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第二部 第五章 初めてのデート
初めてのデート4
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それから数日後、ジャニ西は一日休暇がとれることになった。休みの前日、悟空のスマホが鳴った。
紅害嗣からのメッセージだ。
「明日のデートプランを俺が考えてやったからありがたく実施しろ。納多にも確認してもらったから玄奘が喜ぶことは確実だ。俺の指示には必ず従うように。まずは―」
悟空は息を一つついて考えた。納多監修のプランであればよほど無茶なことはないだろう。
悟空はデートの予定など立てたこともない。過去の恋人はいつも悟空の予定にただついてくることが多かった。甲斐性なしと罵られて別れを告げられるのはそれが原因だったのかもしれない。
玄奘が少しでも楽しんでくれるなら、おれはなんでもしてやろう。
二人で遠くに出かけることなど初めてだ。知らず悟空の心は浮き立っていた。玄奘には明日の行き先を既に伝えてある。悟空は玄奘の部屋をノックした。
「玄奘?明日のことなんですけど」
返事を待ってドアを開けた悟空は思わず動きを止めた。
普段ほとんど使用していない玄奘のベッド(いつも玄奘は悟空の部屋のベッドで一緒に眠るため)にたくさんの服が散らかっている。
「あ……えっと……こ、これは……」
一気に脳天まで赤くなる玄奘につられて、悟空の頬も赤くなった。
「服を選んでたんですか?」
「変な服では……行けないと思って。その……私にとってデート、というものは、初めて……だし」
玄奘はそわそわとして、悟空と目を合わせないようにして説明する。悟空もなぜか心がそわつく。
「そ、そうですか……。あの、えっと、ごゆっくり……。服が決まったら教えてください。明日は決めた服をそれぞれ交換して出かけます」
「服を交換?」
玄奘は可愛らしく首を傾げた。
先程、紅害嗣が提案してきたのがそれだった。
納多によれば素性がバレないよう変装した方が良いが、下手に顔を隠すよりも雰囲気を変えた方がわかりにくいとのこと。それで互いに自分のお気に入りの服を選んでから交換し、相手の服を着てデートするように、との指示である。
「私の服を……悟空が着るのか……」
玄奘は驚いたようでぼんやり立っている。
「い、いやですか?」
「いやじゃないっ。その……わかった」
悟空が部屋を立ち去ってからも、玄奘はそのまま動かなかった。
「どうしよう……。ますます選べない」
しばらくして悟空の部屋に来た玄奘はいつもと異なり、部屋の入り口から動かなかった。
「どうしました?まだ寝ないんです?」
「あの……今日は別々に寝ようと思う」
少し申し訳なさそうに玄奘は提案した。
「いいですよ。理由を聞いても?」
「あの……服を選ぶのにもう少し時間がかかりそうで」
「待ってますよ、そのくらい」
「いや、でも……明日は初めてのデートだから、その、別々に寝た方がより明日が楽しみになりそうな気がして……」
玄奘は耳のあたりを擦りながら、懸命に説明した。
悟空は今すぐに抱きしめたい衝動を必死で抑えた。かわいい。かわいすぎる。
「わかりました。じゃあ、今日は別々に寝ましょう」
「おやすみのキスはしてもいいだろうか?」
「どうぞ」
玄奘は悟空のスウェットを柔らかく握りながら、一度だけ唇を合わせた。
そのあとの二人は互いの体温と存在に慣れすぎたのと、初めてのデートへの高揚感とでなかなか寝付けなかったのは言うまでもない。
翌朝、悟空が用意した朝食を二人でとり、それぞれ服を交換し出かける準備を整えた。
悟空が玄奘のために選んだのは、空軍仕様のMA-1ブルゾンの下に、たっぷりしたフォルムのアイボリーの薄手ニットを合わせ、ボトムは細身ストライプの入ったワイドパンツである。
ブルゾンの尖った印象が落ち着いたパンツで和らぎ、玄奘の雰囲気にもマッチしている。玄奘の背丈ではパンツからくるぶしが見えてしまうが、それもアクセントになっている。
