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第二部 第四章 双方の気持ち
双方の気持ち2
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悟空の録音が終了し、次いで2ndパートの玄奘の録音になる。
まずは録った主旋律を流しながら、全員でブースに入って歌い、他のパートの音の重なりを確認してみる。苦手なラスサビ直前の転調の部分も玄奘は一音も外さずに歌えている。当該箇所にかかると悟空が歌いながら見つめてきて、「大丈夫だ」というように頷いてくれるのが、玄奘にとって心強かった。
その後、玄奘だけがブースに残り、曲の頭から録音していく。ブースでは残りの三人が待機している。
悟空が録っていた時とは異なり、ブースの端でおしゃべりをしている者はない。悟空と悟浄は、玉竜とプロデューサー太上の傍に座り、玄奘の録音の様子を食い入るように見つめている。ただ、ブースの端にいて菓子を食いまくっている八戒の様子は変わらない。
「先の様子を見るに、玄奘はあの転調の部分、克服できたようだな」
悟浄が悟空にぼそぼそと話しかけた。
「まあな、一人でも練習してたしな。おれも一緒に練習したし。あの人にできないことなんてねえよ」
腹に響く低音で悟浄はぼそぼそと言った。
「抜く練習も一緒にしてやったそうだな」
悟空は思わずぎょっとするが、耳聡い磁路が聞きつけ話に加わる。
「本当か?大聖殿?やったじゃないか!とうとうである!」
うきうき浮かれまくる磁路は悟空にハイタッチを繰り出す。前世のもだもだした恋愛を知る磁路は心から喜んでいるのだ。
「うるっせえってば。……玄奘は何て言ってた?」
悟空は腕組みをして泰然たる様子に見せかけてはいるが、しかし聞かずにはいられずに玄奘の反応を尋ねてしまう。
「悟空は優しかったし、それに気持ち良かったと……」
「へ、へぇ~」
思わずにやける口元を手で隠し、少し俯いて目元も前髪で隠すようにしたが、磁路から脇腹を突つかれる。磁路はじとりとした目つきで睨んでいる。
「大聖殿、玄奘とつきあっておるのだよな?恋人になったから抜いてやったのだよな?」
「いや……、違えよ。玄奘が抜き方がわからねえって言うから……その、手伝ってやっただけで」
「なんたるぬか喜び。私はやっと、やっと二人が恋人になったのだと合点したではないか。いやいや、大聖殿。それはおかしいぞ。なぜつきあうてもおらんのに、抜くことまでする?玄奘の下人になるつもりか?玄奘に利用され、玄奘の言う通りにすべてを叶える下人で良いのか?」
今は人間に扮しているとは言え、神将の磁路は発想がやや常人と異なる。「下人」など現代の日本社会にはほぼ存在しないシステムであるのだが。
「そんなんじゃねえよ。おれは……別に」
「大聖殿は玄奘と恋人になりたいのではないのか?それなら抜くよりも先にやらねばならぬことがあろう?」
そんなことはわかっている。でも、オタクの自分が推しの恋人に釣り合うとはとても思えない。そもそもオタクは推しに手を出してはならないのだ。
「いいんだよ、別に。玄奘が望んでくれるのならおれはそれを叶えるだけだ。抜いてほしいと言われればそうするし、触るなと言われれば何もしない。おれにとっては玄奘の隣にいられるだけで十分なんだ。それ以上の関係は別に望んでねえ。」
今世も面倒なことよのぅ、と磁路が呟いたのは聞き流した。
その時、あの忘れもしない声がした。
「おはよーさん」
ジャニ西の天敵紅害嗣である。納多を伴ってスタジオに入って来た。本日は彼もいっしょにレコーディングなのだ。
「おうおう、紅害嗣。よく来たよく来た。今日はよろしく頼むぞ」
プロデューサー太上がすぐに席を立って握手し、
「早かったね、今日はよろしく。今玄奘が録ってるんだけど、それが終わったら紅害嗣の番だからちょっと待ってて」と、玉竜も気さくに声を掛けた。
納多がまた颯爽と挨拶をし、紅害嗣の頭を掴んで一緒に下げさせた。
「こちらこそいろいろご迷惑をかけてはきたが、今日は真面目にレコーディングに集中するよう言い聞かせてきた。よろしく頼む」
いろいろ悶着のあった相手ではあるが、ゲスト出演してもらう立場であるため悟空はジャニ西を代表して紅害嗣の前に立った。
「今日はよろしく頼むな。良い音楽を作りたい気持ちは同じだってのは信じてる」
「ふん、出迎えが猿とはな。せっかくなら玄奘を出せよ」
