることもあるよ!しかもほっぺただし!」、「泣いてるGenjyoを落ち着かせるためにしただけだよ、Genjyoは赤ちゃんなんだから」というツイートもある。
「リアコちゃんにはお気の毒だけど、とうとう今日から二人はほんとにつきあっちゃってんだよなあ~」
八戒はにたにた笑いながら言う。
「だいぶ前から両片思いではあったがの」
悟浄の言葉に玄奘は目を丸くする。
「そうなのか?」
悟空は思わず肩をすくめる。気付かれないうちにこの場から出て行きたいが無理だろうか、と扉をうかがう。
「私だけが悟空のことを好きなのだと……」
玄奘に注進するように、八戒と悟浄がどんどんと悟空の本音を漏らしていく。
「そんなことねえですよ。兄貴なんかKonzenのオタクだったときから既に恋してましたからね。会ったことすらないのに」
「玄奘に出会ってからはもう寝ても覚めてもずっと玄奘、玄奘であった。玄奘がまだ悟空のことを意識もしていないうちから、寝顔が可愛いだの、甘いものを食ってるときの顔が可愛いだの。いちいち騒いでいたことを覚えておる」
「恋人ごっこするようになってからはさ、さらに気持ちが重たくなってきてさ。俺達に嫉妬しても仕方ねえのに、俺達ばかり玄奘としゃべりすぎなんじゃないかって、玄奘のいない所でつっかかってきたりなぁ。玄奘の好きな料理作れるように本買ってきたりして練習しちゃってさあ。俺、失敗作食ってやったこともあったなあ。そういや虫よけの指輪でも渡しておきたいけど、恋人ごっこで渡すのはさすがに重いかって悩んでたこともあったよなぁ。あんなに他人に気持ちをかき乱されてる兄貴見るのは初めてだったから面白かったのなんのって。ひゃーはっはっ」
「知らなかった……」
玄奘は思わず熱くなってきた頬に片手を当てる。悟空はもう穴があったら入りたい心地である。
八戒の暴露に続き、悟浄も言い立てる。
「それに今朝玄奘の実家に乗り込む際には、顔は青ざめ、とにかく気ばかり焦っておって一人で飛び出していきそうな勢いであった。伴侶を奪われた者はかくも必死になるのかと思うほどであったな」
「その時点では別に本当の恋人ってわけでもなかったのにな」
「ずっと前から悟空にとって、すでに玄奘以外に大切なものはなかった。しかし本人ばかりが気づいていなかったのであろう」
「そうか……そうなのか」
じわじわと喜びをかみしめているような玄奘の顔は可愛らしいことこの上ないが、悟空はもう恥ずかしさで一杯である。
「や、やめろ~!」
悟空は八戒と悟浄の口を塞ぎにかかる。玄奘は頬を赤らめながらも、笑って見ている。
磁路がぱんぱん、と手を叩いて言った。
「さあ、仲が良いのは良い事だが、明日も早いからそろそろ休んだ方が良い」
八戒が磁路の腕をつつく。
「今夜はさあ、気持ちが通じ合った初めての夜だぜぇ?このまま兄貴達を帰したら絶対ヤるでしょ。デートの前科もあるしさあ。明日の朝、玄奘が目を腫らして起きてくるに一票」
「なるほど。明日は生放送があるというのにそれは困るな」
磁路は納得している。悟空は思わず否定する。
「や、やらねーよっ」
「……やらないのか」
玄奘から熱っぽい視線を向けられると、悟空は思わず口ごもる。恥ずかしいので玄奘にしか聞こえないように囁く。
「……そういうのは、あの……玄奘の身体の負担にならないようたくさん時間をかけた方が……良いと思います」
「……ありがとう」
心のこもった提案に玄奘も赤くなりながらぼそぼそと礼を言う。
八戒が腕を突き出して提案した。
「じゃあ今日はさ、みんなで一緒に雑魚寝しちゃおうぜ?」
八戒は仲間と騒ぐのが楽しいのだ。賑やかな場所から一人きりの自宅に帰りたくないだけである。悟浄も同じ気持ちだったようで特に反対する様子もない。
「紅害嗣との騒ぎの時に、拙者と八戒と磁路で数日会議室に寝泊まりしたことあったな。あの時は玄奘と悟空はいなかったが」
磁路が頷いた。
「よし、では今日は会議室で寝袋にて雑魚寝じゃ。私には眠りはほとんど必要ない。一晩見張っておる故、大聖殿と玄奘はいちゃつくでないぞ」
磁路が会議室の電気を消した。無機質な会議室の床に四つの寝袋が並んでいる。
「修学旅行みたいで楽しいじゃん。枕投げでもする?」
八戒がうきうきと発案したが、悟空はにべもなく断った。
「しねえよ、早く寝ろ」
隣り合った寝袋で玄奘はこそこそと聞いてくる。
「おやすみのキスはしてもいいだろうか?」
耳ざとく聞きつけた八戒は言う。
「えぇ?玄奘、いっつもそんなに可愛い声でキスねだってんのぉ?兄貴が我慢できなくなるわけだよ。いいじゃんいいじゃん。チューしろよ、俺がっつり見ておくから」
「見せ物じゃねえっつの」