一方の玄奘は、薄いチャコールグレーのジャケットと、同系色濃色のスラックスを合わせた。
無難にセットアップを選ばなかったあたりが玄奘のこだわりである。インナーは白のバンドカラーシャツで抜け感を出している。悟空には少しオーバーサイズとなるため、カジュアルさを増して着こなしている。
互いに互いの服を着てから顔を合わせた二人は、「うわあ……」と言って互いを見つめ合う。いつもと違うテイストの服を着た相手を見る興奮と、相手が着ているのが自分の服だという快感に心が震える。
「玄奘、綺麗です。玄奘が着ると、どんな服でも上品になっちまいますね」
悟空はニットの裾をひっぱって肩の位置を合わせてやりながら言った。
「悟空だって……ジャケットは肩がこると言うけれど、似合うじゃないか」
褒められた悟空は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「玄奘の服だから、汚さないようにします」
「そうしてくれるとありがたい。この服は悟空の匂いがする」
「一緒に洗濯してるのに?おれ、やっぱりくさいですか?」
「くさくない」
玄奘は自分の服を着せた悟空を上から下まで眺めた。その後、自室から何かを取ってきて悟空の顔にかけた。
「以前、変装用にと磁路さんからもらった伊達メガネだ」
眼鏡に縁取られた悟空の目が玄奘を見ながら視線を上げてくる。細い縁の丸眼鏡が、いつもは隠されている悟空の繊細で知性的な一面を際立たせるようだ。
悟空の新たな魅力に皆が気づいてしまったらどうしよう、自分だけが知っていたいと、玄奘の心臓はどきどきし始める。
鏡がないので自分の顔が見られない悟空は、玄奘の顔を見るしかない。
「うん……」
玄奘は満足気にそう頷いたきり、何も言わない。
「ど、どうです?」
「……良い」
「本当ですか?目付き悪いのが強調されませんかね」
「そんなことはない。本当にカッコいい」
真剣な顔で言い募る玄奘に悟空は首を傾げた。
「そ、そうですか?」
悟空も何かを思いついたようで自分の部屋からお気に入りの黒いキャップを取って来て玄奘に被せた。全体のカジュアルさが増していつもより幼い印象になる。
「普段こんな帽子かぶらないでしょう?顔も隠れるし、一石二鳥ですね」
悟空が帽子のつばから覗き込むようにして笑いかけると、玄奘は顔を綻ばせて頷いた。
電車を乗り継いでおよそ一時間。二人は鎌倉駅に到着した。
古民家を改築したカフェで早速ランチを済ませた二人は鶴岡八幡宮へ向かう。
「この参道は遠近法が利用されていて、八幡宮の威容を伝えるために工夫されているらしい。昔、鎌倉幕府が―」
うきうきという効果音がこれほど似合うこともなさそうな玄奘が張り切って説明をする。悟空は玄奘が好きそうな話題だなと思いながら、聞いている。
「玄奘、それ勉強してきたんです?」
一通り説明を聞き終えてから悟空が尋ねると、玄奘はしまった、という顔をした。
「……デートの下準備くらい、してくるだろう?楽しみにしてたんだから」
拗ねるように言い訳をする玄奘は、服装のせいか少し幼い印象で悟空は目を細めた。
「楽しみにしてたんですか?」
「……してた。悟空は?」
「おれもです」
我ながら気持ち悪いとは思うが、悟空は頬がゆるむのを抑えられない。
―――――――
一方、こちらの三人は車で鎌倉に到着である。
「僕たち最高に悪趣味なことしてるってわかってる?」と言いながら車を降りたのが玉竜である。
「お前だってついてきてるんだから同罪だよ、同罪。別に来なくてもいいって言ったのに、行くっていったのはお前だぜ」とへらへらと笑いながら後に続いたのは八戒だ。
「だって僕が行かなきゃ、八戒と悟浄だってデート中だと勘違いされちゃうかもしれないじゃん」
「おれはこんなゴボウとデートしねえよ」
玉竜と八戒ががやがや言い立てる中、運転席からは悟浄が降りてきて言った。
「悟空たちは八幡宮に向かっているようだ」
悟浄はスマホを取り出し、早速玄奘の靴に付けたGPSの場所を調べたようだ。