「玄奘はレコーディング中だよ、見りゃわかんだろ」
紅害嗣はスタジオの椅子に腰かけた。チューニングをあっという間に終わらせた後、手なぐさみにエレキを触りながら玄奘の歌に耳を澄ませている。もうめったなことは仕出かさないとは思うが、警戒するように悟空はその傍に座っておく。
「……良いよな。やっぱり玄奘の声」
紅害嗣がおもわず漏らしたように言った。
「だよな。優しくて、包まれてるみたいな……そんな声だよな」
玄奘オタクという点では共通している紅害嗣と悟空である。玄奘のすばらしさに関しては同意しかない。
「だろ?顔もすげえ良いし」
「わかる。なんであんなにきれいな顔してんだろ、本当に生き物なのかなって時々見てて思う」
「だよなあ。しかも顔だけじゃなくて、中身もきれいだからさ、それが外見にも出てくる感じなんだよな」
「そうなんだよ、ただの美人じゃねえのはそこなんだよな。玄奘は精神が崇高なんだよ、だから美しいんだ」
「そうなんだよなあ……欲しい。欲しいなあ」
紅害嗣はガラス越しの玄奘をひたと見つめて言った。これだけ聞けばただのオタクの戯言である。しかし紅害嗣には前科が二度もある。悟空は思わず腰を浮かした。
「もう手を出すなよ。おれ、……おれら、つ、つきあってんだからよ」
「なんでいつもどもるんだよ。ほんとにお前ら本気でつきあってんの?」
紅害嗣もいい加減しつこい性格である。まだ玄奘のことを完全に諦めたわけでもないらしい。
「おれらのキス見ただろ?まだ信じねえのか?」
「いやそうだけど、でもあの玄奘がお前なんかを選んだってのが何度考えても嘘っぽいし、本当につきあってたとしてもそろそろ別れた頃じゃねえかとか考えたりするんだよ。それに俺、歌ってる玄奘をこんなに近くで見たの初めてだからさ。欲しいなって思うのは仕方ねえよな」
「仕方なくねえ。諦めろって」
紅害嗣は悟空には何も答えず、席を立ち玉竜に声を掛けた。
「あのさ、玄奘のバックで一緒に合わせてもいいかな。丁度間奏の前段だろ?」
「ああ、いいけど」
軽く承諾した玉竜の胸倉を悟空はつかんだ。
「ちょっと待てよ、一緒のブースなんかに入れたら、こいつ何するかわかんねえだろ。危ねえって」
「あいつももう大分と懲りている。めったなことはしないと私が保証する」と納多が言えば、
「大聖殿は相変わらず心配性でおじゃるおじゃる。ガラス張りのブースであるし、何かあればすぐに駆けつけられる距離じゃろ」と太上はのんきに笑っている。
まずは録った主旋律を流しながら、全員でブースに入って歌い、他のパートの音の重なりを確認してみる。苦手なラスサビ直前の転調の部分も玄奘は一音も外さずに歌えている。当該箇所にかかると悟空が歌いながら見つめてきて、「大丈夫だ」というように頷いてくれるのが、玄奘にとって心強かった。
その後、玄奘だけがブースに残り、曲の頭から録音していく。ブースでは残りの三人が待機している。
悟空が録っていた時とは異なり、ブースの端でおしゃべりをしている者はない。悟空と悟浄は、玉竜とプロデューサー太上の傍に座り、玄奘の録音の様子を食い入るように見つめている。ただ、ブースの端にいて菓子を食いまくっている八戒の様子は変わらない。
「先の様子を見るに、玄奘はあの転調の部分、克服できたようだな」
悟浄が悟空にぼそぼそと話しかけた。
「まあな、一人でも練習してたしな。おれも一緒に練習したし。あの人にできないことなんてねえよ」
腹に響く低音で悟浄はぼそぼそと言った。
「抜く練習も一緒にしてやったそうだな」
悟空は思わずぎょっとするが、耳聡い磁路が聞きつけ話に加わる。
「本当か?大聖殿?やったじゃないか!とうとうである!」
うきうき浮かれまくる磁路は悟空にハイタッチを繰り出す。前世のもだもだした恋愛を知る磁路は心から喜んでいるのだ。
「うるっせえってば。……玄奘は何て言ってた?」
悟空は腕組みをして泰然たる様子に見せかけてはいるが、しかし聞かずにはいられずに玄奘の反応を尋ねてしまう。
「悟空は優しかったし、それに気持ち良かったと……」
「へ、へぇ~」
思わずにやける口元を手で隠し、少し俯いて目元も前髪で隠すようにしたが、磁路から脇腹を突つかれる。磁路はじとりとした目つきで睨んでいる。
「大聖殿、玄奘とつきあっておるのだよな?恋人になったから抜いてやったのだよな?」
「いや……、違えよ。玄奘が抜き方がわからねえって言うから……その、手伝ってやっただけで」
