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第二部 第六章 告白

告白3

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 どこからか大きな金属音がして、眠りから覚めた。気怠い手を伸ばしてスマホを確認すれば、昼過ぎだった。しばらく寝たようだ。

「お主は何も使えぬなぁ、いいから見ておれ」

 ドアを隔ててくぐもった声がする。どうやら磁路のようだ。仕事から一旦抜けて様子を見に来てくれたのだろう。

 寝ている間に汗をかいたようで、枕元に置いてあったスポーツドリンクを一気に飲み干す。じんわりと身体に水が行きわたった感覚の後、若干の尿意を覚えて悟空は立ち上がった。

 数歩歩いたところでふらついた。朝から何も食べていないせいだ。壁に手をついて悟空は頭を抑える。

 物音に気付いたのだろう。悟空の自室のドアがそーっと開いた。 

「悟空……?」

 気づかわしげに顔を出したのは磁路ではなく玄奘だった。壁に寄りかかっている悟空に気付くと、驚いて近寄ってくる。

「大丈夫か、掴まるといい」

「ちょっとふらついちまって。玄奘は仕事だったんじゃ?」

「磁路さんが早めに上がらせてくれた」

 玄奘はトイレまで肩をかしてくれる。玄奘の優しい香りがする。悟空は安心して身体を預けた。

 ベッドに戻る前に着替えたいと言うと玄奘が着替えを持ってきてくれる。心なしか張りきっている様子すらある。 

「一人で着替えられますよ」

「さっきふらついていたではないか。悟空はただ座っていればいい。私がやるから、ほら腕を上げて」

 玄奘がベッドに腰かけ、悟空のスウェットに手をかけた。玄奘が脱がそうとしてくるが、顎に引っかかって脱げない。

 あれ、あれ?と首を傾げながら、玄奘は無理にスウェットを引っ張る。

「いてて、そんな無理に引き上げても抜けないですよ」

 玄奘の不器用さと、その不器用な中でも役に立ちたいと懸命に頑張る姿を見ると、愛おしくなってしまう。なんとか上半身を脱がされた悟空は、ぼーっと玄奘を見つめた。

「ふふ、髪の毛がぼさぼさになってしまったな」

「玄奘が強引に脱がせるからです」 

 ぽすん、と玄奘の肩に頭を載せれば、玄奘は髪の毛を撫でて直してくれる。

「ごめんごめん」

 悟空は腕こそ回さないものの、抱き合うかのように玄奘に寄りかかる。玄奘の身体が温かくてほっとする。

「なあにをしておる?」

 その時、極寒のように冷たい声が響き渡った。磁路である。普段は温厚な笑顔をたたえている顔が般若の面をつけたようだ。角が生えて見えるのは幻覚だろうか。

 途端に玄奘が慌てて悟空の肩を持って引き剥がす。 

「あ、あ、あの、悟空の着替えを手伝って、……あの、それだけです」

「ふぅん?抱き合っていたように見えたが?」

「ち、違いますよ。あの、悟空がふらつく……と言うので支えただけです」

「なるほど?では続きをせられい。私は見ておくでな」

 凍えるような瞳の監視の下、玄奘は無事に悟空の着替えを終わらせた。

「いいか、玄奘。大聖殿は玄奘との関係を悩んで熱を出したのだ。その上で新たに誘惑なぞすれば、熱が悪化するのは目に見えておる。大聖殿の熱が下がるまで、いちゃつくのは禁止じゃ。私がしっかり見張っているからな」 

「……誘惑など……してないんですがね」

 玄奘は口の中だけでもごもごと反論しかけたものの、磁路の剣幕にさすがに言い返すことはできなかった。







「ほら、私が作った雑炊じゃ。肉と野菜も入れておいたから少し食べるといい」

 磁路が盆に載せた茶碗を渡してくれる。口ぶりからはまだ怒りを収めていないようだが、細々した気の遣い方から磁路の親切さが伝わる。

「あんまり食べたくねえんだよ」 

「少しでも口に入れた方がいい。私が食べさせてあげよう」

 眉を寄せて心配そうな顔の玄奘がれんげを手に取る。すると、磁路がささっと距離を詰めた。

「いかんいかん、玄奘は近寄ってはいかん。ここは私が食べさせよう」

 悟空は、目の前に突き出されたれんげを見る。その先にはにやつく磁路がいる。

 悟空は盛大なため息をついた。磁路にあーんされるほど悲劇的なことがあるだろうか。しかも玄奘の見ている前で。

「磁路はいやだ。玄奘がいい」

 ここで、自分で食べると言い出さなかったのは、悟空も病気のせいで気弱になっていたせいだろう。

「まあ、病人が言うのなら仕方なかろう」 

 磁路が玄奘にれんげを譲った。

 玄奘は嬉しそうに悟空の口元に粥を差し出した。大量に盛られた粥を唇に遠慮なく当てられ、悟空は思わず後ずさった。

「あちっ」 

「ご、ごめん、悟空」

「そんなことじゃいかんぞ、玄奘。病人が食べやすいよう、量は少なめで匙の先の方に掬うのじゃ。それから食べさせる前にふうふうして冷ましてやれ」

「はいっ、わかりました」

 運動部の後輩のように、磁路の助言に玄奘は張りきって返事をする。

 その後は指示を守って玄奘はれんげの先端で少量掬ってから、ふーと息を吹きかける。

 かわいいなあ、ずっと見ていられるなあ、と悟空は思っている。

「はい、悟空」

 悟空は素直に口を開けて、玄奘に食べさせてもらう。一口食べる毎に玄奘が嬉しそうな顔をするのが何度も見たくなるので、食欲はないくせに次々に口を開けてしまう。

「全部食べられたな、良かった」 

 玄奘がほっとしたように息をついた。悟空の口元を布巾で拭ってくれる。まるで子ども扱いだが、悟空は悪い気はしなかった。

 小鳥のように突き出す悟空の唇の周りをふき取ったあと、唇の中心を玄奘は人差し指で軽く押した。むにゅ、という感触がある。

「何するんですか」

「かわいかったから、つい、な」

「おれがかわいいわけないでしょう」

「い~ちゃ~つ~く~な~」

 笑顔だった玄奘は磁路の脅しが聞こえた拍子に姿勢を正し、「いちゃついてませんっ」と立ち上がった。

 磁路は腕を組んで言った。

「本当に玄奘は役に立たぬの。お粥さえまともに作れぬ。食べ物を必要としない私に料理の腕で負けるのは恥ずかしいことであるのだぞ」

「はいっ、すいません。でも、今日はありがとうございました。次は私が作れるように今度教えて頂けると嬉しいです」

「コンロの火もまともに点けられない男につける薬はないわ」

「……元気になったらおれが教えますよ、玄奘」

 ベッドの中から悟空が声をかける。腹に食物を入れたせいか少し力が湧いてきた気もする。玄奘は目を輝かせた。

「本当か?」

「ええ、今度一緒に夕飯を作りましょう」

「そうだな。早く良くなるように薬を飲んで眠った方がいい。あの……おやすみのキスはしてもいいだろうか?」

 玄奘はベッドに腰かけて顔を近づけてきた。悟空が答える間もなく、その提案は磁路に切って捨てられた。

「良いわけがなかろう!大聖殿は薬を飲んで早く寝るのだっ」
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