深夜の常連客がまさかの推しだった

Atokobuta

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第二部 第三章 週刊誌と手つなぎ

週刊誌と手つなぎ7

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 波乱のライブを無事に終えて、悟空と玄奘は久しぶりに自宅に帰った。暗かった部屋に電気を点ける。白い光に照らされた瞬間、置かれた家具家電もふぅと静謐な息をついたように見えた。

 悟空と玄奘も静かに息を吐いた。そして二人で靴を脱いで、顔を見合せた。

「ただいま」

「玄奘、おかえりなさい」

「ここに帰ってくると安心する」と玄奘はふふっと笑った。 

「自分の家ですからね」

「悟空の匂いがするからかもしれぬ……」

「待ってください。おれ、くさいですか?」  

「くさくない」

 悟空の首筋に鼻を近づけた玄奘は微笑んだが、悟空は慌てて距離を取る。

「ちょっ、今はライブの後で汗かいてますからくさいですよ」 

 玄奘は悟空の肩に手を置いて、再び鼻を近づけた。ややくせのある長めの前髪から覗く目が動揺しているのがわかる。玄奘にはうろたえる悟空が可愛く思えてきている。

「くさくないよ」

 悟空は近づいてくる玄奘にどきまきし、ふぅと息をついた。

 おりしも先程、悟浄から「悟空とキスした時に腰がじんじんする」と玄奘が話している録音データを聞かされたばかりなのだ。

 悟浄が「週刊誌騒ぎも解決したことであるし、いちゃいちゃタイムであろうとは思うが、くれぐれも推しに失礼なことをしてはならぬ」と珍しくにやにやするので頭をはたいておいたが、悟空は果たして玄奘の話をどのように受け取ればいいのか戸惑っていた。

 玄奘からどうやら嫌われていないことはわかり安堵すると同時に、どこまで踏み込んでいいのか躊躇があるのも事実だ。

「玄奘……、おつかれさまでした」

「悟空もおつかれさま」

「先に風呂にでも入りますか?」

「一緒に……入らないか?」

「え……」

「あの、……今日はひどく疲れていて……その……」

 玄奘の申し出にひどく戸惑った様子に見えた悟空だったが、「疲れている」の言葉で合点が言ったようだった。何かを期待した自分を責めるように、かえって悟空は快活に提案した。

「ああ、疲れたから背中を流してほしいんですね?おれが洗ってさしあげたらいいんでしょう?」

「……ああ、……そうしてくれるか?」







 脱衣所で玄奘は不思議な顔をした。

「私だけが脱ぐのか……?」

「おれは背中を流すだけでしょう」

 悟空は短パンとTシャツというラフな格好にはなったがそれ以上脱ごうとしない。

「おれは……その、玄奘よりも大分と年上ですから、見せられるような身体ではないんですよ」

 言葉とは裏腹に、薄い布地からうかがえる悟空の身体は引き締まっていることがわかる。二人でシャワーを浴びるものと考えていた玄奘は首を傾げたが、何も言わなかった。

 玄奘の白い肌はなめらかで傷ひとつなく、まるで造仏師が丹念に掘り出した仏像のようだった。一糸まとわぬ玄奘の裸を初めて見た悟空は思わずほぉっと息を吐き、そんな自分をごまかすように咳払いをした。

 悟空は玄奘の手を引いて、浴室に入った。背を向けて座った玄奘の頭を洗ってやり、そのまま背中もスポンジで丁寧に擦った。

 興奮しないようあえて何も考えないようにしたところ、悟空はいつのまにかBeyond the Roadのメロディを鼻歌で歌っていた。玄奘も微笑んでは立ち上がり、見つめ合いながら二人はユニゾンで歌った。歌い終わった時、向き合う二人の唇はすぐそばにあった。

「今日は歌っている時、手をつないでくれてありがとう。あの時は自分ではどうにもならなくて……」

「観客の反応が怖かったですか?」

「そうだな……。不思議なのだが、あの記事を読んで反感を持った人の意見が頭の中に直接聞こえてきて……。私の妄想だったのかもしれないが、周囲の悪意に溺れていくような感じで……。私の修行不足だろうな」 

「そんなことないです」

 玄奘は繊細なのだ。繊細だからこそ、心が震えるからこそ、あんな風に皆の心に届く歌が歌える。

 おれがいくらでも盾になってやると悟空は改めて決意する。悟空は思わず手を伸ばして、玄奘の形の良い後頭部を撫でた。気持ちよさそうに、玄奘は目を閉じる。

(綺麗だ……)と悟空は目の前の美しい彫刻のような玄奘を見る。全裸であっても何も隠す必要などない。玄奘は生まれたままの姿全てが美しい。

「今なら歌えそうな気がする」

 玄奘は目を開いた。浴室の蒸気を吸って潤んだ目は麗しい。 

 
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