「悟浄は防犯カメラのハッキングで見守る形式かなって思ってたけど、ついて来たんだね」
玉竜がそれなりに失礼なことを平気で言う。
「現地に行かねばわからぬことがあるからな」
悟浄の指示で捜索し、二人を見つけた玉竜が声をあげる。
「いつもと服が違う!玄奘が悪趣味なミリタリー着てる!」
悟浄が慌ててその口を塞ぎ、建物の影に身を隠す。
「ああ、それぞれの服を交換して着ているのであろう。昨夜、玄奘から相談されたゆえ」
「ええ?何その乙女思考なその提案。気持ち悪いなあ」
玉竜は顔をしかめるが、悟浄はさらっと受け流す。
「人目を避けるには悪くない方法ではある」
八戒はさっそく買ってきた鎌倉揚げをもぐもぐ食べながら言う。
「俺、メッセージ来てないけど」
「頼りにならないと思われたのでは」
悟浄の返答に八戒は自分でも納得する。
「まあ、そうだな」
平日とはいえ観光地である。外国人も含めた旅行客で参道は賑やかで、さすがの悟空も尾行には気づいていない様子だ。
―――――――
悟空のスマホには「鶴岡八幡宮で玄奘の仕事運を祈願すること」という紅孩児からの指令メッセージが届く。紅孩児からの指令にしては内容がまともすぎる、と悟空は意外に思うが、きっと納多が手をまわしてくれたのだろう。
境内に入ると源平池の一面に蓮の花が咲いていた。薄桃色が桃源郷の匂いを運んでくる。まだ開いていないつぼみや開いた花、そして池に浮かぶ葉が織りなす光景は、さきほどまでのざわついた参道とは一線を画していた。
「綺麗だ……」
足を止める玄奘に合わせて、悟空も立ち止まる。
「蓮の花を見ると、懐かしい気持ちになる」
「……磁路の言う前世を信じるようになりました?」
磁路によれば、前世では玄奘は経典を求めて唐から天竺までを旅した僧であり、悟空、八戒、悟浄はその道中を共にした弟子たちであった、という話である。
「途方もない話すぎて、わからないな……。でも、紅害嗣の事務所で炎に巻かれながら見た光景や、競馬場での懐かしい感覚、からすると、そういうこともあるのかもしれないと……、今ではそう思う」
「おれもです。玄奘のことをずっと昔から知っているような気がします」
玄奘はかすかに頷いた。
紅害嗣からのメッセージだ。
「明日のデートプランを俺が考えてやったからありがたく実施しろ。納多にも確認してもらったから玄奘が喜ぶことは確実だ。俺の指示には必ず従うように。まずは―」
悟空は息を一つついて考えた。納多監修のプランであればよほど無茶なことはないだろう。
悟空はデートの予定など立てたこともない。過去の恋人はいつも悟空の予定にただついてくることが多かった。甲斐性なしと罵られて別れを告げられるのはそれが原因だったのかもしれない。
玄奘が少しでも楽しんでくれるなら、おれはなんでもしてやろう。
二人で遠くに出かけることなど初めてだ。知らず悟空の心は浮き立っていた。玄奘には明日の行き先を既に伝えてある。悟空は玄奘の部屋をノックした。
「玄奘?明日のことなんですけど」
返事を待ってドアを開けた悟空は思わず動きを止めた。
普段ほとんど使用していない玄奘のベッド(いつも玄奘は悟空の部屋のベッドで一緒に眠るため)にたくさんの服が散らかっている。
「あ……えっと……こ、これは……」
一気に脳天まで赤くなる玄奘につられて、悟空の頬も赤くなった。
「服を選んでたんですか?」
「変な服では……行けないと思って。その……私にとってデート、というものは、初めて……だし」
玄奘はそわそわとして、悟空と目を合わせないようにして説明する。悟空もなぜか心がそわつく。
「そ、そうですか……。あの、えっと、ごゆっくり……。服が決まったら教えてください。明日は決めた服をそれぞれ交換して出かけます」
「服を交換?」
玄奘は可愛らしく首を傾げた。
先程、紅害嗣が提案してきたのがそれだった。
納多によれば素性がバレないよう変装した方が良いが、下手に顔を隠すよりも雰囲気を変えた方がわかりにくいとのこと。それで互いに自分のお気に入りの服を選んでから交換し、相手の服を着てデートするように、との指示である。