悟空は寝袋から手を出して八戒の頭を殴りつけた。
キスのタイミングを失った玄奘と悟空はそのまま目を閉じた。八戒はすぐに高鼾をかき始める。
元々夜型の悟浄はすぐには眠れないらしく、部屋の隅で磁路と今夜のインスタライブのコメントやツイートを分析して今後の戦略を立てている。
「悟空、寝てしまったか?」
ひそひそと玄奘が声を掛けてくる。
「寝てません」
「少し二人で話したい」
「わかりました。部屋を出ましょう」
悟空が「磁路、おれたちは少し夜風にあたりに行ってくる」と声を掛けると、磁路は「遅くなるなよ」と頷いた。ちらりと視線を向けた悟浄に悟空は念のため言っておく。
「防犯カメラで覗くなよ」
「そこまで無粋ではない」
二人は手を繋いで会社の階段を上がる。屋上の扉を開けた。
都会とは言え、どこからかかすかに虫の声も聞こえる。ビル街もさすがに深夜は灯りが少ない。オレンジ色の街灯と信号の光が無人の道路を照らしている。日中のむっとする熱気もとうに過ぎ、肌にふれる空気はすでに秋の色だ。悟空は自分のパーカーを玄奘に着せた。
「ありがとう」
「これで寒くないですか?」
「大丈夫」
悟空は手持ち無沙汰に自分の身長よりも高いフェンスに指をかける。心臓がどきどきしている。玄奘と二人きりだ。何を話していいのかわからない。
これまで一緒の部屋で生活していたのが嘘だったのではないかと思うほど、悟空は緊張していた。
「今日はありがとう。さんざん世話になったのに、勝手にジャニ西を辞めると言い出してすまない。悟空にはもう会わせる顔がないと思っていたのに、助けにきてくれて……」
悟空は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「もう何度もお礼は言ってもらったからいいですよ。でもこれだけは覚えておいてください。今までもこれからも玄奘がどんな道を選んだとしてもおれは傍にいます、ずっと」
「それが間違った道であったとしても?」
不安そうな玄奘に悟空は笑った。
「あなたが道を間違うなんてことあります?たとえ間違えたとしても、きっとしばらくすれば気付くじゃないですか。そしてまた来た道を戻って正しい道を行く。その道中もずっと傍にいます。だから、おれを置いて行くなんてことはしないでください」
「……わかった」
玄奘は神妙に言った。
「何があっても、おれはもうあなたのことを離せませんから」
「うん……。わかっている」
玄奘は悟空の傍にすすっと寄って来た。悟空の服の裾を掴む。そして言った。
「私もずっと悟空を手放す気はないよ。大好きな悟空」
悟空はへへっと笑って軽いキスをした。
「照れますね」
二人は夜空を見上げた。ビル群の灯に照らされて、夜空というのに白い雲がうすぼんやりかかっているのが見える。まるで薄い青空のように。
恋人になったばかりの二人の心は浮き立っている。
「そういえば、悟空。私はまだ悟空から好きだと言われていない気がするが」
「そ、そうでしたっけ?」
途端に身体を引こうとする悟空の腰を玄奘はぎゅっと抱きしめる。玄奘は悟空の顔を覗き込んで言う。
「なあ、言ってくれないのか?」
「……え、っと……、その……そんな目で見ないでください。顔が良すぎて緊張します」
「そんなに私の顔が好きか」
「顔も好きですけど、全部好きですよ、もう」
「……もっとちゃんと言ってほしいのだが」
正式な恋人となったせいか、玄奘が気軽に甘えてくる気がしている。その距離感に悟空は浮つく。
「もう今日は勘弁してください。おれ、心臓がもうさっきから爆発しそうなくらいどきどきしてて」
「恋人の私と二人でいるとどきどきするのか?……私もそうだ」
玄奘は口元を軽く手で押さえてふふふ、と笑う。その表情に悟空の胸は高鳴る。
「おやすみのキス、しましょうか」
玄奘は頷いて目を閉じた。悟空の手のひらが頬に当たる。そっと頬を支えられたまま、唇が一瞬だけふれてすぐに離れていった。
「不思議だな。ごく軽いキスだけなのにすごく心が満たされている」
「おれもです。なんだか胸がいっぱいで。これで十分、というか」
磁路から気持ちを通じ合わせないから不安になって身体をつなぐのだと説教されたことを思い出す。悔しいが当たっていたようだ。
「私とはしたくないか?」
玄奘が尋ねる。これは不安そうに見せかけて、ただいちゃつきたいだけの文脈なのはわかりきっている。
「したいに決まってるじゃないですか。わかりきったことを聞かないでください」
二人は手を繋いで会議室に戻った。
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