「なんたるぬか喜び。私はやっと、やっと二人が恋人になったのだと合点したではないか。いやいや、大聖殿。それはおかしいぞ。なぜつきあうてもおらんのに、抜くことまでする?玄奘の下人になるつもりか?玄奘に利用され、玄奘の言う通りにすべてを叶える下人で良いのか?」
今は人間に扮しているとは言え、神将の磁路は発想がやや常人と異なる。「下人」など現代の日本社会にはほぼ存在しないシステムであるのだが。
「そんなんじゃねえよ。おれは……別に」
「大聖殿は玄奘と恋人になりたいのではないのか?それなら抜くよりも先にやらねばならぬことがあろう?」
そんなことはわかっている。でも、オタクの自分が推しの恋人に釣り合うとはとても思えない。そもそもオタクは推しに手を出してはならないのだ。
「いいんだよ、別に。玄奘が望んでくれるのならおれはそれを叶えるだけだ。抜いてほしいと言われればそうするし、触るなと言われれば何もしない。おれにとっては玄奘の隣にいられるだけで十分なんだ。それ以上の関係は別に望んでねえ。」
今世も面倒なことよのぅ、と磁路が呟いたのは聞き流した。
その時、あの忘れもしない声がした。
「おはよーさん」
ジャニ西の天敵紅害嗣である。納多を伴ってスタジオに入って来た。本日は彼もいっしょにレコーディングなのだ。
「おうおう、紅害嗣。よく来たよく来た。今日はよろしく頼むぞ」
プロデューサー太上がすぐに席を立って握手し、
「早かったね、今日はよろしく。今玄奘が録ってるんだけど、それが終わったら紅害嗣の番だからちょっと待ってて」と、玉竜も気さくに声を掛けた。
納多がまた颯爽と挨拶をし、紅害嗣の頭を掴んで一緒に下げさせた。
「こちらこそいろいろご迷惑をかけてはきたが、今日は真面目にレコーディングに集中するよう言い聞かせてきた。よろしく頼む」
いろいろ悶着のあった相手ではあるが、ゲスト出演してもらう立場であるため悟空はジャニ西を代表して紅害嗣の前に立った。
「今日はよろしく頼むな。良い音楽を作りたい気持ちは同じだってのは信じてる」
「ふん、出迎えが猿とはな。せっかくなら玄奘を出せよ」
「玄奘はレコーディング中だよ、見りゃわかんだろ」
紅害嗣はスタジオの椅子に腰かけた。チューニングをあっという間に終わらせた後、手なぐさみにエレキを触りながら玄奘の歌に耳を澄ませている。もうめったなことは仕出かさないとは思うが、警戒するように悟空はその傍に座っておく。
「……良いよな。やっぱり玄奘の声」
紅害嗣がおもわず漏らしたように言った。
「だよな。優しくて、包まれてるみたいな……そんな声だよな」
玄奘オタクという点では共通している紅害嗣と悟空である。玄奘のすばらしさに関しては同意しかない。
「だろ?顔もすげえ良いし」
「わかる。なんであんなにきれいな顔してんだろ、本当に生き物なのかなって時々見てて思う」
「だよなあ。しかも顔だけじゃなくて、中身もきれいだからさ、それが外見にも出てくる感じなんだよな」
「そうなんだよ、ただの美人じゃねえのはそこなんだよな。玄奘は精神が崇高なんだよ、だから美しいんだ」
「そうなんだよなあ……欲しい。欲しいなあ」
紅害嗣はガラス越しの玄奘をひたと見つめて言った。これだけ聞けばただのオタクの戯言である。しかし紅害嗣には前科が二度もある。悟空は思わず腰を浮かした。
「もう手を出すなよ。おれ、……おれら、つ、つきあってんだからよ」
「なんでいつもどもるんだよ。ほんとにお前ら本気でつきあってんの?」
紅害嗣もいい加減しつこい性格である。まだ玄奘のことを完全に諦めたわけでもないらしい。
「おれらのキス見ただろ?まだ信じねえのか?」
「いやそうだけど、でもあの玄奘がお前なんかを選んだってのが何度考えても嘘っぽいし、本当につきあってたとしてもそろそろ別れた頃じゃねえかとか考えたりするんだよ。それに俺、歌ってる玄奘をこんなに近くで見たの初めてだからさ。欲しいなって思うのは仕方ねえよな」
「仕方なくねえ。諦めろって」
紅害嗣は悟空には何も答えず、席を立ち玉竜に声を掛けた。
「あのさ、玄奘のバックで一緒に合わせてもいいかな。丁度間奏の前段だろ?」
「ああ、いいけど」
軽く承諾した玉竜の胸倉を悟空はつかんだ。
「ちょっと待てよ、一緒のブースなんかに入れたら、こいつ何するかわかんねえだろ。危ねえって」
「あいつももう大分と懲りている。めったなことはしないと私が保証する」と納多が言えば、
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