「私の服を……悟空が着るのか……」
玄奘は驚いたようでぼんやり立っている。
「い、いやですか?」
「いやじゃないっ。その……わかった」
悟空が部屋を立ち去ってからも、玄奘はそのまま動かなかった。
「どうしよう……。ますます選べない」
しばらくして悟空の部屋に来た玄奘はいつもと異なり、部屋の入り口から動かなかった。
「どうしました?まだ寝ないんです?」
「あの……今日は別々に寝ようと思う」
少し申し訳なさそうに玄奘は提案した。
「いいですよ。理由を聞いても?」
「あの……服を選ぶのにもう少し時間がかかりそうで」
「待ってますよ、そのくらい」
「いや、でも……明日は初めてのデートだから、その、別々に寝た方がより明日が楽しみになりそうな気がして……」
玄奘は耳のあたりを擦りながら、懸命に説明した。
悟空は今すぐに抱きしめたい衝動を必死で抑えた。かわいい。かわいすぎる。
「わかりました。じゃあ、今日は別々に寝ましょう」
「おやすみのキスはしてもいいだろうか?」
「どうぞ」
玄奘は悟空のスウェットを柔らかく握りながら、一度だけ唇を合わせた。
そのあとの二人は互いの体温と存在に慣れすぎたのと、初めてのデートへの高揚感とでなかなか寝付けなかったのは言うまでもない。
翌朝、悟空が用意した朝食を二人でとり、それぞれ服を交換し出かける準備を整えた。
悟空が玄奘のために選んだのは、空軍仕様のMA-1ブルゾンの下に、たっぷりしたフォルムのアイボリーの薄手ニットを合わせ、ボトムは細身ストライプの入ったワイドパンツである。
ブルゾンの尖った印象が落ち着いたパンツで和らぎ、玄奘の雰囲気にもマッチしている。玄奘の背丈ではパンツからくるぶしが見えてしまうが、それもアクセントになっている。
一方の玄奘は、薄いチャコールグレーのジャケットと、同系色濃色のスラックスを合わせた。
無難にセットアップを選ばなかったあたりが玄奘のこだわりである。インナーは白のバンドカラーシャツで抜け感を出している。悟空には少しオーバーサイズとなるため、カジュアルさを増して着こなしている。
互いに互いの服を着てから顔を合わせた二人は、「うわあ……」と言って互いを見つめ合う。いつもと違うテイストの服を着た相手を見る興奮と、相手が着ているのが自分の服だという快感に心が震える。
「玄奘、綺麗です。玄奘が着ると、どんな服でも上品になっちまいますね」
悟空はニットの裾をひっぱって肩の位置を合わせてやりながら言った。
「悟空だって……ジャケットは肩がこると言うけれど、似合うじゃないか」
褒められた悟空は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「玄奘の服だから、汚さないようにします」
「そうしてくれるとありがたい。この服は悟空の匂いがする」
「一緒に洗濯してるのに?おれ、やっぱりくさいですか?」
「くさくない」
玄奘は自分の服を着せた悟空を上から下まで眺めた。その後、自室から何かを取ってきて悟空の顔にかけた。
「以前、変装用にと磁路さんからもらった伊達メガネだ」
眼鏡に縁取られた悟空の目が玄奘を見ながら視線を上げてくる。細い縁の丸眼鏡が、いつもは隠されている悟空の繊細で知性的な一面を際立たせるようだ。
悟空の新たな魅力に皆が気づいてしまったらどうしよう、自分だけが知っていたいと、玄奘の心臓はどきどきし始める。
鏡がないので自分の顔が見られない悟空は、玄奘の顔を見るしかない。
「うん……」
玄奘は満足気にそう頷いたきり、何も言わない。
「ど、どうです?」
「……良い」
「本当ですか?目付き悪いのが強調されませんかね」
「そんなことはない。本当にカッコいい」
真剣な顔で言い募る玄奘に悟空は首を傾げた。
「そ、そうですか?」
悟空も何かを思いついたようで自分の部屋からお気に入りの黒いキャップを取って来て玄奘に被せた。全体のカジュアルさが増していつもより幼い印象になる。
「普段こんな帽子かぶらないでしょう?顔も隠れるし、一石二鳥ですね」
悟空が帽子のつばから覗き込むようにして笑いかけると、玄奘は顔を綻ばせて頷いた。
電車を乗り継いでおよそ一時間。二人は鎌倉駅に到着した。
古民家を改築したカフェで早速ランチを済ませた二人は鶴岡八幡宮へ向かう。
「この参道は遠近法が利用されていて、八幡宮の威容を伝えるために工夫されているらしい。昔、鎌倉幕府が―」
うきうきという効果音がこれほど似合うこともなさそうな玄奘が張り切って説明をする。悟空は玄奘が好きそうな話題だなと思いながら、聞いている。
「玄奘、それ勉強してきたんです?」
一通り説明を聞き終えてから悟空が尋ねると、玄奘はしまった、という顔をした。
「……デートの下準備くらい、してくるだろう?楽しみにしてたんだから」
拗ねるように言い訳をする玄奘は、服装のせいか少し幼い印象で悟空は目を細めた。
「楽しみにしてたんですか?」
「……してた。悟空は?」
「おれもです」
我ながら気持ち悪いとは思うが、悟空は頬がゆるむのを抑えられない。
―――――――
一方、こちらの三人は車で鎌倉に到着である。
「僕たち最高に悪趣味なことしてるってわかってる?」と言いながら車を降りたのが玉竜である。
「お前だってついてきてるんだから同罪だよ、同罪。別に来なくてもいいって言ったのに、行くっていったのはお前だぜ」とへらへらと笑いながら後に続いたのは八戒だ。
「だって僕が行かなきゃ、八戒と悟浄だってデート中だと勘違いされちゃうかもしれないじゃん」
「おれはこんなゴボウとデートしねえよ」
玉竜と八戒ががやがや言い立てる中、運転席からは悟浄が降りてきて言った。
「悟空たちは八幡宮に向かっているようだ」
悟浄はスマホを取り出し、早速玄奘の靴に付けたGPSの場所を調べたようだ。
「悟浄は防犯カメラのハッキングで見守る形式かなって思ってたけど、ついて来たんだね」
玉竜がそれなりに失礼なことを平気で言う。
「現地に行かねばわからぬことがあるからな」
悟浄の指示で捜索し、二人を見つけた玉竜が声をあげる。
「いつもと服が違う!玄奘が悪趣味なミリタリー着てる!」
悟浄が慌ててその口を塞ぎ、建物の影に身を隠す。
「ああ、それぞれの服を交換して着ているのであろう。昨夜、玄奘から相談されたゆえ」
「ええ?何その乙女思考なその提案。気持ち悪いなあ」
玉竜は顔をしかめるが、悟浄はさらっと受け流す。
「人目を避けるには悪くない方法ではある」
八戒はさっそく買ってきた鎌倉揚げをもぐもぐ食べながら言う。
「俺、メッセージ来てないけど」
「頼りにならないと思われたのでは」
悟浄の返答に八戒は自分でも納得する。
「まあ、そうだな」
平日とはいえ観光地である。外国人も含めた旅行客で参道は賑やかで、さすがの悟空も尾行には気づいていない様子だ。
―――――――
悟空のスマホには「鶴岡八幡宮で玄奘の仕事運を祈願すること」という紅孩児からの指令メッセージが届く。紅孩児からの指令にしては内容がまともすぎる、と悟空は意外に思うが、きっと納多が手をまわしてくれたのだろう。
境内に入ると源平池の一面に蓮の花が咲いていた。薄桃色が桃源郷の匂いを運んでくる。まだ開いていないつぼみや開いた花、そして池に浮かぶ葉が織りなす光景は、さきほどまでのざわついた参道とは一線を画していた。
「綺麗だ……」
足を止める玄奘に合わせて、悟空も立ち止まる。
「蓮の花を見ると、懐かしい気持ちになる」
「……磁路の言う前世を信じるようになりました?」
磁路によれば、前世では玄奘は経典を求めて唐から天竺までを旅した僧であり、悟空、八戒、悟浄はその道中を共にした弟子たちであった、という話である。
「途方もない話すぎて、わからないな……。でも、紅害嗣の事務所で炎に巻かれながら見た光景や、競馬場での懐かしい感覚、からすると、そういうこともあるのかもしれないと……、今ではそう思う」
「おれもです。玄奘のことをずっと昔から知っているような気がします」
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